鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

はてなダイアリーのサービスが終了ということで、はてなブログで鉄腸野郎Z-SQUAD!改め鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!へ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。

ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。

2006年、ジョー・スワンバーは彼の運命を変える、いや米インディー映画界の趨勢をも変えてしまう出会いを果たす。彼にとっての第2長編であるLOLにおいて、彼は友人Chris Wellsの恋人である大学生を成り行きからそのまま彼の恋人役として出演させることになったが、その大学生こそがあのグレタ・ガーウィグその人だったのである。今作においては脇役であった彼女に、しかし何か輝くものを見出だしたスワンバーグはガーウィグを主演に据えて長編を監督することとなる。その作品“Hannah Takes the Stairs”aka「ハンナだけど、生きていく!」がマンブルコアという潮流を決定づけるエポックメイキングな作品となるとは、スワンバーグもガーウィグも想像していなかったに違いない。

今作の主人公ハンナ(ベン・スティラー 人生は最悪だ!」グレタ・ガーウィグ)は大学卒業後、とある製作会社でインターンをしながら戯曲を執筆する日々を送っている。同僚のマット(「アドベンチャー・タイム」ケント・オズボーン)やポール(「成果」アンドリュー・ブジャルスキ)らとの仕事は楽しいし、恋人であるマイク(「彼女はパートタイム・トラベラー」マーク・デュプラス)との仲も良好、それでもハンナは何か満たされなさを抱いてもいる。そんなある日、マイクが自分に何も相談せず勝手に仕事を辞めたというのを聞いたのがきっかけで、彼女は自身の人生をも見つめ直さざるを得なくなる。

「ハンナだけど、生きていく!」はそんなハンナが辿るプラップラな日々を瑞々しく描き出した作品だ。マンブルコアという潮流の特徴として超低予算、即興演技、演者の多くが全員友人伝いの素人俳優という点が挙げられるが、その全てが集約されている意味で今作はマンブルコアのマニフェスト的作品と言っていいだろう。更にマンブルコアの語源ともなったmumble、つまり“口ごもる”という行為が作品の空気そのものに直結している意味でも印象的だ。ハンナが抱くマイクや仕事、人生への不満には明確な理由がある訳でなく、全てがフワッとしている。ある時彼女はマイクと別れると決め、言葉を紡ごうとするのだが、あの……何かさ……と口ごもり話も脇道へと逸れていき、もう埒が開かない。だがこのまどろっこしい曖昧さこそがマンブルコアの鍵でもある訳だ。

さて、今作についてレビューするには製作背景も欠かすことは出来ない。今作の始まりはスワンバーグがガーウィグと出会う以前の2005年にまで遡る。この年のSXSW映画祭においてマンブルコアを担う映画作家――“The Puffy Chair”のデュプラス兄弟“Marion”のライ・ルッソ=ヤング"Four Eyed Monsters"のArin CrumleyとSusan Buice“Mutual Appreciation”のアンドリュー・ブジャルスキ――が一同に介することとなる。そして“Mutual Appreciation”で録音を担当していたエリック・マスナガが酒の席で一連のDIY映画群をマンブルコア(Mumblecore)と評したことからこのムーブメントは幕を開けるのだが、志を同じくする彼らは共に映画を作ることを約束、そこにガーウィグやケント・オズボーンを交え、夏の間シカゴのアパートで協同生活を送りながら作り上げた映画が今作という訳である。

詳しくはそれぞれの紹介記事を参照して欲しいが、ここからはキャスト陣がマンブルコアにおいてどのような立ち位置にあうかを少し。まずはハンナの恋人マイク役のマーク・デュプラス、彼は兄のジェイと共に“The Puffy Chair”“Baghead”などの奇妙なコメディを製作する一方、その性質上極端な内向きであったマンブルコア作家の中でもいち早くリドリー・スコットやHBO、Netflixなどの大物たちと関係性を築き、スワンバーグらがインディー界で活躍する&メジャーに進出する基盤を作り上げた、つまりはマンブルコア隆盛のきっかけを生んだ人物だ。そしてハンナのルームメイトであるロッコライ・ルッソ=ヤング、彼女も気鋭の映画作家“Orphans”を手掛けた後、マンブルコアに多分に影響を受けた第2長編“You Wont Miss Me”を手掛け(ガーウィグも出演)、「Girls」でのスターダム前夜にあったレナ・ダナムが脚本に参加している第3長編“Nobody Walks”を製作、そして2017年完成予定のゾーイ・ドゥイッチ主演である第4長編“Before I Fall”でメジャー進出を果たすなど、今後の活躍が期待される人物だ。

ハンナの同僚の1人であるマット役のケント・オズボーン、彼はマンブルコア作家よりも1つ世代が上なのだが、映画祭でLOLに感銘を受けたのが切っ掛けでスワンバーグとの親交を結び「ハンナだけど、生きていく!」を皮切りに“Art History”“All the Light in the Sky”、更に主演作“Uncle Kent”を共同で手掛けるなどその関係は深い。本業はアニメのストーリーボード・アーティストで「アドベンチャー・タイム」など錚々たる作品に関わっている。ちなみに「リトル・プリンス 星の王子さまと私」の監督マーク・オズボーンは実の弟である。更にハンナの上司役のトッド・ロハル Todd Rohalはスワンバーグとはかなり密な関係性で、“The Guatemalan Handshake”“The Catechism Cataclysm”などのコメディを製作した後、先述した“Uncle Kent”の続編である“Uncle Kent 2”を監督するなどしている。ついでにNetflixドラマ「ヘイターはお断り」のシリーズ監督でもあり、デュプラス兄弟が切り開いた道を歩む作家の1人でもある訳だ。

そして最も重要な存在がハンナの同僚ポールを演じるアンドリュー・ブジャルスキだ。彼が居なければマンブルコアは生まれていなかったと言っていい。2002年のデビュー長編“Funny Ha Ha”ゼロ年代において最も影響力のある米インディー映画であり、マンブルコアの雛形の全ては既に今作の中に存在している。更に2005年製作の“Mutual Appreciation”をきっかけとして友人エリック・マスナガが酒の勢いで“マンブルコア”と口走ったからこそ、この潮流が生まれた(ブジャルスキ自身はこの言葉を使うとブチ切れるので気をつけよう)のであり、彼は正に“マンブルコアのゴッドファーザー”であるのだ。

ブジャルスキが居なければ「ハンナだけど、生きていく!」は存在していなかった訳だが、今作において彼の存在はそれ以上に重要だ。というのも今作でのスワンバーグの演出の数々は、ブジャルスキからの影響が濃厚も濃厚だからだ。以前の彼の作品は何人もの若者が入り乱れる群像劇であり、カット割がかなり激しく、まるでマイケル・ベイが超低予算のインディー映画を作っているのかくらいの勢いがあった。しかし本作はハンナという1人の若者を明確に中心に据えており、緊張感もクソもない禅問答のような長回しが延々と続く。実はこの演出、以前の2作では全く見られなかったものなのだ。もっと言えば「ハンナだけど、生きていく!」という作品は実質彼のデビュー作“Funny Ha Ha”の姉妹作と形容していい。モラトリアム女子のプラップラな日常をその曖昧さと共に抱きしめる、この“Funny Ha Ha”のプロットを語り直すことで今作はまた生まれている。

だがスワンバーグという映画作家の刻印がここに刻まれているのもまた確かだ。物語の序盤、マイクがハンナの職場を訪れるのだが、その時カメラはマットの話を笑いながら聞くハンナの横顔と奥にいるマイクのぼやけた姿を同時に映し出す。マットは彼女を驚かせようと電話をかけるのだが、話に夢中なハンナは電話を切り、彼はそれを目の前で見てしまう、私たちもこの決定的瞬間を目撃してしまう。そしてマットは苦笑いで部屋へ入っていく訳だが、ここには濃密な気まずさが満ちる。スワンバーグはこの気まずさを関係性を描くための原動力としているのだ。これはブジャルスキの長回し演出に影響を受けた故の副産物でもありながら、今作ひいては彼のフィルモグラフィに一貫する要素として存在感を放つことになる。

そしてこれが遠因となりハンナはマイクと別れることになる訳だが、この気まずさはなおも彼女の人生を翳らせる。独り身になったハンナが惹かれていくのは同僚のポールである。ハンナは彼を何となく良い感じだなーと思い始め、そのままなあなあでキスして、なあなあでセックスして、なあなあで恋人同士になる。だがこの関係性に入ってくるのがマットである。最初彼は職場でイチャイチャしまくる2人に対し露骨にイライラして、その光景を見せつけられる私たちはクソほど気まずい訳だが、そんなマットとハンナが何となく良い感じの感じになっていく。ここで微妙すぎる三角関係が生まれ、何か……何だこれはっていう風になっていくってそういうのなのである。

このフワフワした話運びに一本太い芯を通す存在が、グレタ・ガーウィグという訳だ。自分でも何でこんなフラフラしちゃうか分からないけど、それでもフラフラしちゃうんだからしょうがないじゃん!という開き直った自分勝手さを、あの何となく鳥っぽい顔立ちが、ボーイッシュな髪型が、特徴的な舌足らずの声が、そんなに上手くはないトランペットの響きが愛おしい物に変えてしまうのだ。それでいて彼女自身の存在感はフワフワとはしていない。スワンバーグは自分含め演者の生々しい肉体性を重要視しているが、ともすればファンタジーと化した末に空中分解し兼ねないフワフワっぷりはその指向によって地に足ついた状態であり続けることが可能となる。物語自体は軽快だが、スワンバーグは出てくる登場人物の数々を脂肪もクソもちゃんと詰まった肉体を持つ(劇中にはスワンバーグ作品の常として全裸が頻出)、つまりは重みを持つ人間として描いているのである。ここにおいてグレタ・ガーウィグという存在はファンタジー的なものと生々しい肉体という相反する2つが、類い稀な愛おしさによってバランスを保っている唯一無二の存在であり、だからこそマンブルコアのミューズともなり得たのだ。「ハンナだけど、生きていく!」はそれが端的に現れた一作という訳だ。

この後スワンバーグとガーウィグは翌年協同監督・協同主演として“Nights and Weekends”を製作するのだが、ご存じの通りこの作品によって2人は完全に決裂してしまう。スワンバーグは闇落ちし変態性愛路線まっしぐら、2011年には長編7本製作という異常な創作意欲を見せ、結果的にはテン年代の米インディー映画界を牛耳る存在と化す。そしてガーウィグはマンブルコアから距離を置き、グリーンバーグでコラボを果たしたノア・ボーンバックと公私におけるパートナーとなり「フランシス・ハ」「ミストレス・アメリカ」などの傑作を連発、更に2017年には自身の単独監督作“Lady Bird”が完成する予定など飛ぶ鳥を落とす勢いである。彼らの関係性については別途記事を書く予定だ。本当2人(+ノア・ボーンバック)の関係性はマンブルコア………………としか言い様もないものなのだから。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部