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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ismet Sijarina&"Nëntor i ftohtë"/コソボに生きる、この苦難

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第2次世界大戦後にユーゴスラビアが成立した時、コソボ一帯はアルバニア人が多かったゆえに、セルビア自治州となった。それからアルバニア人たちは幾度となく独立運動を行い、2008年にはとうとう独立を獲得することになるが、そこまでには険しい道を歩まねばならなかった。

特に90年代はコソボにとって冬の時代だった。90年代前半には独立の機運が再び高まりながら、セルビアスロボダン・ミロシェビッチ大統領によって自治権が大きく制限される。そうしてコソボ解放軍の活動がきっかけで紛争へと大きく傾くのだが、今回紹介する作品は、その扮装前夜である1992年のコソボを描いた、Ismet Sijarina監督作"Nëntor i ftohtë"だ。

今作の主人公はプリシュティナに住むアルバニア人男性ファディル(Kushtrim Hoxha)だ。彼はセルビア人の元で建築士として働きながら、家族を支える日々を送っていた。だがセルビアコソボ自治権を大きく制限したことで、放送局など様々な施設が閉鎖され、仕事をするにも不利益を被る書類にサインを行わなければならなくなる。彼の周囲のアルバニア人たちはセルビア人たちに抵抗し、次々と仕事を辞めていくのだが、ファディルは家族のため仕事を続けることを決意する。

今作の演出は徹底したリアリズムである。90年代の寒々しく鬱屈した空気に満ちたコソボにおいて、ファディルが細々と日常を生きようとする様を淡々と描きだしていく。リビングで家族と団欒をする姿、ギターで清冽な音色を響かせる様、オフィスで孤独に仕事を続ける様。そういった些細な光景の数々が静かに綴られていくのだ。

仲間が次々辞めるなか、ファディルは家族のため仕事をするが、それはセルビア人に魂を売った、コソボにとっての裏切者になったことを意味する。彼は常にアルバニア人の群衆から卵を投げられ、時には暴力の餌食ともなる。子供たちも学校で"裏切者の子供"と虐めを受けることになり、ファディルは日に日に追いつめられていく。

コソボ映画界の規模はとても小さいものだ。周囲の東欧諸国は映画の年間製作本数が10, 20本というのは珍しくないが、コソボはそれ以下である。国自体が若く小さいこともあって、それは仕方がないことだが、その小ささゆえか、現代のコソボ映画は短くも濃密な歴史を登場人物の半径5mの視点から描きだすミニマルな作品が多い。

そして私がコソボ映画に触れる時、いつも驚かされるのは、そんな逆境のなかでも、いやだからこそか、鋭く深く人間を見据える稀有な観察眼が存在していることである。この先鋭な観察眼が徹底したリアリズムと組みあわさることによって、コソボ映画にしか作りだせない密な雰囲気が現れるのである。

その人間味を象徴する存在が、主人公のファディルを演じるKushtrim Hoxhaの存在感である。彼は全くもって、うだつのあがらない中年男性であるが、この作品においては常に名誉か家族を選ぶか社会に試されることになる。あまり内面については吐露することはなくとも、疲労感の濃厚な表情からは彼の名状しがたいまでに複雑な懊悩が滲みわたる。

"Nëntor i ftohtë"は90年代前半に広がっていたコソボの苦難の歴史を、1人の中年男性の視点から描きだした寒々しくも濃密な作品だ。この作品を通じて、私たちは知られざる小国の知られざる歴史を知ることともなるだろう。

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