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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても

老いは人々から様々な物を奪い去っていく。足が動かなくなる、視界がボヤける、腰が曲がったままになる……体の機能が衰えるごとに自然と行動範囲は狭まっていき、それはまた世界が小さくなっていくことを意味する。そんな世界においては、昨日は今日の繰り返しであり、今日は明日の繰り返しであると1日1日が見分けのつかぬ模造品と化す。そうして老いは人々から時間すらも奪い去っていくのだ。だがその果て、命が奪われる前、私たちに出来ることはないのか? 今回紹介するMaya Kosaのデビュー長編"Rio Corgo"はそんな問いと対峙する一作だ。

Maya Kosaは1985年スイスのジュネーヴに生まれた。ポーランド系の家庭に生まれ、実はミゲル・ゴメス「熱波」に"ポーランド人女性"役で出演も果たしている。ジュネーヴ造形芸術大学で監督業について学び、そこで創作上のパートナーとなるSérgio Da Costaと出会う。2010年には"L'ingénieur et la prothésiste"を、2012年にはDa Costaと共同で短編ドキュメンタリー"Aux bains de la reine"を監督、後者は故郷であるポルトガルのカルダス・ダ・ライーニャへと帰ってきたスイス人女性が自身の家族史を知ることとなる一作だ。そして2015年には初の長編となる"Rio Corgo"を完成させる。

この物語の舞台はポルトガルの山深くに位置する村、主人公はシルヴァという白髪も極まった1人の老人だ。彼は朝早くにベッドで目覚めると一張羅の黒いスーツに大きな麦わら帽子(ソンブレロ)を身につけて、外へと出掛けていく。愛用の杖をつきながら、石造りの建物が並び立つ道筋を歩いていく。だが何か特別なことが起こる訳ではない。近所に住むマリアに挨拶をする、村外れの農場で芋を掘る、そんなことをする内に日は陰りシルヴァは家へと帰っていく。そして彼は眠り、再び目覚め、スーツに麦わら帽子を身につけ、散歩に出掛ける。

前半、監督らはシルヴァの変わり映えしない日常をただ淡々と撮し取っていく。杖を頼りながら覚束ない足取りで歩を進める姿、水を溜めた風呂釜に洋服を入れ足で踏みながら洗濯する姿、半分に切ったジャガイモに更に切れ目を入れていく姿、こういった日常の些末な風景を彼女たちは長回しによって捉えていく。表面上には時間がゆったりと流れるような安らぎの感触がありながら、その実殆ど何も起きず何も変わらない風景の連なりにはシルヴァが内に抱く深い孤独感を饒舌に語っている。

そして撮影監督も兼任するDa Costaがレンズに焼きつける大いなる自然の数々も印象的だ。周囲には緑を鮮やかに浮かび上がらせる山々が聳えたつ中、その中腹にはシルヴァの住む村があり、新鮮な空気が画面に満ち渡る故に解放感すら感じられる。だがそれもまた表層だ。眼前に広がる緑は大いなる存在として君臨し、その地に深く根を下ろして微動だにしない。この映画において緑は不動の感覚を伴い、シルヴァに対し強迫的なまでに迫りくる。老いは全てを奪い取る、彼らから時間すらも奪い取ってしまうという強迫。

その影響はシルヴァの行動以外にも明らかだ。彼が愛猫と共に住む家には影がカビのように纏わりつき、そこかしこに物が散らばっている。それらは埃の被った過去の遺物として不動を保ち続けている。この家からもまた時間は奪われてしまっているのだ。そんな場所で人生の最後を過ごすシルヴァ、彼の瞳はほとんど過去の方にしか向いていない。財布に忍ばせたセピア色の写真、そこに写った若い女性の笑顔を見ながら彼は夜をやりすごしていく。彼の頭に現れては消えるのは父との思い出、子供の頃の苦い経験、最愛の人についての喪失の記憶だけだ。

あるシーンにおいて、シルヴァは椅子に腰掛け録音機に声を吹き込んでいく。何を食べても満足しない、酒場の客たちは私を苛立たせるしか能がない、私の手には何の力も残っていない、私はもう人生に飽き飽きしているんだ。彼の人生への諦念は如何ともし難いほどに深く、死が訪れる前に、既に彼の人生は歩みを止めてしまっている。

Kosaらは影響を受けた映画作家として、ジョアン・ペドロ・ロドリゲスジョアン・セザール・モンテイロマノエル・デ・オリヴェイラなどポルトガル人監督の名を多く挙げているが、特にペドロ・コスタへの傾倒は深く、インタビューではこんな言葉を残している。"彼が映す人々の人生を大いなる物に見せる方法論に感動させられます。彼は普通の人々を神話的な人物へと変えることが出来るんです"

だがそんなシルヴァにとって慰めとなっている存在がアナという少女だ。彼女は毎日シルヴァに肉の塊を届けにきており、話し相手にもなってくれるのだ。彼は思い出話を語り、自分の哲学を語り、時には渾身のマジックを見せることもある。アナもまた自分の居場所を見つけられない孤独な人物であり、その触れ合いの中で2つの孤独は共鳴しあい、彼の人生は少しずつ形を変えていく。

そうして監督らは息苦しいほどのリアリズムを幻想の揺らめきによってほどいていくのだ。沸騰した鍋から湧き出る白煙は森に満ちる濃霧へと溶け込み、物語には不動の木々を震わせる謎の女の存在がちらつき始める。彼にとって幻想は全てが奪われる最中に残る希望の光だ。老いに対して、時間の喪失に対して、死に対して抵抗する唯一の手段だ。彼はその幻想に勇気を以て飛び込んでいく。そしてシルヴァとアナが幻想の中で最後に共有する響きは人生の素晴らしさを高らかに謳い上げている。

今作はベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映され、ポルトガルのDocLisboaでは作品賞を獲得するなど話題となる。監督らの次回作は長編ドキュメンタリー"Milan noir"だ。ジュネーヴ近郊にある鳥類専門の病院を舞台に、環境破壊などの影響でいかに鳥たちが危機に瀕しているかを描き出す作品だそう。ということでKosa監督の今後に期待。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/kosa-maya(監督プロフィール)
http://variety.com/2016/film/festivals/corgo-kosa-da-costa-locarno-swiss-panorama-1201833501/(監督インタビュー)

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