鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいハンガリー・アニメーションのすべてについて教えましょう~Interview with Varga Zoltán (Part 1)

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さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)

この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。

さて、今回インタビューしたのはハンガリー・アニメーションの研究者Varga Zoltán ヴァルガ・ゾルターンだ。彼は英語とハンガリー語を横断しながら世界中のアニメーション作品に関する批評を執筆しているが、特に注目すべきはハンガリー・アニメーションに関する研究だ。彼は既に2作の著作を発表しており、この界隈では最も有名な人物の1人である。そこで今回はハンガリー・アニメーションにまつわる様々な事柄について直撃したのだが、彼がもうサービス精神旺盛な方で英語換算1万字もの答えを返してきた。正に嬉しい悲鳴を上げざるを得ないが、余りにも長すぎるので記事を2つに分けることにした。この第1部では個人的なハンガリー・アニメーションの記憶からこの歴史における重要作品、彼の2つの著作についてなどを聞いてみた。2つに分けたのに何とこの時点で16000字である。この長大なるハンガリー・アニメーションの歴史をぜひ体感してみてほしい。ということで、どうぞ。

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済藤鉄腸(TS):あなたが初めて観たハンガリー・アニメーションは何でしょう? その感想もお聞きしたいです。

ヴァルガ・ゾールタン(VZ):何が初めて観た映画かについては話すのが難しいですね。1980年代後半、私が子供時代を過ごしていた頃は2つの大きなTVチャンネルがあり、幸運なことにそこで多くのアニメーションが放送されていたんです。なのでこの時期、詳しくは幼稚園に通っていた頃ですが、70年代や80年代に作られたアニメーションを観る機会があった訳です。この数十年は特にアニメーションシリーズの黄金時代と呼べる時代で、つまり多くの人々にとってハンガリー・アニメーションの黄金時代でもあったんです。たくさんのアニメーションを観ていましたが、思い出として残っているのは"Frakk, a macskák réme"("フラック、恐怖の猫たち")、"A nagy ho-ho-horgász"("すううっごい釣り人")、 "Sebaj Tóbiás"("気にしないで、トービアース")、"Magyar népmesék"("ハンガリーの民話")などですね。

"Frakk"はとてもキュートな切り絵のアニメーションでメイン監督はCseh András チェフ・アンドラーシュという人物でした。主人公は1匹のビーグル犬で、飼い主である老カップルと2匹のいたずらっ子な猫たちとの関係を描いています。"A nagy ho-ho-horgász"Dargay Attila ダルガイ・アッティラによるシリーズで、魚に馬鹿にされてばかりいる不幸な、しかし愛らしい釣り人を描いています。"Sebaj Tóbiás"Cakó Ferenc ツァコ・フェレンツによる粘土アニメーションで、主人公は他人思いの優しい心を持った人物で、アニメーションの性質上様々な物に姿を変えることができます。"Magyar népmesék"は後でもう少し詳しく話すので、ここでは今作が特定の主人公や物語は存在せず、話の1つ1つが独立しており、そのすべてがハンガリーの民話に由来しているとだけ紹介しておきましょう。

しかしこれらを除いて、ハンガリー・アニメーションにまつわる思い出についてとても印象なものを1つ挙げることができます。小学校に行くようになる数週間前――ちょうど30年前のことです――、1990年の夏の間、VHSで"Macskafogó"("猫用の罠")を観る機会に恵まれました(今作の英語タイトル"Cat City"は少し意味が違います。実際のハンガリー語は"猫用の罠"という意味です)もう瞬間に心を奪われましたね。特に紫色の猫のマダムが唄う場面なんか素晴らしかったです(でも誰が魅了されないでしょう?)"Macskafogó"の監督はTernovszky Béla テルノフスキイ・ベーラ、脚本はNepp József ネップ・ヨーセフです。今作は彼らの長きに渡る共同制作の頂点と言える作品ですね。1986年に公開され多大なる成功を収めた後、ハンガリーではカルト映画として、国の宝として愛され、国民のほとんど皆が場面を引用できるほどです(数年前には舞台劇としても上演されました)実際、本作はハンガリー・アニメーション史上でもとてもユニークな作品となっています。内容は猫とネズミの世界的な戦いを描いており、007シリーズの笑えるパロディとなっています。ジャンル的パロディやジャンル越境的な作風("Macskafogó"はアクションやスパイ映画だけでなく、ディザスター映画やミュージカル、ギャング映画や吸血鬼映画のモチーフも引用しています)はハンガリー・アニメーションにおいてはなかなか異端でした。こういう意味で今作は西欧やアメリカ産のアニメーションのようでした。しかしそのコインの裏側にはTernovskyとNepp(彼はハンガリー・アニメーションにおいて重要な脚本家でした)の紡ぐとても東欧的なユーモアがあり、彼らが今作をハンガリー的、もしくは東欧的な映画にしていたんです。子供時代から"Macskafogó"は最も見返している作品の1本となり、今作に戻ってくるのはいつだって喜びに溢れているんです。

TS:ハンガリー・アニメーション史において最も重要な作品は何だと思いますか? その理由もぜひお聞きしたいです。

VZ:ハンガリー・アニメーション史における重要作を1本だけ挙げるというのは無理でしょう。理由の1つはこの国のアニメーション制作にはとても長く豊穣な伝統があり(始まりは1910年代まで遡ります)、さらにもう1つ"ノミネート作品"として何かを挙げるにも、視点によってその作品は変わってくるからです。つまり歴史的重要性、美学的な価値、ハンガリー国内と国際的な評判や評価など選択理由によって、異なる映画を選ぶ必要がありますからね。それからアニメーションの製作法という更に基本的な側面もあります。後者にこだわるのなら短編、シリーズ、長編とそれぞれに選ぶべき重要なアニメーションが存在します。そこで先述した側面から最も重要なハンガリー・アニメーションを挙げたいと思います。

おそらくMacskássy Gyula マチカーシイ・ギュラ"A kiskakas gyémánt félkrajcárja"("ちいさなおんどりとダイヤモンドの半ペニー")、それから彼の傑作"Két bors ökröcske"("2匹の小さな牡牛たち")がなければ、ハンガリー・アニメーションはここまで成長していなかったでしょうし、最低でもその道は全く異なるものになっていたでしょう。これらは驚くほど困難な状況、嵐吹き荒れる20世紀ハンガリー史においても最も闇深かった時代(1950年代の前半です)に作られており、ハンガリー映画界におけるこういったアニメーション映画制作において中心的な役割を果たした訳です。"Két bors ökröcske"も今まで作られたアニメーション短編の中で最も重要な作品に位置する作品ですね(とはいえ30分という上映時間は短編と長編の間にあるものと言えるでしょうが)Macskássyは個人的な短編映画の数々でキャリアを築いてきた人物です"A ceruza és a radír"("鉛筆と消しゴム")や"Párbaj"("決闘")を1960年に制作した時には風刺画家のVárnai György ヴァールナイ・ジェルジと共同制作を行いました。これらのアニメーションはUPAのモダニスト的な様式に深く影響を受けており、カルロヴィ・ヴァリやカンヌ映画祭などで高く評価されています。それから1960年代から1980年代にも特に重要な短編作品が現れています。例えばReisenbüchler Sándor レイシェンビュフレル・シャーンドル"A Nap és a Hold elrablása"("太陽と月の誘拐")、Marcell Jankovics マルツェッル・ヤンコヴィチ"Sisyphus""Küzdők"("戦い")、Vajda Béla ヴァイダ・ベーラ"Moto perpetuo"Ferenc Rofusz フェレンツ・ロフス"A légy"などです。これらの作品は国際的に高く評価されており、美学的な観点から言っても疑いようない傑作です。"A Nap és a Hold elrablása"は多くの国際的な映画祭で賞を受賞した1作で、民話への超現実的なアプローチが特徴的でありハンガリー・アニメーション史上でも最もユニークな才能が巣立つ助けともなりました。"Sisyphus"アカデミー賞にノミネートされ"Küzdők"はカンヌで短編パルムドールを獲得しました。 前者は美しく輝くような線の使い方によって神話の英雄の目を見張るような再解釈を行った作品で、後者はもっと自然なスタイルを以て創造と崩壊の循環を痛烈に描きだしています。"Moto perpetuo"もまたカンヌでパルムドールを獲得した作品で、世界の混沌と不条理についてのコミカルで少しばかり不愉快な風刺劇となっています。"A légy"アカデミー賞で賞を獲得した初めてのハンガリー・アニメーション(具体的には1981年です)となっています。今作は最初から最後までハエの視点で物語が進み、それが驚くほどの映像的な自由さに繋がっています。物語は自由と束縛のコントラストを描きだしており、デーマも失われていく時という普遍的なものとなっているので、つまりは生と死の映画な訳です。ハンガリー・アニメーション史はこれらの作品を挙げなければ完璧なものとなることはありません。もちろん最近の傑作も紹介できますが、それは後でにしましょう。

長編映画についてですが最も重要なハンガリー・アニメーションとして挙げたい作品が幾つもあります。Dargay Attilaの作品、例えば"Lúdas Matyi"("ガチョウ少年マッティ")、"Vuk"("小さなキツネ")は最も成功したハンガリー映画でもあり、映画館で200万回以上も観られた作品と言われています(これは単純計算でハンガリーの人口の1/5です)世界的にカルト的な評価を獲得しているのはJankovics Marcell"Fehérlófia"("白い牝馬")で、1984年にはロサンゼルスでアニメーション映画ベストの1本に選ばれるとともに、最近でもレストレーションのおかげでその知名度は更に上がっています(最近書かれたレビューがこの動向を象徴しているでしょう)

しかし、アニメシリーズも忘れないようにしましょう。共産主義の数十年、Dargay AttilaNepp JózsefJankovics Marcellの3人が1960年代に製作したコメディシリーズ"Gusztáv"("グスターヴ")は世界で最も成功したアニメーション・シリーズで(70ヵ国以上に放送権が売れたんです)、本国でもすこぶる評価されました。最近だと"Magyar népmesék"、Kecskemét ケチュケメートで制作された中で最も重要なアニメシリーズが世界でも最も人気な作品となっています。その視聴数はオンラインでエピソードが公開されるたびに上がっています。ゆうに1200万回は視聴されているんです。100話全ての英語吹替版もKecskemétfilmのチャンネルから視聴できて"Hungarian Folk Tales"という英語タイトルで呼ばれています。このシリーズはKecskemétfilmのリーダーであるMikulás Ferenc ミクラーシュ・フェレンツが製作総指揮を行っており、Jankovics Marcellがメイン監督として製作を行っています。そしてハンガリーの文化的遺産や伝統を世界に伝える上でとてつもなく大きな役割を果たしているんです。実際、これを書いている何日か前(具体的には10月15日です)、今作がHangarikums(これについてはこのサイトをご覧ください)のコレクションに選出されるというニュースが流れました。この名誉が疑いなく示しているのは、今作がハンガリー・アニメーションで最も重要な作品の1つであることです。

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TS:もし1本だけ好きなハンガリー・アニメーションを選ぶなら、それは何でしょう? その理由もお聞きしたいです。何か個人的な思い出がありますか?

VZ:最も重要なハンガリー・アニメーションについて答えた時と同じように、好きな1作を選ぶというのもやはりとても難しいです。アニメーション映画に親しめば親しむほど、好きな作品を1作だけ選ぶというのは難しくなります。先述した通り"Macskafogó"はオールタイム・フェイバリットの1本ですが、多くのハンガリー人もそう言うでしょう。やはり先述した基礎的な短編群も同様に広く評価されています(例えば最近私は歯医者へ行かなければならなかったんですが、彼に私がハンガリー・アニメーションの研究をしていると言うと、彼は自身の好きなアニメーションが"Sisyphus""A légy""Gusztáv"だと語ってくれました)

ということでここではよりパーソナルな作品を選ばせてください。とはいえJankovics Marcellのようにアニメーション映画界において間違いなく高いランクにつき、熱狂的なファンがいる人物も挙げますが。まずKecskemétのスタジオに所属していた芸術家の1人にTóth Pál トート・パール(Paja パヤというニックネームでした)は1980年代にすこぶる独特なアニメシリーズ"Leo & Fred"を作っていました。サーカスに住むライオンと調教師が主人公なのですが、そういう設定に即したものより彼らの日常を追った物語が描かれ、故に作品自体がイベント性に欠けているとも言えます。しかしシリーズの瞑想的で叙情的なアプローチはその最終回で頂点を迎えます。"Koncert"("コンサート")という題名の最終回は私にとって最も美しいハンガリーの映像芸術の1つです、アニメーションの枠に収まりません。ネタバレは避けたいので、ここからぜひ観てみてください(一切台詞はありません)ラスト3分は純粋な詩であると特に強調したいです。今作は老い見捨てられ、孤独に打ちひしがれ、生に迷いながら、それでも最後には希望が、ある種の慰めが存在してくれるということを描いています。胸を打ちながら、同時に興奮させてくれもするんです。今作のようなクオリティを持った作品はアニメーションにおいてとても稀でしょう(少なくともアニメシリーズにおいては)

TS:ここではハンガリー・アニメーションの際立った特徴について聞きたいと思います。あなたはエッセー"(アニメーション)映画の裏側。ハンガリー・アニメーション映画におけるイソップ的言語の役割についての覚書"において5つの特徴を挙げていますね。1. 民話的語り、2. 風刺的コメディ、3. 民話や文学、歴史を通じハンガリーの過去の様々な側面を描きだした作品、4. 社会誌学的な関心とドキュメンタリー的な野心を持ったアニメーション映画、5. イソップ的言語、というものです。そこで日本の読者にこの5つの特徴について更に詳しく説明して頂けないでしょうか?

VZ:このエッセーは6年前、ハンガリー・アニメーションの100年を研究している時に書いたもので、そこにおける最も際立った特徴の数々に関する私の仮定を紹介したものでもあります。私の国の映画製作では普通ではない現象が起こっており、故にある特定の傾向や特徴を"最も"初めに位置する帰属として語ることは不可能なんです。もちろん実践されるどのアニメーション映画もある程度までそれぞれの多様性を見せてくれますが、最も象徴的なケースにおいて私たちはメインストリームにおける幾つかの特徴を捉えることができます。明確な例としてアメリカで作られるアニメーション映画を挙げられます。驚くことではないですがこの国のアニメーションはディズニー様式(これか、これではないかの二択なんです)が支配的であり、オルタナティブ的な作品は全てこの様式からの差異として解釈されます(例えば1930年代のフライシャー兄弟、1940年代のテックス・エヴェリー、1950年代のUPA、もしくは1970年代初頭のラルフ・バクシ作品などです)ハンガリー映画に目を向けると、アニメーション制作に1つの支配的な様式がありその他はオルタナティヴだとは言えません。何故ならアニメーション映画の監督たちは映画界が最も中央集権化されていた頃(1950年代から1980年代までです)においても自分自身の様式を進化させることを許されていた――ある意味ではそうするよう勇気づけられていたんです。それ故にハンガリー・アニメーションはとても個人的な映画芸術となり、例えばチェコスロヴァキアのパペット・アニメーションの伝統に明確に根差した作品(例え他のアニメーションも存在しているとしてもです)とは違い、ある種の特徴に関連付けることができないんです。他方でこれはハンガリー・アニメーションが多様ゆえに似たような制作的アプローチが混ざりあったような幾つかの傾向を指摘できないということを意味している訳ではありません。エッセー内では、これらの傾向や特徴に関する初期段階の提案を記しています。だからそれらの説明が比較的短いんです。後にもっと複雑微妙な形でそれらを考え直す機会を与えてもらいましたが、多かれ少なかれ基本は同じです。

私がエッセー内で"民話的語り"と呼んだ傾向は、ほんの中では"古典アニメーション"として再解釈が成されています。これらは1950年代Macskássy Gyulaが民話を基に作った短編群に端を発しており、彼が1960年代初めにこのアプローチを放棄した後も、Dargay Attilaがこれを継承し最も成功した作品の数々を作りました(先述した長編映画が代表例です)この傾向は明確にディズニーに影響を受けていますが、民話や文学などハンガリーの伝統に密接に関わってもいます。

2つ目の"諷刺的コメディ"は本では"諷刺的アニメーション"と書いています。より広いカテゴリーとして語る必要があったんです。アニメーションが諷刺的かそうでないかは議論の余地があるので、私はもっと信頼に足る基礎を選びました。なので諷刺的な(もしくは諷刺画家による)アニメーション映画というカテゴリーを作りました。これはいわゆるカリカチュアに由来した明確な映像的帰属を持つという意味です。主な特徴としてはこの作品群はコミカルで、ユーモアに溢れたアプローチを取りながら、同時にグロテスクで不条理な要素も持ち合わせています。手書きアニメーション(もしくはカートゥーン)において、その代表的な巨匠はNepp Józsefであり彼は監督としても脚本家としても活動しました。彼の他にはTernovszky BélaVajda Béla、それから絵画のような素晴らしいアニメーションを作ったGémes József ゲーメシュ・ヨーセフを挙げるべきでしょう。Gémesの傑作は"Koncertissimo"という作品で、最も重要なハンガリー・アニメーションから除外されることはほぼないですね。もっと前に言及するべき作品でもありました(何度も言いますが"ハンガリー・アニメーションにおけるベスト"を何作かだけ選ぶというのはとても困難なことですから)

3つ目のカテゴリーは本の中で最も変わった要素です。エッセーにおいて私はハンガリーの文化的遺産(民話、文学、歴史)に関連した作品群に言及しましたが、広く捉え直した先の要素とは逆にもっと狭いカテゴリーに捉えなおす必要がありました。私のアプローチにおける3つ目の傾向はいわゆる"装飾的アニメーション"となりました。こう名付けたのはJankovics Marcellによる素晴らしいエッセーに感銘を受けた故で、ここで彼はハンガリー・アニメーションにおける進化的変態の役割(彼自身の作品も同じく例として)を詳しく説明していました。"装飾的アニメーション"は頗る密接にハンガリーの文化的遺産、特に民話に関連しており、しかし同じことは古典アニメーションにおける古典的語りにも言えます。なので、この"装飾的アニメーション"において最も重要な特徴はビジュアルの強烈な定型化です。その主な源は民話や、特にファインアーツの映像的(ゆえに必ずしも語りは重要ではありません)な要素です。それから最も重要な映像の制作装置は繊細に高められた進化的変態でした。この"装飾的アニメーション"の主なハンガリー人アニメーターはKovásznai György コヴァースナイ・ジェルジJankovics MarcellRichly Zsolt リチイ・ジョルトKeresztes Dóra ケレステシュ・ドーラOrosz István オロス・イシュトヴァーンVarga Csaba ヴァルガ・ツァバ、そして規格外にユニークなサンド・アニメーションが特徴のCakó Ferenc ツァコー・フェレンツが挙げられます。

4つ目の要素は基本的に変わっていません。これらの作品はドキュメンタリーとアニメーション映画のとても明確な境界線を曖昧なものにする(もしくは消し去る)作品群です。こういったドキュメンタリー的アニメーションは異なるビジュアル要素を以てこれを成し遂げようとしますが、音に関しては1つの収斂というべきものが存在します。ここにおいてとてもよく行われるのが日常生活から言葉を録音したり、他のメディアで使われたインタビュー(例えばラジオなどです)を採用することです。興味深いことに、先の傾向において挙げた何人かの監督はこのドキュメンタリー的アニメーション映画の確立にも大きな役割を果たしています。特にKovásznai GyörgyVajda Béla、そしてOrosz Istvánの作品でも何本かでこの傾向が見られます。この作品群のなかで最も象徴的なアニメーション作家はMacskássy Katalin マチカーシイ・カタリンでしょう(彼女はMacskássy Gyulaの娘です)

私の研究として、共産主義政権下の数十年の間に確立された、ハンガリー・アニメーションの主な傾向が幾つか存在することが分かっています(私がこの時期にキャリアを始めた作家たちを言及する理由がこれです)しかしそれを象徴する作家たちはこんにちにおいても多産で、現代の作家たちも多かれ少なかれこの傾向を継承しています。あなたが言及した5つ目の傾向、いわゆるイソップ的言語はエッセーの主なテーマでしたが、他の傾向とは明確に異なるものです。ある時期において――共産主義の真っただ中――これは顕著です。これが終った後には、イソップ的言語を使うことは今日的ではなくなってしまいました。もしイソップ言語を、"見えないやり方で"党の体制や抑圧的な政権を批評する、そんな隠されたメッセージを創造する戦略として見做すなら、今でも理解はできるでしょう。この数十年における幾つかの短編アニメーションは抑圧者たちへのある種の批評として間違いなく解釈することができます。しかし1990年以降政権が変わり、この30年で芸術的創造性や自由を抑制しようとする制限というべきものは無くなりました。この相違は共産主義以前以後に作られた同様のテーマを持つ作品を比べれば明確に見えてくるでしょう。処刑に関する、1977年に作られた作品(Szórády Csaba ソーラーディ・ツァバ"Rondino"Kovács István コヴァーチ・イシュトヴァーン"Változó idők"などです)は党体制、共産主義という権力による残虐行為の隠喩として解釈できます。それからこれは解釈の問題ではなくなりますが、明白なのは2006年に制作されたSzilágyi Varga Zoltán シーラジ・ヴァルガ・ゾルターン"Jegyzőkönyv – Mansfeld Péter emlékére"("裁判の記録――マンスフェルド・ペーテルの思い出に")は共産主義の残虐な野蛮さを直接的に描いています。1956年のハンガリー革命における若い殉教者の処刑を正確に、かつ詳細に描きだしています。ここにおいて、イソップ的言語は歴史において果敢な芸術的発明でしたが、他の傾向と違い持続するものではありませんでした。

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TS:あなたはハンガリー・アニメーションに関する2作の著作"A magyar animációs film: intézmény- és formatörténeti közelítések"("ハンガリー・アニメーション/様式的、制度的歴史におけるアプローチ")と"A kecskeméti animációs film"("ケチュケメートのアニメーション映画")を執筆していますね。この2冊について日本の読者に説明してくれませんか。何故この2冊を書いたのか、この2冊はハンガリーにおける映画批評においてどのような役割を果たしているのか、ハンガリー・アニメーション史を考えるにあたりケチュケメートは一体どういう意味を持つのか?

VZ:先の質問で話したエッセーはより大きな研究プロジェクトの一部分であり、これは2013年から2014年まで国立優秀プログラム(Nemzeti Kiválóság Program)の助成を受けながら行われました。私の研究において最も重要な結果はハンガリー・アニメーションに関する研究論文であり、ちょうど今作が書かれた時期(2014年から2015年まで)はその100周年記念を控えた時期でした。私にとってはとても幸運な時代で、それは私の映画史家としてのハンガリー・アニメーションへの個人的な興味がこのかけがえない記念に重なった故であり、それもあってハンガリー・アニメーションの100年という長きに渡る歴史を総覧する最初の人物としての機会を頂き、最低でもその傾向を要約することができた訳です。もちろん私の作品はその過去を描くテキストに依拠しています(特にアニメ作家たちへのインタビューは参考になりました)が、私は以前から存在する言説を再構築する必要があり、そうして新たな結果と巡りあえたんです。原稿は基本的に2015年には完成し、2016年の最後に出版されました。あなたが言及したタイトルは私が今までとは異なる視点からハンガリー・アニメーションにアプローチした事実を指し示してもいます。

私は2つの基本的なパターンを使いました。まず1つはハンガリー・アニメーションの制度的、経済的、芸術的な状況、そして歴史的、政治的、社会的な問題群とそれの関係性を描くというものです。このアプローチは本においてはより小さな要素であり、4つの基本的な時代区分の主なファクターを表してもいます。1つ目の区分は先駆者の時代、これはおおまかに1910年代から始まり1930年代初頭まで続きます。不幸なことに、K最初のハンガリー・アニメーションと呼ばれる、Kató Kiszly István カトー・キスイ・イシュトヴァーン"Zsirb Ödön"(1914年から1915年に作られました)を含めて、ほとんどの素材が失踪するか廃棄されてしまい、現代まで現存している作品はとても少ないんです(数えるほどしかありません)2つ目の区分は1930年代初頭から1950年代後半までを示していますが、この時代の代表としては、幾つものスタジオのリーダーを兼任し重要なアニメーションを製作した人物Macskássy Gyulaが挙げられます。彼はハンガリーでアニメーション映画を製作した監督という訳ではないですが、彼の忍耐はこの国におけるアニメ制作の定着に寄与しました。3つ目の区分は1950年代後半から始まり、1980年代の終りまで続きますが、この時期こそハンガリー・アニメーションにおいて最も実りある時期でした。その本拠地はMatolcsy György マトルツィイ・ジョルジ率いるパンノーニア映画スタジオ(Pannónia Filmstúdió)であり、この存在によってヨーロッパや世界を含め、最も大きなアニメーション産業が生まれたんです。1960年代は個人的な短編アニメーションの黄金時代で、1970年代はアニメシリーズの隆盛を迎え、1980年代は長編アニメーションの分野で最も多産な時代となりました。4つ目の区分は1990年代から始まりました。つまりこの時代の作品は共産主義以降のアニメーションという訳ですが、おそらくそれが今のアニメーションでもあります。もしくは2010年代後半からまた新たな時代が始まったとも言えるでしょう。この時代について語るのは難しいところです。少なくとも私が本を書いている際"新しい章"を加える必要はないように思えました。しかし今これは考慮に入れる価値があります。これはまた別の仕事となってしまいますが。

もっと大局的な部分での私のアプローチは基本的に美学的なものです。ここにおいて私は以前の質問で答えた傾向の数々について議論しています。しかし映画分析の集積と特定の作品群に関する議論のため、もっと一貫性のある構築を選ぶ必要がありました。章の並びはアニメーション体系(もしくは形態)の可能な分類に即しています。このパートはカートゥーン、もしくは手書きアニメーションから始まっており、ストップモーション(例えばパペットやクレイ、オブジェクト、それからピクシレーションなどです)と続き、それから切り絵、絵具、CGIが議論されます。そして最後には複合的なアニメーションが話題にあがります。

ハンガリー・アニメーションに関する2冊目の本はもっと狭い分野にテーマを絞っていますが、研究のプロセスからこの特別なテーマは包括的な調査にも勝るとも劣らず豊穣なものだと分かりました。タイトルが示唆する通り、この本の"主人公"はケチュケメートにあるアニメーション・スタジオです。そしてテーマはプロとしてのもの個人的なものに関わらず、多くの理由から明確なものでした。ハンガリー・アニメーションを知ろうとする者はみな、作品はブダペスト(ハンガリーの首都です)だけで作られる訳ではないと知るでしょう。アニメーション制作が盛んになった地方の町は2つあります。ケチュケメートとPécs ペーチュです。両方において映画スタジオはパンノーニア映画スタジオ(首都に位置しています)によって建設されました。まず1971年ケチュケメートに建てられ、1979年にはペーチュに立てられました。2つのうちケチュケメートはより成功し、ハッキリとした功績を立て、更にはケチュケメート・アニメーション映画祭(KAFF)というハンガリーで初のアニメーション映画祭を設立することで、アニメーション界において世界的な評価をも確立することができました。この映画祭にはインターナショナル・コンペティション部門も存在します(1985年から2019年に渡って14回開催されました)最初期から現在までケチュケメートのアニメスタジオはMikulás Ferencによって指揮され、彼の統率下1990年代の経済的難局を生き抜き、親会社をも救ったのでした(それでもパンノーニアは2000年代後半に潰れてしまいますが)スタジオは独立し、1990年代前半には名前は株式会社ケチュケメートフィルム(Kecskemétfilm)に変わり、アニメーション映画史初期(正確に言えば共産主義時代です)にパンノーニア映画スタジオがそうであったように決定力ある企業となりました。

思うに彼らの成功は最低でも2つの要素から語ることができます。まずスタジオの設立初期からMikulás Ferencはここで作られる映画がハンガリーの文化的遺産を継承し次に繋がるよう砕身し、ハンガリーの民話や文学、歴史を基とした作品群のプロデューサーも兼任していました。装飾的アニメーションがパンノーニア映画スタジオの明確な、しかし支配的ではなかった傾向であった一方で、Kecskemétfilmではこういった作品こそが支配的な流行なのでした(これが2つのスタジオの大きな違いです)

もう1つの要素はパンノーニアにおける"文化的政治"に拠るものです。何故なら――これはGiannalberto Bendazzi ジャンナルベルト・ベンダッツィがアニメーション映画史にまつわる長大な本で言及していますが――ハンガリーにおいてアニメーション映画は大衆向けと芸術性指向の作品の間で繊細なバランスを取っていた訳です(言い換えればパンノーニア映画スタジオはDargay Attilaの興行的に大いに成功した古典の長編映画と、Kovásznai GyörgyReisenbüchler Sándorの過激なまでに実験的でオフビートな短編映画を同時に制作していました)同じような傾向はKecskemétfilmのレパートリーにも見られますし、実際このスタジオはとても人気で成功したアニメシリーズ(例えば先にもその重要性に言及した"Hungarian Folk Tales"、そして"Vízipók-csodapók""Mesék Mátyás királyról"などです)や、ファインアートや詩にとても近い実験的な作品の制作をサポートしていました。この繊細なバランスは皆が観ることができます。Kecskemétfilmの作品のほとんどはYoutubeのチャンネルで観ることができます。より多くの観客に開かれたシリーズや映画はここから観られますし、実験映画についてはこちらから観られます。

基本的に、私の2冊目の本はKecskemétfilmのこれらの傾向を地図化しながら、一方でアニメシリーズに焦点を当て、他方では短編映画に焦点を当てています。取りあげたのはHorváth Mária ホルヴァート・マーリアVarga Szilágyi ZoltánNeuberger Gizella ノイバーガー・ジゼッラUlrich Gábor ウルリック・ガーボルらです。もちろんこの本は組織のクロニクルから始まり、経済的、技術的、政治的、社会的な状況がこのスタジオの生にどんな影響を与えたかを綴っています。

最後にこの本には個人的な側面も刻まれています。何故なら研究自体が前よりもより個人的なものだったからです。私はケチュケーメトで生まれ育ちました。今でもここに住んでおり、子供時代にこのスタジオと縁があったことは驚くに値しないでしょう。私は1999年に先述のKAFFで学生審査員として参加しており、おそらくこの時にこそ初めてアニメーションの世界がいかに豊穣かに驚かされたんです。次の年、私はKecskemétfilmの最も重要なメンバーであるSzoboszlay Péter ソボスライ・ペーテルと知り合いになりました。実際彼は1960年代におけるハンガリー・アニメーションの"新しい波"に属しており、彼は個人的な短編映画を再構築した若い映画作家の一人としての評価を確立していました(同じような人物としてJankovics MarcellKovásznai GyörgyRichly Zsolt、Gémes József、Reisenbüchler Sándorといった人物が挙げられます)1960年代から1970年代の間にブカレストで彼は"Sós lötty"("塩味のスープ")や"Rend a házban"("家の中の秩序")、"Hé, Te!"("よお、お前!")といった傑作を作りました。彼は1980年代にケチュケーメトに移住し、そこでMikulásからスタジオに参加しないかと誘われた訳です。そこからこの地に住み続けているのですが、ここでも映画を製作しています。例えば社会誌学的で叙情的な"Hogyan kerül Eszter az asztalra?"("エステルはどうやってテーブルに乗ったのか?")などです。2000年から2018年までSzoboszlay Péterは監督であると同時に、10歳から16歳までの子供たちにアニメーション制作を教える特別なクラスの教師を務めていました。このクラスの名前は"Képről Képre"、ハンガリー語で"フレームごとに"という意味で、アニメーション映画の一般に不可欠な特徴を示しています。そして2年間(2000年代の初期ですね)私はそのメンバーでもありました。ここがアニメーション映画という芸術の魅力的世界に関する基本的知識の源である訳です。故にこういった背景もあってケチュケメートで作られたアニメーションに関する本を書くのは、私にとって不可欠だったんです(運命だったのかもしれません)ハンガリー芸術アカデミー(Magyar Művészeti Akadémia)のサポートで、2017年から研究と執筆を始め、2年かかって本を刊行しました。願わくばハンガリー・アニメーションに関するこのシリーズを"三部作"としたいです。3冊目は何人かの映画監督のフィルモグラフィに関するものになるでしょう。そして再びハンガリー芸術アカデミーの助成を得て、ここ30年で頭角を現した現代のハンガリー・アニメーション作家にまつわる新しい本の研究を始めました。

この本がどんな評価を受けたかですが、これは実際デリケートな問題です。何故ならハンガリー・アニメーション(それにまつわる本も含めですが)の批評的・理論的評価は層が厚いとは特に言えないからです。言い換えさせてください。私が思うに映画批評への注目や特にハンガリーにおける映画批評は基本的に実写映画とドキュメンタリー映画(ある程度まで)に焦点が当たっており、アニメーション映画は映画を考察するにあたっては比較的無視されているんです。もちろんこれは賞を獲得した短編映画(有難いことに最近はとても多いです)などへの批評的反応がないことを意味はしません。プレスがその役割を果たしていますからね。しかしアニメーションへの珍しい理論的研究が一般にアニメーション、特にハンガリー・アニメーションについて考察することに影響を与えているかは定かではありません。私が観察するに、最低でも科学的分野(例えば大学の映画研究部門などです)においてアニメーション映画は何故だか"不可視の"存在なんです。

こういった状況を鑑みるに、私はの本は間違いなくある程度の注目を受けましたが(特に2冊目の方は)、今ハンガリー・アニメーションに関する議論においてその影響を図るのは難しいです(あるとしてですが)強調したいのはシステム的にハンガリー・アニメーションを研究している人物は数えるほどしかいないということです(それは研究的なアプローチに限りません)何よりもまず言及するべきはTóth M. Éva トート・M・エーヴァOrosz Ida Anna オロス・イダ・アンナの存在です。Tóthはアニメーション監督として活動するとともに、教師として幾つものエッセーやハンガリー・アニメーションに関する著作を発表しています(特に監督に着目したものです)彼女はハンガリー・アニメーションの巨匠にまつわるTVドキュメンタリーも制作しています。Oroszは国立映画センター(Nemzeti Filmintézet)に所属しており、ここでハンガリー・アニメーションの研究をしているのですが、ここ数年はハンガリー・アニメーションの歴史的作品の数々を修復したり、DVDを発売するなどしています。5年前Herczeg Zsófi ヘルツェグ・ジョーフィDot&Line(この名前はチャック・ジョーンズの傑作から取られています)という素晴らしいブログを設立し、形態や長さ、制作年に関わらず特にアニメーションを取り上げています。Bitter Iványi Brigitta ビッテル・イヴァーニ・ブリジッタKovásznai Györgyに関する文章は忘れられた作品群に注目を向けるに重要な歩みとなっています(本は10年前に刊行されました)Gerencsér Péter ゲレンチェール・ペーテルは同じくハンガリー・アニメーションの過去を研究する人物であり、他の国でアニメーション制作を行うハンガリー人移民たちに焦点を当てています(例えばPal George パル・ジョルジェ、Halas John ハラシュ・ジョン、Image Jean イマジェ・ジャン、Engel Jules エンゲル・ユレシュ、Földes Peter フェルデシュ・ペテルらです)似たように、2011年にはOrosz Márton オロス・マールトンが世界中でアニメーションを作るハンガリー人作家たちのキャリアを地図化する、とても洞察深いブックレットを刊行しました。

私が言及した人物たちは2000年代以降からハンガリー・アニメーションの研究を始めた人物たちです。しかしながらその前の時代においてはシステムとしてのハンガリー・アニメーションを研究していた人物はとても多かったんです。もしDizseri Eszter ディセリ・エステルLendvai Erzsébet レンドヴァイ・エルセーベト、Féjja Sándor フェーヤ・シャーンドル、Kelemen Tibor ケレメン・ティボル、Antal István アンタル・イシュトヴァーンといった人物たち――これでも少ないくらいです――が残してくれたエッセーやインタビュー、著作などがなければ、私たちの仕事は随分違うものとなっていたことでしょう。

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Vargaさんの著作写真。彼が黒い手袋を着けているのは、ダリオ・アルジェントなどのジャーロ映画が好きだからだそうです。