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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代

タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
タイ・ウェストの経歴および彼の長編"The Roost"&"Trigger Man"についてはこの記事参照。

さて、タイ・ウェストは2007年に第2長編“Trigger Man”を製作後、友人であるイーライ・ロスの求めに応じて、破綻しかけている彼の代表作の続編計画を建て直すため、初めてメジャー映画の監督に就任することとなる。提出された脚本を退け、アイデアを出し、ゴーサインが出たことで彼は製作に乗り出すのだが、最初ウェストの計画に乗り気だったスタジオ側が一転渋い顔を見せ始める。そしてウェストの作品はズタズタにされ、怒り心頭の彼はクレジットから自分の名前を外せと要求するがスタジオ側がそれを拒否、晴れてタイ・ウェスト監督作「キャビンフィーバー2」という呪われた一作が爆誕する。この経験はウェストにとって忌まわしいものとなったようで、彼はメジャーから距離を取り、怒りや不満を原動力として自分が本当に作りたい作品の製作に着手することとなる。そうして2009年に完成したのがウェストの”第3”長編“The House of the Devil”だった。

舞台は80年代のコネティカット、大学2年生のサマンサ(「そんな彼なら捨てちゃえば?」ジョセリン・ドナヒュー)はある問題を抱えていた。朝からセックスに耽るルームメイトに業を煮やし新しい部屋を探していた彼女は、正にうってつけの部屋を見つけ出すのだが、そこに住むための費用が足りないのだ。さて来週までにまとまったお金を集めるにはどうしたらいい、そうして考えを巡らせるサマンサだったが、大学の掲示板にあるチラシを見つけるーー”ベビーシッター求む!”

彼のデビュー長編“The Roost”は往年のホラー映画の手触りを今に再現しようとした一作だが、その試みは本作において完璧な形で結実したと言っても過言ではないだろう。まずファーストショットに浮かび上がる砂粒が不穏に蠢くような荒い粒子は、フィルムの質感を観る者の網膜へと直に語る。そしてサマンサの姿を映す途中で、突然ストップモーションに切り替わり、画面に現れる“The House of the Devil”という文字列。そこに重なってくる山吹色の見覚えある色彩で紡がれゆくクレジット画面には、もう70〜80'sホラー好きは“こういうの昔観たことある!”と叫ばざるを得ないほど堪らない趣向だ。

だがホラーという側面だけでなく、80年代という時代それ自体の再現もまた緻密だ。まずサマンサたち登場人物の姿、絶妙なダサさを感じさせる格好に、過度にモコモコしまくった髪型はとても印象的だ。更に劇中に出てくる備品の数々もノスタルジーに溢れた代物ばかりだ。大学の構内にある古びた公衆電話は勿論、サマンサが肌身離さず持ち歩くウォークマンの異様なデカさには、ああこんな時代もあったんだねと遠い目をあおたくなることは請け合い。そこから流れてくる曲もThe Fixx"One Thing Leads to Another"The Greg Kihn Band"The Breakup Song (They Don't Write 'Em)"にと、あの頃の雰囲気を観客の肌ーー例えその時代を生きていなかった者にもーーに追体験させるような響きに満ちている。

この80年代への傾倒について監督はインタビューでこう語っている。"あの頃の映画には異なるペースや異なるスタイルが宿っていました。それも90年代の幕開けと共にMTV的な編集によって息の根を止められますが。80年代は本物の映画作りが――例え作られるのがホラーだったにしろ――ある程度の尊敬を以て扱われていた最後の時代だったんです"

"10代を過ごしたのは確かに90年代の時ですが(中略)私が形作られたのはもっと小さな頃です。私が興味ある物の多くは80年代由来のもの、少なくとも映画についてはね。それでもこの作品を観て80年代へのオマージュと言われるのは少し気分が悪いんです、オマージュというのはパロディと同じ風に聞こえますから。「ゾディアック」を観て70年代へのオマージュと言いますか? 違うでしょう、あれは70年代が舞台の映画なんであって、今作も同く80年代という時代を描いた作品という訳です。しかしここで描かれる80年代とはキッチュで"ラジオスターの悲劇"的なものではない、茶色がかり、翼のような髪をしている、羽目板の敷き詰められたあの80年代なんです"*1

こういった濃厚な80年代の空気感の中で、物語は進行していく。1度は仕事を受けるのを止めようと思いながら、依頼主であるウルマン氏(前々作の“The Roost”にも出演のトム・ヌーナン)が提示する報酬額に驚いたサマンサは、その日の夜から町外れの邸宅で仕事をすることとなる。親友のミーガン(「フランシス・ハ」グレタ・ガーウィグ)は”この仕事絶対ヤバいから止めなって!”と何度も釘を刺してくるのだが、たった4時間で400ドルも稼げる仕事を逃す手はないと聞く耳を持たない。その頃、折しも数年に1度しかやってこないという皆既月食の夜が到来しようとしていた……

ウェスト作品の特徴として挙げられるのは、恐怖を急がない点だ。不穏な予感を研ぎ澄まし、歩くような早さで恐怖を醸造していく。最初ベビーシッターの仕事と言っていた筈が、邸宅にしばらく居てもらって健康状態の思わしくない母親が何かしでかさないか見守っていて欲しいという仕事内容に変わり、家に帰ってきた依頼主の妻(「フライパン殺人」メアリー・ウォロノフ)の様子もどこかおかしいのだ。こんなん怪しすぎるよ逃げなきゃいかんわ、と観客はミーガンと同じような思いを抱きながら、金に目の眩んだサマンサは逃げようとしない。このどうにもし難い焦れったさも、往年のホラー好きには親しみ深い感覚だろう。ウェストはこういった感覚を私たちから巧みな形で引き出していく。

その意味で重要な役割を果たしているのが邸宅である。闇のヴェールを被った厳かな外観から露だが、この邸宅は余りにも不気味すぎる。内装は陰鬱な色合いで構成され、壁には古びた絵画が飾られ、燭台やテーブルなど時代を感じさせる代物が部屋の所狭しと並び立っている。もうそこにただ存在するだけで雰囲気は抜群なのだが、その存在感を更に高めるのがエリオット・ロケットによる撮影だ。フィルムの質感は勿論のこと、彼が邸宅に刻み込む陰影もまた絶品だ。2階からの不可解な物音を聞いたサマンサは、台所から包丁を持ち出し階段を上っていく。1段1段ゆっくりと階段を踏みしめていくサマンサ、その背後の壁には月光によって包丁を握り締める彼女の影が浮かぶ。そして登りきった後に、廊下の奥へと足を踏み入れるのだが、その時サマンサの体は漆黒に染まり、あの影と同化してしまうのだ。こうして不吉な予感が首をもたげる一連のシークエンスを、彼は邸宅の構造を上手く利用しながらワンショットで描き出していく。

そしてサマンサは邸宅に潜む邪悪な何かを垣間見ることとなるのだが、この何かは80年代という時代と密接に関わっている。今作の冒頭には“1980年代、70%の人々は悪魔を信奉するカルト教団の存在を信じていた”というテロップが表示される。この作品の背景にあるのはいわゆるサタニック・パニックという出来事だ。何処からともなく悪魔崇拝の噂が語られ、子を持つ親たちはその存在に震え上がり、催眠療法によって女性たちが自分たちはカルト教団のメンバーにレイプされたと告白していく。しかし彼らの存在を示す証拠は全く見つからないまま、真相は謎に包まれたまま今に至っている。この騒動が今作の背景にはあるのだ。

こうして全てのお膳立ては揃ったとばかりに、ウェストは今まで溜めに溜めていた物を一気に爆発させる。ジェフ・グレイス(ラリー・フェッセンデン「地球が凍りつく日」)による劇伴は観客の鼓膜を引き裂くほどの爆音で炸裂し、響き渡るストリングスは鼓膜ばかりか心をも激しく掻き毟る。更に今まで抑えていた分血糊も大盤振る舞い、登場人物たちは誰もが等しく鮮血に染め上げられる。そんな混沌を内包しながら今作は猛烈なクライマックスに雪崩れ込み、ラストにはもう完璧としか言い様のない余韻が待ち構えている。“The House of the Devil”は80年代のホラーを愛する人々は恭しく頭を垂れ、厳として滂陀の涙を流し、最後には全身の毛孔という毛孔から血飛沫を噴出させるほどの快感に満ちた珠玉の一作だ。タイ・ウェストは今作で80年代へ愛を捧げたという以上に、今作によって彼は80年代という時代そのものになったのだ。

だが作品自体の完成度も去ることながら、マンブルコア/マンブルゴア史において今作の背景はそれ以上に重要だ。まず目につくのは主人公の親友役であのグレタ・ガーウィグが出演していることだ。彼女は金髪をモッファモファさせて、誰よりも超80年代女子という風な格好をしており、ホラー的な意味で最高の見せ場も用意されている。今作の製作年は2009年であり、つまりジョー・スワンバーとのコンビを喧嘩別れで解消した“Nights and Weekends”(紹介記事その1)の翌年にあたる訳だが、この時点では完全にマンブルコア・コネクションと切れていた訳でなく「ハンナだけど、生きていく!」で共演したライ=ルッソ・ヤングの第2長編“You Wont Miss Me”(紹介記事その2)に出演したりなどしている(ノア・ボーンバックグリーンバーグに出演した2010年以後は完全に縁を切っている)

ガーウィグがこの作品に出演したのはおそらくスワンバーグのコネだろう。この時既にウェストはマンブルコアと繋がりを持っており、サンクス欄にはスワンバーグとマーク・デュプラスの名が仲良く並んでいる。撮影時期は“Nights and Weekends”の後に当たるので、友人スワンバーグとの擦ったもんだを知っていただろうし、ウェストも色々思う所があったかもしれない。ちなみに期を同じくして彼はスワンバーグの新作“Silver Bullets”(紹介記事その3)に俳優として参加したりしている(撮影は2年半かかり2011年にやっと公開という流れ)

更にマンブルゴアの面でいうと、ウェスト自身が第一人者なのは勿論のこと(本人はこのラベルを喜ばないとは思うが)、注目すべきなのは謎の変質者役として顔を出すA.J. ボーウェンの存在だ。彼はこの後アダム・ウィンガード「ビューティフル・ダイ」「サプライズ」に出演するなどマンブルゴアにおいて重要な役割を果たすのだが、元々は「地球最後の男たち THE SIGNAL」という作品が有名なジェイコブ・ジェントレーの友人であり、映画祭巡りの後にウェストと出会い、今作に出演するという流れになっている。更にウェストが2013年に製作したサクラメントではスワンバーグと共に主演も果たしている。この2人は先述も「ビューティフル・ダイ」で既に共演済みで、更に「サプライズ」ではウェストが俳優として2人と共演したりとすっちゃかめっちゃか、もうこのコミュニティ内での交錯具合が尋常じゃなくて、書いてて頭が痛くなってくる。

そしてもう1人、超重要な人物が今作にはカメオ出演している。その俳優の名前こそがレナ・ダナムだ。このブログで何度も紹介している故に紹介はHBOのドラマ作品「Girls」のクリエイターという記述のみに抑えるが、彼女はスワンバーグひいてはマンブルコアの影響を公言するポスト・マンブルコア世代を代表する人物なのである(詳しくはこの記事参照)じゃあウェストとダナムの繋がりはスワンバーグ経由かというとそれは違う。彼らはそれ以前の友人なのである。ダナムは彼との出会いについてこう語っている。

"タイは親友の1人、共通の友人が撮影監督をしているSNL Digital shortにエキストラとして参加したことで知り合って、一緒にテーブルに座り1日中語り合ったんです。タイは個人的にとても興味のある人物で、才能に溢れた映画監督でもあり、多くの時間を一緒に過ごしています。ホラーというジャンルは門外漢なんですが、彼の作品からは緊張感をどう持続するか、いつ演出を抑えていればいいか、いつ仰天させる何かを作りこめばいいかなど学ぶものが多くありました。彼が"The House of the Evil"に声の出演をしてくれないかと頼んできた時は、とても光栄でした"*2

親友なのは本当らしく、ウェストが“The House of the Devil”を完成させた時にはダナムが彼にインタビューするという記事が掲載されたり、彼の次回作「インキーパーズ」にもカメオ出演を果たしている。更にウェストから学んだことを糧として、2010年にダナムは傑作“Tiny Furniture”を監督、これを足掛かりに「Girls」製作のチャンスを掴むこととなる。こういった風に2人はクリエイターとして互いに尊敬しあうかなり密な関係にあるという訳だ。

さて重要なのはだ、この“The House of the Devil”はマンブルコア(ガーウィグ、サンクス欄にはスワンバーグ&デュプラス)、マンブルゴア(ウェスト、ボーウェン)、ポスト・マンブルコア(ダナム)の連結点であるということだ。才能が一同に介し、ここから彼らはそれぞれ栄光のテン年代へと漕ぎ出していく訳だ。ある者はホラー映画界ひいては米インディー映画界の異端として名を馳せ、ある者はHBOへと進出しこの時代を代表するドラマ作品を作り上げ、ある者はマンブルコアと手を切り彼女自身が新たなムーブメントとしてアメリカ映画界の最先端を走る存在となる、ああ何て素晴らしい光景だろうか!

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!