鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Agustín Banchero&"Las vacaciones de Hilda"/短い夏、長い孤独

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20211121160754j:plain

さて、私は今、映画批評家としてあることを考えている。2030年代に映画界の頂点を争うのはどこの国かということだ。早すぎるだろうか、いや2030年代に頭角を表すには雌伏の時期、着実に技術を高めていく時間が必要であり、今からそんな原石を探しだしていくのは批評家の義務であると感じる。そこで今のところ4つほど私のなかで注目している国がある。それがモンテネグロ、スロヴァキア、キプロス、そしてウルグアイである。前3つに関しては今年少し鉄腸マガジンにも作品の記事を書いた覚えがあるが、ウルグアイに関してはまだと記憶している。ということで今回はウルグアイ映画界を今後背負って立つだろう重要な新鋭Agustín Banchero アグスティン・バンケロのデビュー長編"Las vacaciones de Hilda"を紹介していこうと思う。

今作の主人公はヒルダ(Carla Moscatelli カルラ・モスカテッリ)という中年女性だ。彼女はウルグアイの地方都市であるコンセプシオンで孤独な生活を送っている。仕事場では同僚たちとも必要最低限のことしか話すことはなく、家に帰っても母親の介護を行った後は、寝室に籠ってパソコンを眺めるばかりだ。序盤においては、そんなヒルダの孤独な姿というものが淡々と描かれていく。

今作において際立つのは、監督が持つ建築への繊細な意識である。まず冒頭においてヒルダが向かうのは、町外れにあるらしい巨大なサイロだ。聳える円柱型のサイロはほぼ放置されて、その偉容にすらもどこか侘しさを感じさせる、まるで取り壊されるのを待っているのに、もはや誰からも見放されてしまったかのように。そしてヒルダの家も印象に残る。かなり年季の入った内装に古びた家具などが犇めき、どこか不安定な印象を観客に与える。

そして家のなかでも特に目につくのは雨漏りだ。眠りに落ちる前のヒルダ、その瞳には徐々に広がっていく雨漏りのシミが映っている。それはこの家自体が少しずつ朽ちていくという状況を語っていく。それは同時にヒルダ自身の心の朽ちをも示唆しているのではないかと、私たちは思うことになるだろう。

ある時、彼女のもとに報せが届く。長年疎遠だった息子が故郷に帰ってくるというのだ。その日からヒルダは彼に心配をかけたくないからか、殆ど無頓着だった身の回りの整理を行い始める。例えば化粧や服装に気を遣ったり、家のなかを丁寧に掃除したり。中でも雨漏りが酷いことになっていながら、今までは悪化するままに放っておいた。しかしヒルダは工務店にその修復も頼み、見る間に時が流れていく。

こうしてヒルダの日常は少しずつ色彩を取り戻すかのように思われる。だが彼女の深い孤独がそんな容易に癒されることもない。あることをきっかけに、ヒルダの心は現実ではなく追憶へと投げこまれることになる。その中で彼女はかつての夫や息子たちとともに、夏のバカンスを楽しんでいる。表面上は家族団欒といった風であり、楽しそうだ。しかしふとした瞬間、ヒルダが抱く夫への不信が画面上から溢れだし、心がささくれだつ。息子たちもまた母親の心を敏感に察知し、不安を抱くようだ。バカンスは徐々に不穏な緊張を宿すことになる。

こうして物語は前半と後半で微妙に異なってくるのだが、これに力強い芯を通していくのがLucas Cilintano ルカス・シリンターノによる撮影だ。寂れたコンセプシオンを舞台とする前半、カメラは距離を取りながらヒルダの姿を映し出していく。サイロの侘しさなどの町の風景もヒルダの心証風景も同じように荒涼としながらも、ふ過酷さのなかで生き抜く凛とした植物のような、生命力を纏った詩情がふとした瞬間に現れることにもなる。これが私たちの心を掴んで離さない。

後半部においては一転、どこかで緩やかで涼しげなバカンス地が舞台となっており、Cilintanoのカメラは手振れを伴いながら、よりヒルダたち登場人物へ肉薄していくような感覚がある。視覚的な意味で、人物同士、もしくは人物と観客の距離が近づくことになる。だがここでむしろ際立つのは心理的な距離感だ。ヒルダや夫は互いに不信感を抱き、そのせいで子供たちの心が揺れ動く。誰かとともに過ごすからこその孤独が、ここには存在するのだ。

ここにおいてはヒルダ役を演じるCarla Moscatelliの存在感こそが要になっているとも言えるだろう。彼女は身も心も過去と現在を行き交いながら、ヒルダという中年女性が抱える痛みを豊かに語っていくのだ。私たちが彼女のなかに見出だすのは凍てついた孤独であり、かつての愛の残骸であり、確かに手にしていたはずの幸せの残り香なのだ。

Agustín Banchero"Las vacaciones de Hilda"によって描きだす、私たちが抱くことになるかもしれない、抱いたことのあるのかもしれない、ただひたすらな、生きることの寂しさを。それが癒される時はいつか来るのか? この問いに対する安易な答えを、ヒルダが最後に見る風景は強く拒むことになるだろう。それほどまでに孤独とは途方もないものなのだ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20211121160913j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その421 「半沢直樹」 とマスード・キミアイ、そして白色革命の時代
その422 Desiree Akhavan&"The Bisexual"/バイセクシャルととして生きるということ
その423 Nora Martirosyan&"Si le vent tombe"/ナゴルノ・カラバフ、私たちの生きる場所
その424 Horvát Lili&"Felkészülés meghatározatlan ideig tartó együttlétre"/一目見たことの激情と残酷
その425 Ameen Nayfeh&"200 Meters"/パレスチナ、200mという大いなる隔たり
その426 Esther Rots&"Retrospekt"/女と女、運命的な相互不理解
その427 Pavol Pekarčík&"Hluché dni"/スロヴァキア、ロマたちの日々
その428 Anna Cazenave Cambet&"De l'or pour les chiens"/夏の旅、人を愛することを知る
その429 David Perez Sañudo&"Ane"/バスク、激動の歴史と母娘の運命
その430 Paúl Venegas&"Vacio"/エクアドル、中国系移民たちの孤独
その431 Ismail Safarali&"Sessizlik Denizi"/アゼルバイジャン、4つの風景
その432 Ruxandra Ghitescu&"Otto barbarul"/ルーマニア、青春のこの悲壮と絶望
その433 Eugen Jebeleanu&"Câmp de maci"/ルーマニア、ゲイとして生きることの絶望
その434 Morteza Farshbaf&"Tooman"/春夏秋冬、賭博師の生き様
その435 Jurgis Matulevičius&"Izaokas"/リトアニア、ここに在るは虐殺の歴史
その436 Alfonso Morgan-Terrero&"Verde"/ドミニカ共和国、紡がれる現代の神話
その437 Alejandro Guzman Alvarez&"Estanislao"/メキシコ、怪物が闇を彷徨う
その438 Jo Sol&"Armugan"/私の肉体が、物語を紡ぐ
その439 Ulla Heikkilä&"Eden"/フィンランドとキリスト教の現在
その440 Farkhat Sharipov&"18 kHz"/カザフスタン、ここからはもう戻れない
その441 Janno Jürgens&"Rain"/エストニア、放蕩息子の帰還
その442 済藤鉄腸の2020年映画ベスト!
その443 Critics and Filmmakers Poll 2020 in Z-SQUAD!!!!!
その444 何物も心の外には存在しない~Interview with Noah Buschel
その445 Chloé Mazlo&"Sous le ciel d'Alice"/レバノン、この国を愛すること
その446 Marija Stonytė&"Gentle Soldiers"/リトアニア、女性兵士たちが見据える未来
その447 オランダ映画界、謎のエロ伝道師「処女シルビア・クリステル/初体験」
その448 Iuli Gerbase&"A nuvem rosa"/コロナ禍の時代、10年後20年後
その449 Norika Sefa&"Në kërkim të Venerës"/コソボ、解放を求める少女たち
その450 Alvaro Gurrea&"Mbah jhiwo"/インドネシア、ウシン人たちの祈り
その451 Ernar Nurgaliev&"Sweetie, You Won't Believe It"/カザフスタン、もっと血みどろになってけ!
その452 Núria Frigola&"El canto de las mariposas"/ウイトトの血と白鷺の記憶
その453 Andrija Mugoša&"Praskozorje"/モンテネグロ、そこに在る孤独
その454 Samir Karahoda&"Pe vand"/コソボ、生きられている建築
その455 Alina Grigore&"Blue Moon"/被害者と加害者、危うい領域
その456 Alex Pintică&"Trecut de ora 8"/歌って踊って、フェリチターリ!
その457 Ekaterina Selenkina&“Detours”/モスクワ、都市生活者の孤独
その458 Barbora Sliepková&“Čiary”/ブラチスラヴァ、線という驚異
その459 Laurynas Bareiša&“Piligrimai”/巡礼者たち、亡霊たち
その460 Romas Zabarauskas&“Advokatas”/リトアニア、特権のその先へと
その461 Hannah Marks&“Mark, Mary & Some Other People”/ノン・モノガミーについて考える
その462 Zvonimir Grujić&“Pomoz bog”/モンテネグロ、お金がない!
その463 Marinos Kartikkis&“Senior Citizen”/キプロス、老いの先に救いはあるか?
その464 Agustín Banchero&"Las vacaciones de Hilda"/短い夏、長い孤独