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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジャック・ニコルソン&"Drive, He Said"/アメリカ、70年代の始まり

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さて、Jack Nicholson ジャック・ニコルソンである。俳優としての彼を知らない映画好きはいないだろうが、では作り手としての彼はどうだろう。Roger Corman ロジャー・コーマンの下で多くの作品に出演していた彼は60年代から脚本も書き始めるのだが、ここにおいて先日亡くなったMonte Hellman モンテ・ヘルマンの存在は重要だった。彼とタッグを組んだ作品のなかで、フィリピンで撮影した異形のスリラー"Flight to Fury"(1964)と「旋風の中に馬を進めろ」/ "Ride in the Whirlwind" (1966)は出演とともに脚本執筆も行っている。この後もヒッピー文化を存分に取り入れた「白昼の幻想」/ "The Trip" (1967)や「ザ・モンキーズ 恋の合言葉HEAD!」/ "HEAD"(1968)などの脚本を執筆するが、ここでニコルソンはとうとう監督業へ乗り出すことになる。そして1971年に完成させた長編デビュー作こそが"Drive, he Said"だった。

今作の主人公ヘクター(William Tepper ウィリアム・テッパー)は将来を嘱望されるバスケ選手であり試合での活躍も目覚ましく、大学だけでなく地域でも有名な存在だった。しかし彼自身は何か満たされない思いを抱えている。その虚無を向ける相手は、教授であるリチャード(Robert Towne ロバート・タウン)の妻オリーヴ(Karen Black カレン・ブラック)であり、彼女との不倫愛に慰めを見出していた。

今作の語りはかなり断片的なものであり、まるで光の激しい明滅のようにイメージが浮かんでは消えるという形で物語が展開していく。編集には4人もの技師が携わっており、Terence Malick テレンス・マリック作品も斯くやという錯乱した様相を呈しているが、この混乱ぶりが独特の語りに影響しているというのは確かだろう。

ニコルソンが今作によって捉えようとしているものの1つはアメリカに広がる時代の潮流だ。いわゆるカウンターカルチャー全盛の70年代前半の空気感が、これでもかと濃厚なのだ。例えば冒頭、ヘクターが参加する試合の途中、いきなり左翼のゲリラ劇団が闖入を果たし演説を繰り広げる。その後も血気盛んな若者たちが騒動を繰り返し、大学のキャンパス内には妙な不穏の雰囲気で充満している。ヘクター自身はそれから距離を取ろうとしているが。

そしてベトナム戦争の影もまた濃密なものだ。大学生たちは戦地に送られるのを恐怖しながら日々を過ごしているが、ヘクターのルームメイトであるガブリエル(Michael Margotta マイケル・マーゴッタ)もその1人だ。ゲリラ劇団に所属する急進的な左翼として、やたらめったら権威に楯つき、徴兵に対しても拒否を貫きながら、この行為が彼を窮地に追いつめていく。

こうして時代の空気感を鮮烈に捉えるため、ニコルソンと撮影監督Bill Butler ビル・バトラーは、ロケ地のオレゴン大学周辺でゲリラ撮影を多く行ったという。例えば構内で勃発した大学生たちの抗議デモに巡りあうとそれを撮影、物語内に組みこんだ。さらに登場人物の1人が全裸でキャンパス内を走る場面は、大学当局の許可を一切取らずに無断で撮影したらしい。だからこその爆発的な生々しさが今作には宿っている。

だがこの横溢する生命力そのものの生々しさは、若者たちが抱く淀んだ鬱屈すらも暴きだしていく。行動自体は派手で暴力にすら近づくことも多々ありながら、彼らが紡ぐ言葉の数々は驚くほど内省的で、絶望に満ちている。分かるか、社会は病に冒されてる、世界は病に冒されてる、今や全部がそんなことになってるんだ。そしてヘクターもこんな本音を吐露する、何だか僕自身がバラバラになってる気分なんだ……

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今作の原作はJeremy Larner ジェレミー・ラーナーという人物が1964年に執筆した同名の長編小説であり、これが彼にとってのデビュー長編でもあったという。映画化にあたってラーナー自身とニコルソンが、執筆当時よりカウンターカルチャーの隆盛が決定的となった時代風潮を反映しながら脚本を執筆したが、ノンクレジットで実は執筆に参加していたらしい人物にあのテレンス・マリックがいたらしい。先に"編集4人ってマリック作品かよ!"とツッコミを入れたが、本当に関わっていたらしいのは驚きだ。ここにマリック作品の源流を恣意的にしろ見出す試みも面白いかもしれない。

主演のウィリアム・テッパーは激動のカウンターカルチャー全盛時代にアメリカの若者たちが抱く虚無を静かに体現している。彼はその狂騒とは距離を置いて、粛々とバスケに専心していながら、それにすらも徐々に熱意を失い、生きる意味すらも見失う。オリーヴとの不倫関係に虚無の慰めを求めながらも、彼女が妊娠してしまったことから事態は更に泥沼化していき、それでもヘクターは全てをどこか他人事のように処理していく。

だがヘクターよりも物語で際立つ真の主役と呼べる存在はガブリエルの方かもしれない。徴兵忌避のために彼が選んだ手段は狂人を演じることだ。徴兵検査の際に兵士たちをとことんまでおちょくり、精神鑑定で徴兵不適合とされるよう画策する。だがこの演技はいつしか日常にまで及び、演技であった筈の狂気に彼はどんどん呑みこまれていく。彼は正に時代の犠牲者だ、そしてヘクターはそんなガブリエルの姿を傍らで眺めていることしかできない。

"Drive, He Said"は70年代の始まりにアメリカに広がっていた若者たちの虚無と不安、それが致命的な狂気へと繋がっていく様を独特の形で捉えた注目すべき1作だ。最後の最後、虚無に支配されていたヘクターは心の底からの叫び声をあげながら、それはもう遅すぎる。

この作品は1971年にカンヌ国際映画祭でプレミア上映されたが、相当なブーイングを喰らったそうだ。アメリカの批評家陣も酷評の嵐で今作を迎えたそうだが、その中で擁護の論陣を張ったのがRoger Ebert ロジャー・イーバートPauline Kael ポーリーン・ケイルという人物らだった。だが彼らの言葉が評価と注目に繋がるのは、2010年にCriterionがアメリカン・ニューシネマの一翼を担ったBBS Productions特集の1本として、今作のソフトを発売する時まで待たなくてはならない。ニコルソンも俳優としてはアメリカ映画界の頂点へと君臨することとなる一方、監督としては今後、異色西部劇ゴーイング・サウス」/ "Goin' South"(1978)と、俳優としての代表作、その自作自演の続編である黄昏のチャイナタウン」/"The Two Jakes" (1990)のたった2本しか制作していない。

実は今作を観たきっかけは前の記事で書き記した、謎の映画作家Henry Jaglom ヘンリー・ジャグロム(彼の長編デビュー作"A Safe Place"のレビュー記事)が俳優として出演しているからだったのだが、結局誰がジャグロムだったのかよく分からないままに終わってしまった。そこは悲しいところである。

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