鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検

タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
タイ・ウェストの経歴および彼の長編作品についてはこの記事参照。

古きを知って新しきを知る、こういう格言は読むのは容易いが実際に行うのはとても難しいことは承知の通り。時間の隔たりはそのまま現在を生きる自分との精神的な距離感となり、そこに何かを学ぶほどの余白が見えなくなってしまう。故に私たちは、場所においても時間においても、とかく近くの物から影響を受けてしまい、しかしそういう人々は多くいるのだから、自然と発露する物に大差がないという事態が起こってしまう、いつの時代だってそうだ。その中で過去に学ぶ物は翻って独自の魅力を持つことになり、結果的に後の時代まで語り継がれ、それを学ぶ少数の者がいて、彼らの作る物がまた後世へと受け継がれていく。

現在の米インディー映画界において、その製作姿勢を堂々と貫く存在がタイ・ウェストだ。彼は80年代という自分が10代にも満たなかった時代の文化を愛し、その技術を今に継承しようと作品を作り続けている。その試みの1つの完璧な結実が2009年に製作された“The House of the Devil”だった。今作は80年代を舞台とし、80年代のホラー映画の方法論を駆使して作られた、正に80年代を体現する作品だった。それでは次のステップとして何をするべきだったか。答えは簡単だ、あの時代の全てをそのまま現代という舞台に移植すればいいのだ。ということで2011年、彼は第4長編である「インキーパーズ」を完成させることとなる。

コネティカット州のとある町並みに溶け込んだその建物、ヤンキーパトラー・ホテルは長い歴史を誇る老舗ホテルだ。だがその歴史の中には忌まわしい記憶すら宿っている。ある時、マデリン・オマリーという若い女性がこのホテルに宿泊していた。彼女は結婚式を目前に控えていたのだが、不幸にもその前日に婚約者に捨てられ、世を儚んだオマリーは泊まっていた部屋で首吊り自殺を遂げてしまう。それからこの世に未練を持った彼女の亡霊がホテルの中を彷徨っているという噂が真しやかに語り継がれていた。

さて彼女の死から幾星霜、ヤンキーパトラー・ホテルは営業難から廃業が決まり、最後の時が迫っている。そんなホテルでバイトをしているのがクレア(「愛しのアクアマリン」サラ・パクストン)とルーク(ザ・スリル」パット・ヒーリー)の2人組だった。彼女たちはホテルの最後を見届けるため、泊まり込みで働いていたのだが、クレアはある思惑を抱えていた。何故マデリン・オマリーは亡霊としてこのホテルに捕らわれ続けているのか、彼女を探しその真相を暴き出したい、ホテルが潰れてしまうその前に。

「インキーパーズ」は序盤、今までのタイ・ウェスト作品とは異なるコミカルな形で話を進めていく。社会が求める正しい道筋からのドロップアウト組であるクレアとルークのゆるいやり取りは親密で笑いに満ちている。客もクソもないのでホテルの噂を記したサイトを製作したり、夜はビールでも呑んで適当に馬鹿やったり。特にクレアのキュートさは特徴的で、何となく今に不満を抱えた不機嫌顔を常に張りつけながら、小動物のように小さな体でちょこまかあちこちを駆け回る。無駄にデカいゴミ袋を引きずって、フタが自分よりも高い場所にあるゴミ箱へブチ込もうと悪戦苦闘する様は微笑ましくて頬が緩みに緩んでいく。

ウェストは彼女についてこう語っている。"サラと初めて会った時――それまで全然彼女のことを知らず、作品も観たことは無かったんですが――とても間抜けで不器用な感じに見えました、これは曲者だなと。そんな姿は予想していませんでしたね(中略)それから彼女が出演している映画を一緒に観ることになりましたが、サラは素直なキャラかビッチなキャラばかり演じていて、実際の印象とは全くかけ離れているじゃないか、何で人々は彼女にこんなキャラを演じさせるんだ?と信じられなかった。だから誰にも彼女を搾取させず、彼女の魅力を最大限引き出していったことに興奮してます"

だが勿論その裏では恐怖が少しずつ進行していく。ホテルにやってくる最後の宿泊客は今は落ちぶれた元TVスターであるリン(トップガン」ケリー・マクギリス)や既に片付けられた3階にどうしても泊まりたいと頼む老人、誰も彼も何か秘密を抱えているような素振りを見せる。そしてクレアは夜勤の途中に、ルークから借りた音声録音装置を抱え、洗濯場や小ホールへと赴きオマリーを探し続ける。そんなある時、彼女は何処からかピアノの音が響いてくるのを聞く。その音を追い、辿り着くのはいつものロビーだ。しかし置いてあるピアノはいつもと何かが違うような雰囲気を湛える。クレアは生唾を飲みながら、そこへと近づいていき……

「インキーパーズ」という作品が志向するのは往年の幽霊屋敷ホラーである。例えば「たたり」チェンジリングなど、何か禍々しいものがここにはいるという気配、視界の端を通り過ぎる何かの存在。あからさまに驚愕や血飛沫が飛び出すことは少ない地味な展開ながら、観る者の背中を恐怖が這いずるようなあの感覚をウェストは現代を舞台に再現しようとしているのだ。その上でクレアやルークに並ぶ第3の主人公はホテルそれ自体という訳である。端正に設えられた内装の裏側には常に名状しがたい不気味な物が蠢き、音もなく観客の心を圧迫していく。実はこのホテル実在しているらしく、ウェストは作品の始まりについてインタビューでこう語っている。

"まず、前にしてなかったことをやりたかったんです。To do リストをこなしていくように。"The House of the Devil"を作った時、宿泊代が安かったのでヤンキーペドラー・ホテルに滞在していたんですが、奇妙な出来事に何度も遭遇しました。それで幽霊譚を、また別の低予算映画を作れたらいいなと思っいました。もし自分がこの実在するホテルに戻ったら、もしこのホテルについて脚本を書くとしたら……それを実現した訳です(中略)おそらくあなたが今日ホテルに行き、中に入ったとしたら映画の中に入り込んだような気になるでしょうね"*1

このような古きよき幽霊屋敷ホラーという俎上に、ウェストは現代的な要素を載せていく。例えば主人公の2人、昔の作品であれば当然のようにカップルになっていただろうが、クレアたちはあくまでも友人関係(ルークは酔った勢いで下心出したりもするがクレアにそれは通じない)を保ち、恋愛関係の介在しない男女バディとして活躍する。更に彼女たちは揃って大学を中退しここでバイトをしている身であり、未来に漠然とした不安を抱えながら何をしていいのかも分からないでいる。つまりモラトリアムな若者たちの不安と葛藤が、時には幽霊よりも切迫した感覚を伴って私たちに迫ってくるのだ。この辺りは直接的なものとは言えないが、マンブルコアの影響を感じたりする。

そして物語は恐怖の炸裂へと舵を切っていく。曖昧な未来への不安はクレアを幽霊探しへと没頭させ、彼女はマデリン・オマリーの亡霊へと迫っていく。だがその探求には旅行客たちが抱える秘密やホテルに隠された謎が絡み合い、事態は複雑な様相を呈し始める。「インキーパーズ」はこうして古さと新しさが理想的な形で交わりあいながら、この作品独特の魅力を達成している。で、この交わりについてもう少し詳しく語りたいのだが、そうなるとネタバレは避けられないので、このスチール写真の下からは作品を観た方、もしくはネタバレどんとこい!という方だけが読んでください。

さて、この作品は幽霊屋敷ホラーの形を借りた若者たちのモラトリアム葛藤映画だと思いながら観ていたので、この幽霊探しを通じてクレアたちは生きる目的を見つけて爽やかなラストを迎えるのだなと早合点しながら観ていたのだが、幽霊と遭遇したクレアがその果てに死んでしまうのには驚いた。いや普通そこは思い出に残る経験になるんじゃないの、モラトリアムな若者に容赦なさすぎない?と。だがこの序盤からは想像できない苦すぎる後味は、やはり昔に観た様々なホラー映画を呼び起こした。例えば「リーインカーネーション」や「暗闇にベルが鳴る」などなど、特に前者は輪廻転生の不条理な業から逃れようと奔走する主人公がラストには成す術もなく死に至る、凄まじい無情さを感じたのだが、今作にも同じ無情さがあった。

ウェストもおそらく70年代周辺に満ちていたあの陰鬱な感触を狙ったのだろう。80年代を舞台としていた前作と違い、今作は現代が舞台なのでほぼデジタルで撮影されているのだが、クレアが死んでからのエピローグは35mmフィルムで撮影されているのである。あの苦い余韻はフィルムのザラつきによって強化されるという訳で、ラストでこそ古さと新しさが最も印象的に交錯していたと私には思える訳である。あと今作にもレナ・ダナム登場してましたね、ノリノリでウザったい女性店員役をあのシーンのためだけに演じていて好感度が上がりました。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検