鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら

活気著しいラテンアメリカ映画界でも、にわかに頭角を現し始めているのがコロンビアだ。2015年のカンヌ国際映画祭チロ・ゲーラ監督の「大河の抱擁」がカンヌ監督週間最高賞を受賞、さらにセサル・アウグスト・アセベド監督の「土と影」が才能ある新人監督に送られるカメラドールを獲得したのだ。この2作の評価はおそらくコロンビア映画界躍如のきっかけとなっていくだろうが、ということで私の好きな監督・俳優その75はそんなコロンビア映画界期待の星フェリペ・ゲレロと彼の監督作"Corta"を紹介していこう。

フェリペ・ゲレロ Felipe Guerreroは1975年コロンビアに生まれた。ボゴタの大学で映画と写真について学んだ後、イタリア国立映画実験センターへと留学する。そして編集技師として映画界入りし、コロンビアだけでなくチリやメキシコ、アルゼンチンなどラテンアメリカを股にかけ活躍する。日本で公開された作品だと、2011年のハイメ・オソリオ・マルケス監督作「スクワッド 荒野に棲む悪夢」や2014年に東京国際映画祭で上映されたオスカル・ルイス・ナビア監督作「ロス・ホンゴス」などがある。

映画監督としては1999年にデビュー作"Medelin"を、そして2002年には"Duende"を監督、ローマ・ドキュメンタリー映画祭でJury Prizeを獲得するなど話題を集める。2006年には長編デビュー作"Paraiso"を監督する。このドキュメンタリーはスーパー8を駆使して、内戦下のコロンビアを詩的なタッチで描き出した作品でバルセロナドキュメンタリー映画祭Docupolisの実験ドキュメンタリー映画部門の最高賞を、マルセイユドキュメンタリー映画祭では新人監督特別賞を獲得するなど高く評価される。2012年には自身の制作会社Mutokinoを設立し、第2長編"Corta"を監督する。

鬱蒼と生い茂るのは、緑と枯れ茶の色彩をまとったサトウキビだ。彼らは空へと高く伸び、少しの隙間すらないほど密生している。このサトウキビ畑はどこまで続いているのか、観る者はそんな思いに駆られるだろう。だがカメラは何も変わりはしないサトウキビ畑を撮し続け、撮し続け、撮し続け……その不変さにウンザリする頃、耳に届く響きがある。名前は分からないが何かの虫の声、そこに折り重なるのは別の虫の鳴き声、緩やかな風のせせらぎすら混じり、そして私たちは目前のサトウキビが風に揺れているのに気づく。そうだ、風景は不変ではない、むしろ常に揺れ動き、様々な音色を響かせ、私たちに一瞬一瞬新しい風景を見せてくれていたとそう気づく。

""Corta"はコロンビアのValle del Cauaに広がるサトウキビ畑、その地に広がる農夫たちの営みを描き出すドキュメンタリーだ。しかしその演出は一筋縄では行かないシンプルさと複雑さを併せ持っている。ゲレロ監督はサトウキビ畑を真正面からカメラで映し出す、パンやズームなどは一度たりとも行われない、ただ不動で目の前の光景を淡々と焼き付けていくのだ。農夫たちが自分の背丈の2倍ほどもあるサトウキビをマチェーテで刈り取り、横へと投げ捨て、サトウキビをマチェーテで刈り取り、横へと投げ捨て……序盤はこのようなシーンが延々と10分続く。私たちはただ観ているしかない、もちろんこの時点で観るのを止めるのは自由だ、しかしこの観るという行為はいつしか"観察"へと昇華されていく。

カメラはだんだんと別の風景をも描き出すこととなる。刈り取ったサトウキビの上に日除けを設置して、2人の農夫がその下で一休み、片方が何か飲み物を勧め片方が有りがたそうにもらい受け、彼らは一緒に喉を潤わす、それから2人はマチェーテを何かで研ぎ始める、そして研ぎ続ける。私たちはそれを見据える、何で刃を研いでいるのか、時々違う動きをするがそれは何を意味するのか、そういった行動にもちろん答えはもたらされない。それどころかこの作品にはラジオから流れてくる曲や、遠くから何となく聞こえてくる農夫たちの喋り声以外は、声を伴った言葉が存在しないのだ。説明的な描写は絶無、従ってある意味でこの映画は、私たちに"観察"を要請するのだと言い換えてもよいかもしれない。

しかし"この映画を観ろ、この映画を観察しろ、そしておのおのの心で考えろ"といったスタンスはややもすれば傲慢ともとれ、映画が独り善がりの物となる危険性もあるが"Corta"については些かもそれに当てはまらない。その理由はAndres Pinedaによる力強い撮影にある。彼はまたこんな光景をも真正面から見据える。サトウキビが殆ど刈られた畑、遠くに伺えるのは2台の重機だ、ゆっくりとこちらへと迫り、かと思うと止まり、右のクレーン車が大地に散らばるサトウキビを持ち上げ、左の重機へと積み込む。そして2台は近付く、近付く、近付く、カメラをも巻き込むかと思えたその時、重機は横に逸れ、視界から消え去る。当然轢き潰す訳がない、そうだったら私はこの作品を観ていなかった、そうと分かりながらも私はこの重機に自分すら潰されてしまうと瞬間に思ってしまい、思わず身を引いてしまった。その時思ったのは「ラ・シオタ駅への到着」を観た人々も同じ恐怖を味わったのでは?ということだった。Pinedaの撮影は映画史を再認識させるほどの強度を持っており、"観察"の要請と撮影の強度が噛み合うことによって、観る者には1つの経験を果たすこととなる。

極限まで情報量が殺ぎ落とされた画面は、私たちに五感を研ぎ澄ますことを求める。目で営みを見据える、耳で営みの響きを聞く、まずこの2つが尖鋭を増していくと共に、私たちは更なる境地へと至る。鼻は草の臭いや汗にまみれた自分の体臭を嗅ぎとる、舌は営みの中で腹を減らすうちに沸きだす唾の味を知る、そして肌はサトウキビの葉の感触を、突き刺さる太陽の熱を、マチェーテを振る時に擦れる風を感じることとなる。私たちはむしろロングショットによって小さく映る農夫の姿にこそ、体全体でリアルな触感を味わう。この圧倒的な没入感が"Corta"に無二の魅力を宿していく。

サトウキビを詰め込んだトラックと空に広がる青の色彩、全てが収穫された畑で独りショベルを使って土を耕す農夫、私たちは様々な光景を見て、農夫たちの営みのいかなるか、彼らの文化と機械がいかに共存しているかを知る。そうして"Corto"は、いつしかカメラに映るサトウキビの残骸に燃え立つ炎、天を目指して橙色の体を伸ばす炎の如く私たちの心に永く燃え続けるだろう[A-]

"Corta"はロッテルダムブエノスアイレスマルセイユロカルノなど世界各地の映画祭で上映され話題となる。2014年には新作短編"Nelsa"を手掛けた、今作は内戦中のコロンビアを舞台にしてネルサという少女が逞しく生きていく様を描き出した青春映画で、カルタヘナ映画祭で上映後、ボゴタ短編映画祭では主演女優・編集・ポスターの三部門を制覇することとなった。現在はゲレロ監督はロッテルダムとメキシコのリビエラ・マヤ映画祭のサポートで初の長編劇映画"Oscuro animal"を製作、ポスプロ段階だそう。更にはオムニバスドキュメンタリー"Mapa Mudo"を撮影中。ということでゲレロ監督の今後に期待。

参考文献
http://www.proimagenescolombia.com/secciones/cine_colombiano/perfiles/perfil_persona.php?id_perfil=3653(監督プロフィール)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
その36 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その37 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その38 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その39 杨明明&"女导演"/2人の絆、中国の今
その40 Jaak Kilmi&"Disko ja tuumasõda"/エストニア、いかにしてエマニエル夫人は全体主義に戦いを挑んだか
その41 Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について
その42 カミーラ・アンディニ&"Sendiri Diana Sendiri"/インドネシア、夫にPowerPointで浮気を告白されました
その43 リサ・ラングセット&「ホテルセラピー」/私という監獄から逃げ出したくて
その44 アンナ・オデル&「同窓会/アンナの場合」/いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない
その45 Nadav Lapid &"Ha-shoter"/2つの極が世界を潰す
その46 Caroline Poggi &"Tant qu'il nous reste des fusils à pompe"/群青に染まるショットガン
その47 ベンヤミン・ハイゼンベルク&"Der Räuber"/私たちとは違う世界を駆け抜ける者について
その48 José María de Orbe&"Aita"/バスク、移りゆく歴史に人生は短すぎる
その49 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その50 ナタリー・クリストィアーニ&"Nicola Costantino: La Artefacta"/アルゼンチン、人間石鹸、肉体という他人
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない