鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること

「トランスぺアレントというTVドラマをご存知だろうか。Amazonが製作しているドラマ作品で、これからは自分を偽らず女性として生きていきたいという父親と、それぞれに問題を抱えた彼女の3人の子供たちを描き出したドラメディで、2015年のゴールデングローブ賞のコメディ部門で作品賞を獲得するなど大きな話題となった。現在日本でもAmazonプライムで絶賛配信中で、色々笑えたり切なかったりで是非とも観て欲しいのだが、この作品がある理由で批判されている。何故トランスジェンダーの女性を男性が演じているのか?何故シスジェンダー(簡単に言うと、生まれつきの身体と性自認が一致している人のこと)であるジル・ソロウェイ監督がこの物語を語るのか?……つまりトランスジェンダーをテーマにしながら、その物語の中心に当事者が不在であるという批判が成されているのである。

こうした当事者の不在は「トランスペアレントだけでなく様々な作品に、例えば最近だとトム・フーパー監督のリリーのすべてに見られる。もちろんラナ・ウォシャウスキーが監督を務めた「センス8」などトランスジェンダー自身が自分たちの声を物語る作品も増えてはいるが、まだ少ないのが現状だろう。ということで今回はそんな状況の中で、トランス女性が自分たちの声を自分たちで語ろうという意図で以て作られたWebシリーズ"Her Story"を紹介していこう。

Sydney Freelandは1980年ニューメキシコ州のギャラップに生まれた。スコットランド人の母とナバホ族の父を持っている。サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学で学びファイン・アートの学位を得る。2004年にはフルブライト奨学金を獲得し、エクアドルの土着民の文化を調査するなどしていた。

映画界においては"Chasing The Yum"ではメディア・マネージャー、"La Mission"ではカメラ・インターンなどを務めるなどして経験を積み、2008年にナバホ族の文化と終末映画をミックスした短編映画"The Migration"で監督デビュー、BTTF2を観てホバーボード製作を思い付いた少女の奮闘を描いた2012年の"Hoverboard"を経て、2014年に初の長編"Drunktown's Finest"を手掛ける。主人公は3人のネイティブ・アメリカン、小さな頃養子に取られ故郷に帰ってきた少女、もうすぐ父になる青年、トランスジェンダーの女性の苦悩を描き出した作品でサンダンス映画祭でプレミア上映、LAアウトフェストでは観客賞と特別賞、アメリカン・インディアン映画祭では助演女優、助演男優、作品賞を獲得するなど話題になる。そして2015年にはWebシリーズ"Her Story"を手掛けることとなる。ということで早速第1話と第2話をどうぞ。

この物語の主人公はトランスジェンダーのバイオレット(Jen Richard)、ブルックリンから新天地のロサンゼルスへやってきたばかりだ。ある日彼女が友人のペイジ(Angelica Ross)とカフェでお喋りを楽しんでいると、1人の女性に声をかけられる。アリー(Laura Zak)と名乗る女性は、ライターとしてLGBTQの人々にインタビューをしており、バイオレットに話を聞きたいというのだ。最初は躊躇しながらも彼女はインタビューに応じ、アリーとの交流が始まる。

彼女はアリーに対して自身の苦悩を語る。体が男性だった時は自分は女性なのだとハッキリ自覚していたけど、いざ女性として生きていっている今、この大きな掌や低い声にその自覚は揺らいでいるのだと。そして表立っては語ろうとしない大きな悩みがもう1つ。バイオレットには恋人の男性マーク(Josh Wingate)がいるが、今の自分が本当に惹かれるのは女性にだということ。男性を好きにならない自分は"本当の"トランスジェンダーではないのでは?と、彼女はそんな考えに捕らわれているのだ。バイオレットを演じるJen Richard自身もトランスジェンダーであり、彼女の偽らざる思いがバイオレットの言葉や行動に込められていると言えるだろう。

そして今作はバイオレットたちトランス女性がいかなる立場に居るのかを外からをも眺めることになる。レズビアンのアリーが友人たちと共にバイオレットについて喋っていると、自分たちはトランス女性と付き合えるか?という話になる。その中で友人の1人であるリサ(Caroline Whitney Smith)はこの意見にNOを叩きつけ、トランス女性がレズビアンであり得る訳がない、だって彼女たちは本物の女性じゃないから!といわゆるTransmisogynyに満ちた発言をする。こうして物語はLGBTQ内において(この括りが既に恣意的ではあるが)差別が再生産される実態をも描き出していく。

そして今作にはもう1人の主人公がいて、それが先に書いたバイオレットの友人ペイジだ。彼女もまたトランスジェンダーであり、弁護士として彼女たちが置かれる差別の是正に取り組んでいる。例えばトランス女性がシェルターへの入居を拒否されるという差別。シェルターは男性に虐げられた女性が入る場所なのだから、あなたみたいな人がいたらどうなるか分かるでしょう?という理由で差別が正当化されてしまう。トランス女性が日常的に差別を被っている光景を見るのは酷く辛い物だが、これが社会に広がる現実なのだと物語は語る。

しかし監督たちが本当に語りたいのは希望だ。バイオレットとアリーは互いに触れあう中で、自分の中に宿る灯火のような愛に気付く。差別と悪意がはびこる現実は彼女たちにとって辛く苦しいものかもしれない、だけれど確かに愛はそこに存在して、光ある未来への道標となってくれる。"Her Story"はそんな彼女たちの、希望に辿り着くまでの物語なのだ。

参考文献
http://herstoryshow.com/(公式サイト)
http://www.autostraddle.com/her-story-delivers-on-the-authentic-quality-trans-representation-it-promised-324392/(自身もレズビアンのトランス女性であるライターによるレビュー)

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その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
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