鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

男より、息子より、まず1人の人間として「マイ・オウン・マン」

デイヴィッドとジェイ、20年来の親友である彼らはとある場所へと赴く。高校生の頃だよな、ジェイは語る、ここで誰かが俺たちに襲いかかってきて、ビンを後頭部に叩きつけられた、その時思ったんだよ、ああこれ西部劇によくある酒場での喧嘩みたいだなってさ。そんな彼にデイヴィッドは尋ねる、そんとき僕がどうしてたかって覚えてるかな、さあ、突っ立って俺がボコられるのを見てたんじゃないか、いやもっと酷いよ、僕は車の下で縮こまってたんだから。

"男なんだから泣くんじゃない" "男なのに情けない"……こんな言葉に傷ついた人々は少なくないと思う。勝手すぎる、理不尽だと悩んだ人々だって多いだろう。このNetflixオリジナルドキュメンタリーであるデイヴィッド・サンプリナー監督作「マイ・オウン・マン」はそんなあなたたちを、きっと暖かく抱きしめてくれる作品だ。

ドキュメンタリー作家のデイヴィッドは40代を迎え、ある悩みを抱えていた。それは自分に"男らしさ"が全く欠けていること。父や兄、周りの友人たちはみな"男らしさ"に満ち溢れている、だけど自分はどうだ、体もしっかりしてないし、気も小さい、どうして僕は彼らみたいになれないんだろう……そんな彼に転機が訪れる。恋人のレイチェルが妊娠したのだ、しかも男の子を!デイヴィッドは喜びながらも、内心かなり不安だ、"男らしさ"が微塵もない自分が男の子を育てられるのだろうか、彼に"男らしさ"を教えてやれるのだろうか、そうしてデイヴィッドは一念発起、"男らしさ"を手にいれるために行動を始める。

まずは親友のイアンに相談だ。一体"男らしさ"って何だと思う?デイヴィッドは彼に尋ねる、"男らしさ"っていうのは自分を出せるってことだ、気に入らない奴がいたら頭を食いちぎる、これを出来る奴を"男らしい"って言うんだよ。じゃあさ、僕は"男らしく"なれると思う?………………まあ、ないな………………何も言えないデイヴィッドにイアンが付け加える、今みたいな状況で誰かに言い返せたら、お前も"男らしく"なれるだろうな。

デイヴィッドがまず始めたのはボイストレーニングだ、この野郎!俺に言ってんのか!舐めてんのか!畜生が!トレーナーが親身になって声を大きく出す方法や罵倒の仕方を教えてくれるが、何だか可笑しい、見てるこっちとしてはタクシードライバーのトラヴィス真っ逆さまって印象だし、デイヴィッド自身もなにかが違うと感じたりする。次に彼が行くのは"ニュー・ウォーリアー"(名前聞いただけでで吐き気がするよとはデイヴィッド談)、週末に男30人が森に入り、太鼓を叩きまくるってイベントだ。それでデイヴィッドは太鼓を叩きまくる。少し"男らしく"なったと胸を張る彼にレイチェルは言う、ああいうの何か宗教的で気持ち悪い、そうして彼は逆戻り。

本人は至って真剣に"男らしさ"を追求しているのだが、こちらとしては何だか微笑ましい、そんなトーンでドキュメンタリーは進むのだが、アメリカと"男らしさ"、この2つを象徴する存在、つまりは銃が登場するとなると少しトーンは変わる。彼はライフルの教習所に通って、"男らしさ"を勝ち取ろうと目論む。教官が数十年の教官生活で1度も見たことのないというヘマを犯しながらも、ライフルを手にしたデイヴィッド、少なくとも彼自身は"男らしく"なったと思っている様子で、とうとう鹿狩りに出掛けることとなる。このシークエンスは印象的で、ディア・ハンターや最近では「プリズナーズ」など映画でも"アメリカ"もしくは"男らしさ"が一線を踏み越える/踏み越えていることの象徴として現れるが、彼はむしろこの経験にこそ、そもそも"男らしさ"ってなんなんだ?という疑問を見出だすことになる。

彼が"男らしさ"について探るうち、その前に現れるのは家族の存在だ。デイヴィッドの兄は、彼の友人と同じように"男らしさ"に満ちていて、彼にとっては羨望の的だった。しかし兄はこんな告白をする、自分は"男らしい"訳ではなく、"男らしさ"を偽装しながら生きてきたと、その"男らしさ"は妻や子供という新しい家族を築くためには障害でしかなかった、彼はパンケーキを焼きながらそう告白するのだ。そんなデイヴィッドと兄、ひいては彼の家族に"男らしさ"の影を投げ掛けていたのが、父親だった。

父は文武両道、医学生時代はスポーツで名をあげ、外科医としても多くの人々の命を救った人物だった。様々なフッテージが物語るように、現在もデイヴィッドと父の仲は良好ではあるのだが、更に深い絆が2人の間にあると彼には断言できなかった。そして父との過去を巡るうち、思いがけなくあるトラウマに行き当たる。"男らしさ"という呪い、彼は本当に踏み込むべき場所はここだったのだと悟る。あの時の自分を救い出すため、本当の自分を掴みとるため、デイヴィッドは男としてより先に、息子としてより先に、まず1人の人間として父と対峙することとなる。

「マイ・オウン・マン」は"男らしさ"への洞察を通じ、とある父と息子の関係性を、序盤からは考えられないほど、というか監督自身もこうなるとは予想しなかったほど感動的に描き出していく。"男らしさ"に絡めとられた人々の心をきっと、この映画は解きほぐし癒してくれるだろう。[A-]

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