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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Radu Jude&"Tipografic majuscul"/ルーマニアに正義を、自由を!

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ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜
Radu Jude&"Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari"/私は歴史の上で野蛮人と見做されようが構わない!
Radu Jude&"Tipografic majuscul"/ルーマニアに正義を、自由を!
ラドゥ・ジュデの経歴及び今までの長編作品のレビューはこちら参照。

1981年のある夜、ブカレストの壁に政府への批判を綴った落書きが描かれる。それはポーランドの労働者との一致団結を謳い、この腐敗した政治に立ち向かおうという旨の言葉が書かれていた。これを発見した秘密警察セクリターテは即刻捜査を始め、犯人を見つけだそうとする。そして捜査中に、彼らは犯人を逮捕することになる。落書きを記したのは未だ若い、16歳の学生Mugur Călinescuだった。セクリターテは本人はもちろんのこと、両親や友人たちに尋問を繰り返すことで、なぜCălinescが反共産主義的な落書きを書いたのかを探ろうとする。

今作の演出において印象的なのは、ジュデの演劇への接近である。とはいえその傾向は初期から明確なものだった。例えば彼の長編デビュー作"Cea mai fericită fată din lume"は厳格な長回しを以てブカレストを舞台に見立て、共産主義から資本主義に移行するルーマニアを描き出した作品だった。そして2018年製作の"Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari"では、1941年のオデッサ虐殺についての演劇を製作しようとする演出家の姿を追った作品だった。

そして今回の"Tipografic majuscul"は劇作家Gianina Cărbunariuによる演劇を映画化したものである。ジュデは奇妙で精巧な舞台装置を作りあげるとともに、俳優をそこに立たせ"セリフ"を言わせる。彼らの演技には意図的に露骨な人工性が宿っているが、これこそが今作の鍵なのである。

この人工性に浮かび上がるのは当時のルーマニアに存在していた不気味な抑圧だ。共産主義に従う者は偽の自由を享受しながらも、異なる意見を持つことは許されない。これに反した者は尋問や盗聴など、徹底的に監視された後、心を破壊される。その一人がCălinescuだった訳である。

そして物語の合間には当時のルーマニアで撮影されたフッテージ映像が挿入される。例えば子供たちがルーマニアを称える歌を唄う光景。看護師が布に包まれた赤ちゃんたちを優しく世話する光景。ブカレストが都市化され洗練されていく光景。そこには未来への明るい希望が見えてくるようだ。

その中でルーマニアの未来は子供たちであると主張するフッテージ映像が流れる。だがその次には、Călinescuがセクリターテに尋問を受ける姿が映し出される。ここには当時のルーマニアがいかに二枚舌だったが暴かれているだろう。子供は未来であると主張する一方、Călinescuのような反体制的な子供は徹底して潰そうとするのだ。

実はジュデの長編がチャウシェスク政権の時代を描いたのは初である。以前彼はこんな発言をしていた。ルーマニアの問題というといつも共産主義が槍玉に上がるが、それ以前の時代にこそ問題の根源はあるのではないか?と。故にジュデは19世紀("Aferim!")や第2次世界大戦時("Inimi cicatrizate")のルーマニアを描いてきたのである。

そんな彼が長編7作目にして初めてチャウシェスク政権を描き出したのである。ジュデは1977年生まれ故に、もしかすると歌を唄う子供たちの中に彼はいた可能性があるのだ。この時代、正にジュデ自身が子供だったのである。だからこそ映画のあらゆる場所から、いつもよりも大きな熱意を感じさせるのである。

そしてこの抑圧的な時代と、私たちが生きる現代が繋がる瞬間が存在する。セクリターテのメンバーが当時を回顧する言葉を紡ぐ一方で、カメラは現代のルーマニアの都市を映し出すのだ。当時の行いを後悔することもない彼の言葉が、道端に立てられた看板に重なっていく。それは現代のルーマニアに抑圧的な思想は未だ引き継がれていることを指し示しているだろう。未来の可能性である子供たちが踏みにじられる時代が今再び来ているのだ。

"Tipografic majuscul"は抑圧的な時代へ独り果敢に立ち向かった青年の姿を、前衛的な形で描き出した作品だ。私たちはMugur Călinescuという青年を忘れてはならない。何故ならそれは非人道的な抑圧に私たちの正義と自由を明け渡すことを意味するのだから。

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