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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて

このブログにおいておそらくカナダ映画は結構多く紹介してきた。おそらくアメリカ、ルーマニア、メキシコの次に多いのではないだろうか。そんな中で私が贔屓にしてブログでも多く話題にしている映画配信サイトMUBIで次世代のカナダ映画作家大特集が始まった。カナダの新人作家たちを世界へと大々的に紹介する画期的試みである。であるならばである、なかなかにカナダびいきだった私がこの特集を追わない理由があるだろうか。ということで今回から断続的にカナダ映画界大特集を行っていきたいと思う。では最初の1本として2016年最高のカナダ映画と呼ばれた作品である、Ashley McKenzie監督作“Werewolf”を紹介していくことにしよう。

Ashley McKenzie1984年、ケープ・ブリトン島に生まれた。ノヴァスコシアで映画に対する興味を育みながら成長する。彼女が本格的に映画製作を始めたのは2010年の短編"Rhonda's Party"からだった。老人ホームに住むロンダという女性が100歳になる友人のために誕生会を開こうとするが……という作品で、NSIオンライン短編映画祭で作品賞と女性監督賞を獲得することとなった。更に彼女は2012年に若いカップルの姿を描いた短編"When You Sleep"を、2013年には孤独な少女を主人公とした短編"Stray"を、2015年にはとある大学生と薬物中毒の友人との交流を描き出す"4 Quarters"を製作、どれも数々の賞を獲得するなど話題になった。そして2016年には初の長編監督作"Werewolf"を完成させる。

この作品の主人公となる存在はブレイスとネッサ(Andrew Gillis&Bhreagh MacNeil)という若いカップルだ。両者ともメタドン中毒でかつホームレス、余り良い状況に置かれているとは言い難い。彼らはケープ・ブレトン島の小さな町ををあてどもなく彷徨い続けながら、持っている草刈り機で邸宅の庭を綺麗にしてお金を稼ぐ日々を送っていた。この生活はいつまで続くのか、それは彼らにも勿論私たちにも分かりはしない。

“Werewolf”から受ける第1印象は武骨でぶっきらぼうというものだ。McKenzie監督と撮影監督のScott Mooreはブレイスとネッサの彷徨いを、その一挙手一投足を少しの映画的装飾もなく淡々と追い続ける。画面は常に薄い灰色に包まれており、観る者の心を確実に濁らせ磨耗させていくのだ。

何の救いもない彼らの旅路に際立つのは、何とも形容しがたい侘しさの数々だ。ネッサはある時、殺した蝿の死体を手のひらで延々と弄ぶことになる。そこには溜め息混じりの侘しさが存在しているが、そういった場面を監督の眼差しは明晰なまでの観察眼で捉えていくのだ。

それと同時に今作には生の身体性をも浮かび上がってくることとなる。汚れに縁取られた足の爪、死んだ魚のような瞳が揺れるその動き、項垂れたように草を刈り続ける時の疲弊に押し潰されそうな全身。そういった物に重なっていくのが、カナダのインディーバンドYouth Hauntsによる不穏なる音楽の数々だ。不協和音の彩られたその音楽が聞く者の心を不気味に揺らし続けるうち、2人の鬱屈したドン詰まりの感覚がこれでもかと肌に迫ってくるのである。

そのドン詰まりの感覚というのは、つまり共依存の地獄というものだ。2人はいつも一緒にいてほとんど離れることがない。お互いを理解できるのはお互いだけという風に他者に対しては没交渉の態度でいる。彼/彼女しか頼れないという認知の歪みは2人を更なるドン底へと追い込んでいく。監督はその様子を静かにかつ丹念に描き出していく。

それでもネッサには転機が訪れる。医者の“カップルで薬物依存を克服するのは難しい”という言葉を聞きながら、彼女の中で燻っていた思いが再び首をもたげ始める。“このクソみたいな生活から抜け出したい”という思いが。そして彼女は一念発起し、アイスクリーム屋で職を得ることになる。その一方でブライスは破滅への道をゆっくりと進んでいく。

今作において最も印象的なのは監督のフレーミング、世界の切り取り方だ。例えば苦労しながら仕事をこなすネッサ、その顔に赤い発疹が現れだすのに観客は気づくことだろう。それはどんどん多く、色彩も濃くなっていく。McKenzie監督はそれを様々な角度から切り取っていき、緊張感を高めていく。監督の世界の捉え方は私たちとは微妙に違い、その微妙な違い、言うなればその明晰なる眼差しこそが“Werewolf”を薬物依存や共依存を描く作品以上の特別な作品に変えているのだろう。

“Werewolf”トロント国際映画祭でプレミア上映後、ベルリン国際映画祭、アトランティック映画祭、リスボン国際インディペンデント映画祭などで上映され話題を博す。更にバンクーバー映画批評家協会賞では最優秀女優賞と最優秀デビュー長編賞、トロント映画批評家組合賞では最優秀カナダ映画賞を獲得するなどカナダ国内で破格の評価を受けることとなった。そんなMcKenzie監督の新作は短編“Marrha Brook Falls”で、ノヴァスコシアに位置する川の流れを映し出す実験的映画だそうだ。さて、最後はMcKenzie監督による"Werewolf"のプロダクション・ノートを以てこの記事に幕を下ろしたい。

"'Werewolf'はサマームービーです。タイトルが想像させるような、娯楽映画的な意味でもジャンル的な意味でもありませんが。この映画はメタドン中毒のカップルが錆びた草刈り機を引いて、お金を稼ぐため家から家へと小さな町を彷徨う姿を描いた、関係性についての映画なんです。

今作は私の住んでいる場所、ケープ・ブレトン島を舞台としています。ここでは夏が一番重要な時です。最大限楽しまないと!というプレッシャーすら感じられます。でないと瞬きする内にまた雪を掘る羽目になるぞと。もし人生に余裕があるならば泳いで、ハイキングをして、太陽を浴びて、社交的になろうという訳です。

私にとって初長編である'Werewolf'の脚本を書き始めたのは6年前のことです。何年か遠ざかっていた島へ帰ってきた時です。2作目の短編'When You Sleep'を完成させた頃で、それをシドニー(ノヴァスコシアの町の名前)にいる友人フィルに見せるため帰って来たんです。長編映画でまた一緒に仕事をしようと話す為、また会いたくもありました。彼はその時自宅軟禁中で両親と共に暮らしていました。

フィルは呼び鈴を鳴らしてくれと言ってましたが、到着した時に実際は玄関の前で待っていてくれました。足が地面から離れて、しかも肺から空気が全部吐きだされてしまう程、強く抱きしめられました。家の中のブラインドは熱を仕切りから出さないためか下ろされていました。彼は私とボクシングを始めようとしたり、アロエベラジュースをガブ飲み――飲むと不死身になれると言ってました――したり……興奮が彼の毛穴から滲み出ていましたね。'誰かが訪ねてきてくれた時、自分がここに閉じ込められるって忘れられるんだ'と彼は言ってました。

私はフィルに'When You Sleep'――ハイファックスにある公共住宅の近くで撮影された作品です――を観て何を感じるか聞いてみました。'そこで暮らしてる時の気持ちは分かるよ'と彼は言いました。'起きてから今日1日一体何をやりゃいいんだ?って思う場所なんだ。それから太陽がクソの欠片を照らしてるってそんな感じ' フィルが表現した恐怖は'Werewolf'を作っている間ウイルスのように耳から離れることはありませんでした。

薬物中毒や精神障害に苦しむ若者たちはこの感情に共感していました。グレイス・ベイの麻薬中毒から回復しようとしている若い男性とのインタビューはこの停滞した状況についてが中心になっていました。目を開ける前の目覚める瞬間を、彼は病的な恐怖が心によぎる前のインターバルだと答えていました。瞼の裏側で、1日の重みが迫ってくるんです。

'Werewolf'を作ってから夏を前と同じように感じなくなりました。夏を執行猶予のように感じる人もいれば、全くの窒息状態のように感じる人もいます。先月CBCが報じるには、カナダにおいて30歳から39歳までの人々が主に何で亡くなるかと言えば麻薬だというのです。政府の発表によると、去年約4000人のカナダ人が晶かな麻薬のオーバードーズで亡くなったといいます。非常に多くの人々が麻薬による混乱と共に毎日を生きているという訳です。

どうすればそんな停滞した状態で生活を成り立たせることが出来るんでしょう? 瞼を開く時の恐怖。あなたが永遠に染まってしまう前の時間の欠片。あなたの目の前に広がるシシフォス的な果てなき存在。'Werewolf'を製作する少しの間に解明したかったものがその現実なのです。映画が大きくなってしまうと抱えるものも重くなってしまいます。ですから自分が出来ることを選り分けるため、作品は引き締まった外科的な作風に留めました。実態は率直です。この物語を語りたいという熱意は'Werewolf'が場面から場面へと息を切らし進んでいくようなものに感じられます。私はそれから目を逸らさずにいようとしていたんです"*1

カナダ映画界、新たなる息吹
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