鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?

さて、ロカルノ映画祭である。スイスのイタリア語圏に位置する都市ロカルノで8月に行われるこの映画祭は新人映画作家の登竜門として、毎年輝かしい才能を輩出している。私自身この映画祭とはウマが合うようで例えばこのブログで最初期に紹介したスイスの映画作家アンドレア・シュタカは初長編「クロスロード」が最高賞の金豹賞を獲得、イスラエルの監督ナダヴ・ラピドもデビュー作"Ha-shoter"が特別賞を獲得したことで世界に名声を轟かせることになる。更にフランスのMarianne PistoneポルトガルのHugo Vieira da SilvaイタリアのAlessandro Comodinなどなどブログで紹介した作家にはこの映画祭出身者が多い。

そんな中で世界中の映画祭で上映される作品を、映画祭へ来られない一般の人々へと開放する配信サイトFestival Scopeが、何と8月5日からロカルノ映画祭のFilmmakers of Present部門で上映されている映画の無料配信を開始したのだ。Filmmakers of Presentは正に映画界の新世代にフォーカスを当てた部門であり、しかも映画祭でプレミア迎えたばかりのピッチピチの新作を観れるのだ。私が飛びつかない訳がない!ということで今回から何回かに分けてロカルノ映画祭2016特別編を開催、まずは米インディー映画界期待の新人を紹介していこう!

Kris Avedisianロードアイランド州を拠点に活動する映画作家だ。サンフランシスコで映画を学んでいたが、そこで創作上のパートナーとなるJesse WakemanKyle Espeletaと出会い交流を深める。Avedisianは彼らと共に"Three Tears a Prince and a Forest""Michaela""Don't Eat Me"など短編を精力的に製作するが、Avedisianの道を開いたのが2012年に手掛けた短編版"Donald Cried"だった。デビュー長編の雛形となった今作はスラムダンス映画祭で特別賞、ボストン国際映画祭では作品賞を獲得するなど話題になる。そして彼はIFPフィルムメイカーラボの一員に選ばれた後、2016年に長編版"Donald Cried"を完成させる。

祖母の死がきっかけで、ピーター(Jesse Wakeman)は15年ぶりに故郷へと帰ってきた。しかし初っ端から財布を落とすわ、車は動かないわと帰郷を後悔する羽目に。彼にとって頼れる人間は1人しかいない。できれば頼りたくない、できれば頼りたくない……そんな思いを抱えながら、彼は隣の家のドアを叩く。

そして現れるのがドナルド(Avedisianが兼任)、ピーターのかつての隣人で幼馴染みだ。ドナルドは再会を喜び彼を家へ招き入れるのだが、もう最初から様子がおかしい。ボサボサの髪と髭に覆われた馬面を常時ニヤつかせながら、君に会えて最高さ、でも君はもっと油まみれのムキムキマッチョ野郎になってドデカいバイクをブルンブルン言わせながら帰ってくるかと思ったからちょっとビックリしたよヘヘヘ……と一人でベラベラ喋りまくる。ピーターは苦笑いを浮かべるしかないが、彼にとって頼れる人間はマジでコイツしかいなかったのが運の尽きだった。

"Donald Cried"はそんな主人公とキモ男の珍道中を描き出す作品だ。ドナルドは異様な親切心からピーターを手助けしてくれるのだが、行く先々で絶妙に厭な騒動を起こしまくる。友人を助けたいから今日は休ませて欲しいとドナルドが職場へ直談判に行けば、雇い主のオッサンと壮絶なボコりあいが始まり、葬儀場へ祖母の遺骨を受け取りに行けば、ドナルドはニヤニヤしながら遺灰の入った容器を指で弄りまくってピーターが切れかける。そんな彼に対しドナルドは、怒った?怒ったんじゃないの?怒ってない?嘘だろ?人1人ブチ殺しそうな顔してない?人1人ブチ殺しそうな顔してんのに?

更に演出面で性格悪すぎるのが、この光景をドキュメンタリータッチで捉えていく点にある。撮影監督Sam Fleishnerは手振れカメラで2人を追っていくが、そのせいで無駄に臨場感があるのだ。例えばダイナーで食事をする場面、2人の隣の席にとある女性が家族と共に座るのだが、彼女はドナルドの高校時代の同級生らしく、彼は親しげに話しかけていく。話は思い出話からどんどん食事中には宜しくない会話と化し、女性もピーターもどんどん笑いが強張っていく。観客はその状況を、さながら偶然彼らの近くに座ってしまった客として体感する羽目になるのだ。みるみる内に冷えていく空気、それが分からず話を続けるドナルド、もう止めろよマジでヤベェよとこっちの胃が痛くなり、最後にはこう思わされるのだ、居たたまれねぇよ……と。

"Donald Cried"の要はこの類い稀な"居たたまれなさ"の積み重ねにある。彼が通った後には"居たたまれなさ"の焼け野原だけが残るばかり、いい加減ウンザリしたピーターがドナルドに体の良い言葉を並べて逃げ出したとしても、彼は考え得る限り最高にキモい形でピーターの元に舞い戻ってくる。その姿は"居たたまれなさ"という名の金属で形作られたターミネーターのようだ。彼はどこまでも追いかけてくる、向こう見ずで濃密な親切心をバネに、有り余る親愛の情を抱きながら。

だが物語は"居たたまれなさ"一辺倒で終わることがない。ドナルドの心は一方通行ではない。例え腐れ縁だとしてもピーターの中にも彼を慕う気持ちは確かに存在している。故郷に真っ白な雪が降りゆく状況で、2人の距離感が縮まる瞬間があるのだ。思い出話に華を咲かせ、今朝会った同級生のクリスティン(Louisa Clouse)について言葉を交わし、何だかんだ言ってやっぱり2人の友情は永遠じゃないか…………んな簡単に行くかよボケ!つまりAvedisian監督の巧みさはこの2つのテンションのバランス感覚にあるのだ。腐れ縁のクセして胸を打つ親密さとドナルドの凄まじいキモさが巻き起こす居たたまれなさ、2つは糾われる縄のごとくに代わる代わる映画に現れ、観客を翻弄していく。そして監督は絶妙なバランス感覚を以てその縄の上を渡り、私たちを魅了していく。

だがそれを成し遂げているのは監督として以上に俳優としてのKris Avedisianと言えるかもしれない。映画自体への感想は様々あれど、彼の演じるドナルドが"キモい"という意見には誰もが同意する筈だ。話し方、声のトーン、極まった挙動不審ぶり、空気の読めなさ、キモい人あるあるを1人の人間に凝縮した上で演じきる、キモさへの全力投球っぷりは他の追随を許さない。個人的にAvedisianは顔の長さといい垢抜けなさといい、在りし日のアダム・ドライヴァーを思わせる所がある。彼は「奇跡の2000マイル」で奇跡のキモオタ眼鏡姿を見せてくれたが、今作のAvedisianも60代のタモリかぶれな国語教師のような眼鏡を常時かけており、そのインパクトは絶大だ。そしてもちろん演技も上手い。Avedisianのキモさは突き抜け、いつしか憐れみすら帯びるようになる。方や故郷を抜け出しウォール街で人生の春を謳歌する男、方や故郷に閉じ込められたままキモさに打ちひしがれる男、この落差は痛烈でドナルドは必死でピーターにすがり付くのだ。

"Donald Cried"において"居たたまれなさ"とは、社会に馴染めないドナルドの生きづらさを源としている。だからその根底には如何ともし難い人生への悲哀が滲み渡る。それを才能ある監督として、才能ある俳優として描き出すKris Avedisianは米インディー界に現れたキモ星だ、さあ輝け、第2のアダム・ドライヴァーは君だ!!!

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
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その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
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その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
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その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
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その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び