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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い

さて、ロシア連邦はその名の通り様々な国から成り立っている連合国家であるのだが、その中のカバルダ・バルカル共和国という国を皆さんは知っているだろうか。正直言って私なんかは全く知らなかった。しかし私たちが知らないだけで、そこでは様々な人々が人生を送り、そして様々な事件さえも起こっている訳だ。ということで今回はそんなカバルダ・バルカル共和国を舞台とした一作である、弱冠26歳の新星Kantemir Balagovによる初長編“Closeness”を紹介していこう。

Kantemir Balagovは1991年カバルダ・バルカル共和国のナルチクに生まれた。最初彼はスタヴロプリで経済学について勉強していたが、23歳の時アレクサンドル・ソクーロフ監督によってナルチク大学に設立された映画科に入学、映画製作を学び始める。2014年の短編"Pervyy ya""Andryukha"、2015年の中編劇映画"Molodoy eschyo"を経て、彼は2017年に初の長編作品である"Closeness"を完成させる。

舞台は前述の通りロシア連邦南部、北コーカサス地方に位置するカバルダ・バルカル共和国だ。冒頭、この国の首都であるナルチクの風景が流れると共にこういった字幕が現れる。“私の名前はKantemir Balagov、この映画の監督です。この作品は私の故郷であるナルチクを舞台としています。そして描かれる事件は1998年に実際起こった事件でもあります……”

今作の主人公はユダヤ系コミュニティに住むイラ(Darya Zhovnar)、父親であるアヴィ(Atrem Cipin)と共に車の整備をして生計を立てている家族思いの若い女性だ。家族との関係はもちろんのこと、恋人であるザリク(Nazir Zhukov)との関係も順調であり、幸せな日々を過ごしている。そして最愛の弟であるデヴィッド(Veniamin Kac)がとうとう結婚するということもあって、家族は今までにない幸福感に包まれていた。

“Closeness”はそんな状況にあるイラを中心に描かれる物語だ。ダルデンヌ兄弟的な社会派リアリズムに貫かれている故に、そのイラたちの日常や開催される宴会は撮影監督Artem Emelianovの手振れカメラで追跡されることとなる。そうして多用される極端なクロースアップの数々は観る者にとって息苦しいものだが、そこに息づく文化や漂う空気感を生々しい形で感じたり目撃したりすることができるはずだ。

そんな中で宴会後の深夜、デヴィッドと彼の妻が誘拐されるという事件が発生する。家族は莫大な額の身代金を要求されてしまい、家にある家具や美術品を売り払う羽目になるのだが、それだけでは足りないと分かった家族はイラに詰め寄っていく。自分たちを援助してくれるという家族の息子の元へ嫁に行けと。

こうしてイラの孤独なる苦闘が始まることとなる。両親に対しては罵詈雑言を捨て吐き、頑なに自分の意思に反する結婚を拒み続ける。そして恋人であるザリクと共に激しいセックスを繰り広げて、大いなる鬱憤を晴らしていく。そういった彼女の姿は悲痛で、心の動揺は酷く生々しい。イラを演じるDarya Zhovnarはこれが初めての映画出演だというが、そうだとは信じられないほどの迫真性に満ち溢れていると言っていいだろう。

更にこの映画においてはイラの苦闘に共和国の実情すらも絡み合うのだ。セックスの後、イラは○やその友人たちと共にテレビを眺めるのだが、そこに映るのは凄惨な光景ばかりだ。自国の兵士たちがロシア人たちによって虐待され抑圧され、最後には命を奪われる一種のスナッフ動画。一見物語とは関係のない、ただショックバリューのみを求めた描写のようにも思われるが監督自身はインタビューにおいてこういった発言をしている。

"初めてそれを観た時、私は確か14歳ごろでした。CDで見たんだと思います。学校にいるみんながこの映像を見ていました。そしてそれが私にとって初めての死との遭遇であり、最もショックだったのは映っているのは私たちの隣人であったからです。とても恐ろしかった"

"(その映像に気分を害した観客もいたが?と聞かれ)正直に言うと驚きはなかったです。別に気にもしていません。登場人物たちが生きる時代の地理的・政治的背景を説明するにはその映像が必要だと分かっていた、それが主な理由です。他には当然感情に触れる衝撃のためですね。私はそれをフィクションとして再構成しようと思っていましたが、観客への感情的な衝撃は(自分たちが受けたのと)同じ物ではないと分かっていました。私は観客に彼らの死を尊重して欲しかった。死を再構成する時はいつだって、それは本物でないと分かってしまう。だから本物の映像が必要だったんです"*1

今作の核は先ほども記した社会派リアリズムながらも、監督はそのリアリズムを越えた抜群の色彩感覚によって物語に更なる深みを与えていく。窓から差し込んでくる濃厚な赤や黄色は人工的な触感を持ち、観る者に脅威を感じさせる。それに対してイラがその身に纏い続ける青の色彩はつまり反抗の彩りだ。彼女の物だけでなく、時おり世界にチラつくその色彩は孤独に戦い続けるイラが秘めた決意と勇気のごとく輝いているのだ。

そういう意味でやはり今作の核といえば、イラ役のDarya Zhovnarをおいて他にはいないだろう。全身で表現する爆発するような感情の迫真性は私たちを釘付けにし、音楽の消失したクラブで身体を躍動させる姿は私たちに衝撃を与え、その力強い眼差しは私たちの心を貫いていく。悲痛な運命を辿りながらも、彼女は抑圧が横行する中でも逞しく生き抜こうとする。そんな闇の中にある、イラという輝きが“Closeness”を陰惨さ悲惨さから救いだしているのだ。

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