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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

More Raça&"Galaktika e andromedës"/コソボ、生きることの深き苦難

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コソボは2008年にセルビアから独立を宣言したばかりの、ヨーロッパで最も若い国だ。それ故に貧困は大きな問題であり、多くの人々が苦闘している状況が続く。今回紹介する作品はそんな貧困との闘いを続ける中年男性の姿を追ったコソボ映画、More Raça監督の長編デビュー作"Galaktika E Andromedës"だ。

今作の主人公はシュパティム(Sunaj Raça)という中年男性だ。彼は52歳と高齢であるが現在は無職であり、仕事を探している。だがこの年齢がネックとなってしまい、門前払いを喰らう無慈悲な日々が繰り広げられている。それでも彼は安定した生活を手に入れるために、車を走らせるのだった。

まず今作はそんなシュパティムの苦闘を見据えていく。彼はメカニックの仕事を探すため、仕事募集の広告を見かけたならば、その場所へ履歴書を出しに行くのだが、受付は彼の年齢を聞くと"あなたは対象ではありません"と残酷な通告を彼に告げるのである。これが幾度となく繰り返される。そんなシュパティムの心の支えは娘のザナ(Elda Jashari)である。今は貧困故に彼女は孤児院で暮らしているが、時々彼女に会うことでシュパティムは絶望に呑みこまれないでいられるのだ。

しかし彼女の住む孤児院が財政難に陥り、親がいる子供たちは彼らのもとで暮らすよう送り返されることとなってしまう。だがシュパティムは未だ無職であり住んでいる場所も猥雑なトレーラーハウスだ。そうして心機一転、彼は更なる決意を以て仕事を探そうと奔走するのだが、社会はそんなシュパティムに優しくはない。

今作の根底にあるのは東欧の凍てついた社会を濃厚に反映したリアリズムである。監督と撮影監督であるDario Sekulovskiは大袈裟な虚飾といったものを慎重に排しながら、コソボに広がる現実をレンズに焼きつけていく。そして彼らが特に固く見据えるのはシュパティムの移り変わる表情だ。常に曇天に覆われた彼の顔に、それでもザナや懇意になる娼婦(Julinda Emiri)と話している時間には希望が兆す瞬間がある。そういったコソボの逼迫した現実のなかの、1人の平凡な男の表情の揺らぎを監督たちは繊細に映しとっていくのだ。

そして印象的なのは今作には車にまつわる描写が多いことだ。Sekulovskiはフロントガラス越しに運転を行うシュパティムの表情を何度も捉えていく。ハンドルを握る彼の顔にはなけなしの誇りが宿っているように思われる。この古びた車は彼の生活に欠かせないものであると同時に、人生を共に歩む親友なのだ。故にシュパティムと彼の所有する車が共にフレーミングされたショットは頗る多いのである。

だがそんなシュパティムをコソボの酷薄な現実が呑みこもうとする。いつまでも仕事に就けないことに業を煮やした彼は、ある悲愴な決意を行うことになる。彼は自身の臓器を売って、そのお金でザナと一緒に欧州へ移り住もうと試みるのだ。これがコソボの現実なのである。臓器を売るまでは行かずとも、この閉塞感に背を向け、故郷を去ってヨーロッパへと移民するコソボ人たちは余りにも多い。シュパティムもその仲間入りを果たさんとするのだ。

今作を支えるのはやはりシュパティムを演じるSunaj Raçaである。身なりはうだつの上がらない中年男性といった風であり、彼の人生自体にも眩い輝きはほとんど存在しない。そしてこの中年の底なしの悲哀が、物語が展開するにつれコソボの苦難へと重なっていく姿はひどく痛烈なものだ。現代コソボ映画の特徴は内容自体はどこまでも個人的なことを描きながらも、それがコソボという国それ自体に密接に繋がるということだ。コソボの国としての歴史はとても短いものであるが故に、個人の歩みがコソボの歴史と不可分と化す瞬間の数々が現代コソボ映画には存在する。この"Galaktika E Andromedës"は正にそれを体現するような、個人的であることが歴史的であるようなコソボ映画なのだ。

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