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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marcelino Islas Hernadez&"Clases de historia"/心を少しずつ重ねあわせて

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男女もしくは男性2人の関係性を描き出す映画は多い。だが女性2人というとどうだろう。例えばイングマール・ベルイマン「ペルソナ」リドリー・スコットテルマ&ルイーズなどがあるが、前者に比べると挙げられる数は少ないだろう。私はそういう映画が好きな故に、少なさには悲しくなるのだが、メキシコ人監督マルセリーノ・イスラス・エルナンデス Marcelino Islas Hernandez監督の第3長編「ヒストリー・レッスン」(原題:Clases de historia)は正にそんな関係性を描き出した、美しい1作だ。

今作の主人公は70代の歴史教師ベロニカ(ベロニカ・ランガー)だ。彼女はガンに苦しみながら生きる日々を送っていた。そんなある日彼女は転校生のエバ(レナータ・ヴァカ)と出会う。エバは反抗的な態度を取り続け、遂に2人は喧嘩を繰り広げるまでになってしまう。しかしベロニカの家にエバが謝りにきたことから、事態が少しずつ動き始める。

「ヒストリー・レッスン」はそんな2人の関係性の移り変わりを描き出した作品だ。最初は喧嘩をするなど関係はぎこちないものだが、交流が始まってからはだんだんと仲良くなっていき、コーラを一緒に飲んだり、逆にベロニカがエバの家に赴くなど少しずつ関係が進展していく。その様子をエルナンデス監督は淡々とした筆致で描き出していく。

そして監督はその関係性を描くにあたって、背景として登場人物たちの身体性に焦点を当てる。この映画が人々の身体に向ける視線はとても優しいものだ。例えばベロニカが足の毛を剃る場面、白かった髪を鮮やかに染め直す場面、後半におけるエバの背中をベロニカが掻く印象的な場面。この映画は日常を生きる身体、日常の中の身体性を暖かく描いている。この傾向は同じメキシコ出身の作家Natalia Almada“Todo los demas”やブラジルのクレベール・メンドンサ・フィーリョ監督によるアクエリアスなどにも見られる。今ラテンアメリカ映画界における1つのブームなのかもしれない。

エルナンデス監督の前作“La caridad”は30年連れ添った夫婦が直面する危機を描き出した作品で、シリアスな雰囲気の中に真顔のユーモアが差し込まれる独特の一作だった。今作はもっとストレートに明るく喜びに溢れた作品となっている。2人の交流には心が暖められるような魅力が備わっており、中でも遊園地ではしゃぎ回る彼女たちの姿には多幸感すら宿っている。

物語が進展していくにつれ、そんな関係性は複雑さを増していく。エバは年上の恋人の子供を妊娠しているが、中絶するつもりだという。そんな彼女に親類のふりをして付き添うのだが、そこから彼女はエバの世界に深く潜り込んでいく。彼女の友人である若者たちと交流を深め、その文化を垣間見、憧れを抱くうち、ベロニカの中にエバへのある思いが募っていく。

ここにおける関係性は言葉に表すことは困難なものだろう。友情でもなければ愛情でもないような、その中間地点に存在している曖昧な感情。ベロニカはそんな感情を抱えながら、エバと距離を深めていく。そんな姿を描き出す監督の手捌きは息を呑むほどに機微微妙なものであり、彼はひどく難しいだろうこの技を巧みに披露している。

こういった感触の数々を強化していくのが、主演の2人を演じる俳優たちだ。まずエバ役のレナータ・ヴァカ、彼女は演技初体験というが(本業はYoutuber/Instagramerらしい)その存在感は素人離れしており、思春期の複雑な心を見事に捉えている。だがMVPはベロニカ役のベロニカ・ランガー(脚本段階から彼女に当て書きしたそうで、名前が同じなのもその名残)だろう。老いや死の恐怖に晒されながらも、残り少ない人生の中に存在する新たな可能性を探り続ける姿はとても美しい。終盤における告白場面はその意味で頗る胸をうつような感動を誇っている。

「ヒストリー・レッスン」は2人の全く違う女性たちの交流を通じて老いと若さ、生と死の交錯を鮮やかに描き出す作品だ。ここにはこの世界で生きること、生き続けることの喜びが深く深く滲み渡っている。

さて、ここからは監督の話を。「ヒストリー・レッスン」観賞後、私はマルセリーノ監督と会って一緒に昼食を食べた。実は彼とは友人関係なのである。きっかけはFestival Scopeで彼の第2長編“La caridad”を観たことだ。いつものようにレビューを書いてサイトに載せると、何と監督本人からメールが届いたのである。メール上で色々話した後、彼は日本で何か進展があったらまた連絡するよと言ってくれた。

それから1年後である。東京国際映画祭のホームページで上映作品を眺めていた所、私は彼の名前を見つけたのだ。最初は見間違えたかと思ったが、調べると確かにあのエルナンデス監督である。この喜びをTwitterで呟いたら、フォローしてくれていた彼から再びメッセージが届いた。“やあ、という訳で今度会わないかい?”監督は約束を忘れていなかったのである。そして私は彼から頼まれ予告編の字幕翻訳を行ったり、映画祭での感想を英訳して伝えたりした後、とうとう映画館で彼と出会いを果たしたのである。

それは、いやはや素晴らしい経験であったことは全く言うまでもない。ベロニカさんやスタッフ陣、通訳さんも交えて昼ご飯を食べながら、私が待ち時間に書いたレビューについて、メキシコ映画界の現在と過去について(様々なメキシコ人作家について喋ったが、ミシェル・フランコの名前を出したら表情が曇ったのは笑った)東京観光について話すなど楽しい時間を過ごした。更に六本木から渋谷まで行って東急ハンズアップリンクにも赴いた。いやいや本当に素晴らしい経験で、私は彼と再会を約束して帰路についた訳である。

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