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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Burak Çevik&"Aidiyet"/トルコ、過ぎ去りし夜に捧ぐ

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最近、実録犯罪ものが流行している兆しが見える。例えばNetflixアメリカを中心としてこの国で繰り広げられる前代未聞の犯罪をドキュメンタリー化し、世界中に配信している。だが今回紹介する作品はただの実録犯罪ものではなく、この鋳型を巧みに使い、様々な感情を喚起する実験的な傑作となっている。それこそがトルコ人監督Burak Çevikによる第2長編"Aidiyet"だ。

今作の語り手となる存在はオムールという人物だ。彼は自身の身に降りかかった奇妙だが忘れえぬ犯罪について語り始める。その始まりとなった人物がペリンという女性だ。彼はペリンととあるバーで出会い、会話をする。そして一夜を共にして、もう二度と会わないことを約束した後、オムールは彼女の元から去っていく。

だが事態が急転するのはここからだ。兵役を終えた後、オムールはペリンから連絡を受ける。そうして心変わりをした彼女と恋人関係になり、両親とも顔を合わせるであるが、しばらくしてからある告白を受ける。両親は自分にとって邪魔な存在だ、だから殺してほしいと。オムールは驚きながらも、危ない世界に片足を突っこんでいる友人を頼り、殺人を遂行しようとする。

まず今作で驚かされるのは、圧倒的な語りの速さである。オムールはこの奇妙な語りにおいて脇道に逸れることは一切なしに、事実だけを朴訥と語り続ける。だからこそ事態が急速に進んでいくことに、観客は唖然とするだろう。淀みなく嘱託殺人にまで話が行く頃には、私たちの脳髄はこの静かなる激流に芯まで巻き込まれていることだろう。

そして撮影監督であるBaris Aygenが映し出す画面も異様なものだ。私たちが観るのは登場人物が一切存在しない虚無的な空間のみである。誰もいないバルコニー、誰もいないバー、誰もいない玄関。ただ冷ややかで即物的な空間だけがそこには存在している。この奇妙な空白が激流の語りと合わさることで、唯一無二の世界が立ち現れることとなる。こうして物語は不気味な硬質さに支配されたままに、残酷なまでの淡々さで終着点へと至るのだ。

と、私たちはまた新たな物語が始まることに気づくだろう。1人の青年がバーで静かに過ごしている。だがある女性を見つけた時、帰ろうとする彼女を追っていくことになる。川辺に座る女性に話しかけ、青年は自分の名前を語る、オムールと。そう、私たちは物語がまた初めから幕を開けたことに気がつくだろう。

今回は一転して、監督はオムールとペリンが交流を深めていく様を劇映画として丁寧に描き出していく。彼らの視線の移ろい、他愛ない会話の数々、月明かりに照らされた道の輝き、群青色に染まった闇。そういったものに抱かれながら、若い2人が少しずつ距離を深めていく様が本当に丁寧に描かれていくのである。

私たちは驚くしかないだろう。先ほどまであれほどの異様な語りの速度を誇っていた今作が、まるで芋虫の這いずりのような遅さに侵食されてしまったことに。この遅さはある意味で、あまりにも冗長で永遠のように引き延ばされた感覚のようにも思えてくる。少なくとも前半の無駄を一切省いた速さは全く存在していない。

だが監督の演出の丹念たる様を目の当たりにしているうち、この遅さは意図的なものであるのではないかと思われてくる。だがしかしそれを指向した意味は一体何であるのか。2人の若者の瑞々しいロマンスを観ながら、私たちは沈思黙考を余儀なくされるのである。

その遅さに見えてくるのは語り手が抱える過去への哀惜だ。時は遠くに過ぎ去りながらも、ペリンという謎の女へ、あの親密な夜への郷愁を彼は捨てることができないのだ。前半のドキュメンタリーという形式では冷酷に切り捨てられる情感を、後半のメロドラマティックな遅さは湛えているのである。これがいかに深いものであるかは前半が存在しなければ、認知しえなかっただろう。この特異な構成が作品に稀に見る情感を宿していくのである。

"Aidiyat"はその挑戦的で実験的な構成により、1つの残酷な夜に引き裂かれた1人の男の心を饒舌に示唆する。この大胆不敵な挑戦によって、Burak Çevik監督は映画界の最前線へと躍り出たと言っても過言ではないだろう。

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