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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mouloud Aït Liotna&“La maison brûle, autant se réchauffer”/ふるさと、さまよい、カビール人たち

アルジェリアにはカビール人という民族が住んでいる。彼らはアルジェリア北部のカビリアに固有のベルベル人民族であり、 この国においてベルベル語を話す民族でも最大の人口を誇っている。だが経済的・歴史的理由によって、少なくない人々がフランスに移住している。著名なカビール人としてがサッカー選手のカリム・ベンゼマや映画俳優のイザベラ・アジャーニなどの名前が挙げられる。さて今回紹介するアルジェリアの新星Mouloud Aït Liotna監督による短編映画“La maison brûle, autant se réchauffer”は、そんなカビール人の若者たちを描いた作品となっている。

主人公はヤニス(Mehdi Ramdani)という若者であり、彼は故郷であるアルジェリアからフランスへ移住しようとしていた。その前に彼は町の中心部へと足を運ぶのだったが、そこで古い友人が亡くなったのを知る。彼の葬式へと赴きその死を悼むのだったが、そこでもう1人の旧友であるハミッド(Mohamed Lefkir)との再会を果たし、旧交を暖めることになる。

だがここから話は奇妙な方向に転がり始める。彼らは近くのバーに赴いて様々な話を繰り広げるのだったが、そこでヤニスは謎の浮浪者にお金を盗まれてしまう。それはパリ移住のための元手であり、この金がなければパリで生活などできない。彼はハミッドとともに急いで浮浪者を追いかける羽目になる。

こうして今作はヤニスとハミッドの旅路を描いたロードムービーへと変貌することになる。ボロい車を駆ってウダウダぐちぐちと喋り続けながら、彼らは浮浪者を追っかけ回していく。だがなかなか彼が見つからないわ、居場所を知っていそうな人物に話を聞いてもバカげた返事ばかりされ埒が開かないわ、ヤニスたちの旅路は前途多難だ。それでも何とか浮浪者のいるらしいボロ屋に辿りついたのだったが……

この映画には何とも緩やかで、そのおかげで少しばかり現実離れするしたような雰囲気が充満している。撮影監督であるJowan Le Bescoの手で浮かびあがるヤニスの故郷は何というか、まず白い。空だったり建物の壁だったり、どれもペカーっとした白の色彩に包まれている。それゆえか、この地はのどかな楽園然としているように見える。さらに時おり挿入されるロングショットの数々には、広大な自然がブワッと広がっており解放感すら感じられる。そこに主人公たちのちっぽけな姿が見える時、何だか人間って存在は自然や地球に比べればちっさいなとすら思えてしまうのだ。

ここにおいてEsther Freyによる編集の巧みさもまた際立っている。基本的に今作は主人公たちの渋い表情や、寄るべない寂しさに包まれたその姿を近くで見据えるようなショットが多いのだが、そこにフッと先述した息を呑むような美しさの自然を映すロングショットが挿入される時、映画の世界観が一気に拡がっていくような感覚を味わう。この絶妙なリズム感が心地よくクセになる。全体的にとても緩い映画なのだが、その緩さのなかにもまた緩急があるというか、濃淡があるというか、そういうことを教えてくれる。今作に立ち現れる時の流れというものが、本当に豊穣なのだ。

そしてこの時の緩やかさにこそヤニスの故郷への想いが滲んでいるように、観客は感じることになるはずだ。よりよい未来のためにパリへ移住することを決意しながらも、家族の優しさであるとか、気の置けない友人との親密さであるとか、故郷にこそ満ちているホッとするような雰囲気であるとか、旅立ちを直後に控える今だからこそよりいっそう肌身に沁みていくのだ。加えてここにはもしかすると、カビール人の失われゆくアイデンティティや文化、それらに対する郷愁もあるのかもしれないと、今作で話されるカビールベルベル語を聞きながらそう思える人もいるかもしれない。

見てくれや物語自体はとても素朴なものでありながら、この“La maison brûle, autant se réchauffer”という作品は今自分が立っている場所のかけがえのなさ、これを再発見する旅路を描きだした複雑な映画である。そして映画はヤニスの背中を映し出して幕を閉じることになるが、そこには“ある旅路の終り、そしてもう1つの旅路の始まりにおいてヤニスは一体何を選ぶことになるのだろうか?”と、そんな問いが浮かぶ。それは簡単に答えの出せる問いでなんかじゃない。それでも私たちは彼の新たな旅に希望が存在してくれることを願わずにはいられないだろう。