鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分

フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
フランク・V・ロスの監督作はこちら参照。

いわゆるマンブルコアというと、アンドリュー・ブジャルスキ“Funny Ha Ha”“Mutual Appreciation”ジョー・スワンバー「ハンナだけど、生きていく!」などの作品を思い浮かべる方も多いかもしれない。が、この時期の作品は色々な側面で未成熟なものが多い。そんな中で彼らと一定の距離を取りながら、独自の美学を以て独自の作品を作ってきたのがフランク・V・ロスという映画作家な訳だが、彼の第5長編“Audrey the Trainwreck”は彼の才能がマンブルコア随一であることを証明する無二のものと証明する偉大な1作だ。

20代も半ばの青年ロン(Anthony J. Baker)は退屈な日々を過ごしている。朝アラームに促され起きて、シャワーを浴びて髭を剃り、通勤途中にコーヒーを買って、職場へと向かう。ATM機器の部品を扱うという仕事は微妙な感じで、同僚とのお喋りはまあまあ楽しいが、これで良いのか?という思いを拭いされない。そして彼らと酒を呑みに行くにしろすぐ帰るにしろ、家に着き、ベッドに寝転がり、満たされない思いに目を背けながら眠りにつく。そして朝アラームに促され起きて、シャワーを浴びて髭を剃り……

“Audrey the Trainwreck”で描かれるのはロンという男の延々たる日常の反復だ。家と職場の往復、時々は同僚や友人であるスコット(Danny Rhodes)らと楽しい時間を過ごしながら、その楽しさはとたんに日常へと埋没していく。彼は何か劇的な変化を求めていたのだ。そんなある日彼は同僚たちと向かったダーツバーで、首にダーツの矢がブッ刺さるという悲劇に見舞われる。だがこの非日常的な出来事すらも、ロンの反復される日常を切り裂いてくれることはないまま、朝起きて、職場に行き、退屈さと共に眠る日々が続く。

ともすれば観客に飽きられてしまう内容の本作だが、監督の技術の洗練がその地点から本作を遠ざけている。まず一目で分かるのが撮影の垢抜けたタッチだ。以前と同じく手振れカメラで且つクロースアップ多用という手法は変わらないが、もう少し構図やショットを意識した撮影になっている。それもその筈で前作までは撮影はロス監督(とスワンバーグ含めた俳優陣)が担当していたが、今回の撮影監督は何とあのデヴィッド・ロウリーである。彼は2009年に初の長編“St. Nick”を完成させたばかりだが、この頃からマンブルコア・コネクションに参加(交流はそれ以前からあったらしい)し始め、クリス・スワンバー“Empire Builder”では編集&撮影、エイミー・サイメッツ“Sun Don't Shine”では編集、そして今作では撮影を手掛けている訳である。更にNYジャズ界の重要人物ジョン・メデスキが手掛けた洒脱なジャズミュージックも相まって、私たちはウディ・アレンの映画でも見ているような感覚に陥っていく。

そんな不思議な洗練を伴った日常の反復に、ロス監督は様々な侘しさを浮かび上がらせていく。劇中、ロンが同僚たちとどこかへ遊びに行く姿が何度か撮されるのだが、私たちは実際彼はその輪に馴染めていないとすぐに分かるだろう。バーで酒を呑みながら会話を繰り返す中で、ロンはどの会話にも何となく付いていくことが出来ず、独りでフラフラ酒を啜る状況に陥る。1対1だと友人と仲良く喋れるのに、複数になると何を言っていいか分からなくなる、そういう感覚に共感を覚える人は少なくないのではないだろうか。そしてバレーボールで遊ぶ最中、友人がこぼした水で滑ってしまいロンがキレる一方、当の友人はおどけて同僚たちの笑いを取り、むしろ彼の方が同情されるという事態に陥ってしまう。上手く立ち回れないまま、友人たちと距離を深めることが出来ない不全感もまたかなり覚えのあるものだろう。

そして彼は変化や刺激を求めて、ロマンスに走ろうとする。出会い系サイトで知り合った女性と行きつけの喫茶店で会い、会話を繰り広げる。本人的にはなかなか良い感触だったと思いながら、彼女から連絡がやってくることはない。それを苦にしてロンはまた同じ喫茶店で女性と会うのだが、やはり連絡は来ない。これを彼はやはり何度も繰り返し、それでも愛は満たされることがない。友人関係にも逃げられず、恋愛関係にも逃げることが出来ないまま、孤独と焦燥感ばかりが募るロンの姿にはひどく哀れで悲しげだ。

だがそれでも彼の前にある女性が現れることとなる。彼女の名前はステイシー(Alexi Wasser)、ロンと同年代の配達人として働いている女性だ。ロンはいつもと同じ喫茶店で彼女といつものように会話を楽しみ、そして再び連絡が来て、ステイシーと呑みに出かける。彼女もロンと同じようにルーティンが続く日常に何とも言いがたい思いを抱いており、彼らの距離はどんどん深まっていく。

マンブルコアは超低予算という制約上、人々の間に満ちる言葉に出来ない空気感や関係性の妙を捉えるという内容にこだわり続け、スタイルに向ける余裕はあまりなかった。メジャーに進出するに辺り、彼らも独自のスタイルを探求するようになるが、ロス監督は最初期から語りの可能性を探し求めており、それが花開いたのが今作と言っていいだろう。タイトルの奇妙な登場や意図的な反復がその一例だが、ステイシーの存在にもまたギミックが組み込まれていく。私たちは彼女が朝起きて仕事に行き、そして家で寝てまた起きて仕事に行く、そんな光景を目撃することになる。つまり序盤で見ていたロンの日常がそのまま繰り返される訳である。そして彼女は友人にあるパーティに呼ばれるが、そこで彼女は誰とも打ち解けられない居心地悪い時間を過ごす。これもバーでロンが体験したことの再来だ。今作の前半と後半で同じような光景が反復される様は、まるでホン・サンス作品のようだが、この2つが共鳴しあうことで、侘しさが画面へと更に滲んでいくこととなる。

そんな2人が出会い、デートに出かけるうち、彼らの色褪せた日常には確かに変化が現れ始める。だがロスの眼差しはそう甘くはない。物語に漂うのは自分を理解してくれる誰かと出会えた喜びより、この誰かとの刺激的な出会いすらも日常の退屈さに呑み込まれていくんだろうという予感だ。ロンは友人との会話の中でこんなことを語る、朝起きた時は調子良いんだよ、最初は全部良い感じなんだ、でも夜になってベッドに転がる時にはいつもクソみたいな気分になる……彼の言葉には退屈な人生への諦めのようなものが存在している。それはやはり毎日がルーティンにならざるを得ない多くの人々の心を打ち据える言葉でもある。

テン年代のマンブルコア、特にジョー・スワンバー作品において顕著なテーマが1つある。それは“ままならないこの人生と、自分たちはどう折り合いをつければ良いのか?”ということだ。若さはどんどん失われ、夢や可能性も少しずつ失われ、体も何だか言うことを聞かなくなり無理が出来なくなり、全てが退屈なルーティンに堕するという生ぬるい絶望感が心を満たし始める。この色褪せる人生に妥協し、それでも妥協を他でもない勝利と誇り、笑って生きていくためにはどうすればいいのか。個人の生活に密着してきたマンブルコアは成熟を遂げるにつれ、そんなテーマに意識を向けるようになり、“Audrey the Trainwreck”も正にそういった系譜に属する作品なのだ。そしてロンとステイシーはある場所へと辿り着く。監督は彼らの姿に、日常に根差したちっぽけで、だからこそ切実な勇気を見出だしていく。

なんだけどもおおおおおおおおいいおおおオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおうううういいいいいいいおおおおおおいおおおおいおおお’〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜オオオオオオオオオオオイ?????!?!?!!!!!!!!???????!?!?!?!という作品でもあるので、フランク・V・ロスという映画作家は一筋縄では行かない訳である。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって