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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Florenc Papas&"Derë e hapur"/アルバニア、姉妹の絆と家父長制

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東欧映画は伝統的に女性が主体である語りの作品が少ない。そもそもの話、共産主義に支配されていた東側諸国では映画という芸術体系は抑圧を余儀なくされたが、その中ではマイノリティである女性にスポットライトが当てられることも少なかった。そして共産主義崩壊後は新たな資本主義的家父長制の到来により、女性主体の作品の増加は微々たるものだった。今回紹介するのは、そんな中で姉妹という関係性に焦点を当てた珍しい、Florenc Papas監督作であるアルバニア映画"Derë e hapur"だ。

今作の主人公はルディナ(Luli Bitri)という中年女性だ。彼の夫は今現在ギリシャへ出稼ぎ中であり、息子のオリオン(Maxwell Guzja)とともに義理の両親を介護しながら日々を過ごしている。昼は縫製工場での仕事、夜は介護と心が休まらない日が続くのだが、ある時妹であるエルマ(Jonida Vokshi)が故郷に帰ってきて、彼女の人生は大きく揺れ動くこととなる。

エルマはイタリアに移住していたのであるが、彼女はそこで犯罪者の恋人と一緒になり、妊娠することになる。だが恋人が刑務所に収監されてしまったことにより、故郷へ帰ることを余儀なくされてしまったのだ。しかしアルバニア婚外子はタブーである。その状態でルディナはエルマを父の元へ送らなければならない。不安を抱えながら、彼女たちは故郷の村へ向けて出発する。

監督はまず姉妹の関係性に注目する。タブーを犯した妹に対して、ルディナは終始イラつきながら眉間に皺を浮かべる。そんな姉に対して、エルマも負けじと反抗的な態度を取り、車中の雰囲気はどんどん悪いものになっていく。監督はその姉妹間の剣呑な空気感というものを丹念に切り取っていくのである。

Sevdije Kastratiによる撮影は現実指向のものであり、頗る荒涼たる雰囲気が常に広がっている。そして彼の視線は明晰な物であり、カメラと被写体の距離は近くとも、精神的な距離は保たれ、観察的な筆致が持続している。それによって私たちは姉妹たちが吸っては吐く空気を、実際に呼吸するような感覚をも味わうことになるだろう。

撮影の荒涼たる有様とは裏腹に、彼女たちを包みこむアルバニアの自然たちは豊かで悠々たるものだ。ルディナたちは山間の道を進んでいくのであるが、新緑の木々や鮮やかな青の空は、観客の心に爽やかな風を運んでくれる。そう大袈裟なものである訳ではないが、監督らが眼差すアルバニアの自然には素朴なる美が宿っているのである。

故郷の村が近づくにつれて、ルディナたちの不安は膨れあがっていくが、そこである考えを思いつくことになる。誰か知人の男性をエルマの夫に仕立てあげ、その状態で父親に会おうというのだ。彼女たちは知人たちに会って、提案を飲んでもらおうとするのだが……

そして姉妹は父親と再会することになる訳だが、彼の強権的な態度は最初から明らかだ。夫の言い分は絶対であり、娘たちの言葉には聞く価値がないように振る舞う。食事の用意に関しても気遣いは一切見せずに、全てを娘たちに丸投げする。この大いなる脅威の存在はとても致命的なものであり、監督はこれこそがアルバニアの家父長制を象徴するものなのであると語っていることが私たちにも分かるだろう。ルディナとエルマが対峙しなければならないのは、こういった脅威なのである。

"Derë e hapur"はこうしてアルバニアの家父長制に直面する姉妹の静かな対峙を描くことになる。ここには絶望しかないのだろうか。いや、違うだろう。ルディナとエルマという姉妹の間に存在する確かな絆が、希望となってくれることを監督は指し示している。これこそが小さくとも力強い希望であるのだと。

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