鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を探して

さてベネズエラである。この国は現在未曽有の経済停滞に陥っている。原油埋蔵量が世界一の産油国であり、その輸出収入によって反映を誇る時代が続きながら、原油価格の低迷によって危機的状況に陥ることとなっている。物価の高騰、食料品や衣料品の不足、更にマラリアの再発生などが重なり、市民たちの生活に多大な影響が及んでいる。そして社会主義固執するニコラス・マドゥロ政権に対して不満は高まり、9月1日には大規模デモが起こるなどしている。そんな中で映画界ではロレンツォ・ビガスがデビュー長編「彼方から」ヴェネチア国際映画祭で最高賞を獲得するなど隆盛の兆しを見せているが、今回紹介するのもベネズエラ映画界の未来を担う期待の新鋭作家だ。

Jorge Thielen Armandベネズエラとカナダを拠点とする映画作家だ。コンコルディア大学でコミュニケーション学を、RIDMタレント・ラボではドキュメンタリー制作について学んでいた。写真家としても活動すると共に、2015年には友人であるRodrigo Michelangeliと製作会社La Faena Filmsを設立するなど多方面で活躍している。

映画監督としては2015年に短編ドキュメンタリー"Flor de la Mar"でデビューを果たす。今作の舞台はベネズエラの外れにある孤島、そこに住む漁師たちが政府によって潰されようとする500年前の遺跡を守ろうと奔走する姿を描き出した作品で、サラソタ映画祭などで上映され話題となる。そして彼はビエンナーレ・カレッジに参加、2016年には初の長編作品"El Soledad"を完成させる。

ホームビデオにはとある家族の姿が映し出されていく、陽光に満ちる広い庭で老若男女が集まりそれぞれに笑みを浮かべる姿。映像には薄い赤のヴェールがかかり、色味はかなりボヤけている。おそらく何十年も前の映像なのだろうという観客の予想を、男の朴訥とした声が証明してくれる。土曜日には毎週ここでパーティを開いていたこと、大分昔に亡くなってしまった曾祖母のこと、ここに映る殆どの人々は既に母国を去ったことが……それらを語る彼の声には失われていく物たちへの哀感が込み上げては消えていく。

そして物語は現在へと移る。27歳の青年ホセ(José Dolores López)は妻のマーリー(Marley Alvillaes López)や娘のアドリ(Adrializ López)、祖母のロシナと共にカルカスの中心部に建つ邸宅"La Soledad"に住んでいる。しかし暮らしぶりはかなり切迫していおり、ホセは大工として、マーリーはメイドとして日々働き続けているが大した稼ぎにはならず、しかもその仕事すら続けていける保証など存在しない状不安定な況が広がるばかりだ。それでもホセたちは何とか生き抜こうと奔走する。

"Le Soledad"はホセたちの姿を通じてベネズエラのシビアな現実を描き出していく。彼は生活保護を受けようと役所へ赴くのだが、まるでテーマパークの○時間待ちとでもいうほど長蛇の列が形成され、しかも幾ら時間が経っても列が前に進むことはない。痺れを切らして怒号を響かせる人々を見ながら、ホセは諦めて退散せざるを得ない。そんな彼に対して娘のアドリはミルクが飲みたいと頼んでくるが、それを買う金もなければ、そもそもスーパーに商品自体がほぼないのだ。牛さんたちは今バカンス中なんだよ、そう冗談を言うホセの顔には苦々しさが満ちている。

だが監督が描く物が、ベネズエラの貧困から少しずつシフトしていくのに観客は気づくことにもなる。ホセの弟が家族の迷惑も考えず邸宅でパーティを開催した翌日、壁の落書きを消すのに疲れたホセはぼうっと呆けながら部屋に視線を向ける。その時まずカメラはホセの横顔を映し出し、ゆらゆらと揺れながら彼の視線を追っていくこととなる。古びた家具の数々、壁紙はとっくに剥がれ落ちて惨めな姿を晒す天井、荒廃が如実に反映された内装を映し出した後、カメラはホセの横顔へと戻っていくが、焦点が彼から奥へと映った時、庭に生えるピンク色の花が微かに揺れる姿が見える。この印象的なシークエンスが語るのは、今作の主人公はホセとそして"La Soledad"と名付けられた邸宅であることだ。

今作は監督の個人的な経験が着想源となっている。この邸宅は元々監督の曾祖母が所有するものであり(つまり冒頭のナレーションの声は監督のものである)、そこでメイドをしていたのがロシナだった。曾祖母が亡くなった後、邸宅は非公式ながらロシナに贈られ、そこに彼女の家族が住むことになる。その縁で監督とホセを演じるJosé Dolores Lópezは幼馴染みとして育ったが、ベネズエラの経済が未曾有の停滞を見せる中で、ホセらに更なる災難が降りかかる。曾祖母の家族が今になって邸宅の所有権を主張、邸宅を取り壊して土地を売却すると言い出したのだ。この作品は正にそんな背景を反映した作品でもあるのだ。

監督は本作についてこう語っている。"ホセやいとこ達と曾祖母の家にある広い庭を見つけた時のことを憶えています。おじが話してくれる物語は"Las Soledad"を現実離れした場所のように感じさせてくれて、曾祖母の魂がいつでも私をこの場所へと引き戻してくれる。私はこの記憶と今では荒れ果ててしまったこの邸宅について、今でもここに棲む人々と映画を作りたかったんです。そして映画を作るうち、この家にこんにちのベネズエラに広がる現実が立ち上がってきました。それを受け継いだ人々は希望を持ちながら、それが成就する機会を与えられることはない、そして時間の中で忘れ去られていく"

何とか事態を解決しようと奔走するホセだったが、そんな状況で彼は祖母から邸宅のどこかに宝が眠っているという話を聞き、藁にもすがる思いでその宝を探し始める。この過程はまた家が宿す記憶を巡る旅路ともなる。カルカスの高級住宅街に建てられながら、一旦敷地内に入るとそこには鬱蒼たる森と邸宅が交わりあう不思議な空間が広がる。邸宅内は年月によって酷く朽ち果てながら、それは同時にこの場所が経てきた歴史の長さを雄弁に語る。ホセは旅路の途中、幾つもの不思議な光景に出会う。その幻想もまた数々の家族や命を抱いてきた家こそが持ちうる美しい記憶なのだ。

失われようとしている記憶が人々に喚起する在りし日への憧憬、それらが遥か彼方に追いやられた後に到来した現在に対する深い絶望と諦念、今作ではその2つが鮮やかに混ざりあっている。そしてそれは1つの流れとなり"La Soledad"、つまりは痛烈な孤独の風景へと導かれていく。

参考文献
http://www.tarmand.com/(監督公式サイト)
https://vimeo.com/tarmand(監督公式vimeo)

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