鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

"他者"とともに生きるということ~Interview with Marieke Elzerman

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20210601120915p:plain

さて、このサイトでは2010年代に頭角を表し、華麗に映画界へと巣出っていった才能たちを何百人も紹介してきた(もし私の記事に親しんでいないなら、この済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!をぜひ読んで欲しい)だが今2010年代は終わりを迎え、2020年代が始まった。そんな時、私は思った。2020年代にはどんな未来の巨匠が現れるのだろう。その問いは新しいもの好きの私の脳みそを刺激する。2010年代のその先を一刻も早く知りたいとそう思ったのだ。

そんな私は短編作品を多く見始めた。いまだ長編を作る前の、いわば大人になる前の雛のような映画作家の中に未来の巨匠は必ず存在すると思ったのだ。そして作品を観るうち、そんな彼らと今のうちから友人関係になれたらどれだけ素敵なことだろうと思いついた。私は観た短編の監督にFacebookを通じて感想メッセージを毎回送った。無視されるかと思いきや、多くの監督たちがメッセージに返信し、友達申請を受理してくれた。その中には、自国の名作について教えてくれたり、逆に日本の最新映画を教えて欲しいと言ってきた人物もいた。こうして何人かとはかなり親密な関係になった。そこである名案が舞い降りてきた。彼らにインタビューして、日本の皆に彼らの存在、そして彼らが作った映画の存在を伝えるのはどうだろう。そう思った瞬間、躊躇っていたら話は終わってしまうと、私は動き出した。つまり、この記事はその結果である。

今回インタビューしたのはオランダの新鋭映画作家Marieke Elzerman マリーケ・エルゼルマンだ。彼女の短編作品"Kom hier"は今年観た作品でも随一の作品だ。ペットシェルターで働く女性の日常、そこに現れるのはペットと共に生きる、誰かと共に生きる、つまりは自分とは違う他者と生きていくことへの苦悩。そのなかで2人の女性の視線がぎこちなく交錯し、"それでも"という想いに手が繋がれる。本当に真摯な、真摯な愛の映画だった。今作に感動した私は早速監督にコンタクトを取り、インタビューを敢行した。作品について以外にもベルギーの映画学校KASKでの経験やヴェルナー・ヘルツォークとの邂逅などなど様々なことについて聞いてみた。ということで、どうぞ。

//////////////////////////////

済藤鉄腸(TS):まずどうして映画監督になりたいと思いましたか? どうやってそれを成し遂げましたか?

マリーケ・エルゼルマン(ME):それはまず子供時代の夢でした。父は毎週土曜日にいつも映画館に連れていってくれて、なので映画を作るという考えにとても興奮していたんです。しかし高校時代にはその夢も忘れ、経済学の分野で何かしたいと思っていました。しかし高校最後の年、アンネ・フランクの住んだ家で映画を撮るという計画に参加しました。彼女の日記を題材に何か短いビデオ作品を作らなくてはいけなかったんです。それが何かを撮影し、編集した初めての経験です。こうしてこの経験に恋に落ちて、映画を学ぼうと決めた訳です!

TS:映画に興味を持ち始めた頃、どんな映画を観ていましたか? 当時のオランダではどういった作品を観ることができましたか?

ME:10代の頃は娯楽映画の方が好きでしたが、とても印象に残ったインディーズ映画もあります。例えばデボラ・グラニックウィンターズ・ボーンが鮮明に覚えていますね。しかしKASKでの最初の年、私は多くの映画作家を発見しました。シャンタル・アケルマンケリー・ライヒャルトJohan van der Keuken ヨハン・ファン・デル・クーケンなどです。

TS:あなたの作品"kom hier"の始まりは何でしょう? あなた自身の経験、オランダやベルギーで流れたニュース、もしくは他の出来事でしょうか?

ME:様々な要素が組み合わさっていますね……まず私は2人の女性の友情にまつわる映画が作りたかったんです。私自身の経験に基づいた、1人がもう1人に近づいていきながら、彼女はそれから恥ずかしげに離れていくとそんな風な作品です。それでいて直感的に最初からドッグ・シェルターの存在も念頭にありました。なのでまず久し振り再会した女性たちの物語を執筆したんですが、オーステンデでシェルターを見つけそこの人々と交流した後、2人の女性の物語もかなり変わっていきました。人々と交わした会話の幾つかは直接脚本に入れてもあります。そしてKoen(シェルターに勤める人物で、映画にもほぼ本人役で出演)の授業も友情というテーマに影響を与えましたね。

TS:"Kom hier"は人間と動物の間の、難しくも重要な関係性を描いていますね。他者と生きることはいつだって難しいことですが、動物と生きることは人間と生きることとはまた異なるもので、それが今作は胸を打つ美しい方法で描かれています。この人間と動物の関係性を描くうえで最も不可欠だったことは何でしょう? そして動物たちと映画を製作するにあたって最も挑戦的なことは何だったでしょう?

ME:私にとって興味深かったことはKoenが犬を育てることを教える上でのその視点です。犬に服従を求めるのではなく、彼らが例え自分の言いなりにならず反抗してきても、その安心を保証するべきだと彼は主張します。

そこで私は関係性におけるコントロールの必要性について何度も考えてしまいました。犬をコントロールする必要性と直面することは頻繁にあります。例えば"こっち来い!"と叫ぶと……犬はいつだってあなたの元にやってくる。そんな関係性の中に、私が人々と気づく関係性との相似を見つけたんです。誰かにもっと近づきたい、かつこの絆をある種コントロールしたいという複雑さです。しかしそれは不可能です、関係性がいかに発展していくかをコントロールするのは不可能なんです。美しいと私が思ったのは最良のことは何かを求めるのではなく、他者に温もりと安心感を与えることだというコーンの教えです。そうすることで絆は独りでに成長していくと。

動物と撮影するうえでのチャレンジは……これに関してはKoenの多くを負っていますね、彼が多くの面でサポートしてくれました。それからエーファとクララは彼の愛犬であり、とても特別な絆がありました。クララから神経質な演技を引き出すのを、とても容易にしてくれました。

TS:今作で印象的だったものの1つはオーステンデをめぐる映画のロケーション。寒々しくも寛容な雰囲気が主人公であるサムや動物たちを包む一方で、そこには困難な現実もまた存在しています。それでもサムと彼女の新しい友人が夜に親密な会話を繰り広げる場面は美しく、心温まるものでした。この場所のどこに最も惹かれましたか? どうやってこの場所を見つけたのでしょう?

ME:その言葉に感謝します! そう感じてくれたことは私にとっても幸せで、正にオーステンデ、特にシェルターでそんな感覚を味わったからです。オーステンデでライターズ・レジデンシーに参加していた時にシェルターへ訪れました。暖かな環境と過酷な現実という二面性はとても強く、そこに深く惹かれたんです。

シェルターの人々は毎日見捨てられ、虐待された動物たちにまつわる残酷な現実と直面することとなります。しかし同僚たちの間、彼らと動物たちの間には温もりが存在していて、これがこの場所を安心感に溢れる場所へと変えてくれていました。

TS:そして私が感銘を受けたのはあなたが描き出していた、2人の女性の間で紡がれる繊細な関係性です。まず彼女らの視線が部屋のなかで交錯しあい、それからある種のぎこちなさと共に彼女たちは会話をすることになります。そして彼女たちの誠実な言葉やその手が互いに触れあうことで、他者と生きることの幸せが現れる、これを目の当たりにしていると涙が込みあげてきました。この関係性や登場人物たちの性格を描くにあたって、最も重要なことは一体何でしたか?

ME:彼女たちの出会いを描くのは興奮するものでした。この場面はつまり私たちが誰かに初めて出会い、その人を知っていく瞬間の数々であるからです。しかしキャラクターの形を成していくこと、彼女たちの言葉とその関係性を探し求めることは難しかったです。そして今作の大部分は私のシェルターでの出会いに影響を受けています。ブリュッセルに住んでいた私はここで新しい世界に触れた訳です。ある時そこでボランティアをしている若い女性と会話をしました。彼女は私に友人は沢山いるかと尋ねてきたのですが、その瞬間に何かとても感銘を受けたんです。それから台詞の幾つかは過去に私が実際経験した友人関係を基にしています。そして私としてはキャラクターやその心理模様、背景などをデザインしようとは思いませんでした、その行為には力が沸きあがることがなかったんです。私がしようとしたのはむしろ彼女たちが直面する状況について、そこにおいて彼女たちが互いとどう交流するのかについて考えることでした。

TS:前の質問に関連して、その関係性の感動的な繊細さを支えているのは2人の俳優Loes SwaenepoelAnna Franziska Jägerに他ならないでしょう。彼女たちは心に眠る言葉にならない感情の数々を絶妙な形で捉えているんです。どのように彼女たちと出会いましたか? 今作で彼女たちを起用しようと思った最も大きな理由は何でしょう?

ME:LoesとAnna Franziskaは2人とも私と同じKASKに在学しながら、演技を学んでいました。ある舞台劇でAnnaの演技を観て、脚本すらまだ書けていない今作の制作初期には既に連絡を取っていました。制作過程の間何度も会って彼女のキャラクターについて話しあいましたね。とても豊かな経験でした。

Loesと会ったのは撮影2か月前です。まず私はシェルターのあるボランティアの方を起用したく、実際にサムというキャラクターは彼女や彼女と交わした会話を基に作りあげました。しかし最終的に彼女がやりたくないと言ったので、ギリギリになってキャスティングを始めたんです。Loesと会ったのは本当に素晴らしい経験でした。リハーサルは1回だけでしたが、映画について話していると私たちは同じ場所に立っていると思えたんです。このおかげでセットでも共同は簡単で、テイクを沢山重ねることもありませんでした。彼女らと仕事をすることを選んだのは、彼女たちの生命力が私には美しく見えて、良い化学反応が生まれるだろうと感じたからです。

TS:そして今作の核はあなたが身体の動きをいかに捉えているかでしょう。特に最後の場面における主人公たちの手は印象的です。彼女たちの手は凪の陽光のなかで舞い踊りながら、他者と生きることの難しさ、そしてその美しさを観客に語ります。"Kom hier"においてあなたが捉える手はそれ自体が希望であるのです。そこで聞きたいのは撮影監督であるFrank Schulte フランク・スフルテとともに身振り手振りを捉える、特に最後の場面を撮影するうえで、最も重要であったことは何かということです。

ME:フランクとの共同作業はとても円滑なもので、ここから多くのことを学びました。彼は当初ドキュメンタリーを撮っていて、最適なアングルを迅速に見つけることができる人物でした。それが6日間という短い期間の、シェルターという環境での撮影にはうってつけでした。例えば映画冒頭の影は脚本に書いてあったものではないです。私たちは同時にこれを見出してカメラに捉えた訳ですが、こういう協同が仕事のやり方として素晴らしかったんです。最後の場面はリハーサルなしで撮影しました、後々後悔はしましたが……それでも有難いことにKoenがいてくれて、俳優たちがいかに手を動かせばいいかを指南してくれたんです。なので撮影リストなどは作らず、ただ公園を動きまわり、陽が落ちる前に様々な風景を撮影しました。この場面の編集には長い時間をかけましたね。例えばサムの笑顔もまた脚本には書かれておらず、動きを演じるなかでのアドリブだったんです。彼女たちの演技、Koenの指南、そしてFrankの撮影は私が執筆した脚本よりもその場面を豊かなものにしてくれました。深く感謝しています。

TS:あなたはベルギーのヘントにあるKASKという美術学校で監督業を学んでいたと聞きました。まず他の学校ではなく、何故KASKを選んだかお尋ねしたいです。それからKASKでの経験はどうでしたか、あなた以外は誰も体験したことがないのではと思える個人的な思い出はありますか?

ME:アムステルダム映画アカデミーにも挑戦したんですが、試験に合格できなかったんです。なのでベルギーの映画学校を探していました。KASKに入学できて嬉しかったです! ドキュメンタリーを監督するかフィクションを監督するか、どちらかを選ぶ必要がないのが気に入っています。最初の2年間はとても忙しく、撮影や編集をたくさんこなしました。映画製作の合間に個人指導を受けたのは最高の経験でしたね……ここでは映画製作の過程にこそ強く焦点が当てられていて、映画学校の授業としてここがKASKの大きな独自性だと思いました。最高にクールだった思い出の1つはKASKの同級生たちと一緒に、ロッテルダム映画祭でアピチャッポン・ウィーラセタクンに会ったことです。私たちは円になって座り、人生と映画について語りあいました……本当に魔術的な経験でした!

TS:Festival Scope(批評家や配給会社など映画のプロ用の会員制映画配信サイト)に書いてあるあなたのプロフィールのなかに、興味深い記述を見つけました。"彼女はヴェルナー・ヘルツォークの監修で短編'Moises y el pajaro'(2018)を製作した" ヴェルナー・ヘルツォーク! あまりに素晴らしい経験のように思えますが、この経験についてぜひお聞きしたい。ヘルツォークの監修とはどういったものでしたか? あなたに助言してくれる人物がヘルツォークというのはどういう気分でしたか?

ME:はは、それはもうあまりに素晴らしかったです! 私は48人の若い映画作家がペルーのジャングルへ赴くというプログラムに参加し、そこで2週間映画製作をすると共にヘルツォークがガイド役を務めてくれた訳です。とても高額で疑念も持っていたのですけど、人生を変えるような、心温まる経験となりました。ヘルツォークはとても付き合いやすい人物でした。彼の妻と弟も一緒で、私たちは皆で時間を過ごしたんです。最初、私はとてもシャイになっていました。ジャングルで撮影をする時、ヘルツォークが来て私のことを見るんです。少し経つとその場から去るんですが、次の日に編集をしていると彼が現れてこう言いました。「昨日君が撮影しているのを見た時、心が沈んでしまったよ。私たちは映画の作り手であって、ゴミの収集者じゃない!」と。彼は、私が見境もなく多くのものを撮影しすぎていると言いたかったのでしょう。私はとても神経質になってしまいましたが、フッテージの残りを見た後、彼は興奮して今日中に映画を仕上げなさいと私を勇気づけてくれました。夜に映画を披露すると、彼は私を誇りに思うと言ってくれただけでなく、昼食に誘わってくれました! もう心が喜びで叫んでいました。それから授業における最高の経験は、とても迅速に映画を作ることができたことです。映画製作ではたくさんの人とミーティングを行い、様々な場所で撮影を行う必要があります。こうして本物の出会いに多く恵まれ、彼らと絆を紡ぎ、自分の物語を見つけ出せたという経験は本当に素晴らしいものでした。そして私は"Kom hier"の制作に挑戦していった訳です。

TS:何か新しい短編、もしくは長編を作る予定はありますか? もしそうなら、ぜひ日本の読者に教えてください。

ME:今はスペインのサン・セバスチャンにあるElías Querejeta Zine Eskolaという映画学校で学んでいます。ここも素晴らしい学校です! KASKと少し似ており、映画製作の過程にこそ重きを置いているんです。今制作している短編は、サン・セバスティアンでクリスマスに使われる大きな人形、それを修復したり、造型したり、専用の服を作ったりする人々にまつわる作品です。これはこの都市において長きに渡る伝統で、中央広場に多くの人形たちが飾られるんです。とても興味深い形で装飾が成されていて、そこに深く魅了されたんです。人形の腕や服を修復するワークショップを訪問したのですが、人々が修復や、それこそ創造を行う姿には豊かなケアの精神と繊細さが宿っており、本当に美しかった。この風景を映画として捉えられることに興奮しています。そして今作は"Kom hier"におけるシェルターと同じく、実践される場所こそが始まりなのだと言えると思います!

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20210601120956p:plain