
中東諸国は映画産業の規模がそこまで大きくはなく、かつイスラム教の影響もあるのか、ジャンル映画が少ない印象がある。もしくは地産地消で消費されるに留まり、地域外にそういった映画が届かないか。例外は映画大国のイランとイスラエルくらいだろうか。こういう状況なので中東のジャンル映画を見つけたら即観るくらいの勢いでいるわけだが、今回紹介したいのはそんな中でとうとう見つけたヨルダンの犯罪映画であるZaid Abu Hamdan監督作“Boomah”だ。
主人公となるのはアラビア語で“フクロウ”を意味する渾名を持つブーマ(Rakeen Saad)という女性だ。彼女は子供の頃に親に捨てられて以来、孤児としてスラム街を生き抜いてきた。今はファデル(Majd Eid)をリーダーとするギャング団に所属、レバノンの首都アンマンに広がる地下経済で生存闘争を繰り広げる日々を送っている。
今作はそんなブーマを中心に弱肉強食の世界を描きだすスリラー作品となっている。ブーマのそのサイコパス的な気質や気性の荒さから多くの人から恐れられる存在だ。住処の周りで騒ぐ子供たちには暴言を吐き、露天商から地代をほぼ強奪かのように徴収し、ギャング内でも自分を侮る者がいれば暴力も辞さないし、権力奪取の時も虎視眈々と狙っている。
監督以下スタッフたちはそんな荒々しい物語を娯楽映画として語る腕に長けている。撮影監督Samer Nimriは生々しさと端正さを合わせ持った映像を展開させていきながら、観客を弱肉強食の物語世界へと引き込んでいく。そして編集を担当するDina Faroukは観客がブーマの一挙手一投足にドン引きする暇すらも与えないまま、息もつかせぬテンポで物語を前に進めていく。
ここにおいて暴力/アクション描写もなかなかのものだ。物語の随所でブーマたち登場人物は容赦ない暴力を躊躇なく繰り出していくわけだが、グロテスクな描写は意外なほど抑えられながらも勢いと迫力は印象に残るに十分だ。ギャングも金がないからか銃はあまり使われず、素手やナイフが主な武器ゆえの泥臭さも特徴的だ。個人的に、ウィリアム・フリードキンの「ハンテッド」を彷彿とさせるナイフファイトはアガるものがあった。
こういった状況で、やはりというべきかギャング同士の抗争が勃発することとなる。ブーマもこの抗争に巻き込まれ襲撃を受けるなどもするが、彼女はこの混乱に乗じて、大金を奪う計画を立てるのだったが……
今作において何を措いてもインパクト大なのはブーマを演じるRakeen Saadの存在感だろう。ブーマという女は搾取、恐喝、暴力、殺人などの犯罪行為を行うのにいささかの躊躇もない、最近の映画では昨今あまり見掛けないレベルのクソアマだ。そんな共感や同情を一切受けつけない泥と血塗れの狂犬に、Saadはそのまま受肉したかのように熱演してみせる。
それでいて彼女は、後半においてブーマの秘めたる側面をも説得力を以て演じてみせる。ある日彼女は孤児のきょうだいと出会う。最初はいつも通りの人を人と思わぬ態度で接するのだが、彼らとの交流の中でなけなしの良心が芽生える。そしていつしか彼らを助けることが、親に見捨てられたことで受けたトラウマを癒すことにも繋がっていく。だが今まで成した所業はそれだけで贖われるはずもない。この状況で紡がれるクソアマとしての生き様はかくも壮絶なものであり、Saadはそれを鬼気迫る形で体現していく。こうして“Boomah”は2026年において最も濃密なジャンル映画の1本として際立つのである。












