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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Yousef Assabah&“In the Long Run”/イエメン、僕たちここで暮らしてます

さて、イエメンである。アラビア半島の南端にある国であるが、2015年からは内戦が続いており予断を許さない状況となっている。映画産業は未だ小規模なものであり、この国で初めて長編映画である“A New Day in Old Sana'a”(アラビア語原題:“يوم جديد في صنعاء القديمة”)が作られたのは2005年だそうで、実はまだ20年も経っていない。

しかし昨年2023年に“Al-Murhiqun / The Burdened”(“المرهقون”)がイエメン映画として初めてベルリン国際映画祭に選出と、少しずつ力をつけてきているのを私は感じている。そこで今回はこのイエメン映画界期待の新鋭であるYousef Assabah يوسف الصباحيと、彼の短編作品“In the Long Run”(“عبر الأزقة”)を紹介していこう。

今作の主人公はアフメッド(Ahmed Essam Farea’)という少年だ。彼はいつものように好きなテレビ番組を見てグダグダしていた。しかしそんな様子に母親はブチ切れ、もうすぐ家に来るというお客さんたちに振る舞うためのパンを買ってこい!と言いつけてくる。なのでイヤイヤながらおつかいに出かけるアフメッドだったが……

こうして映画はアフメッドのおつかい風景を追っていく。とはいえその行程は一筋縄では行かない。テレビに夢中で母親の言葉をトコトン無視しまくっていたアフメッドなので、そう素直におつかいをやるわけもない。途中で友達が日本でいうおはじきっぽいゲームをしてるのを見掛けたなら速攻でそれに参加し、おつかいなんかどこ吹く風だ。時折ちょっとおつかいをしようという意気も見せるが、基本はやりたいことに忠実。その自由さに共鳴してか、妙な事件も起こったりとただのおつかいは妙な拗れ方をし始める。

撮影監督Omar Nasrのカメラはアフメッドの自由奔放さとは裏腹に、まるで監視カメラのような静かさ、そして盤石さを以て彼の姿を見据え続ける。寄り添うという素振りは一切見せずに、ある程度の距離を常に保ち続けながら、その一挙手一投足の全てをレンズに焼きつけようとでもするかのようにアフメッドを映し続けるのだ。

ここにおいては、画面ではアフメッドだけでなく彼を取り囲む建築や街並み自体も印象的な形で立ち上がってくる。今作が舞台とするのはイッブという、標高1800m以上の高原に位置している都市である。ここは密度高く立ち並ぶ石造りの家、それに狭い石畳の路地が特徴的であり、日本の街並みとはあまりに違いすぎる風景は否応なしに印象に残るものだ。さらにその密度の高さゆえに道もかなり入り組んでおり、それは迷宮のごとくなかなかの迫力を湛えている。観客は画面から通りに満ちる砂埃の匂いを鮮烈に感じることにもなるだろう。このようにして今作ではイッブという都市自体が、アフメッドに並ぶ主役でもあるのだ。

そしてこの場所には、人々の日常もまた豊かに根づいている。街角のあちらこちらで遊ぶ子供たちに、お喋りにかまける老人たち。そして人々は「アラーの他に神はなし」と礼拝の呼びかけを叫びながら、街路を練り歩き、その隙間を縫ってアフメッドはおつかいにお遊びにとめちゃクソ駆け回る。もう全身から活力が溢れまくってるのを観客たちはその目を以て味わうことになるだろう。そりゃ走ってる途中でパン代落として、探し回る羽目になるよ……

イエメンに関して、現在も起こっている内戦以外のニュースが日本で流れることは少ない。しかしそういった逼迫した状況でも、私たちが思う以上に現地の人々は逞しく日常を過ごしているというのを監督は伝えてくれる。そしてそれは人々だけでなく、建築や都市自体もそうなのである。このヴィジュアル性が今作の大いなる魅力でもあるのだ。