鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Morteza Farshbaf&"Tooman"/春夏秋冬、賭博師の生き様

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最近のイラン映画がアツい。未だにキアロスタミ、パナヒ、ファルハーディといったイラン革命以後の巨匠たちの影響は濃厚ながら、その安全地帯から這い出て、新たなるイラン映画を作ろうとする映画作家たちが現れ始めている。例えばSaeed Roustaee サイード・ルスタイの"Just 6.5"(「ジャスト6.5 闘いの証」)はファルハーディ印の饒舌を麻薬戦争の激烈という新たな境地へと昇華した1作であり、Shahram Mokri シャラーム・モクリの"Careless Crime"(「迂闊な犯罪」)は異様な長回しを軸として映画館という存在を歴史の呪いとして描きだした傑作だった。そして今回紹介するのは2020年代におけるイラン映画ルネッサンスの今後を担うだろう新鋭作家Morteza Farshbaf監督の第3長編"Tooman"を紹介していこう。

今作の主人公となるのは中年男性ダヴード(Mir Saied Molavian)だ。彼は類稀なるギャンブル狂であり、工場で働いた金を全てスポーツ賭博に注ぎこみ、それで金が倍に増えればそれを再び賭博に注ぎこむとそんな毎日を送っている。彼にはギャンブルの才能があり、相棒アジズ(Mojtaba Pirzadeh)や他の仲間たちともに賭博の世界を荒しまわっていた。

序盤において現れるのはダヴードたちが賭博に奔走する姿の数々だ。テレビに映るサッカーの試合に一喜一憂しながら、唾と汗をブチ撒ける。競馬場に赴いては馬が駆け抜ける様に強烈な言葉を浴びせかけ、そして倍になった金を貪りまくる。一団は台風のような存在感を誇りながらも、その中心に座すダヴードは驚くほど冷静だ。静かに状況を観察しながら、したたかに賭博に勝利する。

最近、ダヴードたちが目をつけているのはアジズの弟であるユネス(Iman Sayad Borhani)だ。彼は将来有望なるジョッキーであり、彼に莫大なる金を賭けることで更なる富を稼ぎだしている。ダヴードたちの大いなる期待はユネスの才能を輝かせ、彼は競馬界のスターダムを一気に駆けあがっていく。そして彼らにとって全てが順調に思えたのだが……

ユネスが成りあがっていくごとに、ダヴードたちの賭博も更なる激化を見せていく。ここで浮かびあがるのは賭博が人間存在に齎す熱狂それ自体だ。賭博に持てる金の全てをブチこみ、強大なる不安と焦燥のなかでその時を待ち、自分たちの一手が完璧なる成功へと至った時のあの高揚感。アジズたちは絶叫を響かせて、熱き多幸感のなかで腕を掲げる。Farshbaf監督はその様を観客に追体験させようとするのだ。

この熱狂の核となる演出が監督が撮影監督Morteza Najafiとともに紡ぎだす長回しだ。例えば郊外の別荘に集まり、ギャンブル狂たちがサッカー観戦を行う場面があるのだが、電波を求めて1人の青年が別荘中を走りまわる場面がある。カメラはそんな彼を執拗に追跡するのだが、この時別荘は迷宮的な様相を呈し、青年は目まぐるしく部屋を、廊下を、天井を走っていく。さらに他のメンバーが絶えずフレーム内に入りこんでは消えてを繰り返し、世界が豊かに膨張を遂げていくような感覚が鮮烈に現れるのだ。そしてその最後に私たちは喝采を目撃することになるだろう。こうして観客の網膜にはギャンブル狂たちの人生が激烈な形で叩きこまれていくのである。

しかし高揚の裏には落下がつきものだ。ダヴードたちはある事件をきっかけとして、急転直下の挫折を経験することになってしまう。一転してどん底人生に堕ち、苦渋を舐めることになったダヴードたちを、今度は冷徹な画面と凍てついた観察的な長回しで描きだしていく。画面の中心にはダヴードたちの苦い表情が据えられ、時は吐き気を催すほど静かに過ぎていく。

だが賭博というものを簡単に諦められるのか、彼らは自分が負け犬であることを自分に許し続けるのか。もちろんそんなことは有り得ないのだ。ふとしたきっかけで彼らのなかには賭博への執念が再燃し、その手に掴んだ金を後先考えずにブチこんでいく。彼らは前に進むことを止めることはない。例えその道が灼熱の地獄へと続いているとしてもだ。

そしてこの賭博師たちの妄執を、監督はダヴードとアジズの関係性へと収斂させていく。内面を露にしない無感情的なダヴード、彼の相棒として熱狂を享受するアジズ、彼らの間には見えなくとも濃密な絆があるように思え、少なくともアジズはそう信じてやまない。しかし少しずつダヴードの内面と秘密が明らかになるとともに、アジズは猜疑心を抑えられなくなりながら、彼への信頼も捨てることが叶わない。こうして彼らは共に賭博の地獄へと疾走を遂げていくのだ。

この男と男の熱烈で複雑な関係性は60年代70年代に活躍したイラン映画界の巨匠Masoud Kimiaiの作品を想起させる。例えば彼は"The Deer"という映画で薬物中毒者と手負いの銀行強盗が互いをケアしながらも、決定的な挫折を経験し、しかし最後には互いの心を救済するという関係性を描きだした。"Tooman"におけるダヴードとアジズの、愛と猜疑と憎悪を行きかう関係性はそんなKimiai作品を彷彿とさせるのだ。

私は2020年代の新たなるイラン映画について先述したが、ここに属すると思える映画作家たちが志向するのは1963年から1978年にかけて続いた白色革命時代のイラン映画の数々だ。Masoud Kimiaiを筆頭としてBahram BayzaiEbrahim Golestanといった、言ってみればキアロスタミ以前の巨匠たちの作品への回帰を新鋭たちは目指しているように思われるのだ。

そして"Tooman"においてはこの白色革命時代への志向が、何をかなぐり捨ててでも欲望を肯定するという無謀にして強烈な意志へと繋がっていく。キアロスタミにもファルハーディにもいい加減倦んでいた私としては、このイラン映画の新たなる潮流を深く、深く歓迎したい。

が、だからこそこの潮流が既に見せている瑕疵についても語らなくてはならないだろう。劇中、ダヴードの情婦としてアイリーン(Pardis Ahmadieh)という女性が登場するが、彼女は映画に陳腐な倫理への洞察を齎し、更にダヴードという人物の性格を更に陳腐化する役割しか持ちあわせていない。つまり女性描写が目を見張るほどおざなりなのだ。キアロスタミやファルハーディといったイラン革命以後の巨匠、さらにターミネー・ミラニサミラ・マフマルバフといった女性作家たちはイラン映画における女性描写に新風を与えてきたが、Farshbafらの描写はそこから明らかに後退している。ここを改善することがこの潮流におて重要となってくるだろう。私はそれに期待したい。

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