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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Davit Pirtskhalava&"Sashleli"/ジョージア、現実を映す詩情

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さて、前に2020年代期待の新鋭映画監督100!という記事を執筆した。この記事は未だ短編しか撮っていない、いわば未来の巨匠を特集した記事であり、これを書くために100本を優に越える短編を鑑賞した。そのうちに私は短編を観るのが好きになってしまった。ここには映画界の未来があるのだと思うと、ワクワクせざるを得ないのだ。そんな訳で今も短編を観続けている訳だが、そんな中で新たなる才能を見つけた。ということで、今回はジョージア映画期待の新鋭監督Davit Pirtskhalavaと彼の短編作品たちを紹介していこう。

まず紹介するのは2015年制作の初監督作"Mama"である。今作の主人公はジョージアの郊外に住む10代の兄弟だ。彼らはシングルマザーである母親とともに、慎ましやかな生活を送っている。だがある日、失踪していた父親が突如来訪し、彼らは動揺してしまう。表面上は彼への愛を示しながらも、その実心の奥底には憎しみが蟠っていた。

その夜、彼らは闇に包まれた世界へと出ていき、犯罪を犯そうと試みる。何かを盗み出してお金を稼ぐことが、彼らの生きる手段だったのだ。この日は車からステレオを盗み出そうとしながら、持ち主にバレてしまい、そこから逃走劇に発展してしまう。

監督はジョージアに広がる息苦しい現実を緊迫感とともに描き出す。うらぶれたジョージアの夜を、兄弟たちは生きるために必死に駆け抜ける。しかし現実が過酷なのは、被害者も同じだ。彼もまた犯人を捕まえるために夜を走り続ける。そこで兄弟と男は対面を果たすが、兄の手には銃が握られていた。

そこに響き渡るのは"Mama!"という今作の題名でもある言葉だ。ママは日本語で"母親"を意味するので少し奇妙に思われるが、ジョージアにおいては"父親"を意味している。父を心配する子供の声が、そこには響いているのである。そしてこの叫びは兄弟の心を突き刺す。父を憎み続ける彼らと、被害者を父として慕い叫び続ける子供。様々な情感が絡み合いながら、兄弟はある決断をする。

この巧みな構成が評価されて、2015年のロカルノ映画祭においては最優秀短編賞を獲得することになった。ここで一躍有名になった監督は、3年の時を費やした後、2018年に第2短編である"Sashleli"を完成させる。

今作の主人公は前作においては父の役割を果たしていただろう中年男性だ。描かれるのは彼の日常生活である。ストーブでお湯を沸かし、家族と朝食を食べる。アパートメントの狭苦しい階段を下りていく。そういった灰色の日常の光景が、静かに綴られていくのである。

今作には"Mama"にもあった凍りついたリアリズムが継承されている。ここにはジョージアの現実が鋭く焼きつけられているのだ。しかし物語を観続けるうち、私たちは前作とは何かが違うことを、言葉ではなく心で感じることになるだろう。

今作において鮮烈なのは、場所に関する監督の感覚である。例えば家族が暮らす埃臭く狭苦しい部屋、アパートメントの前に広がる寒々しい空き地、枯れ木が聳え立つ公園、そこでは子供たちがサッカーをして遊んでいる。この空間の広がりや空気感というものを、Pirtskhalavaは撮影監督であるShalva Sokurashviliとともに鮮烈に、そしてある種の息苦しさを以て捉えていく。

だが最も印象的なものはNodar Nozadzeによる編集である。彼の編集はすこぶる断片的なものであり、主人公たちの日常は無数の破片となって私たちに提示される。この断片性は研ぎ澄まされることによって、詩情として昇華されていくのだ。監督はリアリズムの先に存在している詩情へと到達しているのである。

Davit Pirtskhalavaという映画作家は様々な形でジョージアの現在を描き出す、注目すべき作家である。彼は現在、初長編の脚本を執筆中だそうだ。彼の作る長編作品が一体どうなるのか、その動向をぜひとも追っていきたいところだ。

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