鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Oleg Mavromatti&"Monkey, Ostrich and Grave"/ネットに転がる無限の狂気

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20181001223241j:plain

こういうことを経験したことはないだろう。Youtubeなどの動画サイトで偶然見かけた動画、そこにはただの一般人が映っており彼/彼女は辿々しくも一生懸命に何かを喋っていて、同じような構図の作品が幾つも見つかるなんてことが。しかし動画の再生回数は全て10回かそこらで、それでもその人物は誰が見ているかも分からないままに動画を上げ続ける。そんな作品を見ていると微笑ましさと共に何となしの居たたまれなさを感じることがある。この人は何のために動画を上げているのか、動画を上げ続けられる動機とは一体何なのか、そんな思いが頭を巡るのだ。さて、今回はそんな居たたまれなさを未知の地平へと接続する意欲作である、Oleg Mavromatti監督作“Monkey, Ostrich and Grave”を紹介していこう。

今作の主人公はゲリディ(Viktor Lebedev)という何処にでも居そうな中年男性、彼の日課は動画サイトに自作の動画をアップすることdった。例えばある作品で彼はカメラに向かって昔祖母が話してくれたという“小さな王女さま”という昔話について語る。喋りの拙さや撮影/編集のダラダラ加減は正に素人技というべき代物であるが、頭痛の治し方や料理の手順を語るゲリディの姿には親しみや可笑しみが宿っている。

それでもその空気感は徐々に変わり始める。ある時ゲリディは唐突にUFOを見たと言い出す。彼は紙にUFOの形を書きながら興奮した面持ちでその出会いを語り、過去に遭遇した宇宙人についても喋っていく。そして次の動画ではアルミホイルで作った帽子を“UFOの音を捉える発明”だと主張し、聞く者を当惑させる。こうしてここに宿っていくのは日常が非日常によって侵されていく厭な感覚だ。最初は日常についての他愛ない語りであったのが、宇宙人やUFOなどの妄想に侵食され始める様は、不気味としか言いようがない。

しかしそれが妄想ではなくなり始める瞬間すらも存在している。妄想がエスカレートしたらしいゲリディは念力で新聞紙が燃やせると言い出す。最初は見事に失敗するのだが、その時点で何かがおかしいことに観客は気づくだろう。そしてその不信感は2回目に確かな驚異として結実する。2回目、彼は新聞紙に念を送ると、本当にそれが燃えてしまうのだ。歓声を上げて狂喜する彼の姿の中に、妄想と現実が混ざりあうのである。

そしてこの妄想/現実の対立に更なるレイヤーが刻まれることとなる。ある動画の中でゲリディは外に赴いて、視聴者の質問に答え始める。その内容は“どのインスタント麺が一番好きか?”だとかそういった冷やかし半分の物ばかりで笑いを誘うが、画面外からは叫び声や騒音が聞こえてくる。ゲリディは気まぐれにそちらへカメラを向ける。するとそこには頭から血を流して微動だにしない人間の身体が転がっているのだ、しかも幾つも。そして目前で銃撃戦すら行われている。それでもゲリディは呑気に質問に答え続けるのだ。その乖離は観客に奇妙な恐怖を与える。

この乖離の鍵はルガンスクという地にある。ゲリディの住む町であるルガンスクはロシアとウクライナの国境付近に位置する町である。そして今作の舞台となるのは2014年、つまり2国間の緊張感が最高潮にあったウクライナ東部紛争の時期なのである。紛争の最前線にあるこの場所においては血まみれの非日常はもはや日常以外の何物でもないのである。その意味で歴史的側面から見ても今作では日常/非日常が混在しており、それが異様に見えてくる訳である。

その混在が爆裂を遂げる瞬間がある。ゲリディはカメラに向かって灰色のノートに記した絵の数々を紹介することとなる。最初はまだ微笑ましい日常の絵や天使の絵などが紹介されながらも、ここにもやはりUFOや宇宙人が現れ始め、事態は不気味な展開を迎える。UFO内の様子、切断された中国人の首、血まみれで実験体になる男の姿。唾を飛ばしながら悲痛なまでの叫びで以て全てを曝け出すゲリディ、彼に宿る余りにも切実な狂気は胸に迫る。

“Monkey, Ostrich and Grave”はネットの海に転がっている他愛ない動画の数々を起点として、日常/非日常の境目を問うような恐ろしい作品だ。そして最後に私たちは、その二項対立を突き抜けた先にある戦慄を目の当たりにすることとなるだろう。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20181001223253j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
その294 Flávia Castro&"Deslemblo"/喪失から紡がれる"私"の物語
その295 Mahmut Fazil Coşkun&"Anons"/トルコ、クーデターの裏側で
その296 Sofia Bohdanowicz&"Maison du bonheur"/老いることも、また1つの喜び
その297 Gastón Solnicki&"Introduzione all'oscuro"/死者に捧げるポストカード
その298 Ivan Ayr&"Soni"/インド、この国で女性として生きるということ
その299 Phuttiphong Aroonpheng&"Manta Ray"/タイ、紡がれる友情と煌めく七色と
その300 Babak Jalali&"Radio Dreams"/ラジオには夢がある……のか?
その301 アイダ・パナハンデ&「ナヒード」/イラン、灰色に染まる母の孤独
その302 Iram Haq&"Hva vil folk si"/パキスタン、尊厳に翻弄されて
その303 ヴァレスカ・グリーゼバッハ&"Western"/西欧と東欧の交わる大地で
その304 ミカエル・エール&"Amanda"/僕たちにはまだ時間がある
その305 Bogdan Theodor Olteanu&"Câteva conversaţii despre o fată foarte înaltă"/ルーマニア、私たちの愛について
その306 工藤梨穂&「オーファンズ・ブルース」/記憶の終りは世界の終り
その307 Oleg Mavromatti&"Monkey, Ostrich and Grave"/ネットに転がる無限の狂気