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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Asli Özge&"Auf einmal"/悍ましき男性性の行く末

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今作の主人公であるカーステン(Sebastian Hülk)は前途有望な青年だ。彼はドイツの小さな町に住んでいるが、両親はこの町の権力者であるゆえに、多大なる恩恵を受けている。献身的な恋人ラウラ(Julia Jentsch)にも恵まれており、彼は仕事も私生活も順風満帆だった。

カーステンは誕生日に自身の部屋でパーティーを開くのだったが、彼はそこでアンナ(Natalia Belitski)という女性と出会う。彼女と会うのは初めてだったが、その謎めいた存在感にカーステンは否応なく惹かれてしまう。深夜、2人だけになった時、親密さを増していく中で、カーステンは彼女と一線を越えようとする。だが突然アンナは倒れ、そのまま息を引き取ってしまう。

この死のせいでカーステンは騒動に巻きこまれることになる。カーステンはアンナが倒れた時、救急車を呼ばずに、何故か走って近くの病院へと向かったのだが、これがアンナの救助を怠ったと見做されて、警察から厳しく尋問された挙句、アンナの家族から訴訟を起こされてしまうのだった。

今作はこの過程を通じて、主人公の心理模様を丹念に追っていく。彼は何故すぐさまアンナを助けようとしなかったのか自分でも理解できず、当惑のなかにいる。それでも厳しい現実に襲われて、カーステンは不安に呑みこまれそうになる。そうして逆に自分を追いつめる自己破壊的な行為に走っていくのだ。

それとともに恋人や両親との関係性も変化していく。そもそもアンナの死に触れたきっかけは彼女と浮気しようとしたことであり、この事実がラウラとの関係性に波紋を投げかけるのだ。そして両親も些か行動原理が曖昧で、自分でも理解できていないらしいカーステンに対して苛立ちを隠すことができない。周囲の全ての人物から、カーステンは不信の視線を向けられることになるのだ。そして先述した通り両親は町の権力者であるゆえに、否応なくカーステンの醜聞には町の政治すらも関わってくる。これ故に彼の問題は個人的なものでは有り得なくなっていくのだ。

監督であるAzliの演出は頗る遅い、英語で言う"slow-burn"的なものである。彼女は目前で起こる風景の数々に対して、いかなる個人的な思惟をも介在させることなく、ただただ静謐のなかで見据え続ける。ゆえに物事に生じるほんの些細な変化が、異様なリアリティと明晰さを以て迫ってくるのである。その鮮烈さも監督の指向する遅さによって形成されているのだろう。

更にEmre Erkmenによる撮影も先鋭なものだ。ロケーションはドイツの小さな町であり、そこに存在する歩道橋や病院が映し出されていく訳だが、Erkmenの視線は洗練され研ぎ澄まされているのと同時に、照明は濃厚な原色を湛えている。ビビッドな赤や青の灯は平凡な風景の数々を一種異様なものへと変えていく。そして私たちはこの風景がカーステンの心象風景でもあることに気がつくだろう。

この騒動のなかで、カーステンは自己を見据えざるを得なくなるのだが、監督はここで彼を安易な自己反省へと誘うことがない。むしろ逆の道へと突き進む彼の姿を見つめる。カーステンは反省するどころか、本性を見せはじめ、狡猾な保身を遂げることになる。そして彼は他人を傷つけようと構わない怪物へと変貌を遂げていく。

その道筋に浮かびあがるものは有害な男性性というものである。あるきっかけで男性性のタガが外れた時、それは容赦なく他者を傷つける刃となる。その暴力は肉体的なものならば様々な映画で描かれてきたが、精神的なものはそう多くない。監督はこの男性性が身体ではなく心に残酷な形で傷をつけていく深淵の光景を、静かに見つめるのだ。

"Auf einmal"は小さな町を舞台として、致命的な騒動に巻きこまれた1人の青年の姿を通じて、人間心理のミクロコスモスを描きだした作品だ。この男性中心主義的な社会では、有害な男性性こそを研ぎ澄まさなくては生き残れないということを、今作は語っている。

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