鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female I Am

カメラの前に座る眼鏡をかけた女性、彼女は視線を下に向け、少し言い淀みながらもこんな言葉をカメラに語る。困難なことです、今の社会で黒人女性として生きることは。この印象的な言葉がSithasolwazi Kentane監督による短編ドキュメンタリー“Woman Undressed”の核には存在している。Webシリーズの第1話として作られた今作はたった10分の短い作品だが、それでもここには深い絶望感と諦念が宿り、しかし力強い希望もまた輝きを放っている。ということで監督の公式vimeoから視聴できます。

今作は南アフリカ共和国に生きる黒人女性たちが、冒頭の言葉通りこの社会に生きることの困難さをカメラに語りかけるスタイルを取っている。例えばある女性は私たちにこう語る、成長していくことは自分自身を嫌うことのプロセスなんです、そうして私たちは他の女性たちにも嫌悪感を向けるようになっていく。彼女たちはそういった思考を形成する源が男性中心主義的な家父長制にあることに意識的だ。この社会は私たちを窒息させ、声を掻き消そうとします、何故なら私たちが女性であるからです。1人の女性の言葉にまた別の人物の言葉が重なりあう、社会は女性という存在を劣ったものとして定義しているんです。

そして彼女たちの人生には様々な要素が複雑に絡み合ってくる。そのまず1つが黒人であることだ。劇中、1人の女性が自身の尊敬する著述家Melissa Harris-Perryについて語る場面がある。アメリカ人のHarris-Perryは大学教授、テレビ司会者、政治評論家として幅広く活躍する人物なのだが、自身の著作“Sister Citizen: Shame, Stereotypes, Black Women in America”において黒人女性の生きる世界を“Crooked Room(腰曲がりの部屋)”と評している。彼女たちは強固なステレオタイプ的価値観に取り囲まれ、身動きが出来ない。女性がHarris-Perryの著作を引いて語るには“この世界は黒人女性が胸を張って生きていけるようには出来ていない”という訳だ。

更に女性/黒人であることに加わるのが、アフリカ人であることだ。Black Peopleという言葉はアフリカ系として訳されることも多いが、この作品において黒人/アフリカ人はまた別の要素として分けられている。皿なんか洗いたくない、部屋を綺麗になんかしたくない、早く起きたくなんかない、こういうことを主張するのは際どい所があります、ある人物は語る、何故ならこういった主張は余りアフリカ人らしくないと見なされるからです、そこで彼女はこう問いかける、しかし“アフリカ人らしさ”とは誰が決めるのでしょう、そして”女性らしさ”とは一体誰が定義するのでしょう?

そして題名"Woman Undressed"についてだが、この言葉をグーグルで検索すると、検索候補として"Woman Undressed in Uganda"や"Woman Undressed in Nairobi"などアフリカの国名がついた候補が多く流れてくる。それを検索して出てくる動画には、警察官たちが政府への抗議活動を行う女性の服を暴力的に脱がせるといった映像が映っている。こういった忌まわしい暴力行為は、アフリカでは公権力に刃向う女性たちに辱めを受けさせるため広く行われているというのだ。同時にこの暴力に対抗するため、女性たちは自ら裸になりデモ活動をする"ヌード・プロテスト"を行っている(詳しくはこの記事を参照)こうした背景が"Woman Undressed"という題名には存在しているのだ。

ここで今作の監督について少し。Sithasolwazi Kentane南アフリカ出身の23歳(上記の写真、真ん中の人)、この年で既に幅広い分野で活躍しており、映画監督の他にも写真家として南アフリカのファッション誌Unlabelled Magazineで作品を掲載するなどしている。彼女が被写体としているのは同じく南アフリカに生きる黒人アーティストたちだ。彼女はその撮影スタンスについて次のように語っている。

“他の芸術家たちのストーリーを語る時は、可能な限り誠実であろうと努めています。私たちは絶えず変化し続ける世界を、変わり続ける意味や目的と共に生きています。それゆえに真実とは相対的なものでもある。だから1人の人間として自分たちの知る真実を語る責任が私たちにはあるんです”……この言葉は上述した“〜らしさ”の定義とは?という問いとも重なりあうだろう。この定義とはKentaneが語る通り、実際には日々変化し続ける概念である。しかし社会はこれを利益のために利用して、偽りの定義を作り出すことで弱者を更に抑圧しようとする。それ故に彼らからこの定義を、この曖昧さを取り戻さなくてはいけないのだ。“〜らしさ”とは?という問いに答えるべきは、答え続けるべきなのは他ならぬ自分たちなのだから。

そういった考えを念頭に置きながら彼女の作品を見ていきたい。公式サイトからKentaneの撮影した写真が見られるのだが、私が特に好きな写真が2枚ある。1枚目が音響技師/DJ/ラジオ司会者として活動するDJ Doowapを撮したものだが、日の光を浴びる彼女の横顔に、青と黄の毛糸を編み込んだドレッドヘアーが映える様は惚れ惚れするくらいに美しい。そして2枚目はNonceba Qabaziという女性を撮影したポートレートなのだが、彼女の破顔一笑と言ったら力強く、その高らかな笑い声が私たちの耳にも聞こえてくるようだ。

Kentaneの作品で特徴的なのは被写体の中から溢れ出す個性を捉える手捌きと、それによって満ちるエネルギーの存在だ。この漲るエネルギーはアフリカ人/黒人/女性であることに、私であることを並列する。どれがどれを否定する訳ではなく、この4つは並び立って存在することでこそ1人の人間の実像が浮かび上がってくるのだと彼女の作品は語るのだ。“Woman Undressed”の最後、1人の女性が万感を込めてある言葉を紡ぐ。こういったテーマを話題にしていくのはとても難しいことですがそうする必要があるんです、あなたのために、そして他の黒人女性のために。Kentaneによって届けられるこの言葉を、私たちもまた受け継ぎ、語り続けなくてはならないのだ。

参考文献
https://sithasolwazi.myportfolio.com/about(監督公式サイト)
https://bitchmedia.org/article/5-black-feminist-webseries-watch(黒人フェミニストによるWebシリーズ5選)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
その191 Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?
その192 Sébastien Laudenbach&"La jeune fille sans mains"/昔々の、手のない娘の物語
その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
その194 ミリャナ・カラノヴィッチ&"Dobra žena"/セルビア、老いていくこの体を抱きしめる
その195 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
その198 Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ
その199 ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い
その200 アドリアン・シタル&「フィクサー」/真実と痛み、倫理の一線
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203