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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない

ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
ラドゥー・ムンテアンの略歴および彼の長編第2作"Hîrtia va fi albastrã"についてはこちら参照

ルーマニアにおいて生まれた新たなる波が世界を覆い尽くそうとしていた頃、海を挟んだ向こう側に位置するアメリカではマンブルコアというムーブメントが小規模的な高まりを見せていた。超低予算、素人俳優の起用、即興演技主体などの特徴があり、描き出す主題は"Relationship 関係性"、もっと詳しく言えば半径何mの閉じられた世界における友人関係や恋人関係など人と人とが繋がりあう際の困難さを多くテーマとして取り上げている……って、まあ詳しくはこのブログの"マンブルコアって結局何だったんだ?"ってタグから記事を読んで欲しい。そんな同時代に隆盛を迎えた"ルーマニアの新たなる波"と"マンブルコア"だが、前者から後者に対して無意識の共鳴を果たした作品がルーマニアから現れている。それが今回紹介するラドゥー・ムンテアンの第3長編"Boogie"だ。

30代前半のボグダン(ドラゴシュ・ブクル、ムンテアンとは3度目のタッグ)は息子のアディ(Vlad Muntean、監督の実子)や妻スマランダ(4ヶ月、3週と2日」アナマリア・マリンカ)と共に幸せな家庭を築いており、もうすぐで2人目の子供が生まれる予定だ。そんな最中忙しい仕事の合間を縫って、ボグダンたちはルーマニアのリゾート地ネプトゥンへとやってくる。ホテルの目前に美しい海が広がるこの地で3人は休暇を楽しもうとするのだが、水面下で言い様のない不満が膨らんでいくのをボグダンたちは感じ始めている。

その雰囲気は冒頭において顕著だ。ボグダンはアディと共に海岸で凧揚げをして遊んでいる。かと思うとアディはすぐに飽きて砂の城を作り始めてしまう。何とか彼の移り気さに付いていこうとするのだが、何度も何度も文句を言われたボグダンはウンザリしてスマランダの元へと戻っていく。そんなボグダンに対する彼女の態度には少しトゲがある、会社からの電話に応える彼に対して不機嫌な視線を隠さないのだ。彼は遠くの方で海に飛び込む若者たちを見て、スマランダの忠告も聞かず自分も彼らの若さに続けとばかり冷たい海に突っ込んでいく。どうだと言わんばかりに戻ってくるボグダンに、しかしスマランダは先よりも冷淡な視線を向ける……

そんなボグダンが偶然出会ったのが高校時代の親友ベネスク(ミミ・ブレネスク、ムンテアンの次回作「不倫期限」では主演)、再会を喜びあう彼らはもう1人の親友ヨルダケ(前作から続投のAdrian Vacinca)を交えて食事をすることとなる。ベネスクたちはスマランダに、こいつ今は結構落ち着いてるけど高校の頃はそりゃヤンチャしてたんだよ!と、ボグダンを当時のニックネームである"ブーギー"と呼びながら彼の武勇伝を語る。ボグダンも満更ではない風で彼らの誘いに乗り夜遊びへと繰り出そうとするが、バカンス地にまで来て私は子守りって訳かとスマランダの態度は冷ややかさを更に増していく。

ムンテアン監督はそんな光景を長大な長回しによって紡ぎ出す。前作"Hîrtia va fi albastrã"についての記事において、お喋りを繰り広げる兵士たちの姿が3〜4分の長回しで描かれた場面が存在すると記したが、今作ではその演出が全編通じて徹底されている。ボグダンとスマランダがベッドの上で今後の予定について話す姿、ベネスクたちが武勇伝を語る姿がほとんどの省略もなく描かれるのだ。この緊迫さの欠落が親密さに繋がる撮影はマンブルコア作品にも多数見られる。特にアンドリュー・ブジャルスキーの初期作"Funny Ha Ha""Mutual Appreciation"(紹介記事はこれこれ)にはこの撮影が顕著で両者は同じ親密さを目指していると言える。

だがルーマニア側はもう少し露悪的だ。ボグダンはベネスクらと共にボウリングへと繰り出し、酒場ではウォッカを飲み交わす。この酒盛りシーンも数分もの間持続する長回しによって描かれるのだが、バーで働く女性を巻き込んで卑猥な会話を繰り広げたり、此処に居ない人間の悪口を言い合ったりと見ていてウンザリする空気感に満ちている。まるで会社のクソったるな先輩や上司ばかりが集まった飲み会に強制参加を余儀なくされているという状況だが、映画のトーンはこの空気に迎合するものではないし、男っていつまで経ってもガキだわなどと甘美な自己憐愍に浸るものでもない。此処には日常に根付く醜悪なホモソーシャルを忌憚なく描き出すという誠実な内省があると、物語が展開するに従い分かってくる。

スマランダを残した負い目からか、ボグダンは途中で夜遊びから抜けてホテルの一室へて帰ってくる。だが彼を迎えるスマランダの言葉には今までに溜まっていた鬱憤が滲み渡り、ボグダンは売り言葉に買い言葉といった感じで口論にまで発展してしまう。いつも家族のために働いてるんだから休暇くらい自分の好きにしていいだろ、休暇なのはこっちも同じなのに何で私だけに子守りが押し付けられるの、どちらにも譲れない言い分があるからこそ口論は激しさを増していく。そしていつしか"俺だって/私だって我慢してるんだ!"という不満の投げつけ合いになる様は余りに居たたまれない。

マンブルコアの立役者ジョー・スワンバーの中編映画に"Marriage Material"という作品がある(詳しいレビューは紹介記事を読んでね)。今作は"結婚したい/したくない" "子供が欲しい/子供が欲しくない"という価値観の衝突に行き当たったカップルの苦難を描き出す作品で、彼らが口論を繰り広げる様がやはり長回しで描かれていた。"Boogie"は"結婚する/子供を持つ"という選択を果たしたカップルの数年後を描いた作品と言えるかもしれない。ここでは夫/妻、父親/母親という立場に置かれたことから来る困難を綴る訳だが、関係性を持続させるためには何処かに妥協点を見つけるしかないが、言葉で言うのは簡単だが実際それを見つけるのがどれほど大変か!

そこでボグダンが何をするかと言えば、口論の果てにガキさながら部屋から逃げ出していき、ブーギーの栄光よ再び!とばかりに夜遊びを続けるベネスクたちに合流してしまうのだ。しかしムンテアン監督はシビアな現実を彼に叩きつける。夜遊びがディープな物になるにつれ、ボグダンはそれに違和感を抱くようになる。ベネスクたちは馬鹿みたいに笑うが自分には笑えない、ベネスクたちは馬鹿みたいに楽しんでいるが自分には全く楽しめない、俺は一体何してるんだ?……そして彼は知るのだ、"ブーギー"という名の若さは自分からとうに失われていたのだと。

ボグダンはスマランダとの会話から明らかなように大きな責任を抱えることが出来ず大人になりきれていない、かと言ってベネスクたちのように無責任なまでに子供へと戻ることも出来ない。どちらにも居場所を見つけられない、自分の居るべき場所がそこだとはどうしても思えない、彼はそんな2つの間で宙吊りになった存在だ。それでも否応なしに人生は続くのであり、その事実を受け入れなくてはならないのだ。"Boogie"が提示する喪失と諦念には痛烈な苦味が滲んでいる。

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その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち

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