鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて

さてコンゴである。とはいえまず言うべきなのは、いわゆるコンゴという国はこの世界に2つ存在している、つまりコンゴ共和国コンゴ民主共和国である。前者はフランスが、後者はベルギーが植民地化した故に公用語も同じフランス語で紛らわしいことこの上ないが、今回紹介する映画の舞台はスワヒリ語が共通語である後者の方である。中部アフリカに位置する共和制国家で、アフリカ第2位の面積を誇っている。ニュースなどでは度重なるレイプ被害に遭う女性たちを救う産婦人科デニス・ムクウェゲの活動が有名だろう。さて今回はそんなコンゴ民主共和国に広がる日常を描き出した、Emmanuel Gras監督作"Makala"を紹介していこう。

その背中は細くありながらも、漲る意思を感じさせるものだ。カメラは前へと進み続ける男のその背中を静かに追っていく。野原を行き、草を踏みしめ、重なり合う枝を掻きわけた末に、彼は聳えたつ巨木の前へと辿りつくこととなる。両手でも抱えきれないほどに太い幹を見据えながら、彼は手にした斧を力強く振るっていく。力強い一撃を幾度も、幾度も、幾度も、幾度も……

今作が映し出すのは、コンゴの田舎町に住む青年カブウィタのそんな日常だ。彼は妻のナディや子供たちと共に慎ましく暮らしている。だが心の奥底には夢があった、今住んでいる貧相な家よりも大きな屋敷に住むのだという大きな夢が。そのためにカブウィタは昼間中ずっと斧を振るい、刻んだ木材を火にくべて、唯一の稼ぎ元である木炭を作り続ける。

だが監督の眼に映し出される彼の日常は頗る過酷なものだ。野原には枯れゆく植物たちの這いずるような悲鳴が響き渡り、うらぶれた雰囲気が掻き消えることは1度もない。そして1日中仕事を続けた後、カブウィタの頭上に広がる空は心を締めつけるような紫色に染まり、侘しい夕暮れの風景が私たちの瞳に映る。しかし青年はそれでも斧を振るい続ける。その末、大地に深く根を下ろした神々しい巨木が倒れる瞬間の感動には、何にも勝る壮大さが溢れている。

それでも本当に過酷な時間はこれからなのだ。木材から大地を埋め尽くすほどの木炭を作り上げた後、カブウィタはそれを幾つもの束に纏めて自転車へと載せ、何千kmも離れたコンゴの主要都市の1つマカラ(これが今作の題名でもある)へと旅に出る。積み上がった木炭の膨らみと重みで乗りこむこともままならない故、彼は歩いて前へと進んでいく。1歩1歩砂の道を歩きながら、目的地が見えることを彼は願う。

カメラはそんなカブウィタの旅路に付き従い続ける。ある時、彼の視線の先に車が現れる。鼓膜を引き裂く騒音を上げながら道を疾走するその時、タイヤの摩擦は噎せ返るほどの砂埃を湧き上がらせる。風景が白濁するほどの濃厚さの中で、しかしカブウィタは重くとも確固たる足取りで前へ前へと進んでいく。そしていつしか彼の周りには同じように木炭を抱えた旅人の姿が並ぶ。橙色の夕陽を浴びて彼らは大地を踏みしめる、例えその出会いが一瞬であったとしても。

この旅路を映し取るGrassの眼差しは頗る冷やかなものであり、観客は容赦ない現実の数々を尚も目撃することとなるだろう。カブウィタのような存在はこの道筋において珍しくはなく、侮られることなど日常茶飯事だ。バイクを脇に置いて休憩している最中、道行く自動車にバイクが轢かれ、木炭が血液のように飛び散っていく。それを何とか拾い集め、先を進もうとも自身を助けてくれる相手は誰も現れない。時折助ける素振りを見せる者もありながら、金がなければ無残に見捨てられる。旅路はひどく残酷で、疲労ばかりがカブウィタの肩に積もる。その重さが画面を生々しく押し潰していく様は余りに残酷だ。

そして物語の焦点はカブウィタの心それ自体へと肉薄することとなる。旅の果てにマカラに辿り着いたとしても、それは始まりに過ぎないのだ。彼は町中を歩き回りながら木炭を売り捌こうとするが、そう上手く売れる訳もない。度重なる値段交渉、去っていく客たち、安く売りたいのは山々だがこちらとしても妥協は出来ないのだ。ジレンマに苛まれながら喧騒の街を彷徨う姿には彼の孤独がこれ以上なく滲み渡っている。カブウィタから夢が遠ざかっていく感覚すらもそこには宿っている。

“Makala”コンゴ民主共和国に広がる日常と青年の小さな夢が拮抗しあう様をミニマルな撮影スタイルで描き出した、観る者の胸を締めつけるような一作だ。この厳粛なストイックさによって、今作はカンヌ国際映画祭批評家週間に選出されると共に、作品賞を獲得することとなったが、それも全く納得と言えるだろう。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
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その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
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その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
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