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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course" /カナダ映画界を駆け抜けて

カナダの映画監督と言えば誰を思い浮かべるだろう? デヴィッド・クローネンバーグアトム・エゴヤンガイ・マディンヴィンチェンゾ・ナタリなどの世界でも有数の変態集団を思い浮かべる人もいるだろうし「僕のアントワーヌ叔父さん」クロード・ジュトラモントリオールジーザス」ドゥニ・アルカン「ナイト・ズー」「レオロ」の二本のみで映画史に名を残した夭逝の天才ジャン・クロード・ローゾンを思い浮かべる人も多いかもしれない。

そしていま正に活躍する監督たちとしては「Mommy」グザヴィエ・ドラン「ダラス・バイヤーズ・クラブ」ジャン=マルク・ヴァレ「灼熱の魂」ドゥニ・ヴィルヌーヴ「物語る私たち」サラ・ポーリーと錚々たる名前が並ぶ。この4人の存在が今のカナダ映画界をエキサイティングな物にしているのは言うまでもない。(とはいえ4人中3人がカナダを離れハリウッドやフランスやらに行ってしまっているけども)

そんな中で、未来のカナダ映画界を担うだろう新鋭が何人も現れ始めている。"Sitting on the Edge of Marlene" Ana Valine、"The Dirties" Matt Johnson、「レーサー/光と影アレクシス・デュラン・ブロー、"Tu dors Nicole"ステファニー・ラフルール、そして今回紹介する"Sarah préfère la course"Chloé Robichaudもその一人だ。

Chloé Robichaudは1988年1月31日生まれの27歳、カナダ・ケベック州キャップ=ルージュ出身。コンコルディア大学在学中の2008年、短編"Regardless"でデビュー。"Au revoir Timothy"(2009) "Moi non plus"(2010)とコンスタントに短編を作り続けていたが、カンヌの短編部門に出品された"Chef de meute"で注目を浴びることとなる。

クララ(Eve Duranceau)は自由気ままな独身生活を送っていたが、そんな彼女に家族は良い顔をしない。早くパートナーを見つけて身を固めて欲しいというのだ。ある日クララの叔母が亡くなり、成り行きで彼女が飼っていたパグ・ジャッキーを預かることになる。そのせいで奇妙な事態に追い込まれることになるのを、クララは知るよしも無かった……

シャンタル・アケルマンブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマン」をゆるめにパロったかのような食事シーンからも分かる通り、短編それ自体もかなりゆるめで且つミニマルな作りになっている。真面目な顔をした俳優陣と、そんなの気にせずちょこまか動くパグ(Robichaud自身が飼っているペットらしい)の対比、それが何とも言えない笑いを生み、しかしこの映画はそれだけでは終わらない。

「私は、これを観た後、死だとか孤独だとか、奥が深くて悲しみに満ちたテーマについて話したくなる、そんなストーリーの映画を作ろうと思っていました。それでいてコメディとして笑えるような作風にしたかったんです*1」とRobichaud監督が"Chef de meute"について語っている通り、この映画の笑いはそんな人生のペーソスに裏打ちされたもので、高く評価されたのも頷ける。そして翌年2013年Robichaud監督は25歳の若さで初めての長編映画 "Sarah préfère la course"(英題:Sarah Prefers to Run)を監督する。この作品はカンヌのある視点部門に出品され、バハ国際映画祭では最高賞を獲得した。

サラ(Sophie Desmarais)は脇目もふることなく、走ることだけに1日1日を賭ける、そんな青春を送っていた。彼女は高校を卒業しても走ることに専念するため大学への進学を望んでいたが、「私たちに学費は出せない」という母の言葉で断念せざるを得なくなる。しかしアルバイト先でアントワーヌ(Jean-Sébastien Courchesne)という青年と出会い意気投合、2人は偽装結婚を経て奨学金を手にいれる。念願の進学を果たしたサラだったが、そこにはかつてタイムを競いあったライバルであり親友のゾーイ(Geneviève Boivin-Roussy)の姿もあった。

この"Sarah préfère la course"が描こうとするテーマはセクシュアリティの探求だ。走ることだけに生きてきたサラは、生活の激変によって、自身のセクシュアリティと向き合わざるを得なくなる。アントワーヌと一緒に住むうち少しずつ変わっていく自分の心は恋と呼べる物なのだろうか、それとも再会したゾーイに対して抱く言葉に尽くせぬ思いを恋と呼ぶべきなのか、それとも……

Robichaud監督の演出は前作にもまして抑制的で、しかし前作とは違って笑いは介在しない灰色さを伴っている。それはコルネリユ・ポルンボユミシェル・フランコを思わすミニマルさだが、描くテーマが違えば感触も全く異なるものだ。彼らは非感傷を貫くが、Robichaud監督はそんな中でも登場人物たちから沸き上がる感情を的確にすくいとっていく。とあるパーティーシーンでサラはカラオケでディアーヌ・デュフレーヌの"Un jour il viendra mon amour"を熱唱するゾーイの姿を目の当たりにする。Robichaud監督はそんなサラの顔つきを映し続ける。

Mon amour
Je le garderai mon amour
Car je m'enroulerai autour
De son coeur pour toujours

愛する人
いつか帰ってくるでしょう
そうして私は生きていける
ベルベットに包まれて

そうしてサラはその大きな瞳から、自分でも何故だか分からずに涙を流しだす。一人の少女の心の惑いを言葉もなく描ききるこの鮮やかさの存在が"Sarah préfère la course"を他の青春映画よりも一歩秀でた作品にしている。セクシュアリティの探求をテーマにしながら、映画はその結論をハッキリと出すことはしない。それよりも大切なものが存在するという一つの見方を提示する。だからこそラストに繋がれる一瞬のカットは何よりも感動的であり、瑞々しさのその先にある灰色にもまた青春の一つの真理があると、この映画は教えてくれる。

この作品の後、Robichaud監督はWebドラマ"Féminin/Féminin"を監督、これは“Lの世界発、Girls経由、ケベック着”とも言うべき、ケベックで生きるレズビアンたちのライフスタイルを描く群像劇だ。公式サイトから、英語字幕つきで全8話が観れるのでぜひ。(気がむいたらこれもレビューを書こうと思っている)そして現在は長編第二作"Pays"を製作中。今後が本当に楽しみな映画作家である。(続報:"Féminin/Féminin"のレビュー記事を執筆、読んでね!)

カナダ映画界、新たなる息吹
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course" /カナダ映画界を駆け抜けて
その2 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その3 Chloé Robichaud&"FÉMININ/FÉMININ"/愛について、言葉にしてみる
その4 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その5 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その6 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ハシディズムという息苦しさの中で
その7 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その8 ニコラス・ペレダ&"Minotauro"/さあ、みんなで一緒に微睡みの中へ
その9 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その10 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その11 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その12 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力