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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に

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当時の若者世代を象徴していると思われていたジャンル“マンブルコア”、そのゴッドファーザーと言われたアンドリュー・バジャルスキーも、しかし他の皆と同じように大人になるのである。前作“Beeswax”製作後に彼は結婚、息子も生まれ、更には家を所有することにもなった。自身の人生が進展するにつれ、必然的に映画製作においても彼は新たなるフィールドへ足を踏み入れる。そうして生まれた作品こそ、2013年製作のバジャルスキーによる第4長編“Computer Chess”だった。

舞台は1980年、とあるホテルでチェス大会が開催されることとなる。だがそれは人と人が戦う普通のチェスではない。戦うのはコンピューター同士、この大会はそこに搭載されたAI同士がチェスで凌ぎを削る大会であったのだ。そして筋金入りの研究者たちaka筋金入りのオタクたちがコンピューターを抱えて、ホテルの一室に集結する。

観客は一目見ただけで、今作はバジャルスキーの今までの作品とは、というか他の通り一遍のインディー映画とは一線を画するものだというのに気づくはずだ。何と言っても映像が薄ぼんやりとしたビデオ画質の白黒映像なのである。これは70年代のビデオカメラ黎明期に作られたSony AVC3260によって撮影されているのだが(撮影監督はバジャルスキー作品常連のMatthias Grunsky)、それによってまるで1980年当時実際に撮影されながら、長い間埋もれていたが近年発掘され皆の前で放送されているといった風な唯一無二の風格を湛えているのだ。

しかし物語のとりとめのなさにはバジャルスキーの面影が未だに残っている。まずチェス大会のコンファレンスに始まり、AI同士のチェス対戦が幕を開け、熾烈な戦いが繰り広げられるかと思えばコンピューターに不具合が出て棄権なんてのもあり、そしてホテルの部屋が予約されてなかっただとか参加者をめぐるゴタゴタが巻き起こる最中、他の参加者たちはAIと人類を巡る未来に関する哲学的な対話を行うなどなど、様々な光景が浮かんでは消えていく。

映像によってはもちろんのことだが、物語には妙に迫真性のあるリアリティが宿っている。それを支える1つの要素がプロダクションデザイナーMichael Brickerや衣装担当Colin Wilkesによる髪や服装などの美術の作り込みだろう。そしてコンピューター面でもバジャルスキーに抜かりはない。彼はずっと素人俳優を起用してきたが今回も同様で、その上実際にこの分野の知識がある人物を連れてきた訳である。そして脚本はたったの8ページで(完全な脚本を用意しなかったのはバジャルスキー作品史上初めてだという)ほぼアドリブで作品を組み上げていったという。こうして知識に裏打ちされた行動や言葉が、今作のリアリティを底上げしたのだ。

更に今作を魅力的にするのは随所に現れる不思議要素の数々だ。この時代はニューエイジ思想が勃興し始めた時代だが、ホテルにもその思想を啓蒙する団体が滞在しており、折に触れてその儀式がチェス大会の間に挿入されていく。中でも大会の参加者の1人であるマイク・パパジョージ(Myles Paige)は儀式に巻き込まれて新たな世界を見つけ出したり、ホテルを彷徨ううちに奇妙な大群ネコちゃん幻想に遭遇することになる。これは一体何なのか、多分バジャルスキー自身にも分かっていないんじゃないか。

それでも彼の作家性という刻印は確かに今作に存在している。それは人と人との関係性に不可避的に介在する気まずさだ。それを象徴するのがピーター(Patrick Riester)という青年である。彼は分かりやすい言葉で言えば所謂コミュ障であり、典型的にパソコンだけが友人な青年だ。そんな彼が否応なく人と関わるごとに変な空気が流れる訳である。参加者夫婦に3Pに誘われて逃走したり、シェリー(Robin Schwartz)というオタク女子に“人がチェスの駒に見える”と相談されても何も言えずすごすご退散したり……それに釣られて観客の顔に苦笑を浮かばせる技術は正にバジャルスキーお家芸だろう。

人と関係性を構築する際には避けられない気まずさへの洞察、進歩していくテクノロジーへの哲学的な考察、70年代の終わりと80年代の始まりという過渡期を捉えた肖像画、それが組合わさることで“Computer Chess”は見たことのないエキサイティングな怪作と化し、バジャルスキーはマンブルコアという枷から抜け出したと言えるだろう。この奇妙さは一見の価値ありである。
 
 

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