
さて皆さんは、キルギス・タジキスタン国境紛争という出来事を知っているだろうか。これは2021年から2022年にかけてその国境沿いで起こった両国の国境線をめぐる紛争だ。キルギス南部に位置しているキルギス人とタジク人の集落が混在する雑居地域で、水や土地を巡る争いが頻発しそれが国境紛争へと発展、住民や軍同士の大規模な衝突で多数の死傷者が出てしまった。
この二国はロシア帝国、後にはソ連による支配を受けることになるが、1920年代にソ連が両地域に両国の歴史や文化、そしてその意思を無視する形で境界線を設けてしまい、このせいで飛び地が形成されてしまう。両国は1991年のソ連崩壊に伴って独立するも、この未画定区間が残ってしまった境界線が火種を生むことになる。そして2021年の4月から飛び地であるヴォルフ付近での水争いを発端として国境紛争が勃発する。
幾度となく衝突が起き、双方において国境警備隊や民間人から死傷者が出る中、戦車や装甲兵員輸送車も導入される大規模なものへと激化を遂げていく。停戦と停戦破りが頻発する中で2022年9月20日にタジキスタンとキルギスは和平協定に署名、紛争は終結することとなる。この紛争をきっかけとして二国は国境画定作業に奔走、2年後の2024年には1000キロメートル近い国境の画定を完了、翌年には国境に関する条約へ署名を果たした。ソ連崩壊に伴った独立から30年以上かかっての出来事だった。
このキルギス・タジキスタン国境紛争において、紛争は主にキルギス側で繰り広げられた。キルギスでは多数の犠牲者が出たのは勿論のこと、10万人以上が紛争地域からの避難を余儀なくされたという。紛争は終結し、国境が画定した今もキルギスの人の心にはその深い傷が残っている。今回はこれを背景とした1作である、上海国際映画祭でプレミア上映されたばかりのNarghiza Dotieva監督によるデビュー長編“Skylark”を紹介していこう。
主人公となるのは二国の国境近くの村に住んでいるアイベック(Ularbek Mirlanov)という10代の少年だ。彼にはとある事情から父と母が村を既に去ってしまっており、唯一の肉親である祖母(Bermet Omurova)と生活を共にしている。2人だけゆえに状況は貧しくも、何とか慎ましく生活を送っていた。だがそんな彼らのもとに紛争の影が徐々に迫っていく。
まず監督はそんなアイベックの日常を淡々と綴っていく。キルギスでも周縁に置かれた地域に位置しており、恒常的に情勢は不安定がゆえに人々は村を去り都市部へと移住していく。そうして村は過疎化し、寂れていく。しかしここで逞しく生活する人々も多く、アイベックはタミルベックやジャナットという同級生の友人たちに囲まれ楽しい時間を過ごし、独りの時は鳥や人の絵を描きだしていく。撮影監督のBenjamin Liddelによってそんな風景が静かに、かつ叙情的にスクリーンに浮かびあがる様は、観ていると心洗われる感覚を覚える。
しかしその生活に陰りが見えてくる。老い衰えていき自分の死期を悟った祖母は、未だ元気なうちにアイベックに対して遺言を残す、自分を愛していた祖父の隣に埋めてほしいと。しかしそこには問題があった。祖父が埋められている墓地は今隣国であるタジキスタンの領土内にあり、キルギス側の人々は簡単には立ち入りができないのだ。
この遺言が語られるのと時を同じくして社会としてもキルギスとタジキスタンとの対立が激化していくこととなる。タジキスタン側からの砲撃をきっかけに地域における緊張が激しさを増し、危険を察知した村人たちの中には村を退去する者も現れる。そしてジャナットの家族も退去と、首都であるビシュケクへの定住を決め別れの時は迫る。一方で祖母は絶対にここを去らないと腰を据え、アイベックも彼女に寄り添いここに残ることを決める。そして国境紛争の最中に大きな悲劇が起こってしまう。怒りに満ちた青年たちは復讐のためにタジク人の家に火を放ち大きな被害が出るのだったが、その青年たちの中にはアイベックの姿もあった……
こうして今作は中盤において詩的で叙情的な雰囲気が、誰が死んでもおかしくない不穏な雰囲気へと一転してしまう。雰囲気作りがすこぶる丁寧であるからこそ、その転換とここから始まるアイベックの心を観客のそれごと折っていくような展開の数々は衝撃的なものがある。
だが今作の核となる存在はアイベックと、彼を演じるMirlanovに他ならない。アイベックは運命に翻弄され続ける存在だ。父は他の女を追い母を捨て去り、母もそんな裏切りを苦にして村を去ってしまう。だが彼女がアイベックを連れていかなかった理由は、この子は家を継がなくてはならないと祖母が強制的に引き取ったからなのだった。優しい祖母もまた罪を抱えているのだ。
長男が家を継がなくてはならないという伝統が呪いであると同時に、そんな祖母の遺言も国境紛争下においては2人の間に存在する絆以上にまた呪いとして機能してしまう。そしてアイベックはそんな呪いを背負い生きる覚悟を決めなくてはならなくなる。題名の“Skylark”とは“ヒバリ”を意味しており、否応なしに土地に縛られたアイベックは国境など軽々と越えてみせるヒバリの姿に切ない眼差しを向ける。その時にMirlanovの表情に浮かぶのは、自由を踏みにじりその土地に人を縛る存在への絶望と諦念なのである。
キルギス・タジキスタン国境紛争を描きだす今作はまじりっけなしの悲劇である。そしてこの傑作にはそんな堂々たる悲劇だけが宿せる深い絶望、諦念、そして崇高な浄化の感覚が宿っているのだ。












