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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

リサ・ラングセット& "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級

リサ・ラングセットLisa Langseth は1975年4月20日生まれ、スウェーデンストックホルム出身。1999年〜2002年ストックホルム演劇アカデミーに在学。卒業後、劇作家・舞台演出家としてのキャリアをスタートさせ、"Godkänd"(2002)、"Märk Mig"(2003)、"Slättskymmning"(2004)などを製作。その同年にはノオミ・ラパス主演の"Den alskade"を、そして2006年には"Klimax"を王立ドラマ劇場で上演、更にスウェーデン国立劇場で"Pleasure"を上演しどれも好評を博す。

その傍ら、2005年には自身の戯曲"Godkänd"を短編映画化。15歳の少年Christoffer、そして友人のAngelica、Lukas、とある部屋の一室で繰り広げられる三角関係を描いたこの作品で、オランダのルーヴェン国際短編映画祭ではJuly Award、トリノ国際ゲイ&レズビアン映画祭では最高短編賞を獲得することとなる。 そして2009年、彼女は長編デビュー作"Til det som är vackert"(日本語に訳せば"美しき物のために")を監督する。

20歳のカタリーナ(アリシア・ヴィキャンデル)がこの世で一番憎んでいる人間は母親のビルイッタ(Josephine Bauer)だ。酒に溺れて自堕落な生活を送る彼女のようには絶対にならないと心に決めながら、カタリーナ自身も非行を繰り返し、この間も自分を罵った少年を殴りつけ、仕事をクビになったばかりだ。そんな彼女を癒してくれるのはある日偶然に出会ったモーツァルトの音楽だけだった。恋人のマティアス(「シンプル・シモン」マルティン・ヴァルストロム)がくれたMP3プレーヤーでその美しい音色を耳にしながら、いつかこんな世界から抜け出しやると彼女は願い続けている。

ある日カタリーナはマティアスと共にクラシック・コンサートへと行き、圧倒的な演奏の数々に感銘を受ける。数日後、いてもたってもいられず、コンサート会場に忍びこんだ彼女はマネージャーのアン(Helén Söderqvist)に仕事の面接に来たと間違えられ、成り行きで受付係としての職を得る。思わぬ幸運に喜ぶカタリーナは仕事を懸命にこなしていき、そして指揮者のアダム(サミュエル・フレイフル Samuel Fröler)と出会うことになる。

カタリーナにとって、アダムは自分が生きたいと願う世界の象徴だ。キルケゴールの“勇気とは人生にとって唯一の尺度だ”という言葉をモットーとし、グンナー・エケロフ Gunnar Ekelöfの詩を好み、指揮者として音楽というカタリーナが最も愛する文化の頂点にある人物。彼女はそんなアダムに愛されることこそ、母の生きる世界から抜け出す方法だと思い、彼と関係を結ぶ。しかしその全ては搾取であると気付く時には、もう遅すぎる。

カタリーナもアダムも、その心に階級を強く内面化させられ、結果的にその概念の強化に加担していく存在だ。しかしアダムの"自分は社会の上層部に生きている"という思いには無邪気な傲慢さがあり、カタリーナの"自分は下層社会に生きてしまっている"という思いには痛切な悲観主義がある。Langseth監督はその致命的な誤差を目の当たりにしたカタリーナが陥る地獄を痛烈なまでに悲劇的に描き出していく。そうして、そもそも階級という概念の存在を許す社会を批判するのだ。

そしてもう1つ語るべきは主人公カタリーナを演じたアリシア・ヴィキャンデルについてだ。2002年、14歳で俳優としてのキャリアを歩み始めたヴィキャンデルだったが、彼女にとっての長編映画デビュー作、そして初の主演作がこの"Til det som är vackert"、彼女の存在がなければ今あるような強度をこの映画が備えることはなかっただろう。濁った瞳が、音楽への愛が湧き上がらせる涙によって純粋さを取り戻しながら、最後には闇より暗い黒さに落ちていく、そんなカタリーナの姿をヴィキャンデルは説得力を以て演じきる。そしてスウェーデンアカデミー賞とも呼ばれるゴールデン・ビートル賞(Guldbaggen)の主演女優賞を獲得、これがきっかけとなり"ロイヤル・アフェア""アンナ・カレーニナ""Ex Machina""コードネーム U.N.C.L.E."と世界的にブレイクすることになった。

"Til det som är vackert"は前述のゴールデン・ビートル賞で主演女優賞・脚本賞を受賞、釜山国際映画祭では今後期待の映画作家に送られるFlash Forward Prizeを獲得するなど本国スウェーデンだけでなく国際的に評価された。そして2013年、Langseth監督は再びアリシア・ヴィキャンデルを主演に起用し、2作目の長編作品"Hotell"(祝!スウェーデン映画祭2015にて公開決定!邦題は「ホテルセラピー」)を製作する。

エリカ(ヴィキャンデル)は順風満帆な人生を送っていた。しかし子供を流産してしまったその日から、とてつもない無力感に襲われ日常生活を送ることすら困難になる。彼女はグループセラピーに通い始め、同じような症状に苦しむ人々と交流していく。“自分以外の、他の誰かになりたい”それが皆の願いだ。そしてエリカたちは他の誰かになるため、とあるホテルに集まることとなる……この"Hotell"はトロント国際映画祭のContemporary World Cinema部門に出品され、マラケシュ国際映画祭ではヴィキャンデルが主演女優賞を獲得、ゴールデン・ビートル賞ではAnna Bjelkerudが助演女優賞を受賞するなど、こちらも高く評価された。1作目とはまた違う視点から自己のアイデンティティという物を描こうとし、しかも一筋縄ではいかないユーモアすら内包した作品のようで、また、こちらも期待したい。ということで、これからもスウェーデンの新鋭Lisa Langsethに注目だ。


グループセラピーの図。股裂かれてるのは「裏切りのサーカス」のエスタハイス役でお馴染みデヴィッド・デンシック

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