ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作「インヒアレント・ヴァイス」において、豪華俳優陣が髪をどうしてメイクをこうして、誰も彼もが個性を爆発させていたが、その中でもホアキン・フェニックス演じるドクの元恋人シャスタに心惹かれた方は多いのではないかと思う。だが一緒にこうも思ったんじゃないだろうか「演技すごく上手いのに、この俳優全く見覚えないな……」と。ということで、今回はシャスタを演じたキャサリン・ウォーターストンについて書いていきたいと思う。彼女の出演映画、意外と日本に来ているのでそれも込みで紹介していこう。「インヒアレント・ヴァイス」もうほぼ公開終わっちゃってるのに今更?とかは言わないで下さい、だってもうすぐソフト出るじゃないですか。
キャサリン・ウォーターストンKatherine Waterston は1980年4月3日生まれ。本名はキャサリン・ボイヤー・ウォーターストン。生まれたのはロンドン・ウェストミンスターだが、両親はアメリカ人。母はモデルのリン・ルイーザ・ウッドラフ、そして父は「カプリコン1」や「LAW & ORDER」「ニュースルーム」のサム・ウォーターストン。きょうだいには同じく俳優のエリザベス、ジェームズ(異母兄)、そして映画監督のグラハムがいる。
“俳優になりたくないとそんな風に思っていた時期を思い出せないんです(中略)とても独創的な家族の中で、俳優である父の姿を見て育ったので、演じることに魅力を感じていました”彼女はそう語る。*1
そしてウォーターストンはきょうだいと共に父の背中を追って俳優への道を歩む。ニューヨーク大学のティッシュ・スクール・オブ・アートで演技を学び、学位を修得。そして2004年TV映画"Americana"で俳優デビュー、その後ブライス・ダラス・ハワードが監督を務めた短編"Orchids"を経て、ジョージ・クルーニー主演の「フィクサー」で長編映画に初出演、しかし役名は"Third Year"とモブ役、IMDBの掲示板に“彼女「フィクサー」の何処に出てた?”というスレッドが立ちながら返事はゼロと、そんな扱いだったらしい(自分も何処に出てたか思い出せず)。だがそんなウォーターストンが長編映画出演2作目でいきなり主演に抜擢される、その作品が「援助交際ハイスクール」(2007)だ。
シャーリー(ウォーターストン)は17歳の高校生、大学へ進学したいとは思っているがネックは学費のことだった。ある日彼女はベルトラン家のベビーシッターを引き受けることになる。その帰り、シャーリーは衝動的にベルトラン家の夫ジャック(ジョン・レグイザモ)と関係を持ってしまう。その日からベビーシッターを口実に関係はズブズブと続き、しかしその度に“ベビーシッターのお礼”と渡されるお金。彼女は思う、こうやって欲求不満な父親たちからお金を巻き上げれば良いんじゃないか?……そうしてシャーリーは友人を巻き込み、ベビーシッター売春ビジネスを始める。ビジネスは軌道に乗り、その規模はどんどん大きくなっていく、大きくなっていく、大きくなっていく、シャーリーも予想出来なかった程に……と、後は正にそういう展開になるんだろうなという流れ。モラルの崩壊が云々だとか、大層なテーマも見てとれるが単純に面白くない。
だからウォーターストンについてだけ。地味めでベビーフェイスな真面目学生があんなことするなんて……!という意図で監督が彼女を起用したとするなら、その抜擢は大当たりと言えるかもしれない。幼さと謎めいた底知れなさが同居する感じは、後に通じていく物があったような気がするし、というか、2007年の時点でウォーターストン27歳だが高校生役でも全く違和感がない。机に向かって勉強して、理科室で科学の実験をして、夜には助手席でフェラチオとそんな日々。更には金属バット持ってガラスブチ破りまくったり、弱腰になった友人を恫喝したりと、色々なウォーターストンが見られるとは思う。それ以外には全くお薦めしない作品だ。おそらく低評価だったのだろう、監督のデヴィッド・ロスはこの作品1本で映画界から姿を消し、ウォーターストン自身も下積みを続けることになる。
"Good Dick"、アン・リーの「ウッドストックがやってくる!」などに出演する一方、ウォーターストンは舞台にも進出する。2007年には"Los Angeles"で舞台デビュー、2008年には日本でも「きみといつか行く楽園」が翻訳されている小説家・劇作家のアダム・ラップが演出を手掛けた"Kindness"に出演、そして2010年にはレスリー・ヘッドランド演出「バチェロレッテ あの娘が結婚するなんて!」の舞台版でジェナ役(映画版ではリジー・キャプランが演じていた役)を演じた。2011年にはClassic Stage Company上演の「櫻の園」でアーニャ役で出演、再びアダム・ラップと組んで"Dreams of Flying Dreams of Falling"に出演するが、これ以降舞台には出演せず、映画に専念することとなる。その最中にウォーターストンが主演した作品こそ「トランス・ワールド」である。
予告は張りません。だって良いトコ全部ネタバレしてるんですもの。
サマンサ(ウォーターストン)は森の中を一人さまよっていた。ドライブ中に車がガス欠となり、そのためガソリンを買いに行った夫が帰ってこないのだ。彼女はとある小屋に辿り着き、そこでトム(スコット・イーストウッド)という男性と出会う。サマンサは彼と共に小屋の中で夫を待つのだが、そこにジョディ(サラ・パクストン)と名乗る女性が現れる。寒さと飢えをしのぎながら3人はあることに気づく。いくら森をさ迷っても、最後には小屋に戻ってしまうのだ。更にはそれぞれが認識している現在地が全く違うことが発覚する。自分たちは何故この場所に辿り着いたのか、それを探る3人だったが……
おそらくウォーターストンが今よりも更に有名になった際、彼女がキャリア初期に出ていた(と言ってもこの時点で7年目だが)幻のカルト作品!と真っ先に祭り上げられるのはこの作品だろう。ネタバレ厳禁系映画なので内容には触れないが、とにかく出来が良い。テンポが遅い分じっくりキャラクターの内面を掘り起こしていき、そして一度事態が動いたとなると急転直下で話が進んでいくこの案配が素晴らしい。ウォーターストンは全編出ずっぱり&トレンチコート着用で、服に着られている感がすごい。そして演技も何故かぎこちない印象だが、その全てがキャラの魅力に寄与しているので素敵。ウォーターストンファン以外でもかなり楽しめるだろう作品に仕上がっている。
さて、このウォーターストンは何に出演している時のウォーターストンでしょう?(答えは自分で画像検索して探してください)
とは言えウォーターストンにとってはまだまだ雌伏の時である。「ロボット&フランク」(2012)の店員役に始まり「ロバート・デ・ニーロ エグザイル」→ウィノナ・ライダー&ジェームズ・フランコ出演の事故物件「パラノイド・シンドローム」→ジョン・キューザック主演「コレクター」では狂気の犯人に監禁された娼婦役と微妙な役・作品が続き、ドラマ「ボードウォーク・エンパイア」に出演すると共に、やっとのことで米インディー界の静かなる鬼才ケリー・ライヒャルト監督作「ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画」に出演……したは良いが、役はジェシー・アイゼンバーグが住むコミューンの一員、以上でも以下でもなく、というのでブレイクはまだお預け(個人的に「インヒアレント・ヴァイス」出演の報と共にキャサリン・ウォーターストンという俳優がいるのを知った上で、初めて彼女を意識しながら観た作品がこれだったので、へーこの人がね…………としか思わなかった。しかも映画の出来自体微妙という)。そして「ラブストーリーズ エリナーの涙」"Are you joking?" "Glass chin"と続けてインディー映画に脇役として出演した末、ああ、やっと辿り着いた、キャサリン・ウォーターストン「インヒアレント・ヴァイス」にシャスタ役で出演、という訳である。この時ウォーターストン34歳、とうとうの、とうとうのブレイクスルーである、長かった……
これから「インヒアレント・ヴァイス」の彼女について語ると思った? まさか! もうみんな語っているだろうし、ここからはウォーターストン出演作品で今後注目な作品を紹介していこうと思う。
"Manhattan Romance"
クリス・メッシーナ&サラ・ポールソン主演の監督デビュー作"Fairhaven"がトライベッカ映画祭で好評を博したトム・オブライエン、そんな彼が脚本・製作・主演・監督を兼任したロマンティック・コメディ。ドキュメンタリーを手掛ける映画監督ダニー(オブライエン)は作品を完成させようと悪戦苦闘していた。そんな彼はダンサーのテレサ(「マスターズ・オブ・セックス」ケイトリン・フィッツジェラルド)に恋をするが、友人以上になれない距離感が続く。そんな話を親友のカーラ(ウォーターストン)に語り笑いあうのだが、実は自分が好きなのはカーラなんじゃないのか……?と悩んだりもする。そんな微妙な三角関係の行方は、そしてドキュメンタリーは完成するのか?
ウォーターストンは主人公の親友カーラ役。エミー(「フィールド・オブ・ドリームス」でケヴィン・コスナーの娘役だったギャビー・ホフマン)という恋人がいるが、最近は彼女が政治戦略家としての仕事にかまけていて倦怠期気味、そんな状況でダニーがアプローチをかけてきて、さあどうなるか、という役どころ。ウォーターストンはこの作品で、ビッグ・アップル映画祭のEmerging Talent Award Recipientを獲得。日本には、来る、のか(多分来ない)
"Queen of Earth"
"Imposter" "Color wheel" "Listen up, Philip"などテン年代の米インディー界に燦然と輝く新鋭アレックス・ロス・ペリーの最新作は、湖畔の別荘を舞台に親友だった2人の女性が決裂していく様をネチネチと描き出すサイコなサスペンス。アレックス・ロス・ペリーはジョー・スワンバーグ並のインディー女優発掘の慧眼があって、まず"Imposter"でケイト・リン・シェイルをデビューさせ、"Listen Up, Philip"ではエリザベス・モスを一躍ブレイクさせ、そしてウォーターストンが「インヒアレント・ヴァイス」で注目された直後に次作に起用、続投のエリザベス・モスとの演技合戦が繰り広げられるなんか聞いたら、絶対観たいに決まってる! 日本に来るかと言えば、まあ今までの作品1作も来たことないですし、モスの"The One I Love"も来てないし、望みは薄いでしょうかね。ですけど"ハンナだけど、生きていく!"をきっかけにマンブルコア受容が日本でも進んだなら、来る可能性はおおいにアリ。
他にもダニー・ボイル監督作"steve jobs"ではジョブベンダーの元恋人役、ハリポタのスピンオフでヒロインに抜擢とデカい映画に引っ張りだこなキャサリン・ウォーターストンの動向に注目だ。
父ちゃんのサム・ウォーターストン、似てる、特に鼻が。