鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像

「神は死んだのか?」「サン・オブ・ゴッド」「天国は本当にある」……何故だか去年から妙にキリスト教啓蒙映画の公開が増えてきている。更にはニコラス・ケイジ主演の「レフト・ビハインド」やカリコレで上映された「ザ・リメイニング」などのパニック映画の体裁を取った携挙映画、つまりキリストを信じている人間は天国行けるけども、信じてない奴らは現世で死ね、もしくは殺す!!!というこれも一種の啓蒙映画な訳で、そんなのも増えている。更にDVDスルー作にも目を向けるとこの半年で「反逆者 穢れなき銃弾」「ホームラン 人生の再試合」「ソング きみに捧ぐ愛の歌」などアクションからスポーツ、そして音楽映画の体を借りておいて実はキリスト教啓蒙映画だった、という事故物件が乱発、嫌がらせかよ!って感じだが、そういう何となくイヤーな風潮に対してこのブログは何をするかと言えば、もちろん未公開映画を紹介することである。さて今回紹介するのは薄っぺらい啓蒙映画なんかよりキリスト教を学ぶにはうってつけな、キリスト教への熱狂的な信仰がもたらす受難を描きだしたディートリッヒ・ブルッゲマン監督作「十字架の道行き」である。

ディートリッヒ・ブルッゲマン Dietrich Brüggemannは1976年2月23日、バイエルン州ミュンヘンに生まれた。妹のアンナは俳優として活躍、彼の監督作品の殆どで俳優・脚本家を兼任している。2000年から6年の間、コンラート・ヴォルフ映画テレビ大学で映画を学ぶ。大学在学中の2004年"Mehr Licht"という短編作品で映画監督デビュー、その後"Warum läuft Herr V. Amok"(2004)、"Katja Kann fast alles"(2005)の2本を経て、卒業製作として初長編"Neun Szenen"(2006)を監督する。 9話からなるオムニバス・コメディで、9話ともカットを一切用いず固定カメラの長回し映像で構成されているという「十字架の道行き」のプロトタイプ的映画とも言えるだろう。この作品はベルリン国際映画祭におけるドイツ映画紹介セクションである"Perspektive Deutsches Kino"に出品、続く2010年の第2長編"Renn, wenn du kannst"も同セクションに出品、今作は大学で文学を学ぶ主人公のベン、彼のバイト先の同僚クリスティアン音楽大学に通うアンニカ(演じるのは監督の妹アンナ)の三角関係を描いたドラメディ作品だ。同年にはMV製作も始める。製作順はこちら(Wikipediaから引用)

2010: Tim Neuhaus: As Life Found You
2011: Thees Uhlmann: Zum Laichen und Sterben ziehen die Lachse den Fluss hinauf
2012: Thees Uhlmann: Das Mädchen von Kasse 2
2013: Alin Coen Band: A No Is A No
2013: Judith Holofernes: Liebe Teil 2 – Jetzt erst recht

そして2011年には短編"One Shot"を、そして2012年には第3長編"3 Zimmer/Kuche/Bad"を監督する。

https://www.youtube.com/watch?v=MuYAxie8PNc:Movie

秋、冬、春、夏、そして現在、5つの季節を舞台に8人の若者たちが思い思いの人生を歩んでいく青春群像劇で、妹のアンナ以下、"Renn, wenn du kannst"から続投の「不倫休暇」ヤコブ・マッツシェンツRobert Gwisdek、更に「あの日 あの時 愛の記憶」アリス・ドワイヤー「THE WAVE ザ・ウェイブアメリ・キーファーKatharina Spiering「おじいちゃんの里帰り」アイリン・テザイルAlexander Khuonなどドイツの若手俳優が結集したことも話題となった。この映画はミュンヘン映画祭、チューリッヒ映画祭に出品、ドイツ映画批評家組合賞では作品。主演女優×2、脚本と3部門4賞ノミネートなど好評を博した。と、ここまで簡単にブルッゲマン監督のキャリアを見てきたが、彼は元々青春&ドラメディ作品を得意としてきたことが分かる。そんな監督にいかなる心境の変化があったのかは分からないが、2014年、ブルッゲマン監督は作風をガラリと変えたドラマ作品「十字架の道行き」(原題 Kreuzweg/英題 Stations of the Cross)を手掛けることとなる。

まず書くべきは、この映画はイエス・キリストが死刑を宣告され、死ぬまでを描いた14の留(これが邦題にもなっている「十字架の道行き」である)というものをモチーフとして、110分14シーン14カットという長回し偏重のスタイルで撮影されていることだ。レビューの前にその14の留が何であるかをここに書いておこうと思う。

第1留 ピラトによって死刑宣告を受ける
第2留 有罪となったイエスが十字架を担う
第3留 イエスが初めて倒れることとなる
第4留 イエスは母マリアに会う
第5留 キレネのシモンがイエスを助ける 
第6留 ベロニカという女性がイエスの顔を布で拭く
第7留 イエスは再び倒れる
第8留 イエスエルサレムの婦人たちに対し語りかける
第9留 イエスは三度倒れる
第10留 衣服を脱ぎ取られる
第11留 十字架が立てられ、イエスは磔にされる
第12留 十字架の上で息を引き取る
第13留 十字架は降下し、イエスの死体に母マリアが縋り付く
第14留 そして、イエスは墓に葬られる

第1留“ピラトによって死刑宣告を受ける”まず映し出されるのは灰色の影に覆われたとある一室。大きな机、中心にはヴェバー神父(「ヒマラヤ 運命の山」フロリアン・シュテッター)、そして周りには10歳を少し越えたくらいの少年少女が座っており、中には主人公マリア(レア・ファン・アッケン、これがデビュー作)の姿もある。課題が終わった後にはヴェバー神父の教えが始まる。滔々と語られるキリスト教の信条は私たちには馴染みないかもしれないが、そういう物なのだろうと取りあえずは呑みこめる代物ではある。だが途中からその裏に、何か厭な存在を感じ始めるだろう。“私たちはキリストのための戦士となるのです”“パンも服も何もかもを捧げるべきです”“巷に流れる音楽は悪魔的なリズムを伴っていて危険です”“世間には私達にとって最大の敵であるサタンの誘惑が多くあります”……そんな言葉に生徒たちは何の疑問も持たず聞き入り、ヴェバー神父の問いにも聡明さをもって答えていく。授業後、マリアは一人教室に残ってヴェバー神父にある質問をする。病は神の与えたもうた試練と言いますが、それはほんの小さな子供でも同じなのですか?そうだとしたら余りにも……しかしヴェバー神父はその問いに対して曖昧に答えるのみで、帰ってしまう。教室にはマリアだけが残される。

第2留“有罪となったイエスが十字架を伴う”とある道をマリアと叔母のベルナデット(Lucie Aron)が歩いている。肌寒い中、手に上着を持ったままのマリアを不審に思い、ベルナデットは服を着るよう促すのだが、彼女は着ようとはしない。すると後ろからマリアの家族がやってくる。妹のカタリーナたちは元気一杯に騒いでいるのだが、4歳の弟ヨハネスはベビーカーに乗ったまま一言も喋らないでいる。そのうちマリアの母(「ドッグ・デイズ」フランツィスカ・ヴァイス)が家族写真を撮ろうと言い出すのだが、マリアは笑顔を浮かべようとはしない。そんな彼女に母は怒り、叱責の言葉をマリアに浴びせかけていく。声に驚いたヨハネスはまるで赤ちゃんのように泣き出してしまい、母は彼をあやすのだが泣き止むことはない、しかしマリアが抱きかかえると彼の顔には笑顔が浮かぶ、そんな様子を母は苦々しく見つめる。

このように1留1留の展開に沿って物語は語られていくが、やはり独特なのは撮影だ。DoPアレクサンダー・サスワンシーン・ワンカットを110分貫き、目の前で起こる出来事を厳然たる眼差しで余す所なく撮しとる。その画面には灰色の影がいつであれ付き纏うが、それはマリアの心証風景であり、浮かび上がってくるのは原理主義的なキリスト教の環境に育った彼女の苦悩だ。ある日マリアは図書館でクリスティアン(Moritz Knapp)という少年と出会う。数学を通じて仲良くなった彼から自分が入っている聖歌隊に遊びに来ない?と誘われるが、そこで歌われているのはヴェバー神父が“悪魔の音楽”と断ずるゴスペルやソウルだという。それについて話すとクリスティアンは笑って言うのだ――そんなの狂ってるだろ!……マリアは女友達に誘われたと嘘をつき、聖歌隊へ遊びにいきたいと母に願うのだが、“悪魔の音楽”に対する拒否感は驚くほど激しい物だ。原理主義の中でマリアには自由というものが存在しない。そして母の叱責はまた、病によって言葉を喋れないヨハネスの育て方についてマリアが暗に揶揄したことから痛みを増していく。2人とも彼のことを愛しながら、その愛し方の違いがマリアと母の間に軋轢を生みだしている。そこに信仰が絡み合うことで悲劇は訪れてしまう。

「十字架の道行き」はキリスト教原理主義がいかに人間を抑圧するのか、環境によって仕立てあげられる熱狂的信仰のいかに不条理なものかを、その価値観をある程度内面化しているからこその痛烈さで批判していく。だがそれがイコールキリスト教の否定へ帰着する訳ではない。最近ではジョン・マイケル・マクドナー監督の「ある神父の希望と絶望の7日間」という作品があったが、痛烈な批判の中には、それでも……という胸を締め付ける切実さがある。マリアは原理主義という信仰のありかたに疑問を抱きながら、その中で、自分にとって最も大切な存在であるヨハネスへの愛に、自分なりの信仰のありかたを見つけ出していく。しかしそれはヴェバー神父には“慢心”と切り捨てられ、母とは対立を更に深める原因ともなる類いのものであり、マリア自身の命も危険に晒すこととなる。あれほど不動を保っていたカメラが動きを伴いはじめるにはその時からだ。この動きはブルッゲマン監督の揺らぎにも感じられる。信仰が悲劇をもたらす中で、しかし少女の神への祈りを単純に悲劇と切り捨てられるのか。この問いはキリスト教の存在そのものに深く突き刺さる問いであり、答えはもしかすると存在しないかもしれない。「十字架の道行き」はそんな答えなき深遠さへの洞察だ。第14留が明示する結末、その漂いの先で私たちは途方に暮れるかもしれないが、だが考えることが必要だ、信仰とは何かを考え続けることが必要だとこの映画は教える。[A-]

「十字架の道行き」がベルリン国際映画祭銀熊賞(脚本)を獲得するなど世界的に評価されたブルッゲマン監督、続く第5長編"Heil"は打って変わって、というか元の路線に戻ったと言うべきか、コメディ映画となっている。が、監督はただ戻ってくる訳じゃあない。予告は↓こんな感じ。

主人公はアフリカ系ドイツ人で小説家のゼバスティアン(Jerry Hoffmann)、セミナーのために田舎町プリットヴィッツにやってきたのだが、いきなりスフェン総統(「悪霊喰」ベンノ・フユルマン)率いるネオナチ集団に拉致されてしまう。総統はゼバスティアンの頭脳を利用して、極右政党の躍進を画策、反移民政策をブチ上げようとしていたのだ。洗脳されてしまったゼバスティアンはレイシズム発言を繰り返しドイツは騒然、しかしそんな状況にゼバスティアンの妻ニナ(Liv Lisa Fries)は私の夫があんなって有り得ない!!!とプリットヴィッツへと乗り込むのだが……徹底的に禁欲的だった「十字架の道行き」とはもう真逆に、とにかくフザケまくって、とにかく過剰なブラック・コメディに仕上がっていて最高に悪趣味だ。あと最近はネオナチの若者のことをNipster(Nazi + Hipsterの造語)と言うらしく、社会問題になっているらしい。そんな社会をメディアの狂騒と共に皮肉りまくった映画が"Heil"という訳だ。ドイツ映画祭で公開されないかなぁという期待をこめつつ、ディートリッヒ・ブルッゲマンの今後に期待。


ブルッゲマン監督の妹、アンナ・ブルッゲマン。"Heil"ではお婆ちゃん思いのネオナチ女子を熱演。

参考文献
https://de.wikipedia.org/wiki/Dietrich_Br%C3%BCggemann
http://www.cine-vue.com/2014/11/interview-dietrich-bruggemann-on.html

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