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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

パキスタン、ここにある長き歴史~Interview with Hira Nabi

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さて、このサイトでは2010年代に頭角を表し、華麗に映画界へと巣出っていった才能たちを何百人も紹介してきた(もし私の記事に親しんでいないなら、この済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!をぜひ読んで欲しい)だが今2010年代は終わりを迎え、2020年代が始まろうとしている。そんな時、私は思った。2020年代にはどんな未来の巨匠が現れるのだろう。その問いは新しいもの好きの私の脳みそを刺激する。2010年代のその先を一刻も早く知りたいとそう思ったのだ。

そんな私は、2010年代に作られた短編作品を多く見始めた。いまだ長編を作る前の、いわば大人になる前の雛のような映画作家の中に未来の巨匠は必ず存在すると思ったのだ。そして作品を観るうち、そんな彼らと今のうちから友人関係になれたらどれだけ素敵なことだろうと思いついた。私は観た短編の監督にFacebookを通じて感想メッセージを毎回送った。無視されるかと思いきや、多くの監督たちがメッセージに返信し、友達申請を受理してくれた。その中には、自国の名作について教えてくれたり、逆に日本の最新映画を教えて欲しいと言ってきた人物もいた。こうして何人かとはかなり親密な関係になった。そこである名案が舞い降りてきた。彼らにインタビューして、日本の皆に彼らの存在、そして彼らが作った映画の存在を伝えるのはどうだろう。そう思った瞬間、躊躇っていたら話は終わってしまうと、私は動き出した。つまり、この記事はその結果である。

今回インタビューしたのはパキスタンアメリカを股にかける映画作家Hira Nabi ヒラ・ナビである。彼女の制作した短編作品"All that Perishes at the Edge of Land"パキスタンの港湾街ガダニを舞台とした作品である。ここでは毎日、巨大な船舶が労働者によって解体されるという営みが繰り返されている。今作はその営みを静かに観察しながら、ある1舶の船オーシャンマスターに注目する。彼女は私たちに自身の歴史を語りながら、ゆっくりと解体されていく。その様は悲痛なまでに詩的なものだ。今作はサンダンス映画祭などで上映され、話題になったのであるが、今回は今作の始まりからパキスタン映画界の現状まで、様々なテーマを監督に聞いてみた。それではどうぞ。

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済藤鉄腸(TS):まず、どうして映画監督になりたいと思ったんですか? そしてどのようにそれを成し遂げたんですか?

ヒラ・ナビ(HN):もし子供の頃は映画の隣で生きていて、監督になることは運命づけられていたと言ったら信じてくれますか?

6歳まで、私はラホールの古い映画館の隣に住んでいました。物語を聞いたりすることも好きだったんです。最初は自分のことを監督というより語り手と思っていたんです。そして映画は素晴らしい物語ですよね。映画は様々な語りを組み合わせて、没入的な体験を作り上げます。それから私はたくさんのボリウッド映画やハリウッド映画を観て育ちました。それから世界の映画と出会い、大学で映画について勉強しましたが、それが映画とビデオアートから作られる実験的な世界を開いてくれました。それは留まることを知りませんでした。

TS:映画に興味を持った時、どんな映画を観ていましたか?

HN:思い出せるのは、例えばトーク・トゥ・ハーバッド・エデュケーションなどのペドロ・アルモドバル作品にクリス・マルケルラ・ジュテです。それからミーラー・ナーイル「モンスーン・ウェディング」ミケランジェロ・アントニオーニ「欲望」も観ました。あとはアンジェリーナ・ジョリージーアを演じたHBOの映画(ジーア/悲劇のスーパーモデル」)でしょうか。

TS:"All that Perishes at the Edge of Land"の始まりは何でしょう? あなたの経験、パキスタンのニュース、もしくはその他の出来事でしょうか?

HN:私は10数年前からガダニの船舶解体場に行きたいと思っていました。チッタゴンやガダニに広がる風景を見たことがあって、それがあまりに現実とかけ離れていると思えたんです。長い間そこに行きたいと思っていましたが、2018年の1月にとうとう行くことができました。カラチのアーティスト・イン・レジデンスのおかげです。その一環でガダニへの旅行を申請し、受け入れてくれた訳です。その時から調査を始めましたが、着いた時にはそのスケールや美しさ、困難さ、悲劇的な状況、そこにおいて広がる語りに圧倒されてしまいました。

TS:日本の読者に今作の中心となる都市ガダニについて教えてください。とてもエネルギーに満ち溢れた場所で観客はここがどこだか知りたがるでしょう。パキスタンにおいて有名な場所なのですか?

HN:ガダニはパキスタンで最も大きい都市カラチから北西へ2時間のところにあります。バロチスタン州の南西部に位置し、地理的にとても多様な地域で、海岸線に沿った場所でもあります。ガダニのある地帯に船舶解体場が位置しているんです。産業が傾くとともに、ガダニの名声も小さくなっていきました。今では忘れ去られ、世界中の移民労働者が船を解体するためにやってくる、打ち捨てられた土地となっています。現在は深刻なスランプに陥っており、解体場には少しの船舶しか存在せず仕事も減っています。もっと活気があった時代、密輸港として架空の口座が作られたことも読みました。労働者たちがこの地に着いた後、サーカス団のように迎えられ注目を一身に受けていたという話も聞きました。つまりガダニはバラバラになる前、人々が外からこぞって集まり驚きを育むような場所でもあったんです。

TS:あなたの撮影スタイルはとても静かで観察的なものであり、ガダニに広がる美しさや儚さを一切の虚飾なしに映しとっています。このようなスタイルを撮影者たちとともにどのように築いていったんですか?

HN:まずはありがとうございます!撮影監督は私自身であり、船や海を撮るにあたっての熟考に多くの時間をかけました。私はいわゆる"スローシネマ"のファンで、急かすことなく時間がそのままに移り変わるのを見るのが好きなんです。イメージは自身について明かすのに多くの時間をかけるべきなので、私はカメラを持ったままで、光が移り変わるのを映し、潮が満ちては引くのを観察し、船や労働者たちが岸辺や道の端で何か言うのを待ち続けていました。私だけじゃなく皆が。何がカメラを持ち続けさせたかと言えば、それは深い忍耐でした。

TS:最も印象的だったことの1つは労働者たちの存在感です。彼らは観客に自分たちの人生や仕事、そして未来について語ります。それは多様な物語としてあなたの作品に浮かびあがっていますね。彼らと交流し、彼らから物語を引き出すにあたって、最も重要なことは何だったんでしょう?

HN:もう一度になりますが忍耐です。彼らが現れるのを待ち、彼らの言葉を聞きます。聞き続けるんです。そして質問をしてから、彼らは去っていく。自分自身の人生、真実について語る余裕を与えるんです。

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TS:あなたの映画では労働者だけでなく巨大な貨物船オーシャンマスターも、また私たちに物語を語ってくれます。彼女の言葉は自身の人生についての長い告白のようでもあり、悲しみに溢れた詩のようでもあります。どのようにオーシャンマスターの言葉を書いたんですか? そして彼女の声を担当した人物Sheherezade Alam シェレザド・アラムをどうやって見つけたんですか?

HN:オーシャンマスターの語りは別の場所から来ています。その幾らかは実際の貨物船オーシャンマスターを調査した際に書いたものです。幾らかはガダニに対する問い、そして英語とウルドゥー語を行きかううち私を助けてくれた母から来たものです。さらにオーシャンマスターの神秘性が大きく負っているのはQurratulain Hyder クラトゥレン・ヒデルの作品、特に"River of Fire"です。

そして長い間Sheherezadeについては知っていて、彼女の顔に濃厚な生を感じたんです。私は老いた女性の魅力的で狡猾、世界主義的で、優しさを纏った残酷さを持つ声を必要としていたんです。そして自身を人生の最後にある船舶になれる人物を探していました。という訳で、Sheherezadeがオーシャンマスターになってくれると言ってくれた時は感謝しました。とても幸運でしたね。

TS:パキスタン映画界の現状はどのようなものでしょう? 外側からだと、パキスタンの映画が公開されないゆえにその状況を窺い知ることができません。しかし内側からだとどう見えるのでしょう?

HN:とても難しいものですね。80年代から90年代において生産性はひどく落ちました。ここ20年、映画製作者たちは死にかけた産業を復活させるために努力してきました。当初、私たちはテレビ的なスタンダードとの繋がりを捨てようとしてきました。今は多くの物語が語られています。ドキュメンタリーからフィクション、ホラーからSFまで様々な長編や短編が、多様な物語を伝えるために作られています。しかし検閲も厳しくなってきているんです。先の作品はパキスタンで禁止されてしまいましたし、今でも上映することができません。本当に恥ですよね。私たちはそれに対抗しているんです。芸術はいじめっ子や扇動者、宗教団体に支配されてはならないんです。

ST:日本の映画好きがパキスタン映画史を知りたい時、どんなパキスタン映画を観るべきでしょう? その理由も教えてください。

HN:不幸なことにパキスタンには映画のアーカイブが存在しません。なのでこの国で作られた映画を追うのは難しいことです。

それでも映画好きというのは賢い人々(私が知る限りは)なので、彼らが探し出すべき作品を挙げておきます;

"Jago Hua Savera" / "The Day Shall Dawn" (1959) 監督:A.J. Kardar A.J.カルダジュ
"They Are Killing The Horse" (1979) 監督:Mushtaq Gazdar ムシュタック・ガズダジュ
"Khamosh Paani" / "Silent Waters" (2003) 監督:Sabiha Sumar サビハ・スマル
"Pakistan's Hidden Shame" (2014) 監督:Mo Naqvi モー・ナクヴィ
"These Silences Are All The Words" (2018) 監督:Madiha Aijaz マディハ・アイジャズ

TS:新しい短編か初長編を作る予定はありますか? もしあるならぜひ日本の読者に教えてください。

HN:今は去年の夏からマリーのアーティスト・イン・レジデンスで始めた作品に取り組んでいます。この計画はとても生産的なものだと思い始めていますね。森の丘に位置する駅が舞台で、環境に関する権利を描くとともに、傷ついた環境でどのように共生を果たすかについて描いた作品になっていると思います。

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