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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Russell Harbaugh&"Love after Love"/止められない時の中、愛を探し続けて

死は誰の元にも平等にやってくる。あなたの元にも、そして信じたくはないだろうが、あなたの大切な人の元にも。あなた自身の後にあなたの人生は続くことはないが、しかしあなたの大切な人の死の後にはあなたの人生は否応なく続いていく。その時、あなたはその事実にどう対峙するだろうか。泣きわめく、ただただ眠り続ける、死んでないかのように陽気に振る舞う、自分自身の人生をも終わらせる……あなたはどれを選び、どれを選ばないだろうか。さて、今回紹介するのはそんな大切な人の死の後にも続く人生を描き出していく、Russell Harbaugh監督によるデビュー長編“Love after Love”を紹介していこう。

Russell Harbaughインディアナ州エヴァンズヴィル生まれ、ニューヨークを拠点とする映画作家だ。コロンビア大学で映画について学び、現在はホフストラ大学で脚本執筆の教鞭を取ってもいる。実際に脚本家として"The Mend"という映画を手掛けているが、これについてはブログで紹介記事を既に書いているので読んでね。映画監督としては2011年に短編"Rolling on the Floor Laughing"を製作、母の誕生日に実家へと帰ってきた兄弟が謎の男と共に母への愛を競い合うというドラマ作品で、ミラノ映画祭やサンダンス映画で上映されると同時に、MOMA主催のNeww Directors/New Filmsに今作が選出されるなど広く話題になる。そしてサンダンスのディレクターズ・ラボに参加した後、2017年には初の長編作品である"Love after Love"を完成させる。

この物語の中心となるある平凡な1つの家族、父グレン(「ボルケーノ」ギャレス・ウィリアムズ)に母スザンヌ(「グレイストーク -類人猿の王者- ターザンの伝説」アンディ・マクダウェル)、兄ニコラス(「ある神父の希望と絶望の7日間」クリス・オダウド)に弟クリス(James Adomian)の4人家族だ。ある日彼らは友人たちを招待してパーティーを開催する。皆が楽しそうに冗談を語り、美味しい料理に舌鼓を打つ中、グレンの様子が少しおかしい。声が掠れ、心なしか動きもぎこちない。そう彼は重篤な病に冒され、もう長くはないという状況にあったのだ。

次の瞬間、カメラには呻き声を上げるグレンの姿が映る。もはや介護されなければ身体すら動かせない状態にまで悪化してしまったのだ。スザンヌがベッドで横たわるグレンを献身的に介護し、ニコラスはその様子を心配げに眺める。しかし彼女たちの努力も空しく、グレンは家族を置いてこの世から去ってしまう。

この“Love after Love”はここからこそ始まると言っていいだろう。今作は夫であり父であった最愛の人の死の後に広がる家族の風景を描き出す作品なのだから。彼を見送ったのち、スザンヌは喪失の悲しみに暮れながら、日々を陰鬱に過ごしていく。動揺を隠せないニコラスは恋人であるレベッカ(“The Knick” ジュリア・ライランス)との関係に安らぎを見出だせず、2人の間には深い溝が横たわり始める。そしてクリスは悲しみの余り、思いも寄らぬ行動に打って出ることになる。

この物語のトーンは驚くほど淡々としたものだ。監督のHarbaughと編集のMatthew C. Hart&John Magary(後者は映画監督としても活躍、デビュー長編"The Mend"についてはレビュー執筆済み)は1つの出来事に拘泥することなく、線ではなく点として日常を次々と並べていく。繋がりが意図的に希薄化された物語には、時の過ぎ去る感覚、いうなれば諸行無常の感覚が濃厚だ。日々はあれよあれよと進んでいく。母は孤独から逃れるため新しい愛に身を重ね、ニコラスはレベッカと別れてエミリー(「チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密」ドリー・ヘミングウェイ)という名の若い女性と婚約することとなる。その出来事1つ1つはいともあっさりと過ぎ去っていき、人生は変化していく。

今作の特筆すべき要素としてChris Teagueによる撮影の美しさがある。16mmフィルムで撮られた故、常時枯れ葉色の粒子が画面を覆っている。まるで秋の日に漂うほのかな暖かさとその中にふと兆す侘しさが画面内に同居しているようで、物語には深い情感が宿っていく。

だがそれ以上に感動的なのは傷ついた登場人物たちを演じる俳優陣、特にアンディ・マクダウェルクリス・オダウドだ。表向き冷静に最愛の夫の死に対処しながらも、時には感情を爆発させたり、自身を苛む孤独から目を背けるため新たな愛を探していく複雑な中年女性を、マクダウェルは温もりある共感と共に演じていく。その一方でニコラスは愛に不誠実でありそれ故に不安定な生活を送る人物であり、子供っぽい性格を露にしながら父の死を何とか受け入れようと足掻く。オダウドは全てをさらけ出しながら、そんな彼を体現していく。2人を含め俳優たちの皆が、日常に根差した感情のうねりを劇的にではなく、これでもかと繊細に捉えていくのだ。それがまた新たな感動を生み出していく。

そして誰が望もうと望むまいと、時は流れていく。一応の決着がつく事象があれば、そのままうやむやになる事象もある。全ては平等に流れていきながらも、それぞれが平凡な日々の中にそれぞれの救いを見つけていく。それを象徴するのがクリスのスタンダップコメディだ。彼は舞台に立ち、死んだ父親についてのネタを連発していく。観客たちは笑う時もあれば笑わない時もある。しかしクリスの表情は晴れ晴れとしている。カメラを彼の顔の前に据えた数分にも渡る長回しによって、監督は確かな救いの存在を明らかにする。

“Love after Love”は最愛の人の死の後にも塞き止められない時の流れの中で、それでも愛や生きる意味を探し求める家族の物語だ。この物語は死によって幕を開け、死によって幕を閉じる。それなのに何故こんなにも生きることの喜びや愛おしさに満ち溢れているのだろうか?その答えはこれを観る人々それぞれの心の中に、言葉を越えた美しさとして宿っていくのだろう。

ちなみに後日談。“Love after Love”の感想をTwitterで呟いたら監督がその呟きをお気に入りに入れてくれた。なのでTwitter上で“本当に、本当にこんなにも美しい映画を作ってくれてどうもありがとう!この映画は今年観た中でもベストの1本だよ。これからも頑張って!”と感謝したら、“優しい言葉をありがとう!観てくれたことに感謝”と秒速で返信が来た。映画が良ければ人柄もいい、最高か。ということでHarbaugh監督の今後に超超超期待。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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