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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Maria Clara Escobar&"Desterro"/ブラジル、彼女の黙示録

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ボルソナーロ政権発足以後、ブラジル映画界は危機に立たされている。現在の映画界のトップをひた走るクレベール・メンドンサ・フィーリョは映画製作を弾圧され、映画製作庁であるAncineは移転を余儀なくされた。財政サポートもいくつか潰されてしまい、映画界は大打撃を受けている。しかしそんな逆境をバネとして、新たなる才能が何人も苦闘とともに現れ始めている。今回紹介するのはそんな存在の筆頭である人物Maria Clara Escobarと、彼女のデビュー長編"Desterro"だ。

今作の主人公は30代のカップルであるラウラとイスラエル(Carla Kinzo&Otto Jr)だ。彼らは結婚はしていないが、何年間も同居しており、その間には5歳の息子であるルカスがいる。2人の生活は平穏で幸福なもののように思えるが、実情は異なるものだった。

まず今作は2人が過ごす日常を描きだしていく。例えば朝食を摂る際、彼女たちは他愛もない物事について会話をする。それは仕事について、ルカスについてなど様々であるが、会話は何処へも行きつかずに、ただただ浮かんでは消えていく。時々はルカスと家のプールで遊んだりもする。その光景は平穏な家族の休日といった風だ。

しかしそれを描く監督の演出はすこぶる異様である。画面は常に不気味な陰影に包まれており、ラウラたちの表情に陰りを投げかけている。撮影監督〇のカメラも、妙な角度をつけながら彼らの姿を映し出すゆえに、どこか不安のような感情が付きまとう。その中ではカップルの会話や交流は成立しているように見えながらも、どこか相互不理解の予感ばかりか際立つのである。

そしてもう1つ印象的なものがある。それはカップルの行動や彼らの見せる感情の数々が全て作為的で人工的なもののように思われる点だ。それはある意味でブレッソンの様式に似ていると形容できるかもしれないが、それ以上に作られた箱庭的な感触を宿しているとも言える。これが延々と続く様はまるで終わらない悪夢のようだ。

ある時、ラウラは彗星が地球に近づいているというニュースについて語る。そこから世界の終りが見たいか?という話題に話が移る。イスラエルは気乗りしないようだが、ラウラはそれを望んでいるような口振りをする。この会話は作品の雰囲気それ自体を規定しているようにも思われる。終わらない悪夢は、世界の終りへの予感へも重なる。だが予感だけが先行し、終りはいつまでも延長される。だからこそこの悪夢は恐ろしいのだ。

しかしその悪夢があっけなく、それも最悪の形で終焉を遂げる瞬間がある。ある時、物語は観客にラウラが亡くなったことを伝える。しかもイスラエルとは違う男性とアルゼンチンを旅行中に亡くなったのだという。イスラエル自身、全く訳が分からないまま、彼女の死を周囲の人間にはひた隠しにしたまま事態の収束を図ろうとする。

私たちはその過程がいかに煩瑣なものかに驚くだろう。生命保険の換金、死体移送の手続き、弁護士の依頼、墓地の要請。そういったものにイスラエルは対応せざるを得なくなる。さらにカップルの関係性が事実婚であったこと、ラウラの死体がブラジルではなくアルゼンチンにあることが事態を複雑にする。その様はカフカの作品さながら官僚主義的であり、不条理の塊のようなものだ。そして私たちは死への余りにも測物主義的なスタンスに悍ましさをも覚えることだろう。

そして終盤において、ラウラの旅の光景が描かれていくことになる。横には観客にとって見知らぬ男性がおり、彼とともにラウラはバスに乗ってアルゼンチンを行く。ひたすらに無味乾燥たる旅程を描き出す様は荒涼として、タイプは全く違いながらもアニエス・ヴァルダ「冬の旅」などを思い出すほどだ。

ここにおいて、彼女の死の謎は明かされるのだろうか? いや、むしろ逆だ。その謎は物語が展開するにつれ更に深まっていく。ラウラの表情には陰りが見え始め、時には極彩色の中で踊りだす。そして今までの語りを無視して、乗客たちがカメラを見据え全く脈絡のない言葉を披露する。そうして監督は私たちを哲学的な迷宮へと誘うことになるのだ。

"Desterro"ブラジル映画界が直面する危機的な逆境から生まれた、恐るべき傑作だ。そして黙示録の時が訪れる時、私たちは途方もない絶望を目の当たりにするのである。

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