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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Arun Karthick&"Nasir"/インド、この地に広がる脅威

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今現在、インドは転換期にあると言える。インドの頂点に立つナレンドラ・モディ首相がヒンドゥー至上主義を推し進めており、反イスラムの機運がかつてないほど高まっているのである。ヒンドゥー教徒イスラム教徒間の融和が崩れ去ろうとしている今、インドにはどんな現実が広がっているのか。それを静かに、だが力強く描き出した作品がArun Karthick監督作"Nasir"である。

今作の主人公は平凡な中年男であるムスリム教徒ナシール(Koumarane Valavane)だ。彼は愛する妻や養子である息子たちと、ムンバイの片隅で慎ましやかに暮らしていた。現在、妻は外出中で、現在の情勢を鑑みてその動向を少し心配しているのだが、ただ家でじっとしている訳にはいかない。彼はいつものように勤め先の服屋へと向かうのだった。

最初、今作はそんなナシールの日常を丁寧に描き出していく。猥雑なムンバイの通りを、スクーターで走り抜ける。色とりどりの布に囲まれながら、服屋の店員として精いっぱい働く。家に帰った後は、ベッドで眠りこける。こういった何気ない日常を積み重ねながら、今作は物語を展開していく。

Karthick監督の演出はすこぶるミニマルなものである。音楽や激しい編集など余計な虚飾などは一切なしに、撮影監督であるSaumyananda Sahiとストイックに眼前の光景を見据えていく。そこから浮かび上がってくるものは、ナシールが生きる世界に漂う豊穣なる空気感である。今作を観ている間、観客は彼が吸っているのと同じ空気を吸っているような心地になるだろう。

そして同時に、インドに今広がる現実さえもが鮮やかさを以て浮かび上がってくるのである。例えば猥雑な活気が破裂するような迫力を持つ通りの風景、インドの民族衣装の数々を彷彿とさせる極彩色に満たされた服屋の風景、家の中で慎ましく食事をする家族の風景。そういった印象的な風景の数々が浮かんでは消えていくのである。

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そんな中でナシールの日常は続いていく。ナシールの一家の家計は苦しく、貧困に首をゆっくりと絞められている状態だ。なので彼は服屋の店長に給料の前借を提案し、その代わりに大学へと服の運搬を行うことになる。彼はいつもの通りスクーターに乗って、目的地へと向かうのだったが……

私たちはナシールの旅路の途中で、何か叫びのようなものを聞くことになるだろう。"このインドという国は私たちヒンドゥー教徒のものだ!"と、そんな言葉を勇ましく叫ぶものがいるのだ。そして先述した店長も、ナシールがムスリム教徒と知りながら、彼らを声高に批判する。もう既にヒンドゥー至上主義は彼ら一般人の日常にまで浸透してしまっている訳である。

それと対比されるように、ナシールがモスクへと向かう場面がある。彼は跪きながらアラーに祈りを捧げるのである。そこで響くのは厳かな詠唱であり、がなり立てるような排他的な叫びとは全く違う響きを持ち合わせている。この力強い響きを頼りに、ナシールは日常を生き抜いているのだと思わされるのだ。

今作を観ながら、私が想起したのはインド映画界の名匠であるマニ・カウルである。グル・ダットサダジット・レイに比べ、日本では余り知られていないながらも、インドでは最も尊敬される巨匠の1人である。彼は他と一線を画するようなミニマルな演出で以て、インドに広がる現実や伝統的な民話を描き出していた。そのミニマルさはブレッソンを彷彿とさせながらも、その息を呑む詩情は彼をも越えるほどの強度を持っている。

そしてKarthickはそんなカウルの手法を正しく継承しているように思われる。彼は情報という情報を極限まで排することで、むしろ映画的な豊穣さが生まれるのである。画面外や言外にこそ存在する曖昧なものを、監督は見据えて捉えているのだ。それがインドの特異性と繋がることで、更なる豊かさが現れるのである。

"Nasir"においては、インドの日常に広がる美とそれを脅かす脅威が常に拮抗し続けている。それは微妙な均衡を呈しながらも、私たちは最後にインドの現実を叩きつけられることになるだろう。そんなラストにはただ唖然とするしかない。そして私たちは世界を包みこむ残酷なる現実に思いを馳せるはずだ。

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