鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く

バルカン半島と聞いて、まず何が思い浮かぶだろう。私の場合は"ヨーロッパの火薬庫"と、そんな言葉を歴史の授業で習ったのを覚えている。だが具体的に何処の国がバルカン半島に位置しているだとかは全然知らない、ということでググってみよう。"バルカン半島(バルカンはんとう、英語: Balkans、ラテン語: Balcania)は、ヨーロッパの南東部で、ギリシャアルバニアブルガリアマケドニアセルビアモンテネグロクロアチアボスニアヘルツェゴビナコソボ、ヴォイヴォディナ(スレム、バチュカ、バナト)及びトルコのヨーロッパ部分(ボスフォラス海峡以西)からなる地域である。(Wikipediaより引用)"……ということらしい。さて私の好きな監督・俳優その68、今回はバルカン半島ブルガリアマケドニアアルバニアに息づく日常を描き出すドキュメンタリー"Corridor #8"ブルガリア期待の新鋭作家Boris Despodovについて紹介していこう。

Boris Despodovは1973年3月2日、ブルガリアの首都ソフィアに生まれた。ソフィア国立芸術アカデミーで学び、卒業後はまず画家・ポスターデザイナーとしてのキャリアを歩み始める。その腕前はあのポンピドゥー・センターなどで展覧会が行われる程だった。更に1998年にはブルガリア写真家協会を設立、カルチャーマガジンKamikaze Gazetteの出版・執筆を手掛けるなど多分野で才能を発揮している。

映画界にはまずアニメーターとして入り、2002年に初監督作"Mitlogia"を製作、その後"The Way"(2004)、"Tik-Tak"(2005)などの短編アニメーションを監督する。転機となったのはデンマークの映画監督・詩人ヨルゲン・レス(日本ではラース・フォン・トリアーの5つの挑戦」でトリアーになぶられる監督として有名だろう)との出会いだった。Despodovは彼の人生に感銘を受け、レスについてのドキュメンタリー"Asansyorat na Shindler"を製作した。そして監督はこの3年後に初長編である"Corridor #8"を手掛けることとなる。

2000年代、EUバルカン半島に"コリドー8"という巨大道路を建設することを決定した。これは"コリドー計画"というヨーロッパにおけるインフラ整備政策の一環であり、黒海アドリア海を繋ぐ道筋を築くことで、ブルガリアマケドニアアルバニアの3国を繋ぎ、交流を活発化させようという目的があった。"Corridor #8"は建設予定の、つまりは"未だ存在しない"道路に沿ってそこに息づく日常の風景を描き出そうとするドキュメンタリー作品なのである。

始まりの地は道路の0km地点、ブルガリアのとある町だ。コリドー8建設決定を祝い、その町でセレモニーが行われようとしている。ブラスバンドが高らかに祝いの音色を響かせ、ブルガリアの民族衣装を着た女性たちは笑顔を咲き誇らせる。背広を纏った大臣が夢の道路が建設されると宣言すると人々は拍手喝采、辺りは熱気に包まれる。そんな時、祭典会場から白と青の風船が飛んでいき、フワフワと空を行き、近くの道路に落っこちる。拾うのは髭もじゃなおじさんだ、風船をしっかりと掴んで道路の端を歩き、自分の家へと戻っていく。待っているのは小さな少女、おじさんが風船を渡すと、彼女は思わずこちらの頬が緩んでしまうほどの喜びを見せてくれる。

港では船員たちが汗を流しながら働き、輸送会社の社長は同じく海洋国家である日本の企業三菱からもらった贈り物について語る。途中に立ち寄るコリドー8建設現場で、監督はある工員にこんなことを尋ねる「この道路は何処へ続くか知っていますか?」「近くの町までだ」「その先は?」「さあ、何にしろボスの言う通りに仕事するまでさ」そしてある時ブルガリア正教会の司教がカメラに向かって言うには、マケドニア人は善き人々です、神を信じ礼拝にも足しげく通う人々ですから。しかしアルバニア人は……彼らは盗人猛々しい、ドラッグもやっていると聞きますよ。日常に息づくのは人々の暖かみだけではない、バルカン半島の微妙な関係性も影となり共に生きているのだ。監督はそんな陰影も映画に捉えながら、見えない道路を行く。

そして私たちはふと、自分が見ている場所は今までの場所とは変わってしまったことに気付くだろう。そこはマケドニアの地だ、カメラは国の約30%を占めるイスラム教徒のコミュニティへと分け入る。映し出されるのは聖堂に集まり祈りを捧げる人々、石造りの家並み、何羽もの鶏たちが走る小さな庭……ある男はコリドー8がマケドニアと他の国々を繋いでくれる未来への喜びを語る。またカメラはこの地に残る傷跡もそのレンズに焼き付けていく。銃弾に貫かれた窓ガラス、家具の残骸が散らばる廊下はユーゴスラビア紛争が如何に甚大なものであったかを饒舌に語り、そして男は息子と2人だけで侘しく夕食を食べる。だが勿論一面的な表現には終わらない、自分をショーン・コネリーの孫と自称する船乗りも現れ、実際コネリーにめちゃ似ている孫は私たちにマケドニアの活気で魅了してくれるだろう。

アルバニアにおいても、その国が抱える様々な魅力や負の側面をDespodov監督は映し出していく。町の活気、そして"血の復讐"と呼ばれる忌むべき因習。私たちはこうしてブルガリアマケドニアアルバニアという3つの国を軽やかに巡る、おそらく日本人で、一国のみならまだしも、この三国について親しんでいるという人は余り居ないだろう。そうでありながらも、映像を楽しんでいる最中、言葉で説明されることはなくとも、ああ自分はまた今別の国に来たんだなと心で分かる瞬間があるだろう、ここには異なる文化が根を張っているのだと分かる瞬間が。"Corridor #8"が宿す愛おしさの源がそれなのだ。

どの国も多大なダメージを受けたが、しかし今では3つの国はそれぞれに美しい絵画としてこの地にあってくれる。ある人物がカメラにそう語りかける。そんな3つの美しさが繋がれた"Corridor #8"に、私たちは存在しない筈の大いなる道筋をきっと見出だすだろう。[A-]

この後Despodov監督は、2009年にブルガリアのポップスターであるValentina Hassanを描いた短編ドキュメンタリー"Tolibu Dibu Dauchyu"、同年に青年と彼の姉妹3人が平穏な生活を蚊によってブチ壊しにされる短編アニメーション"Tri Sestir i Andrey"、そして2010年にはアニメ"Made in China"を手掛けた。

彼の最新作は2015年、初の劇長編"Twice upon in a Time in West"だ。暴力的な夫から逃げてきた若いブルガリア人女性は砂漠の真ん中で、クラウディア・カルディナーレにメイドとして雇われることとなる。同じ頃スペイン南部のタベルナス砂漠では「ウエスタン」のセット跡地で新たに映画を撮影していた。このあらすじを読んで何かおかしくない?と思う方も多いかもしれないが全てマジである、今作はセルジオ・レオーネ「ウエスタン」にオマージュを捧げた作品で、レオーネ作品に出演してきたクラウディア・カルディナーレクラウディア・カルディナーレ役で出演という、色々とメタな構造になっているのだ。ということでBoris Despodov監督の今後に期待。


クラウディア・カルディナーレ御年77歳、まだまだ元気だ。

参考文献
http://dafilms.de/director/8709-boris-despodov/(監督プロフィール)
https://vimeo.com/borisdespodov(監督公式vimeo)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
その36 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その37 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その38 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その39 杨明明&"女导演"/2人の絆、中国の今
その40 Jaak Kilmi&"Disko ja tuumasõda"/エストニア、いかにしてエマニエル夫人は全体主義に戦いを挑んだか
その41 Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について
その42 カミーラ・アンディニ&"Sendiri Diana Sendiri"/インドネシア、夫にPowerPointで浮気を告白されました
その43 リサ・ラングセット&「ホテルセラピー」/私という監獄から逃げ出したくて
その44 アンナ・オデル&「同窓会/アンナの場合」/いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない
その45 Nadav Lapid &"Ha-shoter"/2つの極が世界を潰す
その46 Caroline Poggi &"Tant qu'il nous reste des fusils à pompe"/群青に染まるショットガン
その47 ベンヤミン・ハイゼンベルク&"Der Räuber"/私たちとは違う世界を駆け抜ける者について
その48 José María de Orbe&"Aita"/バスク、移りゆく歴史に人生は短すぎる
その49 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その50 ナタリー・クリストィアーニ&"Nicola Costantino: La Artefacta"/アルゼンチン、人間石鹸、肉体という他人
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り