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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

「半沢直樹」とマスード・キミアイ、そして白色革命の時代

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お世辞にも真剣な視聴者とは言えなかったが、未公開映画を観る間に私も半沢直樹のSeason 2を観ていた。先の最終回なんかはラストにおける堺雅人香川照之の対峙場面などは男と男の意地のぶつかりあいが最高潮に達し、もはや噎せ返る官能性がマニエリスムの境地に至っていてなかなかに興奮させられた。こういう日本の映像作品にありがちな誇張もここまで突き詰めれば芸術の一様式だと思える。

今作を観ながら思い出したのは、最近集中して観ている60年代70年代のイラン映画、言い換えれば白色革命時代のイラン映画だった。少し前にヴェネチア国際映画祭で観た"Careless Crime"(今度フィルメックスで「迂闊な犯罪」という題名で上映)のなかでこの時代に作られたMasoud Kimiai マスード・キミアイ監督作"The Deer"が印象的に引用されていたのだが、それに影響を受けたんだった。この時代のイラン映画は西欧化で自由の気風があり、アメリカやヨーロッパの映画作品の影響を多分に受けており、イラン革命以後の作品よりも濃厚に自由の気風を感じさせる。例えばアッバス・キアロスタミジャファール・パナヒ作品とは違う魅力があるのだ。

例を挙げよう。Bahram Beizai バフラム・ベイザイ"The Raven"(1976)は30年前に失踪した少女を追う小学校教師の姿を追った作品で、アメリカのノワール映画からの影響が見て取れる。それでいて文字が書けない母の言葉を日記で、喋れない聾の生徒たちの言葉を手話で、そして失踪した少女の言葉を記憶で捉えようとする主人公を通じ、社会的弱者たちの言葉を捉えようとする試みが感動的だ。

Mohammad Reza Aslani モハンマド・レザ・アスラニ"The Chess of the Wind"(1976)はガージャール朝を舞台にある富豪の家族が崩壊していく様を描きだしたサイコホラーだ。デヴィッド・リンチに先駆けた迷宮的なシュールさを背景として、家族間の醜い争い、そして殺し合い(まず車椅子に乗った主人公がモーニングスターで憎き相手の頭蓋をカチ割る!)が描かれる様は悪夢的であり、特に終盤はスラッシャー映画を彷彿とさせる地獄っぷりだ。

Nasser Taghvai ナセル・タグヴァイ"Tranqility of the Presence of Others"(1973)は田舎町から都市部へと移住してきた元軍人の男とその一家が都市生活に幻滅していく様を描いている。邸宅を舞台とした今作は哲学的な舞台劇を指向しており、もっと言えばブレヒトのイラン的解釈といった様式で一家の崩壊を静かに見据えている。題名はミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」を彷彿とさせるが、今作はそれに11年先駆けている。

中でも私が気に入っているのは先にも記したMasoud Kimiaiの作品なのだが、実を言うと半沢直樹を観ながら思い出したのは彼の作品群であり、それは男同士の関係性を誇張された濃密さとともに描きだしているからである。

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まずKimiai作品で最も有名なのは第2長編"Caesar"(1969)だろう。レイプされ自殺した妹と復讐のために立ち上がりながら殺された兄、彼らの弔い合戦を孤独に行う男の姿を描いたノワール映画が今作だ。あらすじは割かしアメリカ映画でも良く見られるものだが、敵の兄弟たちとイランのイーストウッドと呼ばれるBehrouz Vossoughi ベヘルーズ・ヴォスギーの間には奇妙な愛憎が存在しており、その殺害場面、例えばシャワー室で兄弟の1人を刺殺する場面などには濃密なる被虐の官能性が宿っていたりする(その様はイースタン・プロミスのサウナ格闘場面をも彷彿とさせる)

今作のタイトル・シークエンスはあのキアロスタミが手掛けているのだが、これがなかなか衝撃的だ。そこでは男たちの皮膚が何度も大写しになるのだが、上にはイランの神話や神々の姿が刺青として彫られている。それらが皮膚や黒々とした毛の上で脈打つ様が延々と映しだされるのである。この場面は当時のイラン映画が男臭さ、マチズモに傾倒していたことを象徴してもいるのだ。

さらに興味深い1作は1974年制作の"The Deer"だ。1人はコカイン中毒、1人は手負いの銀行強盗、幼馴染みである彼らが貧困の真っただ中で再会する様を描き出している。今作で印象的なのは"Caesar"とは大きく隔たり、2人の男が互いを精一杯ケアしようと試みる点だ。しかし彼らは社会の圧倒的貧困に挫折し、その幻滅が更に深い傷を呼びこむ。それでも最後には文字通り命を賭した男の献身がもう1人の男の心を深い絶望から救いだすことになる。その過程はジェンダー学ひいては男性学の視点からかなり興味深い描写だ。

そしてこれらの作品群が半沢直樹を彷彿とさせる訳である。登場人物の立ち振る舞いの大仰さ、極端に誇張された男性同士の関係性から立ち現れてくる複層的な官能性は正に共鳴しあうのだ。特に"The Deer"終盤における命を賭けた2人の男の対峙は、先述した堺と香川の魂の激突を観た時に真っ先に思い出した場面だった。とにかく熱い。

上述のKimiai作品の数々は男性同士の濃密な関係性とそれが醸造するホモエロティシズムから、近年クィア的な文脈からの再評価が成されている(その辺りは2019年に制作された白色革命時代のイラン映画を描くドキュメンタリー"Filmfarsi"を参照)のだが、それらのように半沢直樹も"歌舞伎を現代的に解釈したクィア作品"みたいな感じで、後世の人々に読解されるかもしれないと思い始めた(BL作品として観ている人々はそう少なくないだろうし)

今、日本の批評家は"日本人である筒井武文「ホテル・ニュームーン」というイラン映画を作りあげた!"と口々に騒いでいるが、今キアロスタミやファルハーディにオマージュを捧げるなんて馬鹿でもできる。私としてはそれよりも半沢直樹が白色革命時代のイラン映画へと(意図せずして)接近していることを誇るべきだと思う。まあ、日本の映画批評家はフランス映画や批評とか追ったり、日本の映像作品を適当に馬鹿にしたりするのに忙しくて、昔のイラン映画なんて観てねえか、なあ。

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