鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす

さて、私はアメリカのインディペンデント映画界における才能を多数紹介する記事を多く書いている訳で、日本においていかに彼らが紹介されていないかが残念に思えてならない。だがアメリカのドキュメンタリー映画愛する人々の悲しさは更に深いものだろう。日本で知られているドキュメンタリー作家と言えばマイケル・ムーアフレデリック・ワイズマンしか居ないのでは?と感じるほど、ドキュメンタリーは浸透していない。メイスルズ兄弟エロール・モリスなどの巨匠から、Kevin Jerome EversonDeborah Stratmanなどのベテラン作家、Kalik AllahBing Liuなどの新鋭作家(ちなみにAllahについてはブログ記事を書いている)まで情報が余りないのは残念どころの騒ぎではない。ということで今回はそんな現状に一石を投じるため、アメリカ映画界では頗る有名なベテラン・ドキュメンタリー作家であるTravis Wilkersonと彼の最新作"Did You Wonder Who Fired the Gun?"を紹介していこう。

Travis Wilkerson トラヴィス・ウィルカーソンは……とプロフィールを書いていきたい所だが、実は山形国際ドキュメンタリー映画祭で彼の作品が上映されており既に日本語プロフィールもあるのでそれを引用しよう。"伝説のキューバ人映画監督サンティアゴアルバレスハバナで運命的な出会いを果たし、人生が一変する。現在は南米で生まれた映画運動サード・シネマの流れを汲み、政治的メッセージを形式に色濃く反映した映画を監督。作品は、サンダンス、トロントロッテルダム、ウィーン、YIDFF、FIDマルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭、ルーブル美術館など、世界各国の上映会や映画祭で上映されている。2010年、米映画批評誌Film Commentの批評家が選ぶ過去10年の前衛映画作家トップ50に選出される。代表作は、労働運動家フランク・リトルのリンチ事件を描いたアジテーションプロパガンダ映画"An Injury to One"(2002)。その他には、サンティアゴアルバレス監督を描いた「加速する変動」(1999、YIDFF 1999)、"National Archive, V.1"(2001)、"Who Killed Cock Robin?"(2005)などの作品がある。"*1

ということでここでは約20年にも渡るキャリアの中から、彼の作品を紹介していこう。まずデビュー長編は1999年製作の「加速する変動」(原題:"Accelerated Under-development: In the Idiom of Santiago Alvarez")だ。先述したキューバの伝説的映画作家サンティアゴアルバレスの生涯を描き出した作品である。そして2001年の短編"National Archive V.1"の後に2002年には中編"An Injury to One"を製作、モンタナ州ブッテで労働運動の指導者として活動したFrank Littleがリンチによる死を迎えるまでを描いた作品で、LAタイムズに"政治的映画における画期的一作"と評されるなどWilkersonの名は一気に有名になる。

2005年には彼にとって初の劇長編となる"Who Killed Cock Robin"を製作、"An Injury to One"の舞台ともなったブッテという町で人生の苦闘を繰り広げる青年の姿を追った作品だった。2007年のパフォーマンス・アート"Soapbox Agitation #1"を経て、2011年には短編"Pluto Declaration"と長編「殊勲十字賞」(原題:"Distinguished Flying Cross")を手掛ける。後者はベトナム戦争に従事した父親の語りをカラーフィルムや歌謡曲を交えながら描き出す実験映画であり、山形ドキュメンタリー映画祭では特別賞を、シネマ・ドゥ・リールではSCAM賞を獲得するなど大いに話題になる。

その後も2012年にはアフガニスタンでの戦争を題材としたオムニバス短編集"Far from Afganistan"に参加する共に単独短編"Fragments of Dissolution"を製作し、2013年には20年代から30年代にかけて共産主義者を捕える為活動した悪名高い警察チームを描く"Los Angeles Red Squad: The Communist Situation in California"を手掛る。2014年のファーガソンで白人警察官に射殺されたマイケル・ブラウンへの鎮魂的短編"For Michael Brown"を経て、2015年には長編"Machine Gun or Typewriter?"を完成させる。ある男がかつて愛した女性を、違法の海賊放送を通じて見つけ出そうとする姿を追った実験映画でありロカルノ国際映画祭でプレミア上映されるなど話題になる。そしてWilkersonは2017年、現時点での自身の代表作とも言うべき傑作ドキュメンタリー"Did You Wonder Who Fired the Gun?"を監督することとなる。

1946年11月、アラバマ州の小さな町ドーサンでその事件は起きた。食料品店の店主であった白人のS.E.ブランチが黒人のビル・スパンを射殺したのだ。この事件は正当防衛として処理され、やがては歴史の闇へ葬り去られてしまったが、それを掘り起こそうとする人物が現れた。そんな彼こそブランチの曾孫であるラヴィス・ウィルカーソン監督だった。

彼が事件を調査するきっかけとなったのが、テン年代前半のアメリカを席巻した“Black Lives Matter”運動だった。2012年、黒人青年トレイヴォン・マーティンが白人警官によって射殺された事件へのデモに監督は参加していたのだが、その中で彼は自身の曾祖父が同じような状況で殺人事件を起こしたことを知る。更にブランチは差別主義者であったという事実に驚き、そんな人物が自分の親類にいたのかと興味を持った監督が事件を調査することになったという次第である。

まず彼はブランチがどんな人物だったかについて調べていく。食料品店の店主として真っ当に生きていながらも差別主義者であった人物、写真やビデオに映るのを好まなかったシャイな性格の男性。だが1枚だけ監督とブランチが共に写っている写真が残っている。気のよさそうな禿げ頭の老人が純真な赤ちゃんを抱いている写真だ。それは微笑ましいものだが、監督は感傷に流されることなく、ブランチの死亡診断書を淡々と読み上げる。名前、住所、配偶者の有無とその名前、そして死因ーー銃による射殺……

監督は全ての始まりの地であるドーサンへと赴くことになる。そこは閑散とした小さな町であり、ブランチが経営していたという食料品店はとうの昔に閉店しており、地元の人々によりリフォームされて次のオーナーが来るのを待ち続けている。監督自身が持っているカメラはそんな風景を先鋭な白黒映像で映し出していくのだが、この映像の数々には何とも言い難い侘しさが宿っている。

更に彼はドーサン周辺の町を渡り歩き、事件当時のこの地の状況がどんなものであったのかを丹念に調べあげていく。そこで出会うのが、ドーサン近辺の町アビーヴィルで、キング牧師よりも以前に黒人の権利を勝ち取るため戦っていたという活動家エド・ヴォーンだ。彼はウィルカーソン監督に対して忌憚なく当時の様子を語る。学校に蔓延する人種差別を正すために退学をも厭わずストライキを決行したこと、母親が白人警官にレイプされそうになったこと、その事件を調査した人物が余りにも有名なモンゴメリー・バス・ボイコット事件の中心人物であるローザ・パークスであったこと。彼の話には、黒人がいかに差別されてきたか、いかに自身の権利を獲得しようとしたか、そんな歴史の数々が織り込まれているのだ。

そして監督はそんな歴史を背景として、家族の闇へと踏み込んでいくこととなる。母や叔母に話を聞きながらも明確な証言は得られない中で、唯一行方不明だったブランチの孫であるジーンに彼は迫っていく。彼女は移民排斥などを掲げる筋金入りの白人至上主義者であり、話を聞くことは困難に思われたが、ある時彼女の方から監督に手紙が送られてくることになる。曰く“祖父は襲われていた黒人女性を守るために、そのビル・スパンを射殺したのだ”と。もちろん簡単にその証言を信じることが出来ない最中、監督はあれよあれよと家族史の闇へと飲み込まれていく。

こうして彼は否応なしにアメリカという国それ自体の闇へと行き当たることになるのだ。先述したヴォーンの生地であるアビーヴィルに今でも残る病院には黒人差別の傷が刻まれている。そして彼がその後立ち寄るセルマでは、逆に黒人差別と戦い続けたキング牧師がデモ行進を行ったエドマンド・ペタス橋へと導かれる。そして白人の人権活動家が殺されたアタラという町へ至る道、空は真っ赤な血の色に染まり、ウィルカーソン監督が進む道を不穏に照らす。そして殺害された男を弔う曲が響く中で、ウィルカーソン監督を起点とする家族史の闇がアメリカの歴史へと溶け込んでいくことを、観客は感じることになるだろう。

冒頭、監督は自身が関わる事件を説明する際、ハーパー・リー原作&グレゴリー・ペック主演の名作アラバマ物語を引用する。黒人と白人の関わる事件、その根底にある人種差別、時代の近さ。共通点は多くとも「アラバマ物語」はアメリカの良心を描いているのとは対照的に"Did You Wonder Who Fired the Gun?"アメリカの闇と悪意を忌憚なく描き出している。そして監督は言うのだ。“これは‘白い悪夢’の物語なのだ”と。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!