鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから

Nikki Braendlinはロサンゼルスを拠点とする映画作家だ。彼女はStella Adler Academy of Actingで演技について学び、最初は俳優として映画デビューを果たす。だが役柄は脇役ばかり、取り敢えずIMDBに載っている役を羅列してみるとドラマ"For Your Love"(2002)のレジ係役、ダリル・ハンナが主演のB級アクション「レディ・キラー」(2003)ではウェイトレス役、ロサンゼルス空港で働く人々を描いた打ち切りドラマ「LAX」で乗客、デスパレートな妻たち(2005)では受付係、ホラー短編"Kirksdale"(2007)では看護士役とずっとこんな感じである。 そのうち彼女は製作・監督と活動をカメラの裏側へとシフトしていく。イマーゴ映画祭を共同設立、"The Tim and Joe Show"の製作と、更に俳優で劇作家でもあるティモシー・マクニールの舞台"Machu Pichu, Texas"をプロデュース、この作品はLA TIMESやLA WEEKLYなどで高く評価されることとなる。そしてBraendlin監督は自身の製作会社Hear Me Roar Productionsを立ち上げ、社長として活躍、そして10代の少女たちが脚本や演技を学ぶためのワークショップを開講するなど、多岐にわたる活動を行っている。そんな彼女が映画監督デビューを果たした作品が"As high as the sky"である。

パーティプランナーのマーガレット(「ウェイトレス 〜おいしい人生のつくりかた」キャロライン・フォーガティ)は3年もの間付き合っていた恋人と別れることになってしまった。理由は分からない、ただ“もうやっていけない”と言われたきり。そして、ダブルベッドの傍らの枕に彼を思い出したり、彼の声が入っている留守番電話のメッセージ音を変えられなかったり、恋人を忘れられない日々が続き、更にもう1つ問題が。爪の汚れが異様に気になったり、前の家主が飼っていたペットの毛がまだ落ちていないか心配になったり、何か強迫的な衝動が彼女を突然襲うようになったのだ。

まず冒頭から目を惹くのが白を基調にしたモダンなインテリアと、カメラがそれを映し出す時の何とも言えない距離感だ。DPリン・アンダーソンは色味を端正に撮しとりながらも、壁との間に角度をつけないPlanimetric camera(以前も書いた「ジャンヌ・ディエルマン」の撮影法がそれである)を多用する。主人公のマーガレットと観客の心には距離が出来るのだが、その距離からこそ見えるものがある、彼女は孤独で、部屋に広がる空白が象徴するのは彼女の心の風景であり、そして潔癖症的でそれが高じて強迫観念に苛まれることになっている、と。この数分もないシークエンスのみで、監督は彼女のパーソナリティーを巧みに語りきり、次の展開へと話を進めていく。

そんなある日マーガレットの家に現れたのは10歳以上も年の離れた姉ジョセフィーン(「シンパシー・フォー・デリシャス」ボニー・マクニール)と彼女の娘ハンナ(ローレル・ポーター)だった。アメリカの各地を放浪してきて、この家にたどり着いたらしい。しかし自分のことでも精一杯だのに家族とはいえ他人に気を遣う余裕はなく、マーガレットは2人にそっけない態度。そんな彼女にハンナは辛辣だ。「あの人の仕事、パーティの計画を立てるんじゃなくてパーティを白けさせるの間違いじゃないの?」そしてマーガレットが姉の来訪をデボラとバーバラおばさん(ディー・ウォレスジェニー・オハラが声だけの出演)に電話で知らせると、ジョセフィーンは昔から云々かんぬんと愚痴ばかり。微妙な空気が流れる中、ハンナたちが自分の家に来たのかも分からないまま、マーガレットは2人を泊め続けるだが……

“完璧な人間など存在しない”そんな言葉を残したのは一体誰だっただろう。この"As high as the sky"はそんな完璧ではないマーガレット、ジョセフィーン、そしてハンナ、3人の心の交流を描いたドラメディだ。突然の再会を果たした妹と姉、彼女たちは子供の頃に負った傷を抱え、呪縛から抜け出せないでいる。その頃から遠く隔たった今も人生は順風満帆とは言えない状況で、傷はそれぞれに痛みを増し、交流はぎこちない物となってしまっている。そしてマーガレットとハンナの関係性、ハンナにとってマーガレットの第一印象はサイアクだ、母親と彼女とが血の繋がった姉妹なんてことは全然信じられない。マーガレットにしてもハンナとの付き合い方が分からない、彼女がふざけて遊んでいるのに対して真面目に突っ込んで水を差してしまうのだ。そんな中でジョセフィーンが何処かに出掛けてしまい、家には2人だけになってしまう。恐る恐る交流を図ろうとするマーガレットだがハンナの反応は冷たいが、マーガレットのある行動に彼女の心は開かれていく。

しかしそうして開けるのはハンナだけでなく、マーガレットの心もだ。演じるキャロライン・ファーガティの無機質な表情は、ハンナやジョセフィーンの心と触れあううちにほどけていく。この映画に通低するのは“完璧ではない人々”に対するBraendlin監督の暖かな眼差しだ。雪解けを迎えた春の日に漂うあの心地よい暖かさ。

"As high as the sky"というタイトルの意味、おそらく映画の途中でこの言葉がどういう流れで現れるのか分かってしまう観客も多いはずだ。だが実際その耳にこの言葉が触れた時、胸に込み上げてくるのは言葉につくすことなど出来ない大きな、大きな温もりだ。この不完全さを愛するBraendlin監督のヒューマニズムが"As high as the sky"に唯一無二の愛おしさを宿らせる。[A]

ここからはBraedlin監督のインタビューを幾つか紹介していこう。

“(脚本執筆のプロセスについて)今までとは脚本を書くプロセスが異なっていました。まず最初に決まっていたのがロケ地と出演する2人の俳優(キャロライン・フォガーティ&ボニー・マクニール)だったからです。キャロラインと私はもう長い間友人で一緒に仕事をしたいと思っていました。彼女はとても立派な家に住んでいて、そこがこの映画の舞台でもあります(中略)脚本を書く際、いつもはまず描きたいテーマから始まってディテールを書き込んでいくのですが、この作品では全く逆です。2人に演じてもらうとしたら姉妹がいいなだとか、この家――ミニマル、ミッドセンチュリー様式、そしてモダンな佇まい――に住む人は強迫障害を持っているかもしれないという考えをスタートにして、強迫障害は私自身苦しんでいて、だからこそ興味深いテーマだなと、そんな風に。”*1

“(劇中で描かれる強迫性障害について)こういう行動が何故起きてしまうのか、そして治すにはどうすればいいのかを描きたかったんです。私は実際に強迫性障害を患っていて、ストレスまみれの日々を過ごしている時には症状が酷くなったりしていたんです”*2

“(現在のアメリカの映画産業について)最近読んだ記事によると、ハリウッドで働く女性監督よりも炭鉱で働く女性労働者の方が多いというのです。"金持ち"は未だビッグ・バジェット映画を女性に任せることを躊躇しているようです。そして女性が中心となって作られた映画がヒットするとこう思うんです、これはまぐれ当たりだ!と。ですがこの問題について人々が議論したり記事を書いたりするのは良い兆候だと思いますし、いつか変化に立ち会えるのではと思ってもいます。”*3

"As high as the sky"はパーム・ビーチ国際映画祭で観客賞、ソノマ国際映画祭では観客賞とJury Awardをダブル受賞するなど高い評価を得た。Braendlin監督は次回作についてこう語る。

“私が映画にしたいと思っているのは、死刑執行人から駐車違反を取り締まる警官になった女性、老いた化粧専門家、トゥレット症候群を患った男性についての物語などです。私の脚本では、誰かが人生の危機に差し掛かっていたり、自分のトラウマを乗り越えようとしています。そんな物語にこそ私は惹かれるんです、交通事故とかよりも(笑)”*4

と、いうことでNikki Breadlin監督の次回作に期待。

参考文献
http://emol.org/film/archives/heartlandfilmfestival/2014/ashighasthesky/index.html
http://fastcheapmoviethoughts.blogspot.jp/2014/07/nikki-braendlin-on-as-high-as-sky.html(家とか色々)
http://www.examiner.com/article/nikki-braendlin-talks-about-female-film-makers-and-ocd()
http://static1.1.sqspcdn.com/static/f/1271473/24773108/1398226521907/as-high-as-the-sky-press-release.pdf?token=%2B%2BhwQjtM6fcV%2F%2B%2BFOc%2B9o1%2FOOaY%3D(OCD)
http://filmint.nu/?p=12633(次回作)

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