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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

兄弟2人、マンソンの地へ「マンソン・ファミリーの休暇」

1969年、ロマン・ポランスキーの当時の妻であった俳優シャロン・テートが何者かに惨殺されるという事件が起こる。更にその翌日には事業家のレノ・ラビアンカが妻と共に死体で発見され、アメリカ全土が恐怖に慄くこととなる。この2つの事件を引き起こしたのは俗に"ファミリー"と呼ばれる集団、そして彼らを率いていた指導者こそチャールズ・マンソンだった。この「マンソンファミリーの休暇」はマンソンのインタビュー映像から幕を開ける。様々な質問が投げ掛けられる中で、ある問いが彼の琴線に触れる。獄中のあなたに手紙を送る人間には子供が多いそうですがそれは何故だと思いますか。マンソンはいきなり立ち上がり奇怪な動きをインタビュアーに見せつけながら答える、新しいからだ、俺は新しいことをずっとやり続けているからだよ。

そんなマンソンの髭面が大写しになったTシャツを着ているのはコンラッド(Linus Phillips)という中年男、バックパックを背負い彼はヒッチハイクを続ける。目的地は弟であるニック(「トランスペアレント」ジェイ・デュプラス)の家、父の葬式をすっぽかした以来疎遠になったが、コンラッドには会うべき理由があった。一方ニックは兄に対して良い思い出はない、弁護士として成功し、妻のアマンダ(Leonora Pitts)や息子のマックス(Adam Chersik)とプール付きの邸宅で幸せに暮らしている。兄が会いたいと連絡してきてまず思ったのは嬉しさより面倒臭さだった、自分の人生を掻き乱すなよとそんな思いが頭に浮かぶ。そして2人は再会するのだが、話はぎこちない。仕事も止めて住んでた場所も引き払って持ち物はこのバックパックだけだ、そう告白されてもニックにはどう反応すれば良いのか分からない。そして追い討ちをかけるように兄はこんな奇妙なお願いをしてくる、俺と一緒にマンソンファミリーゆかりの地を巡らないか?

今作が初監督のJ・デイヴィス、まずは類型的な常識人と変人の対立を笑いの肥やしにしながら、物語を進めていく。兄弟のよしみで2人旅に行くことにはなるが、ニックはやはり気が重い。最初はシャロン・テート惨殺事件が繰り広げられた邸宅へ。門は固く閉ざされて中には入れないがコンラッドはもう大騒ぎだ、フフウウ!あそこでシャロン・テートがブチ殺されたんだ!でな、ここにな若い運転手が運悪く通っちまったから、銃弾4発をブフゥン!ブフゥン!ブフゥン!ブフゥン!と終始このノリだ、記念撮影まで始める兄にニックはウンザリしてしまう。よりによって何であんな殺人集団に熱狂するんだよ……とは思いながら、聖地巡礼に手を貸してしまう自分にも嫌気がさす。オフビートな笑いに彩られた巡礼は、しかし兄と弟の間に存在する溝をも顕在化させていくことともなる。

ある事情から親の愛を受けられず、それを苦にしながら40年もの時を過ごしてきた兄コンラッド。逆に親からの愛を一心に受けて、万事順調な人生を歩んできた弟ニック。ニックは、事情もあったろうがコンラッド自身がむしろ家族を避けてきたんじゃないかと非難の目を向けるが、コンラッドは父親だけじゃなく、ニックだって自分を見下してきたと不満をこぼす。この関係を更に拗れたものにするのがマンソンファミリーな訳であるが、デイヴィス監督はどちらに肩入れすることもなく両者の心に寄り添っていく。

この二者間の亀裂は目に見えながら、2人が理解しあってくれることを願うような柔らかなトーンは監督以上に、製作を担当しているデュプラス兄弟(主演のジェイは兄)の影響が色濃いとも言える。彼らは監督作として「ぼくの大切な人と、そのクソガキ」「ハッピーニートそして"Do-Deca-Penthathlon"(個人的にはこの作品が最高傑作だと思う)を、制作者としても"Adult Beginners"などを、そして俳優としても数え切れないほどの作品に出演してきたが、共通するのは"大人になりきれない中年への暖かな眼差し"だ。人から愛されていなくても、社会から見放されていても、そんな彼らだからこそデュプラス兄弟はギュっと抱きしめるのだ。劇中でもコンラッドがニックに対して叫ぶのだ――大人になるっていうのは難しいんだよ!と。デュプラス兄弟は痛いほどこれを知っていて、だからこそ彼らの作品には優しさが満ち溢れているのだ。

そしてニックとコンラッド、2人の旅路は思わぬ方向へと展開していく。マンソンファミリーへの傾倒はともすれば危険なものとなるかもしれないし、物語もそんな倫理的な問いを宿しながら進む。そこに隣り合わせとなるのが兄弟の絆だ、障壁を乗り越えること、手を取り合うこと、絆というものは一体どこに存在するのだろう、2人はそれぞれに自分の居場所を見つけようともがく。デイヴィス監督はここで安易な決着はつけない。誰が何を選ぼうともあなたが選んだ道なのだからその道を行きなさいと、その背中を押してくれる。

「マンソンファミリーの休暇」は兄と弟という関係性を、テーマの奇妙さとは裏腹に暖かな筆致で描き出していく。今作を観た後には、あのマンソンの髭面を以前とは違う感慨を以て見ていることにあなたは気付くだろう。[B+]