鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。

ジョー・スワンバーはデビュー作の“Kissing on the Mouth”から最新作の“Digging for Fire” aka「新しい夫婦の見つけ方」まで、一貫して自分の人生を反映した映画作りを行っている。それ故に自分の身の周りにいる人々も彼の製作姿勢に共鳴し、スワンバーグ作品の中に自己を投影していくことが多い。元々グレタ・ガーウィグLOLの出演俳優であるChris Wellsの恋人だった関係で作品内でも彼の恋人役で出演したり、“Silver Bullets”などはスワンバーグ自身が悩める映画監督役なのを筆頭に、ケイト・リン・シャイルエイミー・サイメッツが俳優役だったり、タイ・ウェストがホラー映画の監督役だったりともうまんまスワンバーグ・コネクションが創作の中で再現されているといった風の映画だ。

そしてスワンバーグは、友人を本人役に据えて彼らの主演作品を監督するというのも珍しくない。“Uncle Kent”LOLのプレミアを期に知り合ったケント・オズボーンを主演にした一作で「アドベンチャータイム」などでストーリーボード・アーティストをしている彼の状況がそのまま役の設定に反映されていた。そして2012年の“All the Light in the Sky”“Alexander the Last”でタッグを組んだジェーン・アダムスを起用し、年齢のせいで良い役をもらえなくなった中年女優の悲哀を描き出す作品を製作、これはアダムス本人の経験を通じてハリウッドにおいて女優たちが直面する問題を描こうとしている作品な訳である。さて今回紹介するのはそんな作品群の1つである、スワンバーグ超多作期である2011年に作られた“Caitlin Plays Herself”だ。

まず冒頭に映し出されるのは、闇の中に立つ裸の女性だ。彼女は安らかな表情を浮かべながらも、しかし上からドス黒い粘液が注がれていく。顔が、肩が、乳房が、全てが粘液によって汚染されていき、その姿は惨めたる物となっていく……そんな彼女が今作の主人公ケイトリン(Caitlin Stainken)、パフォーマンス・アーティストである彼女は先頃起こった石油の流出事故に抗議する舞台を演じていた。しかしその日の夜、舞台を観に来ていた恋人で映画監督のジョー(もちろんスワンバーグが兼任)からそのパフォーマンスを批判されてしまう。君の書いた脚本あまり良くないよ、大体あそこで裸になる必要があるのか、そして険悪なムードのままケイトリンたちは別れることになる。

今作はケイトリンという1人の女性が過ごす日常を淡々と描き出していく作品だ。ケイトリンは所属する劇団の友人であるミーガン(Megan Mercier)と旅について会話を繰り広げ、バイト先で石油流出事故を特集したTime誌を読み、家に帰るとペットのウサギと戯れ、ミシンで服を縫ったり糠床がちゃんと発酵しているか確認したりと趣味に興じ、机に向かって上演している舞台の脚本を書き直し、公園でもベンチに座りながら脚本を書き直していき……

この日常の中で印象的なのは、ケイトリンと男性たちとの関わり合いだ。恋人のジョーとは彼が世界各地の映画祭に飛び回っている関係で、たまにしか会うことが出来ない。それ故に再会を果たしたその時には、空白を埋めようと2人は親密な時間を過ごそうとする。一方でケイトリンはフランク(Frank V. Ross)という男性と知り合い、家に招待したかと思うとキスを始める。彼女は恋人やその他の男たちの間をフラフラと彷徨っていくのだ。だが断片的な語りは、観客が彼女の意図や思いを読み取るのを拒絶し、ただ行動だけをストイックに映し出していく。

ケイトリンを演じているCaitlin Stainkenは実生活でもパフォーマンス・アーティストとして活動していた人物だ。そういった意味で本作は彼女の当時の状況をダイレクトに反映した一作だが、彼女の芸術への意識もまた反映されている。冒頭のジョーとの議論の中でケイトリンは“この今を芸術として私は描きたい”と語り、そしてある時は所属する劇団で俳優たちは誰でもなくただ自分だけを演じることを要求されるということを話す。この思想は正にスワンバーグの製作姿勢と一致するだろう。“Kissing on the Mouth”から一貫して彼は自分たちの世代の今を切り取ってきたし、今作においてスワンバーグは自分以外の何者でもない人物を演じている。それ故に彼の作品はスワンバーグの人生が変わる様を如実に反映し、その時時が記録されていくし、製作途中でも何かが変われば作品自体が変わることもある。例えば“Silver Bullets”“All the Light in the Sky”は完成までに2年の歳月を費やしており、彼や他の演者たちの人生を反映する故に当初の予定と実際の完成品は微妙に違ってくる。そういった状況を象徴するように、劇中にはケイトリンが脚本を書き換えるシークエンスが何度も映し出される。そして上演される舞台もまた姿を変えていくのだ。

つまりこの“Caitlin Plays Herself”は芸術と人生の関係性、時の移り変わりを捉えること、題名が指し示すようにフィクションにおいて俳優が本人を演じること、そういったスワンバーグ作品に頻出するテーマが反復された一作と言えるだろう。しかし“Caitlin Plays Herself”の奇妙な点は、本作がそのどの要素にも着地することはない点にある。このテーマについて描くのだなと受け止めようとする瞬間に、作品は私たちの手の間をすり抜けていく。テーマ以上の底知れない何かが本作には宿っているのだ。

撮影監督はアダム・ウィンガード“Art History“The Zone”なども担当するなど、異様な製作意欲を誇ったスワンバーグ第2期には欠かせない存在だが、彼はカメラを一旦据えるとほとんど不動を保ったままで目前の光景をストイックに撮しとる撮影法を取っている。今作でも彼はケイトリンの日常を親密さなどを排した上で、一定の距離感を以て描いていく。そこでは例えばシャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン」がそうであるように、被写体の内面描写も排されるが、スワンバーグの他作品ではそれを補う言葉の数々がテーマを浮き立たせていた。しかし本作にはそれがない、言葉は他作と同じくらい用意されているが、ケイトリンは内面を吐露する言葉を語ることが殆どない。故に私たちとケイトリンの間で、普段は言葉とテーマ性で満たされるはずの距離感が解消されないのだ。

そうなると際立つのは日常の即物性である。スワンバーグは本作において、とある人物の日常を抽象絵画のように浮かび上がらせていくのだ。私たちはこの絵画の前に投げ出され、解説文もないまま当惑の中で絵画を凝視することとなる。ケイトリンの行動、その他の人物の行動、部屋の内装や舞台の様子を観察し、要素要素を繋ぎ合わせて意味を見出だそうとするが、答えは用意されないまま映画は幕を閉じる。そして私たちは答えのでない曖昧さを抱えて、その場を去らなくてはならない。“Caitlin Plays Herself”は何の変哲もない日常を大いなる謎として提示する、どこか深遠なる一作だ。表面上はいつものスワンバーグ作品のようでありながら、その全てと一線を画する謎めいた異色作なのだ。

最後にケイトリン役のCaitlin Steinkenについて少し。今作は2011年に製作された一作だが、翌年には劇団Neo-Futuristsを退団している。そして結婚もするのだが、2016年にはアカウント・マネージャーとしてSubmittableというWeb会社に就職し、更には第1子を授かるなど順風満帆な日々を送っている。今では全く違う日々を送っている訳で、そりゃ製作から5年も経っている訳で人生も変わるだろうが、何となく寂しい心地もする。そうして映画の外においても観客に言い知れぬ思いを抱かせるのは、スワンバーグ作品がいかに魅力的であることの証左でもあるのだが。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代