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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジェニファー・キム&"Female Pervert"/ヒップスターの変態ぶらり旅

さて、マンブルコアはその規模の異様な小ささから作品作品に同じ俳優ばかり出ているというのがウンザリするほど良くある。ギャラは安く済む、気心知れた友人同士なので作品が作りやすいなどなど様々な利点があってこの方法を選び取っていた訳だが(それにしても重複多すぎる感はある)、マンブルコア以降の世代にもずっと固まって同じメンバーで映画を作り続けているグループがあり、ふとした瞬間、おいおいこの顔前に何回も見たことあるぞと思うことが何度もある。その中でもテン年代のインディー映画を漁るにあたり、とても印象的な顔立ちをした、本当に良く見まくる俳優がいる。ということで今回はそんな個性派俳優ジェニファー・キムと彼女の初主演作“Female Pervert”を紹介していこう。

20代のフィービー(ボーン・レガシー」ジェニファー・キム)は不幸でもないが幸福でもない生活を送っている。その理由は分かっている、愛する人が居ないからだ。自分はこんなにも魅力的なのにホットな男は逃げていくばかり、そんな出来事が重なり彼女は実存主義的な不安(本人談)に陥っていた。この日も良い感じの男を自宅に連れ込み、得意のテルミン演奏で魅了したのはいいが、セックスを急ぎすぎた結果、彼のペニスにテルミンをけしかける暴挙に出て全てがご破算。フィービーの不満はどんどん溜まっていく。

今作は“関係性”の構築という奴に悩むヒップスターのプラップラなさまよいを描き出した奇妙なコメディだ。そんなフィービーは自分が結構な変態なのではないか?と悩み始め、世界の変態文化を何となく極めようとする日々を送るようになる。仕事の傍ら北欧やアジアの変態についてググったり、不細工男のニキビ潰しゲーム(ニキビをピンセットで潰すとプラス100点)を開発したり、友人の脇毛を引っ張ったり、他の友人の○○○○を○○○○○で○○○○り、それでも良い関係性は築けないし、変態が何なのかも分からない……

そしてこの作品においては、何故だか日本の存在感が無駄にデカいことになっている。彼女はとある読書会に参加しているのだが、そこでは海辺のカフカスプートニクの恋人など村上春樹作品が読まれており、それについて語る時変態という要素は欠かせない物になる。登場人物や展開の変態ぶりは勿論、そこから村上春樹作品と日本の変態ポルノの親和性、更にとなりのトトロを絡めた国における変態の相対性などなど、外から見ると日本と変態は切っても切れない関係にあるみたいだ。他にも主人公の上司が”ミレニアル世代が好きな物は芸術、フェミニズムスウェーデン、そして東京だ!”と語ったり、マジで随所に日本が出てくるのだ。

監督であるJiyoung Leeのユーモアセンスはかなり奇妙で、笑わされるというか、えっ、ええ……という困惑の中で口角が思わず上がってしまうような感触がある。断片的な語りの中にリズムを外されるような笑いが偏在する何ともシュールな雰囲気は、何か結構フワーっとしているのだが観ていると段々クセになってくる妙味が存在しているのだ。

だが“Female Pervert”で最も重要な存在は主演のジェニファー・キムを措いて他には居ないだろう。ということでここからは彼女のキャリアを追っていこう。韓国人の両親を持つ彼女はロサンゼルスに生まれ、幼少期をパサデナで過ごす。家族と共に観たレ・ミゼラブルの舞台に感動したのをきっかけに俳優を志し、10代の頃は演劇にどっぷりハマっていたのだという。そして彼女はニューヨーク大学のティシュ・スクール・オブ・アーツやロンドン王立演劇学校という名門大学で演技を学ぶ。

そして彼女は映画界に飛び込んでいくのだが、出演作品は「お買い物中毒な私!」少年は残酷な弓を射る」「ボーン・レガシーなどなど、こう見ると錚々たるものだが実際は役名もクソもない脇役ばかりだったそうで、この時代について自身のアジア系という出自を絡めながらキムはこう語っている。"(ハリウッド大作において)ある役を得られたのは人種の割り当てを満たす必要からと分かっています。下らないと感じたりもしますね。そういう役はいつも取るに足らない物ですから。それにアジア人女性が主演になることは殆どありません。もしそうなったとして、そういった物語はアジアについての物語であって、女性たちを描く物語では有り得ません。ですがだからといって世界が人種の違いに目を背けるようになって欲しくはないんです。違いは私たちをユニークな存在にしてくれる、それこそが美しいことなんですから。それでも"アジア人であること"で俳優として私が定義されない日を望んでもいます。しばらく前ハリウッドにいた時はまともな機会が与えられず、不満を抱いていました。だからインディーズに鞍替えしたんです。ハリウッドでは金を稼げますが、ちゃんとした役を演じられる、創作的に満足するにはインディー映画に出演してこそです。演じたい役が来なかったとしても、そういう役を自分で創ることだって出来るんですから"

そして彼女はこのブログでもかつて紹介したBenjamin Dickinsonのデビュー長編“First Winter”(紹介記事その1)に出演するのだが、これが忘れられない体験となったようだ。"今作を友人たちと映画を作った経験には最も大きな影響を受けました。彼らと組んだのはその時が初めてで、全く新しい世界が開けたんです。子供の頃に皆で一緒に遊ぶとそんな経験でした。友人たちが素晴らしい仕事をしているのは刺激的でやりがいもありましたし、もう既に皆が近しい関係だったのもあって、そこには多くの愛と創造力が満ちていて、その全てが1つの芸術へと昇華されていった訳です"*1

キムはこの後本格的にインディー映画界へ足を踏み入れるのだが、彼女とかなり密接な関係にある俳優こそ、やはりブログで紹介したリンゼイ・バー(紹介記事を読んでね)だ。2人は同じティッシュ・スクール・オブ・アーツ出身であり、おそらくこの時期から友人だったのだろう。“First Winter”は勿論のこと、Dickinsonの短編“Super Sleuths”(ここではケイト・リン・シャイルと共演)やLawrence Michael Levine監督作“Wild Canaries”、アレックス・ロス・ペリーなどポスト・マンブルコア世代のインディー作家&俳優勢揃いな“Devil Town”など数多くの作品で共演、更にはバージが主演を果たしたダークコメディ“Lace Crater”ではジョー・スワンバーとも共演していたりする。こうして友人を伝って精力的に映画に出た後、初めて主演を果たした作品がこの“Female Pervert”な訳である。

今作において彼女は傍から見ると何か滅茶苦茶プラップラヘラッヘラしているミレニアル世代の典型的な人物を演じている。それでも本人としてこれほど切実な悩みは存在しない故に、表面上の軽薄さは徐々に居場所を見つけられない女性の抱く悲哀へと姿を変えていく。一度見たら忘れられない彼女の顔立ち、パーツの1つ1つが小さく何とも心許ない印象を与える顔立ちが悲哀を語る。とは言え全体として“Female Pervert”は変態問答を重ねる奇妙な奇妙なコメディだ。この記事を読んだ方、ジェニファー・キムの顔だけでも覚えて帰ってください。

参考文献
http://my.xfinity.com/blogs/tv/2014/05/14/jennifer-kim-opens-up-about-her-asian-american-heritage/(インタビュー記事)

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ