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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Paúl Venegas&"Vacio"/エクアドル、中国系移民たちの孤独

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中国系移民たちはよりよい未来を求めて世界各地へと散らばることになるが、彼らの行く先の1つがラテンアメリカだった。彼らは南米の異国の地で身を寄せ合いながら暮らし、今ではブエノスアイレスサンパウロなど大都市各地に大きな共同体が作られているほどだ。今回は、その中でもエクアドルという国に行くことを選択した中国系移民たちの姿を描き出す1作、 Paúl Venegas監督作"Vacio"を紹介しよう。

今作には2人の主人公がいる。レイ(Fu Jing)はニューヨークで美容師となることを夢見ている女性で、その過程の途中でエクアドルにしばらく滞在することとなる。そしてウォン(Zhu Lidan)という中年男性は出稼ぎのためにこの地へとやってきたが、将来はこの地で中国に残してきた息子と暮らしたいと願っている。

まず今作はこの2人がエクアドルの生活に慣れ親しもうとする過程を丹念に描きだしていく。彼らはまだエクアドルに来たばかりであり、その風景や文化は奇妙なものに映る。それでも既にここには中国系の共同体が築かれている故、意外と仕事には困らない。それでも働いても働いても、現状が夢に近づいていくことはない。そんな状況に彼らは少しずつ疲弊していく。

そしてそんな風景にはエクアドルにおける中国系移民たちの現実が広がっている。町には中国系移民が経営する店が幾つもあり、レイはその中の1つである、彼らが中国に残してきた家族や友人に国際電話をかけるための施設で働いている。それほど多くの移民たちがこの国に住んでいるという証左だろう。

そんな中でレイの日常においてある2人の人物の存在感が大きくなっていく。まず1人が上司であるチャン(Meng Mind Day)だ。彼は表面上レイを気遣ってくれる人物のように思われるが、その心の底には悍ましい感情が渦を巻いている。もう1人がビクトル(Ricardo Velastegui)というエクアドル人男性で、彼は軽薄な性格ながらも、レイへの好意を隠すことなく接し、その明るさに彼女は惹かれていく。だが彼らとの関係性がレイの人生に大きな波紋を投げかけることになる。

ここから本作は男性中心主義的な社会において、男たちが向ける愛憎に翻弄される女性を描きだすスリラー的な作品へと変貌を遂げることとなる。その形態に関わらず、男性たちは己の欲望をレイに向け、徐々に彼女はその泥沼に呑みこまれていく。中でもチャンの妄執は異様なものであり、他の男性たちと仲良くする姿を見ただけでも嫉妬に駆られ、暴力行為に打って出るだけでなく、組織の力を使いレイたちを捻じ伏せようと試みる。そして彼女は息詰まる苦境へと追いつめられるのだ。

主演俳優であるFu Jingは異国の地のしがらみの中で生存闘争に打って出る女性の姿を、魅力的に演じていると言えるだろう。彼女は迷宮化していくしがらみを自身の力で乗り越えようと苦闘し、その過程で彼女の心の様々な側面がスクリーンに露になっていく。それを目撃しながら観客である私たちは1人の人間の複層性というものに思いを馳せることになるだろう。

"Vacio"エクアドルの中国系移民が直面する現実という、エクアドル国外からは容易に知ることのできない今を魅力的に提示してくれる1作だ。今作は自分たちにとって未知の国の映画を観ることの醍醐味をも、豊かに語ってくれるのだ。ということで監督自身の言葉を引用して、このレビューを終えることにしよう。

"80年代から中国系移民の新しい波が世界中へと流れていきました。そしてここ10年彼らはエクアドルにやってきて定住したり、アメリカなど他の目的地に至るまでの中継地点として利用するなどしています。皆が経済的理由から来ているという訳ではなく、多くは彼らの共同体を広げ、より大きなものを作るための駒としてやってくるんです。他にも存在論的な理由、つまり現代の中国に住むことのプレッシャーや中国が余りにも巨大ゆえの圧倒感などからやってくる人々もいます。

私たちは登場人物たちの人生を、グアヤキル(エクアドル最大の港湾都市)の中国系コミュニティの中から描きだしています。自然な演技をしてくれる俳優たち、彼らもまた移民なのですが、彼らのおかげで登場人物にはリアルな感情と経験が備わりました。それはつまり未来の不確定性を考えるにあたり、移民たちが持つことになる不安や絶望のことです。

私にとって"Vacio"は私たち全員の中にある無意識、つまり視線が言葉以上に物語る世界についての映画なんです。その感情豊かな旅路において、主人公の助成は男性中心主義的な腐敗した社会を生き抜かざるを得なくなります。私が興味を持っていたのはレイという主人公を観客がどう解釈するかです。彼女は己の意志に関係なく自分の魅力や美を利用し、その独立を勝ち取らねばならない人物か、もしくは目的を達成するためには手段を選ばない、人の心を操る悪徳の女性なのか? 劇中には極端な性差別主義者で権力を持ちながら、孤独な魂を持つ男性も現れますが、彼らの現状は観客に共感の限界を探求するよう挑戦するはずです。

今作のアイデンティティは中国国内外の観客の心に左右されるでしょうし、それが監督として最も大きなチャレンジでした。私としては、今作が1つの道しか行かない、1つの方法でしか理解されないとは信じたくありません。おそらくその過程の中に"Vacio"の最も興味深いパーソナリティが宿っているのでしょう"

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