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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいハンガリー・アニメーションのすべてについて教えましょう~Interview with Varga Zoltán (Part 2)

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ということでVarga Zoltánへのインタビュー後編です。ここでは2010年代における最も重要なハンガリー・アニメーション、この世界における最も偉大な巨匠であるJankovics MarcellCsaba Vargaについて、そしてハンガリー・アニメーションの未来について語ってもらった。それではどうぞ。

TS:2010年代も数か月前に幕を閉じました。そこで聞きたいのは2010年代に最も重要なハンガリー・アニメーションは何かということです。例えばMilorad Krstić ミロラド・クルスティチの"Ruben Brandt, a gyűjtő"("ルーベン・ブラント、収集家")、 Luca Tóth ルカ・トート"Superbia"("プライド")、それからMarcell Jankovics"Az ember tragédiája"("人間の悲劇")などです。しかしあなたの意見はどういったものでしょう?

VZ:多くの人が賛成してくれると思いますが、2010年代はハンガリー・アニメーションにおいて熱狂的な10年であり、少なくとも2000年代よりも素晴らしかったでしょう。2011年からほとんど10年が経ち、こう振り返ってみるとこの年は象徴的な年だったなと思います。2011年はJankovics Marcell"Az ember tragédiája"を完成させ(彼と同僚たちは今作を完成させるのに20年以上かけたんです!)さらに2011年の終りには"Hungarian Folk Tales"が100本目のエピソードを放映しました。おそらくこの偶然はより大局的な視点において象徴的、もしくは分水嶺的な瞬間だったのでしょう。幸運なことに"Az ember tragédiája""Hungarian Folk Tales"を完成させた人々は今もアニメーション制作を続けており、Jankovics Marcell自身も前は今作が最後のアニメーション映画だと宣言していましたが、今も続けています。例えば2010年代の終りに彼は新しい作品をアニメ化に挑戦し始めました。Jankovicsと彼のスタッフは19世紀に書かれた、ハンガリー文学史において最も重要な物語詩の1つである、Arany János アラニ・ヤーノシュ"Toldi"のアニメーション作品を現在制作中です。今作はKecskemétfilmの制作によるアニメシリーズになりますが、長編映画版も作られる予定です。このプロジェクトはハンガリーで今進められている作品の中で最も興奮させられるものの1つでもあります。

2010年代に起こった出来事に戻ると、2011年に象徴的な形で先述のアニメーションが完成した後、新しい何かが始まりました。おそらく私たちはそれをハンガリー・アニメーションの"また新しき新たな波"と呼ぶことができるでしょう。それはMOME Anim(モホイ・ナジ大学・芸術デザイン部門のアニメーション科です)が自身の卒業制作や最初の個人的な短編作を披露することになった時からですね。MOME Animの教育プログラムはFülöp József フュレプ・ヨーセフによって進められ、生徒たちの成功した映画作品は彼の功績とも見做されています。彼は過去から現在までプロデューサーとしてそういった映画の製作に貢献してきたんです。他に語るべきなのは以前からMOME Animで作られた映画には広く注目された作品も多く、しかし2010年代は特にここで制作された短編アニメーションが世界的に成功した時代と言えることです。この流れの最初に位置する作品は2013年制作であるVácz Péter ヴァーツィ・ペーテル"Nyuszi és Őz"("ウサギとシカ")で、120以上の国際的映画祭で上映されました。そこから多くの出来のよい映画がハンガリー国内でも世界でも成功を遂げたんです。ゆえにこの流れ、もしくは流行は2010年代においてハンガリー・アニメーションの最も重要な発展と考えられるでしょう。

特に1人の映画作家を挙げるなら、それは間違いなくBucsi Réka ブチ・レーカでしょう。"Symphony No.42""Love""Solar Walk"といった作品が最も有名ですが(特に"Symphony No.42"はアカデミー賞ノミネートにとても近かったです)私にとって興味深いのは彼女の周囲にいる人物、例えば同僚や友人たちが素晴らしい作品を作る流れにあることです(例えばKreif Zsuzsanna クレイフ・スサンナ、Tóth Luca、Andrasev Nadja、Wunder Judit ヴンダー・ユディトらです)そして彼女の映画はとても軽やかでありながら哲学的であり、超現実的なファンタジーや不条理なユーモアとの関係はかけがえないものです。彼女の作品群には多くの相似性があり(例えばスタイル的、語り的な要素においてです)しかし本質的な相違も見受けられ、ゆえに相似性と相違のダイナミクスがとても明確で、すこぶる豊穣に多層化したこの映画作家のアプローチを説明していると言えます。

TS:そして2010年代のハンガリー・アニメーションにおける際立った流れとして女性アニメーターの台頭が挙げられます。Tóth LucaやAndrasev Nadja、Szöllősi Anna、Bucsi Rékaといった才能は皆女性であり、他にもその名前を挙げることは容易いです。しかし一方でハンガリーには既に長い間多くの女性アニメーション作家がいながら、言語の問題や性差別によって私を含めて世界の批評家やシネフィルに無視されてきたのではないかとも思われます。そこでお尋ねしたいのはハンガリー・アニメーション史における女性アニメーション作家の立ち位置です。元々彼女たちは多くいたのでしょうか、それとも最近になって数が増えてきたんでしょうか?

あなたの考えは正しいです。2010年代のハンガリー・アニメーションを考えるにあたり女性アニメーション作家の台頭は際立って明確です。先の質問で話した"また新しき新たな波"は女性作家で占められています。これは単純な"頭数"にまつわる問いではありません。彼女らの芸術的ヴィジョンはハンガリー・アニメーションの美学においてオリジナルなアプローチを提供してくれます。例えその作品がとても個人的な様式で作られているとしても、彼女らの野心がセクシュアリティジェンダーといった問題を直視しているのは普通のように思われます。Tóth Luca"Superbia""Lidérc úr"("ミスター生霊")、Wunder Judit"Kötelék"("絆")、Andrasev Nadja"A nyalintás nesze"("舐める時の騒音")や"Szimbiózis"("共生")、Lovrity Katalin Anna ロヴリティ・カタリン・アンナ"Vulkánsziget"("火山の島")、Buda Anna Flóra ブダ・アンナ・フローラ"Entrópia"("エントロピー")といった作品群はこの潮流を最も明白に象徴するアニメーションであり、極個人的なアプローチを使いながらもとても異なるやり方で、上述の問題の数々を描きだしています。ゆえにこれはハンガリー・アニメーションの"カンバス"における新たな"点"であるのは間違いないでしょう。

しかし忘れるべきではないのは彼女たちに先立って活躍した女性アニメーション作家たちです。ハンガリー・アニメーションは数十年もの間男性が支配していたにも関わらず、この分野でも才能ある女性芸術家が活躍していました。共産主義時代、とても個人的な作品によって成功した作家を最低でも3人は挙げられます。1970年代のブダペストにおいてはMacskássy KatalinKeresztes Dóraが際立ったアニメーション短編を製作し、すぐさま注目されました。Macskássy Katalinの特異性はアニメーションとドキュメンタリーの独特な融合であり、それは彼女が映像の構成物として数百枚もの子供たちの絵を使ったこととも関連しています。そして音は日常や家族、もしくは未来についてどう思っているか、休日において何がしたいかという子供たちとのインタビューから引用されています(例えば"Gombnyomásra""Nekem az élet teccik nagyon""Ünnepeink"といった作品です)Keresztes Dóraの作品は物の姿や空間が頻繁に変貌していく、夢のような世界における色とりどりの風景を観客に披露します。彼女の映像様式は民話やシュールレアリズム、言葉遊びと密接に関わっています("Holdasfilm""Garabonciák"といった作品です)そして3人目はケチュケメートのスタジオの発達に貢献した芸術家の1人Horváth Mária ホルヴァート・マーリアです。彼女の映画は先述した女性作家よりもより多面的な作品となっています。しかしkeresztesと似たように、彼女も夢の世界、詩、子供時代のファンタジーといったものに深く興味を持っており、しかしその作品における演出装置は――特に演出道具に関して――とても多様です。最初の作品"Az éjszaka csodái"("夜の奇跡")はハンガリ―人詩人Weöres Sándor ウェエレシュ・シャーンドルのシュール詩を基としています。そしてケチュケメートのスタジオにおいて最初に世界的成功を収めた1本でした(オタワで2等賞を獲得したんです)この後彼女は"Zöldfa utca 66"("緑の木通り66番地")や"Állóképek"("静止画")など誌的な短編を製作し、"Hungarian Folk Tales"のエピソード監督も務めました(そして同時期に活躍した女性アニメーション作家としてHáy Ágnes ハーイ・アグネーシュも挙げられます。彼女は正式な映画製作には関わっていませんが、実験映画作家としてハンガリーで最も早く粘土をアニメーションに使用した人物でした)

共産主義が終った後、1990年代から2000年代にかけてもにも際立った才能を持つ女性アニメーション作家が現れました。名前を挙げるにも労力を費やす必要もありません。Tóth M. Évaハンガリー・アニメーション研究について語る際に名前を挙げましたが、とても表現主義的なイメージ(白黒が基調となっています)を紡ぐ作家であり、流れるようなイメージに官能的な雰囲気が刻まれています(例えば"Jelenések"などです)Rogusz Kinga ログス・キンガが作ったのは喪失と痛み、思い出にまつわる悲しくも美しい作品"Arlequin"です。Péterffy Zsófia ペーテルッフィ・ジョーフィア"Kalózok szeretője"("海賊たちの恋人")はFrançois Villon フランソワーズ・ヴィロンのバラードを基とした不穏なアニメーションで、ヴェネチア映画祭で賞を獲得しました。Neuberger Gizellaは最初Kecskemétfilmで背景画家をしていましたが、監督として興味深い実験アニメーションを製作しており、その作品はクオリティの割に知名度が低く、私としてはここ10年で最も過小評価されたハンガリー・アニメーションではないかと思っています。そんな1作が"A zöldségleves"("野菜スープ")であり、とても遊び心に溢れたサイケなヴィジョンを纏っています。そして最後に挙げたいのはGlaser Katalinです。彼女の作品には魅力的な"FIN"や、2010年代のハンガリー・アニメーションにおいて最も重要で可愛らしい短編映画"Három nagymamám volt"("私には3人のおばあちゃんがいる")があります。先に言った通り、このハンガリーの女性アニメーション作家にまつわるリストは今まで挙げた作家だけでは完成には至りません。言及したのは基本的に、作品が最も重要と思われる、もしくは私が最も親しんでいるアニメーション作家に限っています。

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TS:海外においてシネフィルに最も有名なハンガリー人アニメーション作家はJankovics Marcellでしょう。"Sisyphus""Fehérlófia"といった作品を観るたび、その自由で極彩色に溢れた作風に感銘を受けます。特に"Fehérlófia"は今年アメリカで再上映され、世界のシネフィルから再評価を受けていますね。しかし現在のハンガリーにおいて彼と彼の作品はどのように評価されているでしょう? そして彼に対するあなたの正直な意見も知りたいです。

VZ:個人的な内容から話させてください。去年私はJankovics Marcellのアニメーション作品に関する長いエッセーを書くという栄光に恵まれ、彼の作品群を紹介する美しいアルバムに収録されることになりました(含まれているのは彼のアニメーションだけでなく彼の美術・文化史家としての仕事もです)なので彼の作品について徹底的に研究し、これをエッセーに記していくうち、彼のアニメーション作品の虜になり、ハンガリーひいては世界中の皆が同じことを言うだろうという事実に納得することになりました。

Jankovicsはアニメーションの全ての形態において、最も重要なハンガリー・アニメーションを創造しました。最も有名な短編"Sisyphus""Küzdők"について話しましたね。それからシリーズ作品である"Hungarian Folk Tales"は彼の貢献が無ければ全く違うものになっていたでしょう。彼は全エピソードの映像様式はハンガリーの民話における装飾パターンをなぞるべきだと考えを持っていました。そして彼はハンガリー・アニメーション界において初の長編を作った人物であり、1973年に上映された本作のタイトルは"János vitéz"("コーンパイプのヤーノシュ")でした。そして今作は彼のキャリアにおいて分岐点となりました。Jankovicsはここから先自身の映画はハンガリーの文化的遺産と密接に繋がるべきだとし、彼の作品はほとんど全てが装飾的アニメーションとなったのでした(彼の初期アニメーションは素晴らしい1作"Hídavatás"を含め諷刺的アニメーションでしたが、後にその殆どを放棄することとなりました)しかしながら彼は装飾的様式でも異なる方法を使い続ける傾向にあり、自身だけのパーソナルな様式を発展させるのは慎重に避けていました。彼の信念は作っている映画に最も適した特定の様式を高めていくというものでした。"János vitéz"や、"Fehérlófia""Ének a csodaszarvasról"("奇跡の雌鹿の歌")、"Az ember tragédiája"などの他の長編、それから"Hungarian Folk Tales""Mondák a magyar történelemből"("ハンガリー史の伝説")、"Toldi"(未だ製作途中ですが)といったシリーズもハンガリーの民話や歴史、文学に即しています。そして成功した作品の幾つかは深くパーソナルでかつ同時に普遍的でもあるんです(その例が"Sisyphus""Küzdők"ですね)Jankovicsはある種の仕事中毒で、1980年代には美術・文化史家としての"第2のキャリア"を歩み始めるほどでした。彼は数百のエッセー、数十冊の本を執筆しましたが、その内容は一般におけるシンボルの解釈、そしてある特定のシンボルについてでした(例えば彼は太陽や木というシンボルにまつわる本をそれぞれ書いたんです)見ての通り、研究者としての彼の関心の分野はアニメーション制作に密接に関わっています。例えば、象徴的な要素は"Fehérlófia"の激化した映像的様式化を占めています。

彼の長編映画の受容については語るべきことがあります。中でも最初のたった1作"János vitéz"だけが大きな成功を収め、ハンガリーでも広く受容された後、今作は最も偉大なハンガリー・アニメーションの1つに数えられています。しかし他の作品の評価は割れています。おそらく"Fehérlófia"の評価は最も興味深いもので、"János vitéz"と比べ大きな成功を収めませんでしたが、多くの人々――私含めです――がJankovicsにとっての傑作と見做しており、カルト的な評価を獲得しています。監督自身も、小さな子供たちが今作の催眠的なイメージの数々が彼らの夢に似ているということで"中毒"になっていることを知り、それを誇りに思っているんです。あなたが指摘した通り"Fehérlófia"の修復作業と再上映のおかげで、世界のより多くの人々がどんどん魅了されていっています。

彼が1990年代以降に作った長編は未だ再評価されていません。"Ének a csodaszarvasról"はプレミア時あまり良い評価を受けることができず、そのリズムや詰め込み過ぎた語りの構成という問題点もあり、それもある程度理解できます。しかしJankovicsの最も素晴らしい映像的要素の数々(人々はそれを"トリップ的な"と呼んでいます)が今作にも見られます。私の知る限り、長編作品でも"Ének a csodaszarvasról"は世界的に最も知られていません。それから"Az ember tragédiája"はプレミア時に過小評価されたと思っていますし、私は再評価の時が来ると確信しています――少なくともそう願っています、"Fehérlófia"がそうであったように。この記念碑的な(160分あります!)アニメーション作品は19世紀後半にMadách Imre マダーチ・イムレによって書かれた深遠なまでに哲学的な戯曲を基にしています。制作には20年以上もかかりました! Jankovicsは80年代初頭にアニメ化の計画を立てており、最初の場面はその終りに描かれました。しかし作品自体が完成したのは――先述した通りですが――2011年だったんです(アニメーションの歴史においておそらく彼以上に夢の計画に歳月を捧げた人物はRichard Williams リチャード・ウィリアムス以外にはいないでしょう。しかし私の認識が間違いでないならその1作アラビアンナイトは彼が元々求めていた形とはなりませんでした)

彼の脚色は基になったテキストに拘泥する類のものではありませんでした。映像的な層はある種の時代錯誤に満ちており、ゆえにアニメ版は"普通の"脚色ではありませんが、同時にオリジナルの勇気ある再解釈とも言えます(必然的に不均衡があるとしてもです)そして今作はJankovicsが持つ、人間の歴史、特にその芸術の歴史に関する驚くほどの知識を象徴してもいます。各エピソードにおいては異なる様式が使われながら、その全てがエピソードの舞台となる時代に作られた芸術を基にしています。"Az ember tragédiája"は過去についてだけの話ではなく、可能性ある未来に対する活き活きとした警告をも提供してくれるんです(それから私たちが生きる現在についても)世界中で人々がフランツ・カフカジョージ・オーウェルルイス・ブニュエルといった人物が描きだすような悪夢的世界へ深く深く沈んでいく中で、今作のある部分は驚くほど今日的です。例えばロンドンでのエピソードの最後におけるあの奇妙な死の舞踏や、次のエピソードにおけるFalansterと呼ばれる硬質なディストピア世界などです。おそらくこれは悲観的なアプローチ(私にとっても遠くないものです)でしょうが、私たちは自分の生きる世界を過渡の局面と見ることになるでしょう。死の舞踏は徐々に、しかし確実にディストピア世界に溶けていくんです(おそらく私は間違っているでしょう。そう願っています)そして最後に私たちが思い出すべきは、彼のアニメーション作品の流れは完成していません。彼は今なお"Toldi"を製作しているんです。

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TS:個人的に最も好きなハンガリーのアニメーション作家はVarga Csabaです。先にも名前を挙げたハンガリーのアニメーターSzöllősi Annaに勧められ、私は彼の短編"A szél"("風")を観たのですが、心の底から感動しました。様々なイメージが美しくかつ奇妙に互いと重なっていき、人間の想像力への深遠なる瞑想へと昇華されていきます。そして次に私は"Bestiak"("獣")を観て"A szél "と劇的なまでに異なる作風、そして爆発的な傑作ぶりにまた驚かされました。ここで詳しく聞きたいのは彼の人生や作品についてです。彼と彼の作品はハンガリーのシネフィルにどのように受容されているでしょう?

VZ:あなたが彼の"A szél"に言及してくれてとても嬉しいです。というのも本作は最も重要なハンガリー・アニメーションの1つに属する作品だからです。そしてその2本の作品がいかに異なるかにあなたが驚いたのは何も偶然ではありません。彼のフィルモグラフィを見ると、Varga Csabaというアニメーション作家の作品は頗る多方面に渡っていたというのが分かります。実際彼の同僚や友人たちはCsabaはアニメーションを製作する時に同じ手法は2度と使わなかったと何度も証言しています。なので表面上、彼のアニメーション作品は広範なアプローチや様式、形態を見せてくれます。後者に関する限りでは、Csabaは手書きアニメーションの巨匠であっただけでなく、"A szél"が証明している通り、彼が粘土を駆使してアニメーションを作り始めたハンガリーで最初の映画作家の1人だとも分かります。アウグスツァという粘土で作られたヒロインは1980年代初頭に作られた"Ebéd – Kedvesem főz"("午餐会――私の愛する人が料理をしている")から登場しますが、この不器用な女性がコミカルなアニメシリーズの主人公となるんです。Csabaはストップモーションにおける様々な技法(特にオブジェクト・アニメーションです)を駆使して、より気味が悪いアニメシリーズ"Szekrénymesék"("食器棚のお話")も制作しました。そのイメージはチェコの天才アニメーション作家であるヤン・シュヴァンクマイエルの途轍もなく不気味な世界観にとても近いです。

Vargaの手書きアニメーションが瞑想的でより哲学的なアプローチを取っている一方で、アウグスツァが主人公であるシリーズには彼の驚くほどグロテスクなユーモアセンスが表れています。ここで取り上げたいのは8年前にVargaが亡くなった時書かれたOrosz Ida Annaのエッセーです。表面上の折衷主義にいて、彼の作品の多くには反復されるモチーフがあると言います。これらのモチーフは時、もしくは時の流れ、そして――Oroszによれば――現在進行形という概念が中心となっていると。"A szél"や同様に魅力的な"Időben elmosódva"("時に消えていく")といった作品は時の神秘性に関する最も力強い映像的問いであるでしょう。同様に彼はハンガリー・アニメーション史において優れたオーガナイザーの1人であったことも忘れるべきではありません。元々彼は数学を学んだ美術教師であり、1970年代にペーチュのアニメーション団体においてアマチュアのアニメーション作家として存在感を発揮したんでした。Yxilonという彼のスタジオは1979年にパンノーニア映画スタジオ2つ目の地方スタジオとして再編成され、Csabaは1980年代中盤までリーダーを務めたんでした。

ペーチュに設立されたスタジオは不当に知られていませんし、ここ数十年でもはや忘れ去られてしまっています。そこでここではこのスタジオについて語らせてください。Varga Csaba以外にも知名度は低いですが素晴らしい作家が多くいました。スタジオのチームはPásztor Ágnes パーストル・アーグネシュ、Kismányoky Károly キシュマーニョキ・カーロイ、Ficzek Frenc フィツェク・フェレンツ、Baksa Tamás バクシャ・タマーシュ、Markó Nándor マルコー・ナーンドル、Papp Kása Károly パップ・カーサ・カーロイら力強いメンバーで構成されています。ここで作られた短編映画はVarga自身の作品と似たようなところがあり、殆どが実験的な作品となっています(例えばFiczekの謎めきながら魅力に満ちた"Hátrahagyott kijáratok"をご覧ください)そしてアウグスツァのアニメシリーズに加えて"Trombi és a Tűzmanó"("トロンビと炎のゴブリン")というとてもコミカルなアニメシリーズもこのペーチュのスタジオで作られました。消防団(登場人物は人間のような姿をした動物です)を描いたアニメーションでした。1980年代の終りには長編映画も作られており、その1本がアーサー王の物語をパロディ化した"Sárkány és papucs"("ドラゴンとスリッパ")でした。共産主義が終りを告げ、スタジオが株式会社ファニーフィルム(Funny Film Ltd)として独立した後、その時はHernádi Tibor ヘルナーディ・ティボルがリーダーをしたいたのですが、主となる作品はレッドブルというエナジードリンクのコミカルなCMシリーズでした。2013年にスタジオが閉鎖されるまで、130ものCMがそこで作られました。スタジオのコラボレーターの1人で私の友人でもあるKardos Andrea カルドシュ・アンドレはペーチュにおけるアニメーションの遺産に関心が向くよう多くの活動を行っています。このスタジオの遺産を披露する展覧会を定期的に行い、この地でのアニメーション映画製作の物語を要約しています。この短いバイパスとともに、私はペーチュに設立されたスタジオの役割を研究しない限り、ハンガリー・アニメーションの歴史は完成しないと強調してきました。

Varga Csabaの話に戻ると、共産主義の時代において彼はプライベートなアニメーション・スタジオを設立した(Erkel András エルケル・アンドラーシュと共同でですが)のはとても重要なことです。それをしたのは1988年、共産主義崩壊の直前です。ヴァルガ・スタジオ(Varga Studio)はブダペストに位置し、1990年代にパンノーニア映画スタジオが閉鎖した後は最も影響力のあるスタジオの1つとなりました。ある一方でヴァルガ・スタジオはヨーロッパやアメリカなど海外からの多くの仕事をこなし、他方では実験アニメーションの制作を奨励しながら、主に中欧と東欧から若く才能ある芸術家たちを招聘しました。例えばMilorad Krstićはこのスタジオで"My Baby Left Me"というユーモア溢れる作品を作り、国際的な映画祭において人気を博します(後に彼は"Ruben Brandt, a gyűjtő"を製作、あなたが先に言った通り再び世界的な評価を獲得します)Varga自身は1990年代に幾つかの実験映画を作った後、20世紀の最後には1時間半に渡る粘土アニメーション"Don Quijote"(1999)を製作しました。今作の主人公は監督にとって苦くて甘い自画像のようでした。そしてVargaはアニメーション制作から引退することになります。そしてJankovicsと似たような形で人生を歴史の研究に捧げることになります。彼はハンガリーの古代史や、言語と執筆にまつわる古代史についての本を出版しました。彼は正に規格外の人物です。彼の遺産はハンガリー・アニメーションにおいて最も偉大な達成の1つとして見做せるでしょう。

TS:ハンガリー・アニメーションの現状はどういったものでしょう? 外側から見ればそれは良いように思えます。多くの才能が有名な映画祭から現れています。例えばカンヌのTóth Luca、SXSWのAndrasev NadjaサラエボSzöllősi Annaらです。しかし内側からだとその実情はどう見えているでしょう?

VZ:この問いに関して真に関連性のあることを言うのは少しばかり難しいでしょう。何故なら私はアニメーション映画を研究する立場の人間で、実際に作る側の人間ではないからです。つまり映画作家たちが直面する問題の数々は彼らが映画を製作する前、もしくは作っている途中に現れるものですが、私が問題を認めるのは――それも彼らとは違う類の問題ですが――映画が完成しリリースされた後です(笑)ということでこれはとても複雑な問いとなります。

なのでアニメ作家たち自身の考えをここで引用することを気にしないで頂きたいです。去年ハンガリー映画アカデミーが"Magyar animációs alkotók"("ハンガリーのアニメーション作家たち")というとても有益な本を出版しました。編者はFülöp JózsefKollarik Tamás コッラリク・タマーシュです。この本はアニメーションという領域(殆どが監督ですが、何人かはプロデューサーやスタジオのトップもいます)で働いている(もしくは働いていた)19人の人物へのインタビューが構成されています。多くは様々な分野において解決されていない問題があることを強調しています。例えばファイナンスや制作過程、配給などですね。適切なファイナンスや専門家が欠けているゆえに頻繁に深刻な難関が訪れるんです。そして彼らはアニメーター(つまり動きや運動をデザインする役割を果たす人物です)の不足を特に問題視しています。そしてアニメーション制作に制作した脚本家やプロデューサーが多くないことにも言及しているんです。世界中の観客があらゆる映画(アニメーション含め)が巷に余りにも多く溢れていることに圧倒されているという事実によって、特定の顧客を捉えるのが昔よりもとても難しくなっています。

しかしながら、ハンガリー・アニメーションにおいて間違いなく栄光を獲得している将来を嘱望された才能がいることも真実でしょう。先に私がBucsi Rékaの成功に、そしてあなたは他の作家に言及しましたが、才能という面において現代のハンガリー・アニメーションには間違いなく可能性があるということに疑いはありません。前世紀にキャリアを始めた最も重要なアニメーション作家たちの中には今でも活動している者もいます。例えばJankovicsやOrosz IstvánCakó Ferencらですね。それから現在幾つもの長編映画が進行しているのも本当です(例えばSzabó Sarolta サボー・サロルタBánóczki Tibor バーノーチュキ・ティボル監督作であるディストピアSF"Műanyag égbolt"や、Csáki László ツァーキ・ラースロードキュメンタリー映画"Kék pelican"です。彼の作品はチョークを使ったアニメーションが特色でもあります)そして多くのシリーズ作品も進行しています。何より待たれるのは先述の"Toldi"でしょう。

なので結論として私が言えるのは、ハンガリー・アニメーションの新たな黄金時代が創造されるという楽観的な意見の数々はおそらく間違っているでしょうし、少なくとも誇張されてはいるでしょう。しかしハンガリー・アニメーションは多くの驚きを未だ隠しています。そのために私たちはアニメーション制作を闇に葬るのではなく、称賛してきた訳です。このインタビューの機会を与えてくださり、感謝しています!

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誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいハンガリー・アニメーションのすべてについて教えましょう~Interview with Varga Zoltán (Part 1)

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さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)

この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。

さて、今回インタビューしたのはハンガリー・アニメーションの研究者Varga Zoltán ヴァルガ・ゾルターンだ。彼は英語とハンガリー語を横断しながら世界中のアニメーション作品に関する批評を執筆しているが、特に注目すべきはハンガリー・アニメーションに関する研究だ。彼は既に2作の著作を発表しており、この界隈では最も有名な人物の1人である。そこで今回はハンガリー・アニメーションにまつわる様々な事柄について直撃したのだが、彼がもうサービス精神旺盛な方で英語換算1万字もの答えを返してきた。正に嬉しい悲鳴を上げざるを得ないが、余りにも長すぎるので記事を2つに分けることにした。この第1部では個人的なハンガリー・アニメーションの記憶からこの歴史における重要作品、彼の2つの著作についてなどを聞いてみた。2つに分けたのに何とこの時点で16000字である。この長大なるハンガリー・アニメーションの歴史をぜひ体感してみてほしい。ということで、どうぞ。

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済藤鉄腸(TS):あなたが初めて観たハンガリー・アニメーションは何でしょう? その感想もお聞きしたいです。

ヴァルガ・ゾールタン(VZ):何が初めて観た映画かについては話すのが難しいですね。1980年代後半、私が子供時代を過ごしていた頃は2つの大きなTVチャンネルがあり、幸運なことにそこで多くのアニメーションが放送されていたんです。なのでこの時期、詳しくは幼稚園に通っていた頃ですが、70年代や80年代に作られたアニメーションを観る機会があった訳です。この数十年は特にアニメーションシリーズの黄金時代と呼べる時代で、つまり多くの人々にとってハンガリー・アニメーションの黄金時代でもあったんです。たくさんのアニメーションを観ていましたが、思い出として残っているのは"Frakk, a macskák réme"("フラック、恐怖の猫たち")、"A nagy ho-ho-horgász"("すううっごい釣り人")、 "Sebaj Tóbiás"("気にしないで、トービアース")、"Magyar népmesék"("ハンガリーの民話")などですね。

"Frakk"はとてもキュートな切り絵のアニメーションでメイン監督はCseh András チェフ・アンドラーシュという人物でした。主人公は1匹のビーグル犬で、飼い主である老カップルと2匹のいたずらっ子な猫たちとの関係を描いています。"A nagy ho-ho-horgász"Dargay Attila ダルガイ・アッティラによるシリーズで、魚に馬鹿にされてばかりいる不幸な、しかし愛らしい釣り人を描いています。"Sebaj Tóbiás"Cakó Ferenc ツァコ・フェレンツによる粘土アニメーションで、主人公は他人思いの優しい心を持った人物で、アニメーションの性質上様々な物に姿を変えることができます。"Magyar népmesék"は後でもう少し詳しく話すので、ここでは今作が特定の主人公や物語は存在せず、話の1つ1つが独立しており、そのすべてがハンガリーの民話に由来しているとだけ紹介しておきましょう。

しかしこれらを除いて、ハンガリー・アニメーションにまつわる思い出についてとても印象なものを1つ挙げることができます。小学校に行くようになる数週間前――ちょうど30年前のことです――、1990年の夏の間、VHSで"Macskafogó"("猫用の罠")を観る機会に恵まれました(今作の英語タイトル"Cat City"は少し意味が違います。実際のハンガリー語は"猫用の罠"という意味です)もう瞬間に心を奪われましたね。特に紫色の猫のマダムが唄う場面なんか素晴らしかったです(でも誰が魅了されないでしょう?)"Macskafogó"の監督はTernovszky Béla テルノフスキイ・ベーラ、脚本はNepp József ネップ・ヨーセフです。今作は彼らの長きに渡る共同制作の頂点と言える作品ですね。1986年に公開され多大なる成功を収めた後、ハンガリーではカルト映画として、国の宝として愛され、国民のほとんど皆が場面を引用できるほどです(数年前には舞台劇としても上演されました)実際、本作はハンガリー・アニメーション史上でもとてもユニークな作品となっています。内容は猫とネズミの世界的な戦いを描いており、007シリーズの笑えるパロディとなっています。ジャンル的パロディやジャンル越境的な作風("Macskafogó"はアクションやスパイ映画だけでなく、ディザスター映画やミュージカル、ギャング映画や吸血鬼映画のモチーフも引用しています)はハンガリー・アニメーションにおいてはなかなか異端でした。こういう意味で今作は西欧やアメリカ産のアニメーションのようでした。しかしそのコインの裏側にはTernovskyとNepp(彼はハンガリー・アニメーションにおいて重要な脚本家でした)の紡ぐとても東欧的なユーモアがあり、彼らが今作をハンガリー的、もしくは東欧的な映画にしていたんです。子供時代から"Macskafogó"は最も見返している作品の1本となり、今作に戻ってくるのはいつだって喜びに溢れているんです。

TS:ハンガリー・アニメーション史において最も重要な作品は何だと思いますか? その理由もぜひお聞きしたいです。

VZ:ハンガリー・アニメーション史における重要作を1本だけ挙げるというのは無理でしょう。理由の1つはこの国のアニメーション制作にはとても長く豊穣な伝統があり(始まりは1910年代まで遡ります)、さらにもう1つ"ノミネート作品"として何かを挙げるにも、視点によってその作品は変わってくるからです。つまり歴史的重要性、美学的な価値、ハンガリー国内と国際的な評判や評価など選択理由によって、異なる映画を選ぶ必要がありますからね。それからアニメーションの製作法という更に基本的な側面もあります。後者にこだわるのなら短編、シリーズ、長編とそれぞれに選ぶべき重要なアニメーションが存在します。そこで先述した側面から最も重要なハンガリー・アニメーションを挙げたいと思います。

おそらくMacskássy Gyula マチカーシイ・ギュラ"A kiskakas gyémánt félkrajcárja"("ちいさなおんどりとダイヤモンドの半ペニー")、それから彼の傑作"Két bors ökröcske"("2匹の小さな牡牛たち")がなければ、ハンガリー・アニメーションはここまで成長していなかったでしょうし、最低でもその道は全く異なるものになっていたでしょう。これらは驚くほど困難な状況、嵐吹き荒れる20世紀ハンガリー史においても最も闇深かった時代(1950年代の前半です)に作られており、ハンガリー映画界におけるこういったアニメーション映画制作において中心的な役割を果たした訳です。"Két bors ökröcske"も今まで作られたアニメーション短編の中で最も重要な作品に位置する作品ですね(とはいえ30分という上映時間は短編と長編の間にあるものと言えるでしょうが)Macskássyは個人的な短編映画の数々でキャリアを築いてきた人物です"A ceruza és a radír"("鉛筆と消しゴム")や"Párbaj"("決闘")を1960年に制作した時には風刺画家のVárnai György ヴァールナイ・ジェルジと共同制作を行いました。これらのアニメーションはUPAのモダニスト的な様式に深く影響を受けており、カルロヴィ・ヴァリやカンヌ映画祭などで高く評価されています。それから1960年代から1980年代にも特に重要な短編作品が現れています。例えばReisenbüchler Sándor レイシェンビュフレル・シャーンドル"A Nap és a Hold elrablása"("太陽と月の誘拐")、Marcell Jankovics マルツェッル・ヤンコヴィチ"Sisyphus""Küzdők"("戦い")、Vajda Béla ヴァイダ・ベーラ"Moto perpetuo"Ferenc Rofusz フェレンツ・ロフス"A légy"などです。これらの作品は国際的に高く評価されており、美学的な観点から言っても疑いようない傑作です。"A Nap és a Hold elrablása"は多くの国際的な映画祭で賞を受賞した1作で、民話への超現実的なアプローチが特徴的でありハンガリー・アニメーション史上でも最もユニークな才能が巣立つ助けともなりました。"Sisyphus"アカデミー賞にノミネートされ"Küzdők"はカンヌで短編パルムドールを獲得しました。 前者は美しく輝くような線の使い方によって神話の英雄の目を見張るような再解釈を行った作品で、後者はもっと自然なスタイルを以て創造と崩壊の循環を痛烈に描きだしています。"Moto perpetuo"もまたカンヌでパルムドールを獲得した作品で、世界の混沌と不条理についてのコミカルで少しばかり不愉快な風刺劇となっています。"A légy"アカデミー賞で賞を獲得した初めてのハンガリー・アニメーション(具体的には1981年です)となっています。今作は最初から最後までハエの視点で物語が進み、それが驚くほどの映像的な自由さに繋がっています。物語は自由と束縛のコントラストを描きだしており、デーマも失われていく時という普遍的なものとなっているので、つまりは生と死の映画な訳です。ハンガリー・アニメーション史はこれらの作品を挙げなければ完璧なものとなることはありません。もちろん最近の傑作も紹介できますが、それは後でにしましょう。

長編映画についてですが最も重要なハンガリー・アニメーションとして挙げたい作品が幾つもあります。Dargay Attilaの作品、例えば"Lúdas Matyi"("ガチョウ少年マッティ")、"Vuk"("小さなキツネ")は最も成功したハンガリー映画でもあり、映画館で200万回以上も観られた作品と言われています(これは単純計算でハンガリーの人口の1/5です)世界的にカルト的な評価を獲得しているのはJankovics Marcell"Fehérlófia"("白い牝馬")で、1984年にはロサンゼルスでアニメーション映画ベストの1本に選ばれるとともに、最近でもレストレーションのおかげでその知名度は更に上がっています(最近書かれたレビューがこの動向を象徴しているでしょう)

しかし、アニメシリーズも忘れないようにしましょう。共産主義の数十年、Dargay AttilaNepp JózsefJankovics Marcellの3人が1960年代に製作したコメディシリーズ"Gusztáv"("グスターヴ")は世界で最も成功したアニメーション・シリーズで(70ヵ国以上に放送権が売れたんです)、本国でもすこぶる評価されました。最近だと"Magyar népmesék"、Kecskemét ケチュケメートで制作された中で最も重要なアニメシリーズが世界でも最も人気な作品となっています。その視聴数はオンラインでエピソードが公開されるたびに上がっています。ゆうに1200万回は視聴されているんです。100話全ての英語吹替版もKecskemétfilmのチャンネルから視聴できて"Hungarian Folk Tales"という英語タイトルで呼ばれています。このシリーズはKecskemétfilmのリーダーであるMikulás Ferenc ミクラーシュ・フェレンツが製作総指揮を行っており、Jankovics Marcellがメイン監督として製作を行っています。そしてハンガリーの文化的遺産や伝統を世界に伝える上でとてつもなく大きな役割を果たしているんです。実際、これを書いている何日か前(具体的には10月15日です)、今作がHangarikums(これについてはこのサイトをご覧ください)のコレクションに選出されるというニュースが流れました。この名誉が疑いなく示しているのは、今作がハンガリー・アニメーションで最も重要な作品の1つであることです。

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TS:もし1本だけ好きなハンガリー・アニメーションを選ぶなら、それは何でしょう? その理由もお聞きしたいです。何か個人的な思い出がありますか?

VZ:最も重要なハンガリー・アニメーションについて答えた時と同じように、好きな1作を選ぶというのもやはりとても難しいです。アニメーション映画に親しめば親しむほど、好きな作品を1作だけ選ぶというのは難しくなります。先述した通り"Macskafogó"はオールタイム・フェイバリットの1本ですが、多くのハンガリー人もそう言うでしょう。やはり先述した基礎的な短編群も同様に広く評価されています(例えば最近私は歯医者へ行かなければならなかったんですが、彼に私がハンガリー・アニメーションの研究をしていると言うと、彼は自身の好きなアニメーションが"Sisyphus""A légy""Gusztáv"だと語ってくれました)

ということでここではよりパーソナルな作品を選ばせてください。とはいえJankovics Marcellのようにアニメーション映画界において間違いなく高いランクにつき、熱狂的なファンがいる人物も挙げますが。まずKecskemétのスタジオに所属していた芸術家の1人にTóth Pál トート・パール(Paja パヤというニックネームでした)は1980年代にすこぶる独特なアニメシリーズ"Leo & Fred"を作っていました。サーカスに住むライオンと調教師が主人公なのですが、そういう設定に即したものより彼らの日常を追った物語が描かれ、故に作品自体がイベント性に欠けているとも言えます。しかしシリーズの瞑想的で叙情的なアプローチはその最終回で頂点を迎えます。"Koncert"("コンサート")という題名の最終回は私にとって最も美しいハンガリーの映像芸術の1つです、アニメーションの枠に収まりません。ネタバレは避けたいので、ここからぜひ観てみてください(一切台詞はありません)ラスト3分は純粋な詩であると特に強調したいです。今作は老い見捨てられ、孤独に打ちひしがれ、生に迷いながら、それでも最後には希望が、ある種の慰めが存在してくれるということを描いています。胸を打ちながら、同時に興奮させてくれもするんです。今作のようなクオリティを持った作品はアニメーションにおいてとても稀でしょう(少なくともアニメシリーズにおいては)

TS:ここではハンガリー・アニメーションの際立った特徴について聞きたいと思います。あなたはエッセー"(アニメーション)映画の裏側。ハンガリー・アニメーション映画におけるイソップ的言語の役割についての覚書"において5つの特徴を挙げていますね。1. 民話的語り、2. 風刺的コメディ、3. 民話や文学、歴史を通じハンガリーの過去の様々な側面を描きだした作品、4. 社会誌学的な関心とドキュメンタリー的な野心を持ったアニメーション映画、5. イソップ的言語、というものです。そこで日本の読者にこの5つの特徴について更に詳しく説明して頂けないでしょうか?

VZ:このエッセーは6年前、ハンガリー・アニメーションの100年を研究している時に書いたもので、そこにおける最も際立った特徴の数々に関する私の仮定を紹介したものでもあります。私の国の映画製作では普通ではない現象が起こっており、故にある特定の傾向や特徴を"最も"初めに位置する帰属として語ることは不可能なんです。もちろん実践されるどのアニメーション映画もある程度までそれぞれの多様性を見せてくれますが、最も象徴的なケースにおいて私たちはメインストリームにおける幾つかの特徴を捉えることができます。明確な例としてアメリカで作られるアニメーション映画を挙げられます。驚くことではないですがこの国のアニメーションはディズニー様式(これか、これではないかの二択なんです)が支配的であり、オルタナティブ的な作品は全てこの様式からの差異として解釈されます(例えば1930年代のフライシャー兄弟、1940年代のテックス・エヴェリー、1950年代のUPA、もしくは1970年代初頭のラルフ・バクシ作品などです)ハンガリー映画に目を向けると、アニメーション制作に1つの支配的な様式がありその他はオルタナティヴだとは言えません。何故ならアニメーション映画の監督たちは映画界が最も中央集権化されていた頃(1950年代から1980年代までです)においても自分自身の様式を進化させることを許されていた――ある意味ではそうするよう勇気づけられていたんです。それ故にハンガリー・アニメーションはとても個人的な映画芸術となり、例えばチェコスロヴァキアのパペット・アニメーションの伝統に明確に根差した作品(例え他のアニメーションも存在しているとしてもです)とは違い、ある種の特徴に関連付けることができないんです。他方でこれはハンガリー・アニメーションが多様ゆえに似たような制作的アプローチが混ざりあったような幾つかの傾向を指摘できないということを意味している訳ではありません。エッセー内では、これらの傾向や特徴に関する初期段階の提案を記しています。だからそれらの説明が比較的短いんです。後にもっと複雑微妙な形でそれらを考え直す機会を与えてもらいましたが、多かれ少なかれ基本は同じです。

私がエッセー内で"民話的語り"と呼んだ傾向は、ほんの中では"古典アニメーション"として再解釈が成されています。これらは1950年代Macskássy Gyulaが民話を基に作った短編群に端を発しており、彼が1960年代初めにこのアプローチを放棄した後も、Dargay Attilaがこれを継承し最も成功した作品の数々を作りました(先述した長編映画が代表例です)この傾向は明確にディズニーに影響を受けていますが、民話や文学などハンガリーの伝統に密接に関わってもいます。

2つ目の"諷刺的コメディ"は本では"諷刺的アニメーション"と書いています。より広いカテゴリーとして語る必要があったんです。アニメーションが諷刺的かそうでないかは議論の余地があるので、私はもっと信頼に足る基礎を選びました。なので諷刺的な(もしくは諷刺画家による)アニメーション映画というカテゴリーを作りました。これはいわゆるカリカチュアに由来した明確な映像的帰属を持つという意味です。主な特徴としてはこの作品群はコミカルで、ユーモアに溢れたアプローチを取りながら、同時にグロテスクで不条理な要素も持ち合わせています。手書きアニメーション(もしくはカートゥーン)において、その代表的な巨匠はNepp Józsefであり彼は監督としても脚本家としても活動しました。彼の他にはTernovszky BélaVajda Béla、それから絵画のような素晴らしいアニメーションを作ったGémes József ゲーメシュ・ヨーセフを挙げるべきでしょう。Gémesの傑作は"Koncertissimo"という作品で、最も重要なハンガリー・アニメーションから除外されることはほぼないですね。もっと前に言及するべき作品でもありました(何度も言いますが"ハンガリー・アニメーションにおけるベスト"を何作かだけ選ぶというのはとても困難なことですから)

3つ目のカテゴリーは本の中で最も変わった要素です。エッセーにおいて私はハンガリーの文化的遺産(民話、文学、歴史)に関連した作品群に言及しましたが、広く捉え直した先の要素とは逆にもっと狭いカテゴリーに捉えなおす必要がありました。私のアプローチにおける3つ目の傾向はいわゆる"装飾的アニメーション"となりました。こう名付けたのはJankovics Marcellによる素晴らしいエッセーに感銘を受けた故で、ここで彼はハンガリー・アニメーションにおける進化的変態の役割(彼自身の作品も同じく例として)を詳しく説明していました。"装飾的アニメーション"は頗る密接にハンガリーの文化的遺産、特に民話に関連しており、しかし同じことは古典アニメーションにおける古典的語りにも言えます。なので、この"装飾的アニメーション"において最も重要な特徴はビジュアルの強烈な定型化です。その主な源は民話や、特にファインアーツの映像的(ゆえに必ずしも語りは重要ではありません)な要素です。それから最も重要な映像の制作装置は繊細に高められた進化的変態でした。この"装飾的アニメーション"の主なハンガリー人アニメーターはKovásznai György コヴァースナイ・ジェルジJankovics MarcellRichly Zsolt リチイ・ジョルトKeresztes Dóra ケレステシュ・ドーラOrosz István オロス・イシュトヴァーンVarga Csaba ヴァルガ・ツァバ、そして規格外にユニークなサンド・アニメーションが特徴のCakó Ferenc ツァコー・フェレンツが挙げられます。

4つ目の要素は基本的に変わっていません。これらの作品はドキュメンタリーとアニメーション映画のとても明確な境界線を曖昧なものにする(もしくは消し去る)作品群です。こういったドキュメンタリー的アニメーションは異なるビジュアル要素を以てこれを成し遂げようとしますが、音に関しては1つの収斂というべきものが存在します。ここにおいてとてもよく行われるのが日常生活から言葉を録音したり、他のメディアで使われたインタビュー(例えばラジオなどです)を採用することです。興味深いことに、先の傾向において挙げた何人かの監督はこのドキュメンタリー的アニメーション映画の確立にも大きな役割を果たしています。特にKovásznai GyörgyVajda Béla、そしてOrosz Istvánの作品でも何本かでこの傾向が見られます。この作品群のなかで最も象徴的なアニメーション作家はMacskássy Katalin マチカーシイ・カタリンでしょう(彼女はMacskássy Gyulaの娘です)

私の研究として、共産主義政権下の数十年の間に確立された、ハンガリー・アニメーションの主な傾向が幾つか存在することが分かっています(私がこの時期にキャリアを始めた作家たちを言及する理由がこれです)しかしそれを象徴する作家たちはこんにちにおいても多産で、現代の作家たちも多かれ少なかれこの傾向を継承しています。あなたが言及した5つ目の傾向、いわゆるイソップ的言語はエッセーの主なテーマでしたが、他の傾向とは明確に異なるものです。ある時期において――共産主義の真っただ中――これは顕著です。これが終った後には、イソップ的言語を使うことは今日的ではなくなってしまいました。もしイソップ言語を、"見えないやり方で"党の体制や抑圧的な政権を批評する、そんな隠されたメッセージを創造する戦略として見做すなら、今でも理解はできるでしょう。この数十年における幾つかの短編アニメーションは抑圧者たちへのある種の批評として間違いなく解釈することができます。しかし1990年以降政権が変わり、この30年で芸術的創造性や自由を抑制しようとする制限というべきものは無くなりました。この相違は共産主義以前以後に作られた同様のテーマを持つ作品を比べれば明確に見えてくるでしょう。処刑に関する、1977年に作られた作品(Szórády Csaba ソーラーディ・ツァバ"Rondino"Kovács István コヴァーチ・イシュトヴァーン"Változó idők"などです)は党体制、共産主義という権力による残虐行為の隠喩として解釈できます。それからこれは解釈の問題ではなくなりますが、明白なのは2006年に制作されたSzilágyi Varga Zoltán シーラジ・ヴァルガ・ゾルターン"Jegyzőkönyv – Mansfeld Péter emlékére"("裁判の記録――マンスフェルド・ペーテルの思い出に")は共産主義の残虐な野蛮さを直接的に描いています。1956年のハンガリー革命における若い殉教者の処刑を正確に、かつ詳細に描きだしています。ここにおいて、イソップ的言語は歴史において果敢な芸術的発明でしたが、他の傾向と違い持続するものではありませんでした。

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TS:あなたはハンガリー・アニメーションに関する2作の著作"A magyar animációs film: intézmény- és formatörténeti közelítések"("ハンガリー・アニメーション/様式的、制度的歴史におけるアプローチ")と"A kecskeméti animációs film"("ケチュケメートのアニメーション映画")を執筆していますね。この2冊について日本の読者に説明してくれませんか。何故この2冊を書いたのか、この2冊はハンガリーにおける映画批評においてどのような役割を果たしているのか、ハンガリー・アニメーション史を考えるにあたりケチュケメートは一体どういう意味を持つのか?

VZ:先の質問で話したエッセーはより大きな研究プロジェクトの一部分であり、これは2013年から2014年まで国立優秀プログラム(Nemzeti Kiválóság Program)の助成を受けながら行われました。私の研究において最も重要な結果はハンガリー・アニメーションに関する研究論文であり、ちょうど今作が書かれた時期(2014年から2015年まで)はその100周年記念を控えた時期でした。私にとってはとても幸運な時代で、それは私の映画史家としてのハンガリー・アニメーションへの個人的な興味がこのかけがえない記念に重なった故であり、それもあってハンガリー・アニメーションの100年という長きに渡る歴史を総覧する最初の人物としての機会を頂き、最低でもその傾向を要約することができた訳です。もちろん私の作品はその過去を描くテキストに依拠しています(特にアニメ作家たちへのインタビューは参考になりました)が、私は以前から存在する言説を再構築する必要があり、そうして新たな結果と巡りあえたんです。原稿は基本的に2015年には完成し、2016年の最後に出版されました。あなたが言及したタイトルは私が今までとは異なる視点からハンガリー・アニメーションにアプローチした事実を指し示してもいます。

私は2つの基本的なパターンを使いました。まず1つはハンガリー・アニメーションの制度的、経済的、芸術的な状況、そして歴史的、政治的、社会的な問題群とそれの関係性を描くというものです。このアプローチは本においてはより小さな要素であり、4つの基本的な時代区分の主なファクターを表してもいます。1つ目の区分は先駆者の時代、これはおおまかに1910年代から始まり1930年代初頭まで続きます。不幸なことに、K最初のハンガリー・アニメーションと呼ばれる、Kató Kiszly István カトー・キスイ・イシュトヴァーン"Zsirb Ödön"(1914年から1915年に作られました)を含めて、ほとんどの素材が失踪するか廃棄されてしまい、現代まで現存している作品はとても少ないんです(数えるほどしかありません)2つ目の区分は1930年代初頭から1950年代後半までを示していますが、この時代の代表としては、幾つものスタジオのリーダーを兼任し重要なアニメーションを製作した人物Macskássy Gyulaが挙げられます。彼はハンガリーでアニメーション映画を製作した監督という訳ではないですが、彼の忍耐はこの国におけるアニメ制作の定着に寄与しました。3つ目の区分は1950年代後半から始まり、1980年代の終りまで続きますが、この時期こそハンガリー・アニメーションにおいて最も実りある時期でした。その本拠地はMatolcsy György マトルツィイ・ジョルジ率いるパンノーニア映画スタジオ(Pannónia Filmstúdió)であり、この存在によってヨーロッパや世界を含め、最も大きなアニメーション産業が生まれたんです。1960年代は個人的な短編アニメーションの黄金時代で、1970年代はアニメシリーズの隆盛を迎え、1980年代は長編アニメーションの分野で最も多産な時代となりました。4つ目の区分は1990年代から始まりました。つまりこの時代の作品は共産主義以降のアニメーションという訳ですが、おそらくそれが今のアニメーションでもあります。もしくは2010年代後半からまた新たな時代が始まったとも言えるでしょう。この時代について語るのは難しいところです。少なくとも私が本を書いている際"新しい章"を加える必要はないように思えました。しかし今これは考慮に入れる価値があります。これはまた別の仕事となってしまいますが。

もっと大局的な部分での私のアプローチは基本的に美学的なものです。ここにおいて私は以前の質問で答えた傾向の数々について議論しています。しかし映画分析の集積と特定の作品群に関する議論のため、もっと一貫性のある構築を選ぶ必要がありました。章の並びはアニメーション体系(もしくは形態)の可能な分類に即しています。このパートはカートゥーン、もしくは手書きアニメーションから始まっており、ストップモーション(例えばパペットやクレイ、オブジェクト、それからピクシレーションなどです)と続き、それから切り絵、絵具、CGIが議論されます。そして最後には複合的なアニメーションが話題にあがります。

ハンガリー・アニメーションに関する2冊目の本はもっと狭い分野にテーマを絞っていますが、研究のプロセスからこの特別なテーマは包括的な調査にも勝るとも劣らず豊穣なものだと分かりました。タイトルが示唆する通り、この本の"主人公"はケチュケメートにあるアニメーション・スタジオです。そしてテーマはプロとしてのもの個人的なものに関わらず、多くの理由から明確なものでした。ハンガリー・アニメーションを知ろうとする者はみな、作品はブダペスト(ハンガリーの首都です)だけで作られる訳ではないと知るでしょう。アニメーション制作が盛んになった地方の町は2つあります。ケチュケメートとPécs ペーチュです。両方において映画スタジオはパンノーニア映画スタジオ(首都に位置しています)によって建設されました。まず1971年ケチュケメートに建てられ、1979年にはペーチュに立てられました。2つのうちケチュケメートはより成功し、ハッキリとした功績を立て、更にはケチュケメート・アニメーション映画祭(KAFF)というハンガリーで初のアニメーション映画祭を設立することで、アニメーション界において世界的な評価をも確立することができました。この映画祭にはインターナショナル・コンペティション部門も存在します(1985年から2019年に渡って14回開催されました)最初期から現在までケチュケメートのアニメスタジオはMikulás Ferencによって指揮され、彼の統率下1990年代の経済的難局を生き抜き、親会社をも救ったのでした(それでもパンノーニアは2000年代後半に潰れてしまいますが)スタジオは独立し、1990年代前半には名前は株式会社ケチュケメートフィルム(Kecskemétfilm)に変わり、アニメーション映画史初期(正確に言えば共産主義時代です)にパンノーニア映画スタジオがそうであったように決定力ある企業となりました。

思うに彼らの成功は最低でも2つの要素から語ることができます。まずスタジオの設立初期からMikulás Ferencはここで作られる映画がハンガリーの文化的遺産を継承し次に繋がるよう砕身し、ハンガリーの民話や文学、歴史を基とした作品群のプロデューサーも兼任していました。装飾的アニメーションがパンノーニア映画スタジオの明確な、しかし支配的ではなかった傾向であった一方で、Kecskemétfilmではこういった作品こそが支配的な流行なのでした(これが2つのスタジオの大きな違いです)

もう1つの要素はパンノーニアにおける"文化的政治"に拠るものです。何故なら――これはGiannalberto Bendazzi ジャンナルベルト・ベンダッツィがアニメーション映画史にまつわる長大な本で言及していますが――ハンガリーにおいてアニメーション映画は大衆向けと芸術性指向の作品の間で繊細なバランスを取っていた訳です(言い換えればパンノーニア映画スタジオはDargay Attilaの興行的に大いに成功した古典の長編映画と、Kovásznai GyörgyReisenbüchler Sándorの過激なまでに実験的でオフビートな短編映画を同時に制作していました)同じような傾向はKecskemétfilmのレパートリーにも見られますし、実際このスタジオはとても人気で成功したアニメシリーズ(例えば先にもその重要性に言及した"Hungarian Folk Tales"、そして"Vízipók-csodapók""Mesék Mátyás királyról"などです)や、ファインアートや詩にとても近い実験的な作品の制作をサポートしていました。この繊細なバランスは皆が観ることができます。Kecskemétfilmの作品のほとんどはYoutubeのチャンネルで観ることができます。より多くの観客に開かれたシリーズや映画はここから観られますし、実験映画についてはこちらから観られます。

基本的に、私の2冊目の本はKecskemétfilmのこれらの傾向を地図化しながら、一方でアニメシリーズに焦点を当て、他方では短編映画に焦点を当てています。取りあげたのはHorváth Mária ホルヴァート・マーリアVarga Szilágyi ZoltánNeuberger Gizella ノイバーガー・ジゼッラUlrich Gábor ウルリック・ガーボルらです。もちろんこの本は組織のクロニクルから始まり、経済的、技術的、政治的、社会的な状況がこのスタジオの生にどんな影響を与えたかを綴っています。

最後にこの本には個人的な側面も刻まれています。何故なら研究自体が前よりもより個人的なものだったからです。私はケチュケーメトで生まれ育ちました。今でもここに住んでおり、子供時代にこのスタジオと縁があったことは驚くに値しないでしょう。私は1999年に先述のKAFFで学生審査員として参加しており、おそらくこの時にこそ初めてアニメーションの世界がいかに豊穣かに驚かされたんです。次の年、私はKecskemétfilmの最も重要なメンバーであるSzoboszlay Péter ソボスライ・ペーテルと知り合いになりました。実際彼は1960年代におけるハンガリー・アニメーションの"新しい波"に属しており、彼は個人的な短編映画を再構築した若い映画作家の一人としての評価を確立していました(同じような人物としてJankovics MarcellKovásznai GyörgyRichly Zsolt、Gémes József、Reisenbüchler Sándorといった人物が挙げられます)1960年代から1970年代の間にブカレストで彼は"Sós lötty"("塩味のスープ")や"Rend a házban"("家の中の秩序")、"Hé, Te!"("よお、お前!")といった傑作を作りました。彼は1980年代にケチュケーメトに移住し、そこでMikulásからスタジオに参加しないかと誘われた訳です。そこからこの地に住み続けているのですが、ここでも映画を製作しています。例えば社会誌学的で叙情的な"Hogyan kerül Eszter az asztalra?"("エステルはどうやってテーブルに乗ったのか?")などです。2000年から2018年までSzoboszlay Péterは監督であると同時に、10歳から16歳までの子供たちにアニメーション制作を教える特別なクラスの教師を務めていました。このクラスの名前は"Képről Képre"、ハンガリー語で"フレームごとに"という意味で、アニメーション映画の一般に不可欠な特徴を示しています。そして2年間(2000年代の初期ですね)私はそのメンバーでもありました。ここがアニメーション映画という芸術の魅力的世界に関する基本的知識の源である訳です。故にこういった背景もあってケチュケメートで作られたアニメーションに関する本を書くのは、私にとって不可欠だったんです(運命だったのかもしれません)ハンガリー芸術アカデミー(Magyar Művészeti Akadémia)のサポートで、2017年から研究と執筆を始め、2年かかって本を刊行しました。願わくばハンガリー・アニメーションに関するこのシリーズを"三部作"としたいです。3冊目は何人かの映画監督のフィルモグラフィに関するものになるでしょう。そして再びハンガリー芸術アカデミーの助成を得て、ここ30年で頭角を現した現代のハンガリー・アニメーション作家にまつわる新しい本の研究を始めました。

この本がどんな評価を受けたかですが、これは実際デリケートな問題です。何故ならハンガリー・アニメーション(それにまつわる本も含めですが)の批評的・理論的評価は層が厚いとは特に言えないからです。言い換えさせてください。私が思うに映画批評への注目や特にハンガリーにおける映画批評は基本的に実写映画とドキュメンタリー映画(ある程度まで)に焦点が当たっており、アニメーション映画は映画を考察するにあたっては比較的無視されているんです。もちろんこれは賞を獲得した短編映画(有難いことに最近はとても多いです)などへの批評的反応がないことを意味はしません。プレスがその役割を果たしていますからね。しかしアニメーションへの珍しい理論的研究が一般にアニメーション、特にハンガリー・アニメーションについて考察することに影響を与えているかは定かではありません。私が観察するに、最低でも科学的分野(例えば大学の映画研究部門などです)においてアニメーション映画は何故だか"不可視の"存在なんです。

こういった状況を鑑みるに、私はの本は間違いなくある程度の注目を受けましたが(特に2冊目の方は)、今ハンガリー・アニメーションに関する議論においてその影響を図るのは難しいです(あるとしてですが)強調したいのはシステム的にハンガリー・アニメーションを研究している人物は数えるほどしかいないということです(それは研究的なアプローチに限りません)何よりもまず言及するべきはTóth M. Éva トート・M・エーヴァOrosz Ida Anna オロス・イダ・アンナの存在です。Tóthはアニメーション監督として活動するとともに、教師として幾つものエッセーやハンガリー・アニメーションに関する著作を発表しています(特に監督に着目したものです)彼女はハンガリー・アニメーションの巨匠にまつわるTVドキュメンタリーも制作しています。Oroszは国立映画センター(Nemzeti Filmintézet)に所属しており、ここでハンガリー・アニメーションの研究をしているのですが、ここ数年はハンガリー・アニメーションの歴史的作品の数々を修復したり、DVDを発売するなどしています。5年前Herczeg Zsófi ヘルツェグ・ジョーフィDot&Line(この名前はチャック・ジョーンズの傑作から取られています)という素晴らしいブログを設立し、形態や長さ、制作年に関わらず特にアニメーションを取り上げています。Bitter Iványi Brigitta ビッテル・イヴァーニ・ブリジッタKovásznai Györgyに関する文章は忘れられた作品群に注目を向けるに重要な歩みとなっています(本は10年前に刊行されました)Gerencsér Péter ゲレンチェール・ペーテルは同じくハンガリー・アニメーションの過去を研究する人物であり、他の国でアニメーション制作を行うハンガリー人移民たちに焦点を当てています(例えばPal George パル・ジョルジェ、Halas John ハラシュ・ジョン、Image Jean イマジェ・ジャン、Engel Jules エンゲル・ユレシュ、Földes Peter フェルデシュ・ペテルらです)似たように、2011年にはOrosz Márton オロス・マールトンが世界中でアニメーションを作るハンガリー人作家たちのキャリアを地図化する、とても洞察深いブックレットを刊行しました。

私が言及した人物たちは2000年代以降からハンガリー・アニメーションの研究を始めた人物たちです。しかしながらその前の時代においてはシステムとしてのハンガリー・アニメーションを研究していた人物はとても多かったんです。もしDizseri Eszter ディセリ・エステルLendvai Erzsébet レンドヴァイ・エルセーベト、Féjja Sándor フェーヤ・シャーンドル、Kelemen Tibor ケレメン・ティボル、Antal István アンタル・イシュトヴァーンといった人物たち――これでも少ないくらいです――が残してくれたエッセーやインタビュー、著作などがなければ、私たちの仕事は随分違うものとなっていたことでしょう。

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Vargaさんの著作写真。彼が黒い手袋を着けているのは、ダリオ・アルジェントなどのジャーロ映画が好きだからだそうです。

David Pérez Sañudo&"Ane"/バスク、激動の歴史と母娘の運命

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2018年にバスク自由と祖国(ETA)が解散宣言を行ったことは記憶に新しい。しかしそれがバスク紛争の終りを告げたかと言えばそうではないし、人々の心には未だ過去が憑りついている。それはバスクの芸術家たちがこの長きに渡る紛争の時代を描き続けていることからも明らかだろう。今回紹介するのはそんな激動のバスク現代史をある親子の視点から描きだす作品、 David Pérez Sañudo監督の長編デビュー作"Ane"だ。

舞台は2009年、リデ(Patricia López Arnaiz)は夜の駅を見回る警備員として働きながら、娘のアネ(Jone Laspiur)を育てる日々を送っていた。バスク独立の機運が高まり、デモ活動が激しくなる頃、夜勤から帰ってきたリデは家にアネが居ないことに気づく。最初は気にしていなかったが不在の時間が長くなるにつれ、リデの心に不安が巣食いだす。そしてそれが限界に達した頃、彼女はアネを探し始める。

そしてこの娘探しの過程で、リデはアネの隠された側面を知ることになる。アネは学校で問題を起こすに留まらず、同級生からお金を借りていたというのだ。さらに今は離れて暮らす夫のフェルナンドに、アネは自身が政治活動を行う団体に入ったことを話していたのに、リデには秘密にしていたことを知ることになる。リデは心配と同時に、アネへの不信を深めていく。

今作はスリラー映画として理想的な小気味良さとともに展開していく。リデたちはあらゆる場所で口論を繰り広げ、それ故に大量に流れていく言葉の数々は激流さながら私たちの鼓膜へ衝突していく。これを軽快に捌いていくのがLluís Muruaによる編集だ。彼はその手腕で物語をタイトなものにしていき、私たちをスリリングな捜索譚の核へと誘っていくのだ。

更に明らかになるのは、アネの所属する政治組織が予想以上に過激なものであるかもしれないことだった。彼女はこの団体で破壊活動を行っている可能性があるのだ。その裏側には彼女を組織に引きこんだ恋人の存在があるという。そんな真相を探求するうち、アネは歴史の闇へと足を踏み入れることになる。ここにおいてSañudo監督とMarina Parésによる脚本で頗る巧みなのは、バスクの不安定な情勢が1人の少女の隠された人生に密接に絡みあう点だ。ミクロとマクロが交錯することで、スリルは増幅していくのだ。

が、予想に反してアネはリデの元へと帰ってくることになる。リデはそれに安堵する一方で、アネは失踪していた理由を曖昧な言葉で濁そうとする。そして実際にはここからこそが物語の本領であると言えるだろう。私たちが目撃するのは親世代と子世代の価値観がいかに断絶を果たしているかということだ。母は娘を心配しながらその節々に親としての傲慢を露にし、娘をそれを忌避して無鉄砲なまでに混沌へと飛びこんでいく。ここにある互いの理解し難さは酷く痛切なものでありうる。

これを支えるのがリデとアネという母娘を演じるPatricia López ArnáizJone Laspiurの存在感だ。再会の後、彼女たちの視線は重なりあうかと思えば、冷ややかに離れていく。そして無理解が互いの心を傷つける時、2人の唇からは激しい言葉の数々が放たれることになる。監督はこの母と娘の熾烈な激突を、バスク現代史の熾烈さに重ねていき、物語は思わぬ展開を迎える。

"Ane"において、激動のバスク現代史は1人の少女の、1人の女性の、1つの親子の人生に重なっていく。その様は正に"The personal is political"の精神の極みであり、歴史と個人が巧みに重なり生まれる力強さに心打たれる。この運命こそが、今の私たちが目撃すべきものなのだ。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その401 Jodie Mack&"The Grand Bizarre"/極彩色とともに旅をする
その402 Asli Özge&"Auf einmal"/悍ましき男性性の行く末
その403 Luciana Mazeto&"Irmã"/姉と妹、世界の果てで
その404 Savaş Cevi&"Kopfplatzen"/私の生が誰かを傷つける時
その405 Ismet Sijarina&"Nëntor i ftohtë"/コソボに生きる、この苦難
その406 Lachezar Avramov&"A Picture with Yuki"/交わる日本とブルガリア
その407 Martin Turk&"Ne pozabi dihati"/この切なさに、息をするのを忘れないように
その408 Isabel Sandoval&"Lingua Franca"/アメリカ、希望とも絶望ともつかぬ場所
その409 Nicolás Pereda&"Fauna"/2つの物語が重なりあって
その410 Oliver Hermanus&"Moffie"/南アフリカ、その寂しげな視線
その411 ロカルノ2020、Neo Soraと平井敦士
その412 Octav Chelaru&"Statul paralel"/ルーマニア、何者かになるために
その413 Shahram Mokri&"Careless Crime"/イラン、炎上するスクリーンに
その414 Ahmad Bahrami&"The Wasteland"/イラン、変わらぬものなど何もない
その415 Azra Deniz Okyay&"Hayaletler"/イスタンブール、不安と戦う者たち
その416 Adilkhan Yerzhanov&"Yellow Cat"/カザフスタン、映画へのこの愛
その417 Hilal Baydarov&"Səpələnmiş ölümlər arasında"/映画の2020年代が幕を開ける
その418 Ru Hasanov&"The Island Within"/アゼルバイジャン、心の彷徨い
その419 More Raça&"Galaktika E Andromedës"/コソボに生きることの深き苦難
その420 Visar Morina&"Exil"/コソボ移民たちの、この受難を
その421 「半沢直樹」 とマスード・キミアイ、そして白色革命の時代
その422 Desiree Akhavan&"The Bisexual"/バイセクシャルととして生きるということ
その423 Nora Martirosyan&"Si le vent tombe"/ナゴルノ・カラバフ、私たちの生きる場所
その424 Horvát Lili&"Felkészülés meghatározatlan ideig tartó együttlétre"/一目見たことの激情と残酷
その425 Ameen Nayfeh&"200 Meters"/パレスチナ、200mという大いなる隔たり
その426 Esther Rots&"Retrospekt"/女と女、運命的な相互不理解
その427 Pavol Pekarčík&"Hluché dni"/スロヴァキア、ロマたちの日々
その428 Anna Cazenave Cambet&"De l'or pour les chiens"/夏の旅、人を愛することを知る

Anna Cazenave Cambet&"De l'or pour les chiens"/夏の旅、人を愛することを知る

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"De l'or pour les chiens"の始まりはいささか、いやかなり軽薄なものだ。制作会社のロゴが出る時点で男女の喘ぎ声が聞こえ、予想通りファーストショットから彼らが砂浜でセックスをする場面が映しだされる。カメラはある程度離れているが、女性の乳房が揺れるのが見えるほどには露骨なものである。私はこの時点で今作はただ煽情的なだけの映画ではないかと思えた。

が、セックスが終り男性側がゴムを外す(彼はこちらに背を向けているが、音で分かる)という場面が現れた時、その予想は覆されるのではないかと思った。映画においてコンドームはセックスの親密な雰囲気を崩す忌まわしき存在として無視されることが多いが、その中で敢えてゴムを着けたり外したりする場面を描く映画作家は、性に対して、いや生そのものに対して誠実な作家だと私は確信している(例えばアラン・ギロディジョー・スワンバーグがそうだ)ここでも私はこの監督が誠実なる映画作家だと早々確信した訳であるが、この思いは予想以上の喜びへと結実した。Anna Cazenave Cambet監督の長編デビュー作"De l'or pour les chiens"は正に2020年を代表する傑作として寿がれるべき1作だ。

今作の主人公は18歳になったばかりのエステル(Talullah Cassavetti)という少女だ。彼女はどこにも居場所を見出せず、あるバカンス地で無為な時間を過ごしていたが、ジャンという少年と会い、恋人同士のような関係になる。しかし夏が終り、彼はパリへ帰ることになる。エステルは彼への恋慕が抑えられず、自身もパリへ行くことを決意する。

そうして始まる旅路において、エステルは自身の性を見据えざるを得なくなる。暇を持て余して参加したパーティでは、不本意な形で少年とセックスせざるを得なくなる。実家に帰れば最初は母親に歓迎されるも、彼女の恋人と話していると"あんたは私の恋人を誘惑してる!"とブチ切れられ、実家を出ていかざるを得なくなる。彼女の若さと性は狡賢い男性たちに搾取されながら、母親にすらそれを疎まれる。この光景は社会がいかに若い女性を手酷く扱うかの証左だ。そして未だ幼いエステルはこれを拒否する手立てを持ってはいない故に、状況に流されるしかないのだ。

このエステルの深い孤独が反映された旅路を観ながら、私はアニエス・ヴァルダ「冬の旅」を思いだしていた。自分の居場所を見つけることができない少女の終りなき彷徨、この独りきりの歩みがエステルの姿に重なっていくのだ。あちらが「冬の旅」なら、こちらは「夏の旅」と呼ぶこともできるだろう。

そして例えパリに着いたとしても辛さは終ることがない。何とかジャンの家に辿りついたはいいが、彼はエステルを拒否し、無慈悲にバーに捨て置くのだ。さらに当てどなく街を歩くうち、エステルはホームレスに荷物を強奪され、バカンス地から持ってきた思い出の砂を奪われてしまう。心も身体も傷ついたエステルを、しかし助ける者は何処にもいないように思われる。

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ここで興味深いのはエステルを取り巻く男性たちを描く監督の筆致である。今作には様々なクソ野郎が現れ、様々な形でエステルを抑圧していく。エステルを旅行先のセックス相手としか思っていないジャン、言葉巧みに彼女を誘導しセックスに持ちこむ名もなき青年など彼らの胸糞悪さは相当なものだ。だがある時、エステルは閉店間際のバーに迷いこみ、そこを経営する移民の中年男性に酒を奢ってもらう。彼の優しさに触れたエステルは"私にキスしてもいいよ"と思わぬことを呟く。彼女は性的な行為を以てしか男性との繋がりを持てないことを象徴するような言葉だ。それでも男性はぎこちなく、軽くキスをするだけなので、エステルは狼狽しながらバーを出ていく。監督の男性描写は容赦ない時もあれば、驚くほどの優しさに溢れている時がある。この男性の本質を怜悧に見据えるような真摯さは今後の描写にも繋がっていくことになる。

エステルが最後に辿りついた場所はモンパルナスの修道院だった。追い返されるかと思いきや、尼僧たちは何も言わずにエステルを受け入れ、泊まれる場所を用意してくれる。ここから思わぬ形で修道院生活が始まるのだが、尼僧たちは別にエステルに神へ仕えろと要求することもない。彼女を縛るものは何も存在せず、故に彼女は今までにない自由を感じることになる。

驚くべきことに、ここからは男性が全くいなくなり、女性たちだけの世界が広がることになる。寡黙でありながら慈悲に溢れた尼僧たち、家族の伝統として送られてきたという同世代の少女。彼女たちと交流を続けることで、エステルの心は少しずつ癒されていく。そんなある日、彼女は沈黙の誓いを立て2年間1度も喋ったことがないという若い尼僧(Ana Neborac)の姿を目撃する。彼女を何度も目にするうち、エステルの中に不思議な感情が現れる。

前半において今作は男性に性を搾取される女性を描いている故に、否定しがたいほどにヘテロ的な価値観を見据えた作品となっていた。だがあれほどヘテロ的だった映画が、後半においては女性同士の結びつきを描きだすクィア的作品として変貌することになる。修道院という女性だけの場所で、エステルは初めて自己をケアする方法やを知ることになる。そして沈黙の尼僧への思いを通じて、肉体的ではなく精神的な愛の存在を知るのだ。しかし監督はこの愛を簡単に成就させることはない、むしろ真逆だ。彼女は2人の少女の中にある愛の、崇高なまでに絶望的な食い違いを描きだす。そしてその中にこそある噎せ返るほどの官能性を捉えんとする。ラスト10分における壮絶な官能性はそれだけで「燃ゆる女の肖像」全体を凌駕するような峻厳さを纏っているのだ。

今作のように少女の性の目覚めを描きだす作品は欠伸が出るほどに多いだろう。だが"De l'or pour les chiens"は他の映画が持つことのできなかったドラスティックさを持ちあわせている。肉体的なエロティシズムと精神的な官能性、ヘテロ的な愛のしがらみとクィア的な禁欲と峻厳の絆、1つの映画でこの極を行きかう様には脱帽という他ない。全く、フランス映画界から凄まじい才能が現れたものである。今作は間違いなく2020年最高のデビュー長編の1本だ。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
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エストニア、駆け抜ける死と生~Interview with German Golub

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さて、このサイトでは2010年代に頭角を表し、華麗に映画界へと巣出っていった才能たちを何百人も紹介してきた(もし私の記事に親しんでいないなら、この済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!をぜひ読んで欲しい)だが今2010年代は終わりを迎え、2020年代が始まろうとしている。そんな時、私は思った。2020年代にはどんな未来の巨匠が現れるのだろう。その問いは新しいもの好きの私の脳みそを刺激する。2010年代のその先を一刻も早く知りたいとそう思ったのだ。

そんな私は、2010年代に作られた短編作品を多く見始めた。いまだ長編を作る前の、いわば大人になる前の雛のような映画作家の中に未来の巨匠は必ず存在すると思ったのだ。そして作品を観るうち、そんな彼らと今のうちから友人関係になれたらどれだけ素敵なことだろうと思いついた。私は観た短編の監督にFacebookを通じて感想メッセージを毎回送った。無視されるかと思いきや、多くの監督たちがメッセージに返信し、友達申請を受理してくれた。その中には、自国の名作について教えてくれたり、逆に日本の最新映画を教えて欲しいと言ってきた人物もいた。こうして何人かとはかなり親密な関係になった。そこである名案が舞い降りてきた。彼らにインタビューして、日本の皆に彼らの存在、そして彼らが作った映画の存在を伝えるのはどうだろう。そう思った瞬間、躊躇っていたら話は終わってしまうと、私は動き出した。つまり、この記事はその結果である。

今回インタビューしたのはエストニア映画作家German Golub ゲルマン・ゴルブだ。彼の短編作品"Minu kallid laibad"は、ひょんなことから死体の運搬人として働くことになった青年と彼の先輩仕事人の旅路を描いたコメディ作品だ。ここにおいて監督は無表情の複雑なユーモアを以て、人間の死と生を軽やかに描きだしていく。俳優たちの熱演も相まって今作は頗る面白い悲喜劇として仕上がっているのである。という訳で今回彼には今作の始まり、俳優たちとの共同作業、エストニア映画史のあれこれについてインタビューしてみた。それではどうぞ。

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済藤鉄腸(TS):まずどうして映画監督になろうと思いましたか? どうやってそれを成し遂げましたか?

ゲルマン・ゴルブ(GG):子供時代は多くの日々を私の故郷であるパルヌのMai kinoという映画館で過ごしていました。武骨な見た目をした古いソビエトの建物からはコンクリートと埃の匂いがしました。ビロードに包まれた緑色の椅子からは座り続けていると腰をやられるとそんな雰囲気もありましたね。私はいつだってあのスクリーンの向こう側に行きたい、どうすれば行けるのかと思っていたんです。これは詩的に聞こえるでしょうが、シンプルに言えば子供から大人に成長する際に"映画の魔術"が失われ始めたんです。その主な理由はスクリーンに映る人々がただの俳優で、ほとんどの映画がフェイクだと知ったからです。しかしこの知識によって映画がどのように作られるのか知りたくなりました。ロシア文化、テクノロジーについての本やディスカバリーチャンネルは膨らんでいく映画製作への興味と並び立つような、世界に対する奇妙で実用主義的な視点を育んでくれました。物語から音響、編集まで全てが知りたかった。別に監督になりたいと際立って思っていた訳ではありません。ただ何でもやりたかったんです。ある日、インターネットで同世代の人々と出会い、彼らが作ったハリウッド作品のような映画を観ました(今観ればそんなに良い作品と思えないでしょうが)その時思ったのは、彼らにできて何で私にできないのか?ということです。その後私はカメラを携え、友人たちとともに映画を作りました。映画製作を学んで数年後、私はタリンに行きタリン大学付属のバルト映画メディア学校(BFM)に入学しました。あらゆる分野を跨いだ共同作業を指揮するという意味で、監督業というのは論理的なものだと思いました。

TS:映画に興味を持ち始めた頃、どういった映画を観ていましたか? 当時のエストニアではどういった映画を観ることができましたか?

GG:観れるものなら全部観ていましたね。ソ連時代に作られたロシア映画(例えば「モスクワは涙を信じない」「イヴァーン・ヴィシーリエヴィチ、転職する」「幸運の紳士たち」など)や何本かのエストニア映画("Klass""Georg"など)、それからアメリカ映画、つまりはハリウッド映画(ヒーローもの、西部劇、映画館やTV、VHSで観れた全てです)などを観ていました。映画館で観たと最初から最後まで思い出せる初めての映画はスパイダーマン2で、映画や想像力の無限の力を経験しました。しかし本当の意味で映画の力を理解したのはそれでも夜は明けるを観た時でしょうね。それから先に言った通り、ディスカバリーチャンネルヒストリーチャンネルを延々と観ていたり、カートゥーンネットワークサムライ・ジャックエド エッド エディ」「デクスターズラボ」「おくびょうなカーレッジくんも観ていましたね。

TS:あなたの短編"Minu kallid laibad"の始まりは一体何でしょう? あなたの経験、エストニアのニュース、もしくは他の何かでしょうか?

GG:今作の始まりは複雑なものです。今作の制作は映画学校での4つ目にして最後のプロジェクトとして公式に立てられました。しかしこの"通過儀礼"をテーマとした作品が形を成すには長くかかりましたね。私と共同制作者である撮影監督のJuss Saska ユス・サスカは"本気を出して"作ることのできる可能な限りシンプルな映画というのはどういうものか、その可能性について議論していました、当時の技術や時間の余裕、物語の力を考慮しながらです。今作に同じく影響を与えたのは、私自身が死体を運搬する仕事を経験したことです。自伝的という訳ではありませんが、スクリーンにおいて信頼に足る表現を確立するため実際の経験からある要素を使いましたね。そして出来事が起こるロケーションにも影響を受けました。ソ連の支配によってできた文化的な複層性は田舎の風景というものを、物語やディテールという意味においてとても彩り豊かなものにしてくれたんです。

TS:まず感銘を受けたのはあなたが印象深く描きだす無表情のユーモアです。これはハリウッド映画を観て爆笑するという類のものではないですが、このセンスは観客を笑わせるとともに、生と死について真面目かつ滑稽に考えさせてくれます。今作を作るにあたり、どうしてこの類のユーモアを選んだのでしょう?

GG:この作品はいわゆる悲喜劇で、人生というのはこういうものだと思っています。何かを経験した時、それは困難で悲劇的なものに思われますが、一端それを"生き抜き"成長すると、この困難の時をよりポジティブに考えることができるでしょう。今作において私は会話自体でなく状況を動かそうと試みました。何故ならそれでこそこの映画が機能するからです。人々は自分が普通の状況にいると思いながら語り行動しますが、それでは全てがシンプルなものになってしまいます。それからオットーという登場人物は死を真の意味で理解している故に世界へよりオープンであれます。光がなければ影は存在しない、悲しみを経験したことがなければ幸せが何か知ることはできないと。オットーは死を知っている、そして自分が死にゆく存在だと知っている、だから毎日を最後の日として生きていくことができる訳です。エルキという登場人物はより若く、周りで何が起こるかを学ぼうとしています。そうすることで彼は人生の本当の価値を少しずつ知っていくんです。

TS:今作の最も魅力的な要素の1つは笑える上に複雑な2人の主人公の関係性です。いわゆるバディコメディの軽快なセンスを持ちながら、この関係性における人間的感情は映画が展開するにつれより深くなっていきます。そこで聞きたいのは、脚本執筆と撮影両方において、この関係性を描くに最も重要なことは何だったのかということです。

GG:興味深いことにErki Laur エルキ・ラウルは年上で経験ある俳優であり、Ruuben Joosua Palu ルーベン・ヨースア・パルは演技の学校で学ぶ新人です。故にスクリーンにおけるこの関係性は、この職業について熟知している者が次の世代に教えを授けるというものになっています。映画を通じて色とりどりで可笑しい物語が、より深く真面目なものになっていくというゆっくりとした過程があります。エルキは物事を学んでいくごとに、その本当の価値を理解していき、観客も同じように変わっていきます。この短さでは師でも生徒が必要とする全てを授けることはできませんが、それでも物事に対する態度だけは教えることができるでしょう。経験と技術は年を経ることで身に着けることができますが、その質というものは師から齎された態度にこそ由来するんです。

TS:聞きたいのはRuuben Joosua PaluErki Laurという2人の俳優についてです。彼らの化学反応はとても面白いもので、今作のユーモアをより魅力的なものにしています。この2人をどうやって見つけましたか? 今作において彼らと組もうと思った最大の理由は何でしょう?

GG:Erki Laurはプロの、いわゆるメソッド俳優で、彼のディテールへの貢献は相当なものであり、演じる登場人物たちはとても深く細やかにスクリーンに現れます。それによって私たちはその人物が生まれてからの人生、例えば何を食べているか、どう生きているか、何者であるのか、祖父母はどういった人物なのかといった歴史を組み立てていけるんです。今作の前に組んだ"Wild Justice"という作品で彼は180°違った人物を演じており、今作の脚本を書いた後に彼に読んでもらおうとそれを送ったんです。その後彼にこそこの役を演じて欲しいと思いました。彼と役の間に見事な火花が散るのを感じたからです。

Ruubenに関してですが、役の組み立て方は先と同じでした。しかしキャスティングの行程は違いました。彼の所属するヴィリャンディ文化アカデミーと私の母校BFMは共同で映画製作を行っていたので、私たちは前から顔見知りでした。今作を作るにあたり、この役には主人公と同じような立場にある人物が使いたいと思っていました。母親と自身のきょうだいを養うため、早いうちから大人にならなければならなかった少年といった風です。Ruubenは家族をケアすることの意味を真に理解しており、ゆえに彼の感情の発露は登場人物の書き込みやスクリーンに直接反映されています。

TS:今作は死体の運搬人についての映画であり、避けがたく多くの死が描かれます。あなたはその死をとても繊細に、勇気ある形で描いていますね。だからこそ私たち観客は死とその影響について深く慎重に考えることができます。そこで聞きたいのはこの死という概念と対峙するにあたって、最も重要なことは何であったかということです。

GG:今作は死者についての映画ではなく、未だ生きている生者についての映画であります。"通過儀礼"というコンセプトが脚本と映画自体に大きな影響を与えています。今作は誕生日から始まり、主人公がこの仕事を始めた時から、結婚式やその他の儀礼が描かれることになります。こんにち、こういった人生の節目に現れる儀式の数々は忘れ去られているか、深く商品化されてしまっています。今、私たちは死を目撃することは普通ないでしょう。病気の人々は多かれ少なかれ病院へ行き、亡くなり、その親類がお金を払い、葬式が始まります。故に昔と比べると死は隠されているか、和らげられてしまっています。死を見ることがなければ、私たちはそれを部分的に忘れてしまい、自分たちは不死だと思うようになります。ですから私たちは死をありのままの無として、神秘化することなしに見せようと試みたんです。それから、時代を越えてこの職業が人々に何を齎せるかを描きたかったんです。何故ならそれでこそ死体の運搬という職業を理解することができると思われたからです。

TS:エストニア映画界の現状はどういったものでしょう? 外側から見るとそれは良いように思われます。新しい才能が有名な映画祭に次々と現れているからです。例えばトライベッカのRainer Sarnet ライネル・サルネット、釜山のMoonika Simets モーニカ・シメッツ、カルロヴィ・ヴァリのPriit Pääsuke プリート・パースケなどです。しかし内側から見ると、現状はどのように見えますか?

GG:エストニア映画の現状は前よりは良いですが、それでもあるべきレベルにはないですね。この国の現金割引システムのおかげで、ドイツやフィンランドアメリカといった国から面白い仕事をもらうことができています。ここ最近で最も大きなプロジェクトはクリストファー・ノーラン「テネット」で、基本的にエストニア映画界の殆どの人材が撮影に参加しました。これらのプロジェクトは素晴らしく、世界レベルの強力な技術スタッフの育成にも繋がります。問題はエストニア映画エストニアで作られないことです。10本もないんです。この面から言って、多くの芸術家たちは生きるために、外国の映画界で働くという選択肢を取らざるを得ないんです。思うにそれは政府のサポートがあるべき大きさではないから、それはエストニア政府の演劇へのサポートと比べてもです。エストニア建国100周年のプログラムは映画界に潤沢な予算を与えてくれて、多くの質の高い作品、例えばMoonika Siimets"Seltsimees laps"Tanel Toom タネル・トオム"Tõde ja õigus"といった作品が作られました。ですから最低でも政府は毎年サポートの質を上げてくれてはいますね。私の意見としてエストニアはより多くの映画を作ろうと努力していると思います。それでも映画作家たちや制作会社の置かれた状況は不均衡で、過去には十分に融資を受けることすらできませんでした。いわゆる"ビジネス目的"の映画に関するサポート施設からもです。しかし全体として見れば、毎日状況は良くなっており、創造的なインプット、それからおそらくより大きなアウトプットに関する多くの可能性が開かれるようになっています。私たちと私たちの映画は変わってきているんです。

おそらく今が"エストニアの新たなる波"の時代なんです。

TS:もしシネフィルがエストニア映画史について知りたいと思った時、どの映画を観るべきでしょう? その理由もぜひ知りたいです。

GG:Moonika Siimets"Seltsimees laps"Tanel Toom"Tõde ja õigus"は観るべき新作映画ですね。Tanelの作品は極めて簡潔にエストニアという国を見せてくれるでしょう。本当に良く作られているので、青臭い不倫から苦い老いまで大いに異なる視点から人生を生きさせてくれたという感覚を味わわせてくれるでしょう。今作はA.H. Tammsaare A・H・タッムサアレの作品を原作としており、故に巧みに再構築された19世紀という世界で繰り広げられる興味深い出来事やドラマを堪能することができます。一方でMoonikaの作品はとても感情的な作品で、第2次世界大戦後にエストニア人の生き方にどれほどソ連の影響があったかを知ることができます。今作は1人の少女の視点から描かれており、それがあなたの心に思いを残していくでしょう。

より古い映画だと、お勧めしたいのは Veiko Õunpuu ヴェイコ・オウンプー"Sügispall"Sulev Keedus スレフ・ケエドゥス"Somnambul"ですね。現代の古典映画と言える作品です。それから90年代の狂気を描いた作品として"Tallinn in Darkness"も勧めますね。さらにソ連時代の巨匠たち、Peeter Simm ペエテル・シム"Ideaalmaastik"Grigori Kromanov グリゴリ・クロマノフ"Hukkunud Alpinisti hotel""Viime reliikvia"Kaljo Kiisk カリョ・キイスク"Keskpäevane praam""Vallatud Kurvid""Hullumeelsus"などなど挙げればキリがないですね。

TS:もし1本だけ好きなエストニア映画を選ぶなら、どの映画を選びますか? その理由もお聞きしたいです。何か個人的な思い出がありますか?

GG:映画の間に線を引くのはいつだって難しいことです。その日のムードにも拠りますからね。私も日々変わるのである映画が良く思える時があれば、違う映画が好きな映画に変わる時もあります。個人的な思い出という意味では、私はロシア文化とより密接に育ったので、子供時代にはエストニア映画に時間を割くことがあまりなかったんです。10代になってから、学校でエストニア映画を観ることになったんですが、それが有名な歌手であるGeorg Otsオルグ・オッツを描いた作品、Peter Simm"Georg"でした。その時、こんな映画をエストニア人が作るなんて無理だと思ったのを覚えています。エストニア映画が面白い訳がないという考えが人々の間にはあって、それは今でも根強く残っています。それでも状況は変わっていて、エストニアの観客も変わっていっている訳です。

TS:何か新しい短編、もしくは長編を作る予定はありますか? もしそうならぜひ読者に教えてください。

GG:はい、今現在私とMehis Pihla メヒス・ピーラエストニア映画協会とFilmivabrikのサポートを受けて、Erika Salumäe エリカ・サルマエという人物の伝記映画の脚本を書いています。彼女は自転車競技のオリンピック選手で80年代初めから90年代後半まで活躍していました。2度の金メダルに輝きながら、シミ1つない鉄よりもハードな人生を送りました。それから政治風刺劇の計画も準備しています。今作は善良な政治家が雑に計画された陰謀によってエストニアに迷いこむといった作品です。人生というものは常に何かしら運んでくれるものです、ここで言えるのは可能な限り一生懸命に働き、何が起こるか確かめてみようということですね。

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Pavol Pekarčík&"Hluché dni"/スロヴァキア、ロマたちの日々

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東欧文化を語るうえでロマの存在は欠かせないだろう。東欧の人々は彼らの存在を否定する(私はルーマニア人と話すことが多いが、その傾向が多く見られる。"彼らはルーマニア人ではない"と)が、ロマの人々は確かに生きていて、独自の文化を築いている。最近注目しているのはAlina Serbanという人物だ。彼女はルーマニア生まれのロマ人だが俳優、劇作家、映画監督としてルーマニアのみならずイギリスやベルギー、ドイツでも活躍している。そして彼女は自身がロマだが、ロマでない人々にも誠実に彼らに寄り添い、共に映画を作りあげる人物がいる。今回はスロヴァキアから現れたそんな1作、 Pavol Pekarčík監督作"Hluché dni"を紹介しよう。

今作で描かれるのはスロヴェニアに生きるロマの人々を主人公とした4つの物語だ。サンドラ(Sandra Siváková)という少女はサッカーとロナウジーニョが大好きだ。しかし彼女に残酷な運命が降りかかる。マリアン(Marián Hlaváč)はジャン・クロード・ヴァン・ダムが憧れで、将来は電車の運転手になりたいと思っている。だが耳が聞こえない故に家族から疎まれていた。アレナとレネ(Alena Červeňáková&René Červeňák)のカップルはもうすぐで第1子を迎えるのだけども、その子供が自分たちと同じように耳が聞こえない状態で生まれるのではないか?と心配している。そしてロマン(Roman Balog)と彼の家族はちゃんとしたリビングとトイレが欲しいという細やかな願いを持っている。

Pekarčík監督の演出は静謐のリアリズムを指向している。彼は頗る誠実な視線によって日常を紡がんとする。故に画面に浮かびあがる空気感は親密なまでに生々しいものであり、観客は登場人物1人1人の息遣いをもその耳に感じることになるだろう。

そこにおけるPekarčík自身とOto Vojtičkoが担当する撮影の効果は絶大なものだ。サンドラやマリアンたちが生きている日常の光景、そこに現れる小さな苦悩や幸福を見逃すまいと、彼は常に不動の集中力を以て目睫を見据え続けている。その集中力は私たちの没入をも誘うほどに深いものだ。

ここで私たちは登場人物たちが味わう日常の中の喜びを追体験することになるだろう。彼らが紡ぎだす何気ない会話と笑いの数々、ガラクタを運び、時にバランスを崩して大声を出し、最後には大爆笑を響かせる兄弟の姿。そこには日常の中にこそ存在するだろう多幸感というものが滲んでいるのだ。

しかしこの幸福は残酷なる貧困と隣り合わせだ。例えばサンドラは子供らしくただサッカーで遊んでいたいだけだが、貧困の末に父親は彼女を年上の男性に売り渡し、強制的に結婚させる。手前の部屋ではサッカーボールを投げて遊ぶサンドラ、奥の部屋では契約といった風に話を進めていく父親と中年男性。そして中年男性は言うのだ。"お義父さん、未来に乾杯!"と。この痛ましい構図には、残酷な貧困が壮絶な形で表れている。

こうしてPekarčíkによって綴られるロマの日常では喜びと残酷が残酷している。彼はこれに関して何か自身の思いや考えを提示することはない。ただただ、その光景を真っ直ぐ見据えるだけだ。そこに余計なものが介在しないからこそ、私は日常に対して自由に思いを馳せることができるのだ。

そして4つの物語にはある共通点がある。それは登場人物として耳の聞こえない人物が出るということだ。故に劇中には声以外にも、身振り手振りで意思疎通を行ったり、手話という言葉で交流をしたりする場面が多く描かれる。私たちはここにおいてロマの聾唖コミュニティに所属する人々の言葉と出会うことになるのである。

ここで安堵させられるのは、描かれるスロヴァキア手話にキチンと字幕が付いていることである。例えばウクライナの聾唖学校を舞台とした「ザ・トライブ」は登場人物たちの手話に一切字幕を付けないことが売りになっていたが、彼らの言葉に字幕を付けないことは聾唖者に対し誠実ではないのではないかと鼻白んだ覚えがある。しかしPekarčíkはキチンと字幕を付けているのだ("いや、それが普通だろ"という思う方もいるだろうが)

"Hluché dni"は東欧、特にスロヴァキアに生きるロマたちの日常を虚飾なくありのまま描きだす作品だ。それは素朴で誠実なヒューマニズムに支えられており、それが観客を魅了するのだ。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その401 Jodie Mack&"The Grand Bizarre"/極彩色とともに旅をする
その402 Asli Özge&"Auf einmal"/悍ましき男性性の行く末
その403 Luciana Mazeto&"Irmã"/姉と妹、世界の果てで
その404 Savaş Cevi&"Kopfplatzen"/私の生が誰かを傷つける時
その405 Ismet Sijarina&"Nëntor i ftohtë"/コソボに生きる、この苦難
その406 Lachezar Avramov&"A Picture with Yuki"/交わる日本とブルガリア
その407 Martin Turk&"Ne pozabi dihati"/この切なさに、息をするのを忘れないように
その408 Isabel Sandoval&"Lingua Franca"/アメリカ、希望とも絶望ともつかぬ場所
その409 Nicolás Pereda&"Fauna"/2つの物語が重なりあって
その410 Oliver Hermanus&"Moffie"/南アフリカ、その寂しげな視線
その411 ロカルノ2020、Neo Soraと平井敦士
その412 Octav Chelaru&"Statul paralel"/ルーマニア、何者かになるために
その413 Shahram Mokri&"Careless Crime"/イラン、炎上するスクリーンに
その414 Ahmad Bahrami&"The Wasteland"/イラン、変わらぬものなど何もない
その415 Azra Deniz Okyay&"Hayaletler"/イスタンブール、不安と戦う者たち
その416 Adilkhan Yerzhanov&"Yellow Cat"/カザフスタン、映画へのこの愛
その417 Hilal Baydarov&"Səpələnmiş ölümlər arasında"/映画の2020年代が幕を開ける
その418 Ru Hasanov&"The Island Within"/アゼルバイジャン、心の彷徨い
その419 More Raça&"Galaktika E Andromedës"/コソボに生きることの深き苦難
その420 Visar Morina&"Exil"/コソボ移民たちの、この受難を
その421 「半沢直樹」 とマスード・キミアイ、そして白色革命の時代
その422 Desiree Akhavan&"The Bisexual"/バイセクシャルととして生きるということ
その423 Nora Martirosyan&"Si le vent tombe"/ナゴルノ・カラバフ、私たちの生きる場所
その424 Horvát Lili&"Felkészülés meghatározatlan ideig tartó együttlétre"/一目見たことの激情と残酷
その425 Ameen Nayfeh&"200 Meters"/パレスチナ、200mという大いなる隔たり
その426 Esther Rots&"Retrospekt"/女と女、運命的な相互不理解
その427 Pavol Pekarčík&"Hluché dni"/スロヴァキア、ロマたちの日々

Esther Rots&"Retrospekt"/女と女、運命的な相互不理解

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ゼロ年代も終りに近づいた2009年、1つの映画がオランダ映画界に激震を巻き起こした。それが新人監督Esther Rotsによるデビュー長編"Kan door huid heen"だった。精神的激動に見舞われた女性が救いを求める姿を描きだした本作は、オランダ最大の映画祭ロッテルダムでプレミア上映され、話題を掻っ攫うことになる。もちろん彼女には多大な期待が寄せられることとなるが、TV用の短編映画を1本残したきり彼女は沈黙を続けることになる。しかし9年後の2018年、彼は満を持しての第2長編を完成させ、オランダひいてはトロントやベルリンなど有名映画祭をも湧かせることとなる。その1作こそが"Retrospekt"だった。

今作の主人公であるメッテ(Circé Lethem)は夫であるシモン(Martijn van der Veen)とともに幸せな暮らしを送っていた。そして第2子ももうすぐで出産予定であり、この幸福は更に深まるかと思われた。しかし彼女の心には筆舌に尽くし難い不満が渦巻いており、彼女自身この感情とどう対面すればいいのか分からなかった。

まずRots監督はメッテの日常を描きだすのだが、その節々にはこの社会で女性が生きることの苦難が反映されている。ある時、メッテは服屋へと赴くのだが、そこで恋人らしき男性に罵倒の言葉を投げかけられる女性を見かける。メッテは彼女を助けようとするのだが、激高した男性のターゲットとなり、猛烈な罵詈雑言から命の危険すらも感じることになってしまう。メッテは恐怖に怯え、女性たちの苦難をまざまざと再認識することになる。

と思うと、物語は飛躍を遂げる。気がつくとメッテは病院に収監されている。歩行と言語に明らかな障害を抱えた彼女は、顔に残った無数の傷跡から何らかの凄まじい暴力に見舞われたと伺える。表情には濃厚なる絶望が刻まれており、同室の同じように障害を抱えたクラース(Teun Luijkx)らにも心を開こうとはしない。時おり面会にやってくるシモンには猶更だ。一体メッテの身に何が起こったというのか?

今作はこの2つの時間軸を行きかいながら展開していく。出産後メッテは子育てをしながら、DV被害者のサポートという仕事に就く。そこで彼女はミレル(Lien Wildemeersch)という若いDV被害者と出会い、彼女をサポートするようになる。一方で病院のメッテは日が経つごとに絶望を深め、身体も癒されることがない。救済への道が見えないまま、彼女は独りの内的世界へと堕ちていく。

まず巧みなのはRots監督自身が手掛ける脚本だ。まず2つの時間軸におけるメッテの変貌ぶりに驚かされた後に、物語は全く隔たったメッテの心理模様を描きだしていき、同時に隔たりに宿る謎をも見据えることになる。そしてこのともすれば混乱を巻き起こす脚本の大胆な飛躍を支えるのが、これもやはりRots自身が手掛ける編集だ。観客に媚びを売るような分かりやすさには至らぬスレスレで、この複雑さの交通整理を行い、更に物語をタイトにし、その緊迫感で観客の興味を勢いよく引っ張っていく。この連帯は監督・脚本・編集の全ての責任をRotsが負っている故の絶妙さであるのかもしれない。

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そして音楽と音響を同時に担当するDan Geesinの仕事も魅力的だ。冒頭から崇高なオペラの数々が流れ、時には滑稽なまでの誇張を以てメッテの心情が謳いあげられるのだが、それはギリシャ演劇のコロスを彷彿とさせるものだ。と同時に今作の劇伴は神経質さ極まるようなアンビエント音楽であり、聴く者の鼓膜を不愉快なまでに震わせる。そしてそれはメッテの抱く不安と共鳴するのだ。この劇的なまでに異なる極にある2つの音楽が"Retrospekt"を未知の境地へと高めていく。

シモンが出張で家を留守にしている間、メッテは自宅をシェルターとしてミレルに貸し、束の間共同生活を送ることになる。そんな親密さの中で、彼女たちは絆を深めていくのだったが、ミレルの恋人の不気味な影が2人の周囲に現れ、不穏なる雰囲気が邸宅に立ちこめることとなる。

ここにおいてRotsが描きだそうとするのは女性同士の関係性の複層性である。メッテはミレルを確かに助けようとするのだが、ミレルの態度は奇妙なものであり、彼への共依存的な愛を伺わせる煮え切らなさに彼女は翻弄されてしまう。そこでケアの精神と不信感が混ざりあい、先述したメッテ自身の不安と不満もまた深さを増していくのだ。そして1つの事件によりメッテのミレルへの不信は決定的なものとなる。

こうして記した通り、今作の主軸の1つはは1人のDV被害者と彼女を助けようとする主人公の関係性だ。しかし特に今いわゆるシスターフッドが殊に寿がれる中で、Rots監督は敢えて、同じく社会や男性に抑圧されようと分かり合えない女性と女性の関係性を見据えようとする。メッテは確かにミレルを助けようとするが、その行為は徐々に独善性を増していく。そういった感情が背景に存在するサポートは、DV被害者にとっても有難迷惑でしかないだろう。そんな女性同士の相互不理解をRotsは描きだしており、私はそこに彼女の真摯さを感じるのである。

そしてこういった要素の数々を束ねる存在がメッテを演じるCircé Lethemだ。彼女の顔に刻まれた深い皺の数々は、言葉にならない曖昧な感情と直面せざるを得ないメッテが抱く苦渋が反映されている。そしてこの苦渋はマグマのように煮えたぎっていき、彼女は良心やケアから逸脱した行為に打ってでてしまう。病院で見せる絶望はその末路なのか、それとも……Lethemはこの2つの隔たりを巧みに演じわけていく。

更に驚かされたのはこのCircé Lethemが、あのシャンタル・アケルマンの隠れた傑作ブリュッセル、60年代後半の少女のポートレートの主人公ミシェルだったということだ。17歳で今作に起用され、魅力的なまでに反抗的な少女を演じた彼女だが、この後にも俳優を続け、故郷のベルギー含めフランスやオランダを股にかけ活動を行っていたが、27年後彼女ははベルギー人ながらオランダ映画でも主役を張る名俳優へと成長を遂げていた訳である。この再開には深く感動させられた。

"Retrospekt"映画作家Esther Rotzの帰還を寿ぐに相応しい瞠目の1作だ。だがそれ以上に、映画の総合芸術性というものをを、洗練された娯楽性(ここではミステリー/スリラーの文法)とともに提示する監督の、その野心溢れる意気には感銘を受けざるを得ない。

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