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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Clio Barnard&"The Arbor"/私を産めと、頼んだ憶えなんかない

ブリテン諸島映画作家の中で、私が最も好きなのはアラン・クラークという監督だ。彼の遺作である"Elephant"IRA紛争を、そして暴力の構造を凄まじいまでに乾いた筆致で描き出した作品で初めて観た時には本当に衝撃を受けた。そしてこの作品に映し出される風景にも魅入られた。無機質に並び立つ家屋の数々、凍えるほどの虚ろさが広がる町並み、労働者階級の人々が見せる荒んだ面持ち。最近ではDaniel Wolfe監督の"Catch Me Daddy"(この記事を読んでね)なんかがそんな光景を素晴らしく空虚な形で捉えていたのだが、今回はそんな町とそこに生きる人々を描き出したドキュメンタリー映画について紹介していこう。

Clio Barnardイングランドを拠点とする映画作家だ。父は大学教授で母はジャズシンガーのケイト・ウェストブルック、きょうだいはミュージシャンのジェイソン・バーナード、ヨークシャー州のオトレーで子供時代を過ごした。ノーザンブリア大学でファイン・アートを学び、優秀な成績で卒業した後、Duncan of Jordanstone College of Art and Designに進学、電子撮像について学ぶ。1988年には卒業製作として芸術家のウィルソン姉妹と共にビデオアート"Dirt and Science"を手掛け、世界各国で展示されるなど話題を集める。現在はケント大学で准教授として映画研究についての教鞭をとるなどもしている。

映画監督としては2000年に短編ドキュメンタリー"Lambeth Marsh"を手掛ける。ウィリアム・ブレイクの詩に触発されて生まれた、1990年代後半に広がっていた都市の風景と沼地広がる田舎の風景を対比する作品だそう。2002年にはTV用の短編ドラマ"Random Acts of Intimacy"を監督、5人の男女が見ず知らずの他人とセックスした経験について語るというドラマで、下積み時代のアイラ・フィッシャーが出演していたことでも有名。翌年の"Flood"は、1つの家庭を舞台に、10年前に失踪した母/妻の幻影から逃れられない人々の苦悩を描き出した作品でシカゴ国際映画祭のコンペティション部門で上映された。そして2006年の"Dark Glass"を経て、彼女は初の長編映画"The Arbor"を手掛ける。

あなたはアンドレア・ダンバーAndrea Dumbarという劇作家を知っているだろうか。彼女は15歳の時ほとんど殴り書きの状態で完成させた戯曲、自分が生まれ育った通りの名をタイトルにした"The Arbor"が話題となる。この作品は書き上げて2年後に舞台として上演され、ダンバーは一躍時の人となる。そして今作が映画監督アラン・クラークの目に止まり、彼女が執筆した脚本はクラークの手で"Rita, Sue and Bob Too!"として映画化、これも高い評価を受けた。しかし私生活は荒れ果てており、アルコールに溺れた末、29歳の若さで彼女は非業の死を遂げてしまう。そんな彼女の戯曲と同じタイトルが付けられたドキュメンタリー"The Arbor"はアンドレアの娘であるロレインの人生を追った作品だ。

母を赦せるか、ですか。私たちはまずロレインのそんな言葉を聞く。私が彼女を憎んでいるのは、自分が子供の頃に抱いていた気持ちを伝えられないからです。だから、私は母を赦すことなんて出来ません。そんな絶望に満ちた言葉がいくつも彼女の中から溢れだしてくる、子供の頃の悲惨な思い出、いつかベッドに燃え立っていた炎のこと、妹のリサや父のこと、そしてどうということもなくサラッとその言葉を口にする。私を産めなんて、そんなこと頼んだ覚えはありません。

ロレイン・ダンバーアンドレアが最初に生んだ子供だった。しかしロレインが産まれた後、父が失踪してしまう。アンドレアも彼女を養う気は全くなく、パブで酒に溺れている間、ロレインは親族の家で育てられることとなった。その間にアンドレアは様々な男性と関係を持ちロレインにとって妹であるサラと弟のアンドリューを出産、彼女はますます省みられなくなっていく。しかも彼女はきょうだいと1つのある大きな違いがあった、それは父がパキスタン移民であったことだ。

きょうだいや親族とは肌の色が違うことはロレインにとっては甚だしい苦痛だった。自分はイギリス人であるのに、この肌の色が人々にそれを認めさせない。このパキスタンの血を引く故の差別はロレインの語りに平行して、Barnard監督による戯曲の再演によって語られていく。彼女はアンドレアが住んでいた町をロケ地として、そこらへんの空き地にソファーを置き俳優に演じさせるという独特の演出を行っており、周りでは興味本意で劇を眺める住民たちの姿も見える。アンドレアが"多かれ少なかれ私の人生を反映させた"とインタビューで語る戯曲には、ワーキングクラスの寒々しき鬱屈や差別の実態が焼き付いている。家族同士でも他人同士でも罵詈雑言が入り乱れ、時には暴力すら容易く爆ぜる。そんな中で彼女をモチーフにしたと思わしき主人公()はパキスタン人の青年と関係を持ち妊娠する。その瞬間から更に激しい差別の標的となってしまうのだが、その境遇はまたロレインが味わうものと重なりあう。

ロレインは自分を見てくれない母親に対して嫌悪を抱きながら成長するが、人生は否応なく母の存在に引き摺られていく。15歳でコカインやヘロインの味を覚え、非行に走り始める。見る間に転落していく最中にも彼女は母への罵倒を止めないが、そんなロレインに対してサラやアンドレアの姉であるパメラたちは冷ややかな目を向ける。アンドレアに責任を押し付けようとするな、アンタは家族の面汚しだ。そしてロレインはとうとう刑務所へと収監されることとなってしまう。こうして"The Arbor"は彼女の転落を徹底して描き出す。この世に生まれてきてしまったことがそもそもの間違いだった、そんな周縁に生きる者の諦念が痛烈に滲む。

"The Arbor"はロンドン映画祭で新人賞、トライベッカ映画祭で新人ドキュメンタリー作家賞を獲得するなど話題になった。そして"The Arbor"撮影時に出会ったクズ拾いの少年たちを元に第2長編"The Selfish Giant"を手掛ける。題名はオスカー・ワイルド「わがままな大男」にちなんだもので、労働者階級に生きる2人の少年が幸せを得るために犯罪への道を歩んでしまうという作品。カンヌ国際映画祭で上映後、カルロヴィ・ヴァリ、エルサレムリオ・デ・ジャネイロなど世界各地の映画祭を巡り、ハンプトン国際映画祭では劇映画部門の作品賞と俳優賞、ロンドン映画批評家協会賞ではBritish Film of the Yearを獲得するなど前作以上に話題となる。ということでBarnard監督の今後に期待。

参考文献
http://www.theguardian.com/film/2013/oct/12/clio-barnard-selfish-giant-interview(監督インタビューその1)

ブリテン諸島映画作家たち
その1 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その2 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その3 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その4 アンドリュー・ヒューム&"Snow in Paradise"/イスラーム、ロンドンに息づく1つの救い
その5 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その6 私が"The Duke of Burgundy"をどれだけ愛しているかについての5000字+α
その7 Harry Macqueen&"Hinterland"/ローラとハーヴェイ、友達以上恋人以上